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お終い


________***


「!! …ま、姉さまッ!!!!」



エキドナは本当に屋上にいた。



「あれ? どうしたの二人共」


息を切らして駆け寄る二人に気付いたエキドナは目を丸くして不思議そうに見つめている。


「「……」」


「??」


出入り口の扉を開けてすぐ、風に煽られながら柵に両腕を預けて遠くを見る姉の後ろ姿を見たフィンレーは…冗談抜きで自殺未遂現場と思い込み本気で焦って姉の名を叫んだ。

だかしかし、当の本人はご覧の通りケロっとしているのだった。



「…………一人で、早退して、こんな場所で…何をしていた?」


「!」


リアムの普段より低い声と不穏な圧力に気付いたらしいエキドナの肩が僅かに弾む。


「その、体調が落ち着いたから…ちょっと景色を見たくなって」


「なにそれぇ…」


姉のなんて事のない説明を聞いたフィンレーは一気に全身の力が抜ける。

思わずその場でへたり込むのだった。


「えっ、フィン大丈夫!?」


エキドナが慌てて駆け寄ってしゃがむ。


「大丈夫じゃないよ…全然。どんだけ一人でぼ〜っとしてたの。今何時だと思ってるの…!?」


「あ、もうこんなに時間が経ってたの…!?」


フィンレーの指摘にエキドナはゴソゴソと自身のポケットから時計を取り出し時間を確認し驚きの声を上げている。

本当にぼんやり過ごしていただけらしい。

正直姉の呑気な振る舞いにはリアム同様軽く怒りも感じるが……それ以上に、


「良かった…」


「フィン?」


「僕、僕は…ッ」


俯いたまま思わず目の前にある姉の両手を握った。


「! …」


フィンレーの震える手や声、表情、姿にエキドナも弟が何を思ってここに来たのか察したらしい。

少し困ったように微笑み…そっと手を握り返すのだった。


「心配かけたね…ごめん。でも私、自殺はしない主義だからさ。そこに関しては安心していいんだよ?」


姉の発言にフィンレーが勢いよく顔をエキドナに向け文句を言う。


「何それ意味わかんないっ。姉さまほんとに意味わかんない…!」


そんなフィンレーに対してエキドナも申し訳なさそうに微笑んで謝罪の言葉を繰り返す。


「うん、そうだろうね。…ごめんね」


「……」


不貞腐れた顔で自身を見つめる弟に再び笑いかけ…エキドナは上を向いて静かに弁解する。


「ただ、なんか一人で空を見たくなっただけなんだよね…」



そう。

エキドナはただ空を見ていた。

とにかく一人きりで空を見上げたかったのだ。


フィンレー達が駆け付けるずっと前からエキドナは誰も居ない屋上に一人佇んでいた。

風で長い髪やスカートが揺れ動く最中、広い青空をぼんやり眺めて……ふと、前世(むかし)の親友との会話を思い出していた。



〜〜〜〜〜〜


『ねぇ××、天国ってあると思う?』


『…天国?』


高校生の頃だった。

学校からの帰り道で、私は親友と自転車を押しながら帰っていた。

一度互いに距離を置き…また繋がりを得なおした高校三年生の頃だった。

卒業後は別々の大学へ行き今迄以上に会えなくなるからと、高校生活の残りほんの短い間だけ、私は親友と一緒に下校していたのだ。


自転車通学だったが二人きりで話が出来るこの時間はいつもお互い自転車をゆっくり押して歩いていた。


『私はあると思うんだぁ。神様が見守ってくれているから』


そう言って親友は微笑み空へと片手を伸ばす。



彼女はクリスチャンだった。



正確には彼女の両親が敬虔(けいけん)なクリスチャンで…正式な洗礼をまだ受けていないらしい。

でもいずれ彼女は受けるのだろう。

そういう子だから。

恐らく肉親以外では私しか知らない…人気者な彼女が周囲には教えていない、彼女の秘密。彼女の信念。




……親友と私は、正反対な部分が多かった。



四人姉妹の長女で、家族関係良好な親友。

二人兄妹の末っ子で、家族機能が破綻している私。


幼少期から友人に囲まれ人気者の親友。

幼少期は他者と接する機会が少なかった私。


勉強も運動も何でも出来る親友。

勉強も運動も劣っていた私。


身の安全が保証されていたであろう親友。

