もう一つの理由
永禄五年(1562年)三月上旬 山城国葛野・愛宕郡 烏丸小路 上御霊神社 六角本陣 飛鳥井基綱
六角の本陣を訪ねると六角左京大夫、右衛門督親子は五人の重臣達と共に俺を迎えてくれた。エラいものだ。時刻は亥の刻、現代なら夜の十時を過ぎているんだが不機嫌そうな表情をしている者は居ない。顔色の悪い奴は居るな。右衛門督だ。
「はて、斯様な時刻にお越し頂くとは一体何事でしょうか」
「少々困った事が起きました。左京大夫殿のお力を借りたいのです」
扇子で口元を隠しながら言うと左京大夫が訝しそうな顔をした。ふむ、どうやら知らないらしい。やはり公家からの文は右衛門督だけに送られたのだろう。
「先程ですが麿の邸にならず者が七十人程で押し寄せて来ました。麿を殺すのが目的だったようです」
左京大夫が眉を寄せそして愕然としたように右衛門督を見た。右衛門督が顔を強張らせている。重臣達は様々だ。驚いている者、厳しい目で右衛門督を見ている者、表情が変わらない者……。こいつは知っているらしいな。
「追い払ったのですがその者達、此処に戻りましたな」
シンとした。誰かがゴクリと喉を鳴らした。
「右衛門督! その方か!」
怒鳴りつける左京大夫に”左京大夫殿”と穏やかに声を掛けた。左京大夫がハッとしたように俺を見て頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。倅の不始末、お詫びのしようも」
「どうか、お平らに。麿はこの件を公にするつもりはおじゃりませぬ。なればこそ、この夜更けに此処を訪ねておじゃります。誰かを咎めるつもりもおじゃりませぬ」
皆が顔を見合わせている。困惑しているな。右衛門督はホッとしている。甘いよ。俺は咎めないが皆はお前を咎めるぞ。次期当主の資格無しとな。
「それは、つまり、取引をしたいと?」
左京大夫が探りを入れてきた。まだまだ、此処じゃ無いよ。
「ほほほほほ、そうではおじゃりませぬ。誤解を解いておきたいと思ったのです」
あらあら、益々困惑だな。
「左京大夫殿、昼間の話ですが御家来衆には話しましたかな?」
「勿論にございます。家臣達も摂津に踏み込むのは避けるべきだと言っております」
左京大夫が五人の家臣に視線を向けると五人がそれぞれの表情で首肯した。不満そうな奴は居ないな。となるとやはり右衛門督の独断か。
「そうですか。……実はあの時、言わなかった事がおじゃります。言っておけば今回の事は起きなかったかもしれませぬ。それを思うと今回の一件、怒りはおじゃりますが右衛門督殿を責めて終わりには出来ないと思うのです」
皆が顔を見合わせている。俺は小首を傾げて考える素振りだ。
「それは如何なる事でございましょう?」
「……」
「頭中将様?」
左京大夫が俺を案じるような声を出した。食いついてきたな。一つ息を吐いて姿勢を正した。皆も釣られたように姿勢を正した。うん、上出来。
「六角家が摂津に踏み込み、そして勝った場合の事でおじゃります」
皆が顔を見合わせた。意外そうな顔をしている。
「しかし頭中将様は摂津に攻め込めば負けると……」
「左様、十の内九までは負けましょう。しかし残りの一は分かりませぬ。織田と今川の戦いは誰もが今川が勝つと思った筈。なれど今川は治部大輔が討ち死にするほどの負け戦となった。戦に絶対はおじゃりませぬ。そうではおじゃりませぬかな?」
俺の言葉に皆が頷いた。野良田の事は言わないでおこう。気分を害するからな。
「十の内九まで負けると見て引くか、十の内一の勝ちが有ると見て進むか。それは人によりましょう。特に此度の戦では天下の覇権が掛かっておじゃります。なればこそ、勝った後の事を言っておくべきだったのではないかと」
