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貫首




永禄四年(1561年) 十二月下旬            山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 飛鳥井基綱




 春齢の不満そうな表情は変わらない。何故俺が肩と腕に怪我をしたのか。何が起きたのか。あの時、土を踏む足音が聞こえ幕臣の義輝を呼ぶ声と寿の悲鳴のような声が聞こえた。気付いた時には義輝が木刀を振りかぶって寿に飛びかかる所だった。寿の悲鳴は義輝を恐れてのものだったのだ。俺は慌てて寿を突き飛ばした。そして左腕で義輝の木刀を受けたんだが態勢が十分ではなかったし元々義輝とは相当に体格差が有る。受け止めきれず肩にも一撃を受けた。


「明後日は近衛に行く」

「……」

 春齢が不満そうな表情を見せた。

「寿を責めるな。今回の件で寿は自分を責めている。寿だけではおじゃらぬ。太閤殿下も御台所も自分を責めている」

「……」

 納得していないな。


「近衛と飛鳥井は手を取り合って行かなければ成らないのだ。今回の件、非は公方に有る。近衛の責任ではおじゃらぬ。良いな」

 春齢が息を吐いて頷いた。

「そうね、そうよね」

 そう、悪いのは義輝なのだ。ついでに言えば義輝は運も悪かった。


 後で分かったんだが義輝は寿を狙ったのではなかった。狙ったのは俺だ。本気では無くあくまで脅そう、紙一重で止めて驚かそうと飛びかかったのだが幕臣の一人が義輝が俺を殺そうとしていると勘違いした。慌てて義輝を掴み抑えようとしたのだが振り切られてしまったらしい。結果的にはそれが拙かった。義輝はバランスを崩し木刀を止めるのが遅れた。そして振りかざした木刀は俺では無く寿に向かった。そこに俺が飛び込んだ。


 踏み込んで腕で鎺元の近くを受けたのが良かった。比較的力の入らない部分だからな。あれで多少木刀の勢いを殺せた。それに肩への一撃も木刀の真ん中よりも鎺元寄りになった。力が十分に乗らない部分だ。もし、身体を退いていたら大怪我をしていただろう。もっとも力の入らない部分だと言っても相当に痛かった。俺は尻餅を突き暫く立ち上がれなかった。寿が駆け寄って半狂乱になって俺の事を案じてくれた。俺は義輝に”女子供に不意打ちを食らわすのが足利の兵法か”と言うのがやっとだった。


「公方なんて解任しちゃえば良いのよ」

「公方を解任しても戦は終わらない。混乱が増すだけでおじゃろう。そう教えた筈だ」

「それは、分かるけど……。分かるから余計に腹が立つのよ! ほんと、役に立たない!」

 春齢が唇を尖らせた。鵞鳥になるからその口は止めろ。可愛くないぞ。まあ気持ちは分かる。ほんと、義輝は使えないし役に立たない。解任してもしなくても混乱しかしないんだから。


 あの時、義輝は真っ青になっていたな。脅しが脅しじゃ無くなったのだ。とんでもない事になったと思ったのだろう。もしかすると解任問題が再燃すると思ったのかもしれない。朝廷が、三好が如何動くかと不安にもなったのだろう。そんな義輝に食って掛かったのが寿だった。寿は自分が狙われたと思ったからな。近衛の女がそんなに嫌いか、ならば毬を離縁してはどうか。近衛と縁を切ってはどうかと泣きながら迫った。いや、美人が怒ると怖いわ。義輝はタジタジだったな。


 混乱を収めたのは慶寿院だった。騒ぎが起こったのでもしやと思って駆け付けたらしい。その場の状況をみて大凡の事は察しただろう。寿も義輝の非道を慶寿院に訴えた。慶寿院は医師を呼んで俺の手当てを命じると義輝に事実確認をした。そこで義輝が俺を脅そうとしてこうなったと分かった。呆れたよ。ほんと。怒るよりも呆れた。慶寿院は溜息を吐いていたな。”そなたの兵法が不幸じゃ”と憐れむように言った事、義輝が抗弁出来ずに項垂れていた事が印象的だった。幕臣達も何も言えなかった。言えるような状況じゃ無かったんだろう。


