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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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赤鱗のトカゲ

「それにしても、アッチいなあ……」


 暑さに耐えかねたグラットが、またもボヤきだした。実際、砂漠の中で暑さはいや増していた。

 朝の日差しを(さえぎ)るものがなく、黄色い砂が光を跳ね返すためだ。

 それでも、肌をさらすような薄着を着るわけにもいかない。全員が長袖の上にマントを羽織っていた。兵士達も重い鎧こそないが胸当てをつけており、その上にマントを羽織っている。

 それは照りつける日射しと、吹きつける砂を防がねばならないためだ。そして何よりも、暗くなれば今度は正反対に冷え込んでくるからだ。


「なんかこう、魔法で涼しくできねえのか?」


 グラットはしつこく言い続けた。

 昼の光を(さえぎ)る黒雲下では、一日を通して極端に気温が上がることはない。そのため、上界の砂漠と比較すれば、まだ涼しいはずである。

 それでも、今は真夏の真っ盛り。

 快適には程遠い程度に暑苦しいのも確かだ。やはり、雨がなく乾燥しているため(のど)が乾きやすい。


「氷晶石ならありますよ。試してみますか?」


 アルヴァは馬上のまま、青色の魔石を(かばん)から出して見せた。


「おう、頼むよ。氷晶石ってのは、かき氷でも作れるのか?」


 アルヴァの提案にグラットが喜々として頷いた。氷晶石というのは冷気の魔石である。


「いえ、冷気を送り出すだけです。氷が作れるなら、水を確保するためにああも苦労する必要はありませんよ」


 アルヴァは器用に杖先へ青い魔石を取りつけた。グラットに向けた杖先の魔石が輝き出す。

 氷晶石といっても、氷が出てくるわけではないらしい。しかし、ひんやりとした風が、ソロンまで伝わってくるのを感じることができた。


「おうおう、いい感じだなあ」

「気に入っていただけたようで何よりです」

「さすがはお姫様だ。気がきくねえ」

 これにはグラットもご満悦のようだったが。

「――いや、ちょまて、寒い。寒いって!」


 グラットは慌てて馬を動かして逃げ出した。


「というように、多少加減が難しいのが難点です。精神力の消耗もありますから、扇子(せんす)であおいだほうが効率がよいかもしれません」


 淡々とアルヴァが述べた。


「お姫様ってけっこう意地悪だよな……」


 *


 赤い生き物が正面から向かってくる。

 どうやら三体いるようだ。

 砂の丘陵以外には、(さえぎ)るもののない砂漠である。遠くからでも、その姿は丸見えだった。


「トカゲ……かな?」


 ミスティンが声を上げてしばらくすると、ソロンにもはっきりと姿が見えてきた。

 赤い鱗の大きなトカゲ。

 走竜をやや縮め、平たくしたような格好だろうか。四本足でノシノシと這い寄ってくる。


「こいつは竜の仲間か? ……となると」


 グラットが一目見て、危険性を直感したようだ。ソロンも頷きながら。


「ああ、炎の息吹を吐いてくるよ。サラマンドラっていうヤツ」


 サラマンドラの見た目はトカゲだが、実際は小型の竜として分類されていた。


「そんなこったろうと思ったぜ」

「全員、戦う準備を!」


 ソロンが呼びかければ、次々と隊の皆が下馬した。

 サラマンドラの体高は低く、馬上から戦うには無理がある。ミスティンも(かろ)やかに竜車から跳び下りた。

 サラマンドラの動きはそれほど速くない。

 それでも、足を取られやすい砂の上で、人と馬と走竜の全員が安全に逃げ切るのは難しい。近づいてくるようなら、被害を受けないうちに始末したほうがよさそうだ。


「ミスティン、これ以上近づいてくるなら、先手で射って欲しい」


 ミスティンも「うん」と了承した。

 竜族は自然界の上位に立つ種族であり、敵を恐れない傾向がある。こちらが徒党を組んでいても、襲ってくる可能性が高い。


「殿下、後ろにもいます!」


 周辺を警戒していた兵士が、背後から迫るサラマンドラに気づいた。しかも、あちらのほうが数が多い。前後の全てを合わせれば、確実に十はくだらないだろう。


「挟まれたようですね」

 アルヴァが溜息をつきながら。

「――分担するしかなさそうですね。まあ、何とかなるでしょう」


 何とかなる――と、いえば楽観的に聞こえるが、彼女の言葉は自信家のそれだった。


「んじゃ、俺とミスティンで前をやるぜ。いよいよ、新兵器の実戦だな」

「それじゃ、僕らは後ろかな」


 グラットの提案にソロンも頷く。敵数の多い後方はソロンとアルヴァ、それから兵士達で当たればちょうどよさそうだ。


「私はソロンとアルヴァと一緒がいい」

「駄々こねるなよ……」


 ミスティンの要求は却下された。そうして、十人の部隊は二方に分かれてサラマンドラと対峙することになった。


 * * *


 前方からは、最初に発見された三体のサラマンドラが迫ってくる。

 相対するのはミスティンとグラットの二人だ。

 ミスティンがいつものように無駄のない動作で矢を放った。

 しかし、ただの矢ではない。今回はそこに風の力が加わっていた。彼女が持つ弓には、魔導金属である風伯銀が使われているのだ。


 渦巻く風をまといながら、矢は勢いよくサラマンドラに突き刺さった。いや……突き刺さるというよりも、そのままの勢いで吹き飛ばした。