右衛門督がウンウンと頷いている。何? 俺が悪いとでも言いたいのか? お前の事を庇ってやってるんだろう。この馬鹿が! やっぱりこいつは駄目だな。
「左京大夫殿、勝った後の事を考えましたかな?」
左京大夫が”いえ、それは”と言った。面目なさげだな。家臣達も困惑だ。戦って勝つので精一杯、その後なんてろくに考えた事は無いのだろう。三好と戦うというのはそこまで重いという事なのだ。
「地獄でおじゃりますぞ」
皆が息を呑んだ。勝った後が地獄。想像も付かなかったのだろう。
「六角家にとっても、畠山家にとっても地獄になります」
「……」
「そして朝廷も地獄を見る事になります」
うむ、今度は皆が顔を見合わせている。
「地獄とは……」
呟いたのは後藤但馬守だった。
「信じられませぬかな?」
問い掛けると但馬守が”いえ、そのような事は”と慌てた。”ほほほほほ”と扇子で口元を隠して笑った。責める気は無いよ。勝った後が地獄なんて滅多にないからな。でもごく希にそういう戦いも有るんだ。
「信じられぬのも無理はおじゃりませぬ。しかし麿の見るところでは間違いなく地獄になる。勝たねば良かった。摂津に踏み込まなければ良かったと悔やむ事になりましょう」
「それは、何故でしょう?」
左京大夫が問い掛けてきた。左京大夫の顔をジッと見た。
「それは、公方が六角、畠山を信用出来ないと疎んじているからでおじゃります」
左京大夫の顔が歪んだ。思い当たる節が有るのだと思った。重臣達は顔を見合わせているが驚きは無い。この連中も心当たりが有る。
「有り得ぬ! 我らは公方様の命で三好と戦って」
「右衛門督!」
左京大夫が右衛門督を叱責すると右衛門督は不満そうな表情を見せたが黙った。
「右衛門督殿。公方は大名は自分の命に従うのが当たり前と考える人でおじゃりますぞ。当たり前の事をして褒められるとでも?」
右衛門督が顔を朱に染めた。口惜しそうな顔をしている。
「自尊心が非常に強いのです。ですが感情に流され易く心は脆弱です。本来、武家の棟梁が持たねばならぬ冷徹さはおじゃりませぬ。公方の心に有るのは憎悪です」
”憎悪?”と声が聞こえた。誰だろう? 後藤じゃないが……。
「左様。自分は征夷大将軍として天下を支配し大名は自分の命令に従い自分の威に皆が平伏するのが世に有るべき正しい姿。しかし現実はそうではない。幕府の威は衰え自分の意のままに動く大名など居ない。自分は皆から軽んじられ馬鹿にされている。……理想と現実の差異を受け入れられずにいるのです。そして現実を憎み自分を軽んじている者達を憎んでいる」
右衛門督、お前も同じだよ。感情的で冷徹さが無い。”頭中将様”と左京大夫が俺を呼んだ。
「もしや征夷大将軍の解任の件でございますか? 公方様が随分と御不快で有ったと聞いております」
俺が頷くと左京大夫が溜息を吐いた。左京大夫だけじゃない、重臣達も息を吐いている。面倒な事になったとうんざりしているのかもしれない。
「父上、それは?」
左京大夫が渋い表情で右衛門督を見た。
「そなたが元服する前の事だ。朽木に逼塞していた公方様を三好が解任するという噂が流れた」
「何と!」
右衛門督が声を上げた。公方の解任なんて有り得ないとでも思っているのだろう。
「公方様は三好との和約を破ったからの。三好は公方様を信用出来ぬと相当に憤懣が有ったのだろう。和約を整えたのは儂じゃ。それをあっさりと破られた。儂も面白く無かった。噂は三好が故意に流したのだと思う。儂の反応を確かめるつもりだったのだろう。儂が反対しなければ解任したかもしれぬ」
「それで父上は?」
左京大夫が軽く笑った。
