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第三者であり経験者(フィンレー視点)


________***


『私には "エキドナ・オルティス" じゃない前世の記憶が、八歳の頃からあるの』


姉からの衝撃的な告白から翌日…彼女、エキドナ姉さまはいつもと変わらない様子だった。


「ドナ氏! 今日の授業の課題無事終わりましたかな?」


「うん…まぁ、その…」


朝、セレスティアからの質問に姉さまは歯切れ悪く言いながら気不味そうに視線を逸らしている。


「オヤオヤ? 大丈夫でござるか? でしたら今日は隣の席に「お願いしまっす!!」


セレスティアの提案を姉は即座に両手を合わせて拝むようなポーズで頼んでいる。


…昨日の事が何かの間違いだったかのように、

まるで "何も無かった" かのように、


「ドナ氏のそういう潔いところ嫌いじゃありませんぞ!」


「照れるわ〜」


僕から見てもそう錯覚させられるくらいに…いつもと変わらない元気な姿だけ。


「ドナちゃん♡ はいあ〜ん♡♡」


「自分で食べれます結構です」


「え〜冷た〜い」


昼休憩中。

未だに所構わず姉さまに迫るエブリンをバッサリ拒否している。

本当にいつも通りの光景。



『私は…六歳の頃に知らない若い男に…レイプまがいをされた。だから、男嫌いになった』



それでも昨日見せたあの悲しそうな姉さまだって間違いなく姉さまで、


「フィン、エミリーからクッキー貰ったけど貴方も食べる?」


姉さまが僕に向かって穏やかに微笑む。


「…うん。食べる。ありがとう」


僕も笑ってクッキーを受け取る。


本当にいつも通り。

今迄気にした事さえ無かった、いつも通りの優しい姉さま。



……だからかえって、その "いつも通り" な姉の姿がとても不安定なものに見えた。







「……あの、例え話なんですけど」


「例え話、か」


正直…この人に相談するかどうかは悩んだ。

下手をすれば本人がずっと隠していた秘密の一部を、この人に知られかねないから。

多分姉さまは僕達以外に知られるのを望んでいないから。


「…例えばですよ? 近しい人が、いつもと変わらず元気に過ごしているんですけど……その、ほんとは悩み?を抱えていて、その悩みをずっと誰にも言わずに隠して来たんです」


「……」


目の前にいる人が話を促すように無言で頷く。

軽い安心感を得ながら話を続ける。


「……先日その事を、本人から打ち明けられまして、」


それでも、この人に聞いた方がいいと思った。

だって僕達よりも大人で、頭が良くて、


「なのにその後も "いつも通り" に笑っているんです。何も言ってくれないんです」


「……」


「その人は昔からいつも優しくて、大人で、我慢強くて……だからこそ、僕達にそんな秘密を言うくらい…実はかなり追い詰められているんじゃないかって事に気付いたんです」


「…そうか」


恐らく "姉が受けたであろう苦しみ" を、一番よく知っている人だから。


「だけど何も言ってくれない。秘密を打ち明けてくれた後もまるで何事も無かったように振る舞って……だから、その人が今…何を思っているのか、どうしてほしいのかがわからないんです」


「……」


目の前に居る人は、僕を真っ直ぐ見つめてただ聞いてくれた。

その深緑色の目を真っ直ぐに。


「貴方ならどう思いますか? ……クラーク先生」




放課後。

生徒会業務を早々に終えたフィンレーはこの学園の化学教師であり生徒会顧問でもあるクラーク・アイビンの研究室に足を運んでいた。

『実は生徒の悩みを聞いたり進路相談をしてくれるらしい』と友人間の噂話で知ったのだ。

突然の訪問にクラークも少々驚いていたが、『相談に乗ってほしい』と言うとあっさり迎え入れさらに話をしやすいようにするためか椅子まで用意してくれた。

なおフィンレーとクラークはエキドナの件さえ無ければ "化学が得意" という共通点があるため、化学の研究や論文などの話で盛り上がる程度には良好な関係を築いている。


本当は姉の元へ行きたかった。

でも業務を終えてこの後一緒に居ていいかと確認したら、



『う〜んそうだねぇ…。今日は部屋でゆっくりしたいからまた今度でいいかな?』



とやんわり断られたのだ。

これもたまにある事、"いつも通り" の少し申し訳なさそうな顔。

だからそれ以上は何も言えず……姉と別れた後も、このモヤモヤを自分の中で上手くまとめられなくて結論も出せなくて…(きびす)を返し学園へ戻った。

『第三者の意見は自分を冷静にさせてくれるし、自分には見えない視点とか考えとかも得られる』と昔姉が言っていたのを思い出したからだ。


もちろん自分と同じ状況下であるはずのリアム様にも姉の事を訴えた。

でもリアム様はリアム様で『相手が何もしない以上こちらが動くのは得策じゃない』と澄ました顔で勝手に結論付けており、それ以上話が進展しなかったから第三者の意見を聞く事にしたのも大きい。


先刻の出来事を思い返しながらフィンレーは真面目な顔でクラークを見やる。

しかし当のクラークはやや眉を寄せ難しそうな表情をして口を開くのだった。


「"その人" が何者かは置いとくにしても全体的に情報量が少なすぎる。…ひとまず『その人物が悩みを打ち明けたのに以前と同じ反応』という事は、単に放って置いてほしいだけではないのか?」