 魔物は派手に転がって砂まみれとなる。それから起き上がってくる気配はなかった。

 ミスティンが「いいね」と満足気な笑みを浮かべた。風伯の弓は、実戦でも確かな効果を発揮できると証明されたのだ。


「よっしゃ、俺も!」


 と、グラットも超重の槍を手にしてサラマンドラへと迫る。

 ……が、魔物が叫びと共に、その口から炎を吐いた。炎天下の砂漠が一層と熱される。


「アッぢ! これじゃ、近づけねえぜ……」


 グラットは素早い動作で飛び下がり、(そで)をひらひらと振った。少し服が焦げたのだ。

 それから、少し考えて。


「――んじゃ、こんなのはどうだ!」


 と、グラットは跳び上がり、超重の槍を力強く砂へと突き刺した。

 途端、ズシンとした振動が走り、大量の砂が噴き上がった。槍の重量を増加させ、通常の何倍もの衝撃を与えたのだ。

 炎を吐こうと開いた魔物の口に、砂が注ぎ込まれた。口をふさがれたサラマンドラの炎が止まった。

 グラットはすかさず駆け寄り、槍の一刺しで火竜の頭を貫いた。たちまち炎のような血が噴き出し、砂を赤く染まらせた。


「どうよ、俺様の魔法は?」


 得意気なグラットに対して、


「魔法っていうより、単なる力業だよね」


 ミスティンは呆れ半分、感心半分だった。


「しゃーねえだろ。これが俺のやり方なんだよ」


 話しながらも、最後の一体へとミスティンが狙いを定めていた。


「こっちは楽勝だな。他は――」


 グラットは背後で戦う仲間達へと視線をやった。


 * * *


 一方、背後ではソロンとアルヴァが兵士達を率いて、大量のサラマンドラと戦っていた。魔物は十体程度はいるかもしれない。

 ソロンは紅蓮(ぐれん)の刀を正眼に構えるが。


「相性が悪い相手のようですね。私がやりましょうか?」


 それを見て、アルヴァが言った。

 見た印象の通り、サラマンドラに炎の魔法は効き目が薄い。火球を当てれば、炎の魔力そのものを取り込んでしまうのだ。従って、ソロンのいつもの戦法は通用しない。


「いや、やりようはあるさ」

「ほう」


 ソロンの答えに、アルヴァは興味を持ったようだった。


「まあ、見てなよ」


 説明する代わりに、ソロンはサラマンドラに向かってまっすぐに駆けた。

 サラマンドラは予想に(たが)わず、炎を吐いて迎え撃ってくる。

 しかし、ひるみはしない。

 ソロンは刀へと魔力を注ぎこみ、炎へと突き出した。

 すると向かってくる炎が、紅蓮の刀身へと吸い込まれていく。


 炎魔法とは名前の通り、炎を操作する魔法である。そして、炎の操作とは攻撃に限定されない。向かってくる炎を無効化するのも、また炎魔法なのだ。

 ガラ空きとなった魔物の頭上へ、ソロンは真っ向から刀を振り下ろす。あっさりと頭を切断されたサラマンドラは、砂の中へと埋もれた。


「魔剣ならではの戦い方ですね。お見事です」


 アルヴァの称賛を受けて、ソロンは少しばかり得意になった。


「まあね。……っと、まだまだ来るよ」


 ……が、そこで気を引き締める。

 そうこうしているうちに、兵士達も二体のサラマンドラと交戦を始めていたのだ。そして、それとは別の方角からも四体の火竜が向かってきていた。


「なら、あちらは私にお任せを」


 慌てる様子もなく、アルヴァがその四体へと杖を向ける。


「了解!」


 多少の懸念はあるが、悩んでいる時間はない。ソロンは兵士達に加勢すると決めた。

 兵士達が放った弓矢が、サラマンドラへと突き刺さる。

 だが、竜にひるむ気配は見られない。硬い鱗を突き通すには、威力が到底足りていないようだ。

 お返しとばかり、サラマンドラの炎が兵士へと襲いかかった。十歩の距離があるというのに、吹きつける火炎は凄まじい。兵士はかろうじて盾で防いだが、


「ぐあっ!」


 熱さに耐え切れず、盾を放り出して逃げ出した。

 獲物を逃さじと、サラマンドラは兵士を追いかける。そこにもう一体のサラマンドラまでも加わってきた。

 助けに入ろうにも距離が離れている。火球なら届くだろうが、単純に当てたところで効果は得られないだろう。


 けれど、方法はある。

 ソロンは刀を構え、強く魔力を込めた。

 刀から大きな火球が放たれ、二体のサラマンドラの手前に着弾した。地面が爆発を起こし、噴き上がる砂と共にサラマンドラを吹き飛ばした。

 いくら炎が平気でも、爆風まではしのげないのだ。


「すみません、王子!」


 必死に逃げていた兵士が、頭を下げてくる。ソロンは気にしないでとばかりに、手を振り。


「よしっ、今だ!」


 砂煙が晴れた後には、二体のサラマンドラが白い腹を仰向けにさらしていた。かすかにピクピクと動く気配があるため、まだ息があるようだ。

 ソロンの号令に応えて、兵士達が一気に襲いかかる。一体に対して二人だ。難なくサラマンドラは腹を貫かれて、砂に埋れていった。


「さすがです。炎の扱いは慣れたものですね」


 いつの間にか、アルヴァがこちらを見ていた。既に杖を降ろして、気を抜いているようだ。


「ひょっとして終わった?」


 気づけば辺りが静かになっている。ミスティンとグラットの二人も、それぞれの武器で魔物を撃退したようだ。


「ええ」

「……君には敵わないね」


 アルヴァが杖で指した方角には、多数の死骸が転がっていた。硬い鱗も雷撃の前には、何の役にも立たなかったらしい。

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