「畠山尾張守と相談し妙な噂が流れているが噂で有って欲しいと願っている。解任には反対だと三好に伝えた。それで終わりよ」
右衛門督が息を吐いた。解任に直接絡んでいないと安堵したらしい。
「しかし、この噂の件を儂は公方様に伝えなかった。尾張守も伝えなかった。報せれば公方様が騒ぐ。無意味だし面倒だと思ったのだ。だから詰まらぬ噂という事で片付けた」
左京大夫の表情が暗いと思った。後悔しているのだろう。
「公方はその事を京に戻ってから知りました。愕然としたようです。自分の知らないところで解任の話が出ていたと。公方は何故自分に報せないのか、六角も畠山も自分を馬鹿にしている。信用出来ぬと憤懣を漏らしたそうです」
今度は右衛門督も反発しなかった。重臣達も暗い表情をしている。
「改元の事もございましたな」
「ええ。あの件も大分不満でした」
俺が頷くと左京大夫が苦笑を浮かべた。
「なるほど、公方様が我らを疎んじるのも道理ですな。解任に改元、どちらも我慢出来ますまい。摂津で勝てば今度は六角、畠山が三好の立場になるという事ですな」
「父上、幾ら何でもそれは……」
右衛門督が悲痛な声を上げた。”右衛門督殿”と呼んだ。
「朽木は公方が京を追われた時、五年に亘って公方を支え続けました。公方が兵を挙げた時は一千貫の銭を提供した。ですが京に戻った公方は朽木の者達を粗雑に扱いました。麿の縁者というのが理由でおじゃります。祖父も叔父達も嘆いておじゃりましたぞ。何故自分達にそのような仕打ちをするのかと」
右衛門督が唇を噛み締めた。未だ納得していないようだな。
「どれほど忠義を尽くしても公方にとっては当たり前の事。感謝などしませぬ」
「……」
「近年、公方は頻りに上杉の名を出し関東の兵を上洛させる事を望んでおじゃります。それは何故だと思いますかな?」
「……」
「信用出来るのは上杉だけだと思っているからです。摂津で勝てば三好を四国へ追い落とせましょう。三好が京へ戻るだけの力を取り戻すには相当の月日を要する筈。それまでの間、公方は六角、畠山の対立を煽りましょうな。時に仲裁する振りをしつつ更に対立を煽ると思います。六角、畠山で戦となれば公方は上杉に六角、畠山は三好討伐で増長し自分を蔑ろにしている。みだりに兵を動かし天下が乱れている。上洛して両者を懲らしめて欲しいと文を書くと思います」
彼方此方から呻き声が上がった。最悪だろ? まあ義輝に其処まで謀才が有るかと言えば疑問だ。しかし義輝に六角、畠山を抑えて政治力を発揮出来るかと言えば無理だ。そして義輝は六角、畠山を疎んじている。つまり混乱して戦になる可能性は少なくないんだ。そうなった時、義輝が頼るのは上杉だ。過程は違うが結果は同じだ。
「なるほど、摂津に踏み込むのは地獄ですな」
「はい。京も焼け野原となりましょう。朝廷にとっても地獄でおじゃります」
左京大夫が大きく頷いた。
「昼間はこの事を言いませんでした。いや、言えませんでした。宮中には幕府に近い者が多いのです。言えば麿が公方を誹謗中傷したと責めましょう」
「いや、道理でございます。已むを得ませぬ」
左京大夫が頷いた。重臣達も頷いているし右衛門督も渋々だが頷いている。じゃあ次だ。
「右衛門督殿。公家達から文が届きましたな。その文を持っていては危険でおじゃります。麿に渡して下さい」
「……」
右衛門督が顔を強張らせた。こいつ本当に馬鹿だわ。
「未だ分かりませぬか? 麿は敵ではおじゃりませぬぞ」
強い口調で言うと左京大夫が”右衛門督”と苦い表情で叱責した。右衛門督が渋々懐から文を出した。結構分厚いな。肌身離さず持っていたか。俺が此処に来たからな。自分を正当化する切り札だと思っていたのだろう。なるほど、渋ったのは切り札を失うと思ったからか。