いつも怯えて生きていた私。


元々沢山の物を持っている親友。

何も持っていなかった私。


綺麗で無垢な親友。

醜く汚い私。




我ながら何でこんな良い子が私の親友で居てくれたんだろうと不思議に思う。

ちなみに食の好みもほぼ正反対だ。


『にしてもお互い自転車なのに歩かせちゃってごめんね××』


『いいよ別に。こうやってのんびり歩くの好きだし』


『わかる! 私も好き!! なんかこうボ〜ッと景色みたりするのがさ』


『そうそう、雲とか風景とか』


『…ふふっ。お揃いだね〜』


『そうだねお揃いだねぇ』


同じ事を二人で言って穏やかに笑い合う。


私と親友は正反対な部分が多かったけど……時々、こんな風にびっくりするくらい重なる部分もあった。

不思議なくらいに彼女とは最初からずっと波長が合った。

……ただ、


『…私は、天国は無いと思うな』


乾いた視線を上に向けて私は断言する。

前世の頃から私は、信心深い彼女とは真逆の無神論者だった。


『天国なんてモノはただの空想で、人は生きて死んだら存在が消滅するだけ。何も残らない。…そう思うよ』


『っ…!』


これでも幼い頃なら "神" と呼ばれる偶像を信じていて…………何度も、神に救いを求めた。


(たすけて下さい)

(おねがい、ママと兄ちゃんがつらそうです)

(どうかたすけて下さい。…それができないなら、わたしも天国に行きたい)



祈ったところで何も救われない。助からない。


この身を持ってよく理解した事実。



『で、でもさ! もし天国が無かったら事故とか犯罪に遭って亡くなった人達が報われなくて可哀想じゃない?』


『…そうだね』


焦ったように意見する彼女に対して、私は困った顔で笑って誤魔化すしかなかった。


〜〜〜〜〜〜




前世(むかし)の記憶を昨日の事のように思い出す。

エキドナは何も言わないまま、手すりをギュッと握り締めた。



(……天国なんて、やっぱり無かったよ… "(さち)" )



空を見上げ、エキドナは懐かしい親友の名を心の中で呼ぶ。


返事なんてあるはずもなく空白だけが自身に帰って来る。



そしてそのまま黄昏ていたらフィンレー達に自殺未遂と誤解されてしまったのだ。




(この子もだいぶ純粋だからなぁ…。"自殺" なんてする訳ないのに)


未だに不安そうな弟を見守る。

同時に暗い思考が過るのだった。





誰が死体の処理をするんだ。


死んだ人間の身体なんて誰も見たくないし触りたくないものだろう。

そんな身勝手な行為でどれだけの人に迷惑を掛けて…もしくは無関係の人や大切な人達の心を傷付けると思っているんだ。


死のうとする際に一瞬でもその光景が、未来が思い浮かばないのか。



私はいつも思い浮かんだ。



だから、ずっと生き続けている。

死に損ないのまま…生き続けているんだ。





(……)


自身の冷め切った考えが脳裏にこだましながら…エキドナは再度 "笑う"。

フィンレーの両手を引いて一緒に立ち上がる。


「…さて! フィン達には散々心配掛けちゃったし、さっさと部屋に帰るね!」


二人に向かって明るく宣言しながらフィンレーの両手をパッと離して方向転換する。

そのまま出入り口の扉へ向かって自分の足で歩き出した。


「ねっ姉さま…まっ」


姉の切り替えの早さについて行けずフィンレーがまた慌てた声を出す。


ガシッ


「っ…」


ドッッックン


"背後から掴まれて" …エキドナは歩みを止めて固まった。

一瞬、眼下に暗闇の空間が蘇る。


「待って。ドナ」


バッ


リアムの声と共にエキドナは振り返り反射的にその手を振り払おうとした。


……振り解けなかった。

手に力を込められ振り解けなかったのだ。


「離してリー様」


不快感を隠せずエキドナはリアムを軽く睨む。

けれどリアムは動じない。


「嫌だ」


「嫌って…」


「ドナ」


腕を掴む手をよりしっかり握り締めながら……リアムの青い目が、エキドナの金の目を真っ直ぐに射抜いた。

そして口を開く。



「もう僕達から逃げるのはお終いにしよう…ドナ」


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