動き出す
全体的にフィンレー視点っぽくなっています。
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動き出すのはいつも突然だ。
ふとした瞬間、ふとした感情の揺れ。
それだけで停滞していた物事は急激に動き始める。
いや本当は……ずっと音も無く降り積もっていた "何か" が、器から溢れ出しただけなのかもしれない。
「早退…?」
「あぁ、さっき本人からそう言われたぞ。何も聞いていないのか?」
昼食休憩の時間の後、エキドナが忽然と姿を消した。
異変に気付いたのはフィンレーだ。
最初はなんて事の無い、いつも通りの軽い散歩だと思っていた。
でもしばらく経っても帰って来る様子は無い。
そこでひとまずメンバーの半分は教室で待機しつつ残り半分で周辺を探していると…午後からの授業のため移動していたクラークと遭遇したのだ。
「『体調不良』だそうだ。顔色も悪かったから許可した。ほら、わかったらさっさと教室に戻れ。もう時間ギリギリだ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 何で止めなかったんですか!!」
焦りから思わず噛み付くフィンレーにクラークが呆れて息を吐きながら言葉を付け足す。
「……はぁ、安心しろ。念のためオルティス嬢の専属侍女が迎えに来るまでの間は養護教諭に預けた」
「あ…なんだ…良かった」
結局その後は授業開始ギリギリの時間で急いで他の場所で探していたリアム達を呼び戻して教室に戻った。
「ドナちゃんったら私達に一言言ってくれたら良かったのに〜」
「普段のドナ氏ならきっちり言いそうですがなぁ…。ハテハテそれほど具合が悪かったのでありましょうか」
エブリンとセレスティアが和やかに会話している中でフィンレーがコソッとリアムに尋ねる。
「…こんな事、今迄ありましたっけ?」
「無い」
「ですよね…」
軽く言葉を交わしながらも心中の不安は拭えない。
フィンレーは暗い面持ちのまま授業が終わるのを待つしか無かった。
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放課後、リアムとフィンレーは女子寮の前に居た。
生徒会長のイーサンに事情を説明して本日の生徒会業務を抜けさせて貰ったのだ。
現在同じく業務を休ませて貰ったセレスティアがエキドナの見舞いに行っている。
「直接お見舞いに行けたら良かったのに…」
「僕達じゃ女子寮には入れないでしょ」
「…おっしゃる通りです」
そう。
この学園は未婚の若い男女だからという理由で、原則として男子寮ならまだしも女子寮に男子生徒は入れないのだ。
仮に男子寮に女子生徒が入る場合も事前に申請して通らなければ入れない。
前回姉が過呼吸で倒れた際は『致し方ない状況でなおかつリアム王子はエキドナの婚約者だから』と、あくまで特例で部屋までの入室を許されていた。
(こういう時は、『男子生徒は女子寮に入ってはいけない』って規則が煩わしいな…)
フィンレーは俯き歯痒く気持ちのまま自身の手のひらを強く握り締めるのだった。
(疚しい理由なんてどこにもないのに!!)
すると女子寮の扉が開き、セレスティアがバタバタと戻って来る。
「ティア! 姉さまは!?」
「あのっ…落ち着いて聞いてくだされ…!」
駆け寄るフィンレーに待ったを掛けてセレスティアが真剣な表情で周囲を見渡し声を潜める。
「エミリー殿に確認したのですが、『散歩に出る』と言ったきり一時間以上帰ってないそうですぞ!」
「「!!!」」
一気に血の気が引く。
正直に言えば姉はいつもフラフラどこかへ行く事があった。
割とすぐには帰って来ず一時間を超える事だってあった。だから普段なら気に留めなかっただろう。
でも、今回は今迄と事情が全然違う。
「リベラ嬢。イーサン達にもそれとなく伝えて協力を仰いで下さい。…出来る限り内密に」
「御意であります…!」
リアムの冷静な指示によりセレスティアが急ぎ足で学園へと向かう。
「リアム様…!」
「フィンレー、僕達もドナを探そう。…本当にいつも通りただの散歩かもしれないし大袈裟に騒ぐのも性急過ぎる。だから極力目立つ行動は控えながら…急いで探そう」
結局リアム達は学園に戻り途中でセレスティアと別れ学園周辺を探し始めた。
(何故もっと早く行動しなかった! 授業を抜けてでも姉さまの元へ行くべきだった…!!)
フィンレーの中で焦りと後悔の感情がどんどん大きくなる。
姉の居場所を探すのは困難だった。
探しながら改めて、彼女がいつもどこへ行って何をしていたのかよく知らない事に気付く。
問い掛けてもいつも
『ぶらぶら歩いていた』
『ぼ〜っとしていた』
『うたた寝していた』
と言っていたから。
しかしながら彼女の "前世の過去" を知った今では、もしかしたらと思う。
(もしかしたら、姉さまはずっと一人で…!)
「…レー。フィンレー!」
リアムの呼び掛けにフィンレーがハッと意識を戻した。
「これだけ周辺を探しても居ないって事は、ドナは学園の施設内か或いは…」
「そうですね。或いは学園外…」
万が一外だったら色んな意味で危険だ。
事情を説明してすぐにオルティス侯爵である父への協力を求めた方がいいのかフィンレーが思案していると、同じく考えを巡らせていたらしいリアムがふと思い出すように呟く。
「……ドナって、よく遠くの景色を眺めるのが好きだったよね」
「え、えぇ。そうですね」
困惑を隠せずに返すとリアムが冷静な顔でフィンレーの顔を見る。
「この学園内で一番景色を見渡せる場所は…」
リアムの言葉にフィンレーも言葉の意図を理解して答えるのだった。
「屋上…!!」
ここ聖サーアリット学園にも屋上は存在する。
しかしながら、いささか開放的過ぎる空間が仇となり風が吹き荒れる事が多いため貴族の子息子女が好んで行く場所では無いのだ。
だから捜索範囲からも除外していた。
(リアム様って、姉さまの事をほんとによく見てるよな…)
自身より先を急ぐリアムの背中を見つめながらフィンレーは先刻からのやり取りを振り返りリアムと自身の差を改めて認識する。
ずっと焦っている自分と違って冷静に考えて行動出来ているところも含めて。
(本音を言えば腹が立つ。悔しい。目の前に居るこの人をいつまでも超えられない自分が悔しい)
…だけどものすごく頼りになる存在なのも事実だ。
(思えば僕は…姉さまの "姉" としての顔しか知らなかったのかもしれない)
いや、初めから知ろうとしなかったのかもしれない。
無意識のうちに姉にずっと甘えていたのかもしれない。
そしてリアムの言う通り、改めて "今の彼女" なら誰も行きたがらない屋上へ行ってもおかしくないかもしれないと思った。
人目を避けたいのなら好都合の場所だから。
(……だけど、何でわざわざ今一人で屋上へ…?)
その瞬間、目に見えない大きな影がフィンレーの背後から差し迫り身震いする。
(まさか…!)
もし居るのなら頼む間に合ってくれ…!!
そう強く願いながらフィンレーはリアムと共に屋上へと急ぐのであった。