後藤但馬守が受け取り俺に渡そうとするから先に左京大夫に見せるようにと言った。左京大夫が俺に目礼して受け取り一つを開く。直ぐに溜息を吐いた。それからは次から次へと文を開いて読んだ。最後まで読むとまた息を吐いた。切なさが籠もってるわ。
「どうぞ」
左京大夫が文を俺に差し出した。受け取って一つずつ読んでいく。読んで行くに連れて苦笑いが出た。二条、万里小路は当然だが左右の大臣である西園寺、花山院もか。相当に俺が邪魔らしいな。
「左京大夫殿、公家達は示し合わせて文を送ったようでおじゃりますな」
「そのようで」
左京大夫の口調が苦味を帯びている。
「右衛門督殿、麿が居なければ綸旨は出ると思ったようですがこれらの文には麿を殺せとは誰も書いておじゃりませぬぞ」
右衛門督が顔を赤くした。全ての文に俺が邸に戻った事、春齢は宮中に留まった事が書いてあった。そして書いた者の名前。右衛門督を信用させるには名前を書く必要が有ると思ったのだろう。馬鹿な奴らだ。これで連中を有罪に追い込める。
「その意味、分かりますかな?」
問い掛けると右衛門督が”意味?”と言った。分からんようだな。まあ、分かっていれば乗らんよな。
「麿を殺せば公家達は言いますぞ。誰も殺せ等とは書いていない。強く反対しているのは頭中将だけ。邸に赴いて説得しろという意味だと」
右衛門督が益々顔を赤くした。真っ赤だな。安心しろ、直に青くなるさ。
「綸旨は出ましょう。三好が戻って来たら公家達はこう言い訳する筈です。綸旨を出す事に反対した頭中将は右衛門督に殺された。右衛門督は帝の女婿を殺すような乱暴者、道理が通らぬ。已むを得ず綸旨を出したと。三好の憎悪は右衛門督殿、貴殿に向かう」
俺が扇子で右衛門督を指し示すと皆が右衛門督を見た。右衛門督の顔が強張った。ほらな、青くなった。
「公家を甘く見ぬ事です。公家には武力が無い。そのせいで武家の方々は公家を蔑む傾向がおじゃります。しかし公家というのは力が無ければ力が有る者を利用すれば良いと考えるのです。そして思い通りに動く様を見て嗤う。右衛門督殿、気を付けるのですな。狙われておじゃりますぞ」
強張った儘の右衛門督の顔を見て”ふふふ”と笑った。右衛門督の顔が赤くなった。忙しい奴だ。
「左京大夫殿。麿は明日、浪人達に襲われ危ういところを六角家の兵に助けられたと帝に言上します」
皆が驚きを表情に浮かべた。
「六角の本陣に赴き礼を言った所、この文を貰いました。何でも文は公家達から右衛門督殿に送られたものなのだとか。右衛門督殿は訝しみ左京大夫殿に相談し左京大夫殿は嫌な予感がしたので兵を麿の邸に送った。間一髪でしたな、助けて頂きました」
左京大夫が”なるほど”と頷いた。
「では浪人者を差し向けたのは」
「この文を書いた者達でおじゃりましょう。右衛門督殿に罪を擦り付けるつもりだったようでおじゃりますな」
左京大夫がまた”なるほど”と頷いた。今度は苦笑している。分かるか、右衛門督。この文は持っているだけで危ないんだという事が。
「帝にはこの件で左京大夫殿、右衛門督殿が酷く怒っていると伝えます。自分達に罪を擦り付けようとしたと。この文を書いた者達には相応の処罰が下されるでしょう。それでお腹立ちを納めて頂けませぬか?」
左京大夫の苦笑が益々大きくなった。重臣達も困ったように笑っている。
「勿論にございます。頭中将様の御配慮には心から感謝致しまする」
「礼を言うのはこちらの方におじゃります。感謝致しますぞ」
俺が頷くと左京大夫も頷いた。そちらの罪は問わない。代わりに邪魔者共の一掃に協力して貰う。これが俺の取引だよ。悪くないだろ?