「…そうですか…」


クラークの手厳しくも至極まっとうな意見にフィンレーは納得しつつ僅かにしょんぼりした。

その反応を見たからかクラークがさらに言葉を重ねる。


「……フィンレーとその人物との関係がよくわからんが『これ以上心配してほしくない』と思ったから何も言わないんじゃないか?」


「…はい。僕もそうなんじゃないかなって途中で思いました。でもっ、でも僕は…」


「ならフィンレーが『何かしてあげたい』という考えを "その人" とやらに直接言えばいいだろう。その方が早い」


「……う〜ん」


「唸るほど難しい相手なのか」


「まぁ…そうですね…」


本音を言えば…仮に姉に直接言ったとしてその後どうなるのかがわからなくて怖いのだ。


「じゃあこれはどうだ? その悩んでいる人とやらの立場を自分に置き換えて想像して今どんな気持ちかを考えるんだ。それなら自然と答えが見つかるんじゃないか?」


「『自分の立場に置き換えて』…」


クラークの助言に、フィンレーはゴクリと生唾を飲む。


(ほんとに言うの? …これ)


思わず自問自答する。迷いが生じる。


何故ならクラークという人間のプライベートに踏み込み過ぎる質問だとフィンレーもよくわかっているからだ。

我ながら人としてどうかと思う。

クラークの事を無闇に傷付けたい訳でも無い。


(……それでも、)


それでも、尋ねなければと思った。

"相手の立場を想像して…" ならフィンレーだってとっくにやっているのだ。

やったが、あくまで "想像" でしかない。

想像にはどうしても限界がある。

実際に経験しなければわからない事だって沢山あるのだ。


そして目の前に居るこの教師は、"それ" を経験している。


「クラーク先生は、どうだったんですか?」


「? 何がだ?」


グッと膝の上に置いた手のひらを握り…クラークの目を見て答えた。


「前に……その、お、襲われた時、…一体どんな気持ちに……っ!」


気付けば無意識にフィンレーはクラークの視線から目を逸らしていた。


「……!!」


しかし途切れ途切れの言葉でフィンレーの問おうとした内容が伝わったらしいクラークが深緑色の目を大きく開く。


「すっすみません! やっぱり忘れて…」


「オルティス嬢か?」


「えっ!!?」


「 "その人" とやらは、まさかオルティス嬢の事なのか…!?」


「そっそれは」


「いや言わなくていい。…王家の問題に不用意に関わるのはごめんだ」


思わず追求してしまったと言わんばかりにクラークが後悔気味に自身の額を手で押さえて軽く左右に首を振る。


(…どう解釈してそうなったのかはわからないけど、助かった…!!)


あのまま問い詰められれば危うくクラークの姉に対する疑惑が確定してしまうところだったのだ。

いや、現時点でほぼ確信しているようだから意味が無い気もするし仮に確信していたとしてもクラークは周囲に話さず秘密にしておいてくれると思うのだが。


思いながら心の中でフィンレーが冷や汗をかいていると…フゥ、とクラークが小さく息を吐き下を向いてポツリと呟いた。


「…… "俺の気持ち" か」


「あっあの…」


「本音を言えば、"あの時" の事は一刻も早く忘れたい。過ちであり汚点でしかないからな」


「!!」


今のやり取りで "やはり教えて貰うのは無理だったか" と思っていたフィンレーが驚いて息を飲む。

しかしその様子に気付いていない…否、気付く余裕もないらしいクラークが表情を険しくし腕を組み身体を僅かに硬らせるのであった。


「あまり思い出したくもないし考えたくもない」


「っ…本当に、すみませんでした!!」


クラークの本音にフィンレーは申し訳なさからその場で勢いよく立ち上がり頭を下げる。

やはり尋ねるべき内容では無かったと今更ながら強く後悔する。

だがクラークはそんなフィンレーを見ながら…静かに言い放つのだった。


「だから、そっとしてやれ」


「え?」


困惑気味にフィンレーが頭を少し上げてクラークを見る。

未だじっとフィンレーを見つめるクラークの表情は…真剣だった。


「相手の事を想うなら何もしなくていい。むしろ下手に慰めたり励ましたりするくらいなら何も言ってやるな。逆効果だ」


断言しながら、クラークの表情が心なしか悲しそうなものに変わる。


「その優しさが…時として残酷に感じる場合もある」



これはクラークの実体験だ。

…かつて起こったあの事件の後、目撃した学園長及び複数の教員からは笑いながら慰められ励まされた。


『いやはや、アイビン先生も大変でしたな! でも何事も無くて良かったではありませんか!!』


『そうですとも〜。逆に羨ましいくらいですよ』


『若い教師の特権ですな!』


相手に悪意が無いのはわかっている。

場の空気を明るくするために笑って励まそうとしてくれている事くらい頭では理解している。

だから必死に口を開き言葉を紡いだ。笑顔を作った。


『…ご心配お掛けして申し訳ない、です』



でも本当は大声で喚きたかった。


"もうやめてくれ"


"貴方達に一体何がわかるんだ"


と。



一瞬思い出された激情にクラークは思わずそのまま目をつぶり、まるでフィンレーの視線から逃れるように立ち上がって身体ごと後ろを向く。


「…俺から言える事は、それくらいだ」


「……」


彼の周囲に言わなかった本音や苦悩を目の当たりにしたフィンレーは事の重大さをより深く実感して掛ける言葉を見失う。

クラークの自身よりも大きく頼もしいはずの背中を、ただ黙って見つめる事しか出来ないのであった…。


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