「新年は室町第へ行かないわよね」

 春齢が睨むように俺を見ている。

「そういう予定はおじゃらぬ」

「絶対行っては駄目よ。母様も心配しているんだから」

「……」

「あそこには兄様を敵視している人が多いの。分かっているでしょう?」

「分かっている。無茶はせぬ」

 春齢が頷いた。


「兄様、喉が渇いてない?」

「そうだな」

「今、お茶を用意するわ」

「ああ」

 春齢が部屋を出て行った。


 春齢、あそこには俺を敵視している人間も多いが頼りにならない人間も多いんだ。あの時、誰も事態収拾に動かなかった。責任を取りたくなかったのだろう。結局俺と慶寿院の間で不祥事の事後処理の検討だ。義輝と寿は同席したが発言は無し、幕臣達はシャットアウト。今回の事はあくまで悪ふざけで故意では無い事を確認。故意ではないので解任は無し。その方向で帝を説得する事で同意した。そして俺への謝罪、朝廷への謝罪は先日幕府に収めた千二百貫から俺に二百貫、朝廷に一千貫払う。また、俺には足利家伝来の重宝大典太を贈る。この大典太は天下五剣の一振りで足利尊氏の愛刀だと言われている。つまりそれを渡すほどに反省しているという事になる。それと義輝は朝廷に出向いて帝に謝罪する。


 腕と肩が痛かったけど宮中に行って帝に事の顛末を話した。帝は凄く怒った。解任したいと言ったけど解任しても戦は終わらない。余計に混乱するだけだというと役に立たないと吐き捨てた。父娘で同じ事を言っているけど仕方ないよな。実際に役に立たないんだから。俺は小番を免ぜられ二日休んだ。休んでいる間に色々な人が見舞いに来た。太閤殿下、寿、毬、慶寿院、春日局、細川兵部大輔、重蔵、葉月、堀川主膳、吉岡又一郎先生。又一郎先生は踏み込んで受けたのは見事と褒めてくれた。義輝の新当流よりも俺の吉岡流の方が上だと言いたいらしい。笑いを堪えるのが大変だったわ。