「そろそろ邸に戻らなければなりませぬ」
「夜道は危のうございます。家臣に見送らせましょう。但馬」
後藤但馬守が”はっ”と畏まった。
「有り難うございます。後藤殿に送って頂くとは心強い限りでおじゃりますな」
左京大夫が”ははははは”と笑った。重臣達も笑う。右衛門督だけが詰まらなさそうにしていた。ノリの悪い奴だ。
永禄五年(1562年)三月上旬 山城国葛野・愛宕郡 烏丸小路 上御霊神社 六角本陣 蒲生定秀
頭中将様がお帰りになった後、御屋形様が表情を厳しいものに変えた。ジロリと若殿を睨む。
「右衛門督、この愚か者が!」
怒鳴りつけた。若殿が身を竦ませた。
「何故儂に相談しなかった! 儂は焦るなと言った筈だぞ! その方は一体何を聞いていたのだ!」
「申し訳ありませぬ」
若殿が頭を下げた。御屋形様の息が荒い。歯痒いのであろうな。頭中将様は若殿よりも若い。どうしても比較してしまうのだろう。
「頭中将様を殺してどうするつもりだったのだ? 綸旨を得て摂津に踏み込むつもりだったのか? 摂津には踏み込まぬ、そう決めた筈だぞ! その方は不満か!」
「申し訳ありませぬ」
「儂はどうするつもりだったのかと訊いているのだ。答えよ! 右衛門督!」
御屋形様が膝を叩いて返答を迫った。いかんな、相当に苛立っている。仲裁は止めた方が良かろう。下手に止めれば余計に苛立つだけだ。皆も同じ思いらしい。無言で控えている。
「このままでは六角の面目が立ちませぬ。公方様も不満に思いましょう。せめて綸旨だけでもと……」
若殿がぼそぼそと答えた。やれやれよ、せめてきっぱりと言えぬものか……。
「ならば何故それを話し合いの場で言わぬ。皆を出し抜いて得意面をしたかったのか!」
「そのようなつもりは……」
御屋形様がまた膝を叩いた。
「未だ綸旨が欲しいか!」
御屋形様の問いに若殿が首を横に振った。御屋形様が一回、二回と息を吐いた。怒りを抑えようとしておられる。
「右衛門督」
御屋形様が低い声で呼び掛けた。未だ怒りは収まってはおらぬな。
「浪人者共を始末せよ」
「は?」
若殿の返事に御屋形様が膝を叩いた。
「口を封じろと命じておる!」
「はっ!」
若殿が慌てて畏まった。この辺りが鈍いのよ。
「頭中将様を襲ったのは公家達が雇った浪人者、六角は関係無いのだ。六角に浪人者は要らぬ!」
「はい」
「此度の一件、儂は不満だ! その方に腹を立てておる! せめて後始末くらいは付けて参れ」
「はっ、直ちに」
若殿が一礼して足早に立ち去った。余程に居心地が悪かったようだ。御屋形様が息を吐いた。寂しそうな表情をしている。
「頼りない事だ。あれが何故頭中将様を襲わせたかは分かっている。昼間、頭中将様にあしらわれたからだ。思い知らせてやる、そう思ったのであろう」
「……」
「馬鹿では無いのだが感情を抑えられぬ。それが出来るようになれば一皮剥けるのだが……」
御屋形様が溜息を吐いた。そうだな、そうであれば平井殿はこの場に居た筈だ。六角家は無理に三好攻めを行わずとも済んだかもしれぬ。
「若殿は未だお若うございます。今少し時が経てば……」
進藤山城守殿の言葉に御屋形様が首を横に振った。
「右衛門督はもう十八だ。若いというのは理由にならぬ。頭中将様は十五にならぬが我らを手玉に取る程の強かさを持っておるのだぞ。とても及ばぬわ」
御屋形様が嘆いた。まあ、確かにそうなのだがあれは化物よ。人では無いわ。それと比べるのは……。親成ればこその嘆きで有ろうが困ったものよ。