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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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砂漠を抜けて

 左右を砂海に挟まれた砂の道が延々と続いていく。

 流れる砂海の中を覗けば、ときおり奇妙な生物の姿が見えてくる。


 クチバシの長い魚のような何か。流れの速い砂海の中に、身を任すように泳ぎ続けている。

 砂海をゆったりと泳ぐ亀。陸の上を歩く姿も何度か見たので、どちらかといえば陸亀なのかもしれない。

 砂海のそばに根を張るサボテンの群もあった。恐らくは根を経由して、砂海から水を吸い取っているのだろう。いざという時は、水分の補給源として使えるかもしれない。


 思っていたよりも、砂海には生物の姿が多かった。砂海は水を含んでいるため、生物にとっては一種のオアシスなのかもしれない。

 そんな砂海の中を、流れに逆らって動く巨大な影が見えた。砂色の背ビレが水面に突き出している。

 これこそが砂海の王者――砂鮫だった。


 砂鮫が急な流れを物ともせずに、こちらへと近づいてきた。威嚇(いかく)するようにして、水面へと持ち上げた顔面があらわになる。

 砂鮫は、体を大きく使って砂海の水面を激しく叩いた。砂と水が合わさった飛沫(しぶき)が上がる。


「うおっ!?」


 こちらには今一歩届かないものの、威嚇としては十分な効果があった。兵士達は驚きの声を上げ、馬は砂鮫から逃げるために走り出そうとした。


「大丈夫だよ。こっちまでは来れないから」


 ソロンは手綱を引きながら馬をなだめるように叩いた。他の皆も同じように馬をなだめていく。

 砂鮫はそれだけで泳ぎ去っていった。やはり威嚇以上の意味はなかったらしい。


「はぁ……。比喩ではないのですね。まさか、本当に紛れもない鮫だとは……」


 アルヴァは呆れるやら感動するやらで、去る砂鮫の背中を眺めていた。


「ほんとだね。砂漠で鮫を見れるとは思わなかった」


 ミスティンも平静だったが、やはり嬉しそうだった。

 ちなみに彼女の駆る竜も全く動じる様子を見せていない。鮫ごときには驚かないという竜種の誇りが(うかが)えた。


 *


 砂鮫との遭遇を果たしてもなお、砂海は続く。

 やがては日が沈んでいく。

 (さえぎ)るもののない砂漠の中で夕日がまぶしい。赤い輝きの中で、砂色は赤く、暗く変化していく。

 本日二度目の闇――今度こそは正真正銘の夜闇がやって来るのだ。


 長い昼休憩を取っていたため、実質的に歩いた時間はさして長くない。それでも過酷な砂漠を進んだために疲労は大きい。

 また、休憩場所を決めなくてはならない。誤って転落しないためにも、なるべく砂海から離れた場所が望ましかった。

 ……となると、やはり砂漠のまっただ中で野営をするしかない。今回は夜営であるため、テントを張って過ごすことになる。


「どこまでやれるか分かりませんが、砂を使って壁を作ろうと思います」


 アルヴァが杖を手に提案し、ソロンが承諾する。


「了解、任せるよ」


 アルヴァは噴き出す砂を巧みに操り、どんどんと砂を盛っていった。

 しかしながら、周りは元々が遮るもののない砂漠である。全方位を埋めるには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「大丈夫、疲れない?」