「兄様、お茶よ」

 春齢が部屋に入ってきた。

「ああ、済まぬな」




永禄四年(1561年) 十二月下旬            山城国葛野・愛宕郡 西洞院大路 飛鳥井邸 当麻葉月




 カラッと戸が開いて頭中将様、九兵衛が姿を現した。

「久しいな、葉月。今日は年末の挨拶かな?」

「はい、今年も御贔屓に与りました。何と御礼を言って良いか」

「なんの、助けて貰っているのはこちらの方でおじゃろう。礼には及ばぬ」

 頭中将様が座った。妙なお方だ。このお方に仕えてから桔梗屋は皆が驚くほどに商売が順調に進み大きくなった。


「お怪我は如何でございますか?」

 頭中将様が腕をぐるりと回した。

「見ての通り、もう大丈夫だ」

「それはようございました。大分評判でございますよ」

「公方の事かな?」

「はい、脅しだったと言っていますが本当は本気で頭中将様を殺すつもりだったのではないかともっぱらの評判です」

 頭中将様がクスッと笑った。


「それはおじゃらぬな。それが出来る程に悪辣で果断ならあそこまで公方が幕臣達に侮られる事はおじゃらぬ」

 確かにそうかもしれない。それにしても辛辣な。

「兵法の事も評判でございます。公方様の新刀流よりも頭中将様の吉岡流の方が上だと。それを聞いて吉岡道場の吉岡又一郎様がお喜びだとか」

「困ったものだ」

 頭中将様が苦笑いを浮かべている。


「公方が木刀を振るっているところを見たが相当な腕前と見た。一対一で立ち会えば麿など一瞬で撲殺されような」

「まあ、それほどまでに?」

 問い掛けると頭中将様が”出来る”と言って頷いた。

「もっとも公方の兵法が役に立つ時が来るとすればそれは公方にとって不幸な時でおじゃろう」

 なるほどと思った。足利と三好の軋轢がこれから益々強まるのは間違いない。武家の棟梁である公方自らが刀を振るう時か……。


「ところで葉月、そろそろ戦の準備をしなければならぬ」

「はい」

「二人張りの弓、三人張りの弓、四人張りの弓をそれぞれ十張り購入したい。それと矢を六百本」

 弓が三十張りか。九兵衛は驚いていない。既に相談済みという事か。


「今からですと年が明けますが……」

 ”構わぬ”と頭中将様が頷いた。

「六角、畠山、三好の戦は二月以降でおじゃろう。一月一杯に用意して貰えれば問題おじゃらぬ」

「分かりました。他にはございませぬか?」

「矢防ぎの板を三十頼む。これも一月一杯に」

「確かに」

 頭中将様は矢戦【やいくさ】をするつもりらしい。敵が来るのは夜の筈。待ち伏せして不意を突くのだろう。


「それとな、まきびしを頼む」

 思わず”まきびし?”と言ってしまった。頭中将様が顔を綻ばせた。

「意外な注文でおじゃるかな?」

 自分の顔が赤らむのが分かった。

「いえ、そのような事は。ですがあれは忍びの道具にございますぞ。宜しいので?」

 頭中将様が真顔になった。


「構わぬ。敵の勢いを止めなければならぬ。こちらは敵に比べれば少数だ。正面からでは分が悪い。足止めし不意を突く事で敵を混乱させる」

「はい」

 私が頷くと頭中将様がニヤリと笑った。

「暗闇で出鼻を挫かれ五人、十人と仲間が倒れればあっという間に士気など落ちる。そうなれば烏合の衆よ。先を争って逃げ出す事でおじゃろう」

「左様でございますな」

 襲ってくるのは浪人者だ。助け合うなどという事は有るまい。まず逃げる。


「三間四方にばらまける量を頼む」

「分かりました。楽しみでございます」

このお方の戦振りを間近で見る事が出来る。声が弾んだ。

「遊びではおじゃらぬぞ」

 頭中将様も笑っている。

「それは分かっております。ですが楽しみでございます」

 棟梁にも教えなければ。きっと棟梁も楽しみだと言うだろう。


「銭の心配はするな。公方から迷惑料で二百貫貰っている。遠慮無く請求してくれ」

「まあ、ほほほほほ」

 とうとう笑い声が出た。このお方は本当に楽しませてくれる。

「米は買っているのか?」

「はい、大分買い付けました」

 頭中将様が”重畳”と頷いた。三好に売れば大儲け出来るだろう。


「京の米は買っているのか?」

「いえ、京の米の値を上げては御迷惑かと思いまして買ってはおりませぬ。殆どは摂津、丹波、播磨の米にございます。相当に買い占めました。三好も簡単には……」

 米を手に入れる事は出来ない。桔梗屋から買い入れる事になる。 

「京の米も買って欲しい」

「宜しいのでございますか? 京で米不足が起きまするぞ。値が高騰しましょう」

「構わぬ、米不足は一時的なものだ」

 京の米、狙いは三好では無い。


「六角でございますか?」

 頭中将様が頷いた。

「京で簡単に米が手に入らぬようにしたいのだ。米が無ければ動けぬ。これも兵糧攻めよ」

「なるほど、六角の足を止めようというのでございますね。しかし上手くいくかどうか……。二月か三月に戦となれば時が……」

 今少し早く言って頂ければ……。頭中将様がフッと笑った。ぞくりとした。今度は何を……。


「重蔵に頼んで欲しい。三好は長戦で兵糧に不安を抱えていると山城、河内、和泉、摂津で噂を流せとな。米を高値で買うだろうと。そして三好が敗れたら飢えた六角、畠山が米を奪うだろうと噂を流す」

「なるほど。最初の噂で皆が米を買い占めましょう。米の値が上がります。しかし次の噂が流れれば……」

「皆が慌てて米を吐き出す。山城、河内、和泉、摂津で米の値が暴落するだろう。それをそなたが買う」

「ほほほほほ」

 相変わらずとんでもない事を考えるお方だ。

 

「ですがそうなれば六角は近江から米を運ぶのではありませぬか?」

「そうだな、畠山は紀伊から米を運ぶだろう。近江、紀伊の米は主膳の手の者に襲わせる。奪うか、焼くか。兵糧の全てを奪うのは無理だろうが不安があるだけで左京大夫、尾張守の足は鈍る」

「確かに」

 兵糧に不安が有っては京から摂津には踏み込めない。畠山は兵糧に不安を抱えた状況で単独で三好と戦う事になる。


「全てが終わった後で山城、河内、和泉、摂津の米は通常の値で売りさばけば良い。十分に儲けが出る筈だ。まあ、上手く行けばではおじゃるがな」

「ほほほほほ、楽しみでございます」 

「遊びではおじゃらぬぞ」

「はい、分かっております。ほほほほほ」

 駄目だ、笑いが止まらない。




永禄五年(1562年) 一月上旬            山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 新大典侍




「今年も節会が行われました」

 兄万里小路権大納言がチラッと私を見た。

「去年よりも一段と賑やかでおじゃったの。帝は大層お喜びじゃ」

「公方の一千貫でございますか?」

 兄が面白く無さそうな表情で頷いた。

「元々二百貫で行う予定だったが一千貫入ったからの。五十貫ほど増やしたらしい。銭が有るというのは有り難い事よ」

 あの馬鹿公方、本当に役に立たない。あの若造の評判を上げる事ばかりする。どういう事なのか……。


「いっそ打ち殺してくれれば良いものを」

 兄がクスッと笑った。

「新年早々物騒じゃの」

「少しくらいは私達の役に立ってもようございましょう」

「はははははは」

 今度は声を上げて笑った。


「兄上!」

「そう怒るな。そなたは知るまいが大変な騒ぎだったのだぞ」

「……それは分かっております。打ち殺せばもっと大変な騒ぎになった事でしょう。解任も有り得ました」

 兄が”ふふふ”と笑った。

「そんな簡単に殺せる男ではないわ」

「……」

 兄が暗い笑みを浮かべている。


「麿は見たのじゃ。あの時、公方が近衛の娘に飛びかかった。頭中将は娘を突き飛ばし自らが木刀を受けた。咄嗟の事じゃ。一つ間違えば命を落とす。簡単に出来る事ではおじゃるまい。それでも頭中将は近衛の娘を助けた」

「……」

 兄がまた”ふふふ”と笑った。


「小賢しい若造なら近衛の娘を見殺しにしただろう。そして公方の罪を問う。それで公方を潰す事も出来た。だが頭中将はそれをしなかった。気性が激しいのは分かっていたが胆力も有る。木刀を受けた後、公方に女子供を不意打ちするのが足利の兵法かと怒鳴りつけたわ。見事よ。正直に言うぞ。感嘆したわ」

 兄が憂鬱そうな表情をしている。或いは息子の頭弁の事を思ったのかもしれない。

 

「あれに比べたら公方など小僧でおじゃるの」

「……母親の慶寿院がそなたの兵法が不幸だと言ったと聞きましたが」

 兄が息を吐いた。

「悪ふざけがあの有様じゃ。何をやっているのかと呆れたのでおじゃろう。母親なればこそ不幸だと言いたくもなろう。幕臣共も公方を庇わなかった。皆、呆れたのでおじゃろう」

「公方は?」

 兄が首を横に振った。


「項垂れていた。何をやっても上手く行かぬ。そんな公方の唯一の自慢が新当流の兵法じゃ。それなのに母親に不幸だと言われては……」

 兄がまた息を吐いた。頭中将にも自慢の兵法を貶された。自尊心など微塵に砕けただろう……。


「実際、麿から見ても何のための兵法かと思う。あそこまで行くと哀れというより無様よ。見ておれぬわ」

 兄がやるせなさそうに言った。兄は公方を蔑んでいない。哀れんでいる。確かに無様だ。本来なら武家の棟梁が哀れまれるなど有ってはならない事なのだから。

「公方は、これから何を心の支えとするのでしょう」

 兄がジッと私を見た。そしてフッと笑った。


「打倒三好でおじゃろう。これまで以上にむきになると麿は思う」

「なるほど、かもしれませぬな」

 つまり足利と三好の対立はより先鋭化するという事か。

「征夷大将軍、武家の棟梁。皆が羨む立場でおじゃるの。だが地位に相応しい器量を持たねば滑稽なだけよ。三好が公方を傀儡にするのも驕りや反発ではなく公方にその器量が無いからなのかもしれぬ。そんな事を思ったわ」