 彼女の地道な作業振りを見て、ソロンが声をかけた。


「さすがに全方位は厳しいかもしれませんね……」

「じゃあ、全部は諦めよう。一方向でも壁があれば、ずいぶん楽になるし。後は適当でいいよ」

「……そうですね。そうさせていただきます」


 さすがに辛かったらしく、アルヴァはすんなり同意した。

 結局は北方向だけに高い砂壁を作り、他の方向は砂の小山を作るだけとなった。

 しょせんは砂――手で叩けばボロボロと崩れ落ちるようなもろい壁である。それでも、魔物の視界から夜営を隠すことはできる。

 これで少なくとも北方向の見張りは不要になった。万が一、北の壁を壊して迫る魔物がいたとしても、西と東の見張りが音で気づくはず。


 そうして食事を終えた頃には、夜の闇が降りていた。

 夜の砂漠に風の音だけが寂しく響く。

 南の空を眺めれば、燦然(さんぜん)と輝く南極星が目に入った。


 明日には砂漠をあちらに抜けて、目的地の呪海の亀裂へとたどり着く予定だった。そこでソロン達は、母を始めとした捕囚達を救出しなければならないのだ。

 今日は早めに見張りの仕事を終えて、明日に備えよう。そう時間を調整してもらうように兵士達へ相談したら、


「いえ、ソロニウス殿下。今夜の見張りは私達だけで十分です」

「でも……」

「早ければ明日が決戦なのでしょう。万全の状態を保っていただかないと」


 少し考えた末にもっともだと思った。

 実際のところ、どこで敵と遭遇するかは不確定要素も多い。敵の動きが早ければ明日にでも戦いとなるのだ。

 その時こそ、ソロンは全力を尽くさねばならない。遠慮などと言っている場合ではなかった。


「分かった、みんなにお願いするよ」

「アルヴァ様にグラット殿、ミスティン殿も同様にお休みください。皆様、すぐれたお力の持ち主ですから」


 ……いつの間にか三人の中で、アルヴァだけが様づけで呼ばれていた。彼女の素性を説明した記憶はないので、よほど偉そうに見えるのかもしれない。

 こうして兵士達のお陰で、ソロン達はテントで休めることになった。風よけができるテントの中は、外よりもずっと静かだった。


 昼の闇よりも、夜の闇のほうが時間は長い。

 従って冷え込みもより厳しくなる。今回の旅は、荷物を多めに積む余裕があったのが幸いだった。防寒具は十分にあるため、みな重ねがけした毛布に(くる)まるのだった。

 眠っているうちにも、母達がどのような目に合っていることか……。呪海に連行されるというのは誤情報で、実は既にみな処刑されているのではないか……。そんな最悪の想像も頭に浮かんでくる。


「母さん、大丈夫かな……」


 重苦しい気持ちに押しつぶされて、ソロンはふとつぶやいた。


「……心配するのはいいがな、ソロン。この前みたいに、一人で走っていくんじゃねえぞ」

「うん。置いていかれるほうの気持ちにもなって欲しい」

「それで助けてもらった私としては複雑なところですが……。一人だと失敗する可能性も高くなります。どうか私達を頼ってくだされば」


 かつてアルヴァを助けるために、ソロンは下界の道を一人で突っ走ったのだった。


「わ、分かってるよ。今回は君達と一緒に行く。計算上はきっと追いつけるはずだし」


 仲間達の反応に、ソロンは狼狽(ろうばい)しながらも頷いた。今回は最初から最後まで、仲間を信じて戦おうと決心した。


 *


 翌日、砂漠で目覚めたソロン達は朝早いうちから出発した。

 黒雲の下では、まだ早い朝焼けの時刻から動き出すのが定石だ。なんせ日光を得られる時間はそう長くないのだから。

 やがて、今日もまた昼闇の時刻が迫ってきた。……が、それでいて空はさほど暗くならなかった。

 それはソロン達が南へ移動したことで、白雲の下にずっと近づいたからだ。白雲から漏れる光が前方に降り注いでいた。


「休憩は必要なさそうだね。このまま抜けてしまおう」


 ソロンはそう決断して、南を目指した。

 砂漠の質が徐々に変わっていく。砂の粒が大きくなっていくのだ。そして砂の砂漠は終わり、景色は岩荒野となった。

 さらに一時間が過ぎた頃には、ついに黒雲下の乾燥地帯を抜け出していた。


「おっしゃ、終わったぞ~!」


 グラットが快哉(かいさい)を叫んだ。兵士達も次々に歓喜の声を上げた。

 振り向けば、すぐ後ろには闇が降りていた。

 まるで世界がそこを境界にして、光と闇に隔絶(かくぜつ)されたかのようだ。昼の闇が延々と続くそこは見るからに不気味と思えた。

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