「……不安でございますか? 公方と、幕府と組むのは」

 兄が顔を歪めて私を睨んだ。


「組む? 戯けた事を申すな。あの阿呆共と組めるか。利用するだけよ」

「……二条様もでございますか?」

 益々視線が強くなった。

「当たり前でおじゃろう。二条様も近衛を追い落とすために万里小路を利用しているだけの事。こちらも飛鳥井を追い落とすために二条様を利用する」

 自らに言い聞かせるような口調だった。兄が二条様に好意を持っていないのは知っていた。信用も出来ずにいるのかもしれない。


「直に除目だ。頭弁は参議になり頭中将が貫首になる。お手並み拝見でおじゃるの」

「はい」

 



永禄五年(1562年) 一月中旬            山城国葛野・愛宕郡 平安京内裏 飛鳥井基綱




「お目出度う。本当に貫首になったのですね」

「はい、有り難うございまする」

 養母が”うふふ”と笑った。俺を見て楽しそうにしている。

「養母上、如何なされました?」

「昔の事を思い出したのです」

「……」

 俺が無言でいると養母がまた”うふふ”と笑った。


「そなたに将来は何になりたいかと訊ねた事があります。でもそなたは出世にはなんの関心も示しませんでした。それなのに……」

 今度はクスクス笑い出した。なるほど、そんな事も有ったな。思わず苦笑いが出た。

「随分と可愛げの無い子供でおじゃりましたな」

 養母が今度は声を上げて笑った。


「そんな事は有りませぬ。そなたは私の可愛い息子です」

 鼻の奥がツンとした。実母でさえ俺を恐れた。養母と出会えた俺は世界一幸運だったのだろう。

「そなたは正四位下、新蔵人殿も正五位上に昇進しました。飛鳥井家は慶事が続きますね」

「従兄上は喜んでおじゃりました。昇進も嬉しいようですが仕事が面白いそうです」

 養母が嬉しそうに頷いた。いずれ従兄は四位に進んで近衛中将になるだろう。そうなれば蔵人はお役御免だ。上手く行けば蔵人頭になって頭中将になるかもしれない。まあ、帝が従兄の働きぶりを如何見るかだな。頑張って欲しいよ。


「寧仁様が生まれ節会も賑々しく執り行えました。帝も良い年を迎えられたと喜んでいます。今のところ戦も大きな動きは無いようですが……、動きますか?」

 養母が俺を見た。不安そうな顔をしている。寧仁が生まれたからな。混乱は避けたいと思っているのだろう。

「昨年の暮れですが畠山と六角の間で頻りに使者の遣り取りが有ったようです。おそらくは修理大夫が病ではないかと互いに情報を交換して確認をしたのだと思います」

「それで?」


「その後、大きな動きはおじゃりませぬ。おそらくは修理大夫の動静を探っているのでしょう。病の確証を得ようとしているのだと思います」

「三好は六角、畠山の目を欺けますか?」  

 自然と首を横に振っていた。

「修理大夫は連歌を催すようでおじゃりますな。健在だと周囲に思わせたいのでしょう。しかし戦場に出ないのでは……。六角も畠山も訝しむだけでおじゃりましょう。欺けるとは思いませぬ」

 養母が息を吐いた。


「では戦ですね」

「はい、二月から三月頃に畠山、六角から仕掛けるのではないかと」

「そこで三好が負ける」

「多分。確証は有りませぬが」

 養母がまた息を吐いた。

「そなたの読みが外れた事は有りませぬ。私が願うのは京が戦場にならぬ事。皆が無事である事です」

 今度は俺が息を吐いた。帝もそれを望んでいる。京が戦場にならぬ事を……。


「尽力致しまする」

 でもね、そいつが一番難しいんだよ。


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― 新着の感想 ―
作者様の某所の作品からこちらに飛んできました。この作品には初めて感想を書きます。面白くて一気に読みました。 この流れだと心が壊れた三好長慶が歌を詠む場面が哀しすぎる……
個人的には、万里小路権大納言に一番共感してしまいました。 頼りない息子、哀れな公方、信用できない二条に対する大納言の心情は複雑なものがあるのでしょうね。 また、主人公の行動に感嘆しているのは意外でした…
>帝は凄く怒った 一番お傍に侍る左府卿は、あってはならない帝の御怒りのご様子に(後の始末の事を思い)震えあがった事でしょう 幸い当事者である頭中将が慶寿院様と話を着けていたのを聞いて胸をなでおろす左府…
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