表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
92/441

戦の始まり

「ミスティン、調子はどう?」


 風伯の弓の練習を続けるミスティンに、ソロンは声をかけた。彼女は弓を下ろしながら、こちらを向いた。


「うん、慣れてきた」


 ミスティンは弓の独特な形状になれるため、まずは魔法を使わずに矢を射ち込んでいた。慣れてきた――と言った通り、外壁に貼られた的へと正確に矢が突き刺さっている。


「そろそろ魔法を乗せてみてはどうですか?」

「そのつもり」


 アルヴァの提案にミスティンも頷く。

 ミスティンは弓柄(ゆづか)を握りしめた。その手にはサラマンドラの皮手袋をはめている。

 サラマンドラとは下界の砂漠に出現する小型の竜だ。竜族の多分に漏れず、丈夫な皮の持ち主である。魔法の衝撃を軽減するため、ソロンが丈夫な手袋を調達したのだ。


 そして、風伯の弓は木材と魔導金属の混じった精緻(せいち)な弓柄を持っている。取手(とって)となる木製部分から、金属部分へと魔力が伝わっていく仕組みだ。

 木材は魔力を通すが、それ自体が魔法を発動することはない。そのため、杖や魔法武器の取手として頻繁に木材が使われていた。


「よっ」


 ミスティンが軽くかけ声を上げれば、弓柄の金属部分があっさりと輝いた。薄っすらとそこから空気の流れが発生している。

 ミスティンはグラットよりもずっと魔法に慣れているようだ。もっとも、意外ではない。彼女が回復魔法を行使する姿を、ソロンも何度か目にしている。


「それだけできるなら、すぐにでも魔道士として通用しそうですね」


 アルヴァもその実力を高く評価しているようだ。


「そうかも。でも、うまく狙えるかな」


 ミスティンは弓に矢をつがえた。弓弦(ゆづる)を引き絞ると同時に、弓柄が光り輝いていく。

 空気が渦巻き、金髪が風になびく。その変化にも動じず、的を見据えて狙いを定める。

 そして、矢が放たれた。


「わっ!?」


 衝撃波が巻き起こり、ミスティンが後ろによろめいた。ソロンがサッと駆け寄り、その背中を支える。

 (くう)を斬り裂く快音を鳴らしながら、矢は外壁を越えていった。それはもう飛鳥(ひちょう)の如く、はるか遠くへと飛んでいったのであった。


「飛んだねえ~」


 ミスティンが矢の行く末を眺めながら、呑気(のんき)につぶやいた。


「ミスティン……。いくらなんでも飛びすぎだよ」


 ソロンは彼女の背中から、支えていた手を離した。


「素晴らしい才覚ですが、魔力の込めすぎですね。いくら威力があっても、狙いが定まらねば意味がありません。次はもっと抑えていきましょう」


 アルヴァの助言を受けて、ミスティンが頷く。


「うん。……でも凄いなあ。今の見た? 山の向こうまで届きそうだったよ。がんばったら本当に届くかも」


 ミスティンは失敗にもめげず、とても楽しそうだった。


「ミスティン、ここは戦時中なのですよ。矢を無駄にしてはいけません。まずは的に当てる練習をしましょうか」

「は~い」


 子供のように軽い返事をミスティンは返した。やや年上のミスティンよりも、アルヴァはよほどお姉さんらしかった。



「私ももっと武器に慣れておけばよかったですね」


 訓練を続けるグラットとミスティンを眺めながら、アルヴァがつぶやいた。どうやら、彼女も魔法武器が(うらや)ましかったらしい。


「そういえば、君も武器の経験があったんだっけ」


 竜玉船の旅をしていた頃に、剣や弓の経験もあると語っていた記憶がある。


「はい。ですが、屈強な男性には敵わないと思い、適当なところで見切りをつけてしまいました。ミスティンはあんなに弓を使いこなして立派ですね。あれは見た目以上に腕力も必要な武器ですから」

「けど、君だってあれだけ魔法を使えるなら十分じゃない? 帝都で僕が倒れてた時、君が雷の魔法で助けてくれたんだよね」

「ああ、雷鳥の魔法ですか? 結局、神鏡を使う前に放ったので、ほとんど効果はありませんでしたけれど」

「そうそれ。僕は音しか聞こえなかったけど、ミスティンが見たこともない凄い魔法だったって。やっぱり、帝国は魔法の研究も進んでるんだ?」

「そうでもありませんよ。あの魔法は私の家庭教師の一人――シューザー先生から特別に教授していただいたものです。ご自身を除けば会得した者は誰もいないと、先生はおっしゃっていました。私も先生が去った後、数年をかけてようやくものにできたのです」

「へーえ、やっぱり君は特別なんだね」

「今は一介の魔道士ですよ」


 と、アルヴァは謙遜(けんそん)する。


「――それはともかくとして、私達も訓練しましょう。なまけていては何も身につきません。あなたの国を取り戻すため、精進するのです」

「了解。僕も久々に刀の訓練をしてみるよ。このところ、実戦ばかりだったからね。ちなみにアルヴァは何の訓練をするつもり?」

「とりあえずは岩を割ってみたいですね。得意の雷ばかりでは、戦術の幅も広がりませんから。どこかに手頃な岩はないでしょうか?」


 そう言って、彼女は石造りの外壁に目をやった。サンドロスが岩を砕いたという話を聞いて、触発されたらしい。


「あれで、練習しないでね。壁こわしたら怒られるよ」

「……分かっています」


 少し間があったのが若干不安だった。彼女は理性的なようで、好奇心旺盛な一面もある。常に色んなことを試そうとする気質を持っていた。


「岩かあ……。さすがに町の中は整地するからねえ。あんまり手頃なのはないかも。作ったりできないの?」


 ソロンが指摘すれば、アルヴァは「なるほど」と頷く。


「それはいいですね。土を固めれば可能かもしれません。さっそく、やってみましょう」


 思い立ったが吉日と彼女は、杖先の魔石を付け替える。黄土色の魔石――土を操る土竜石(どりゅうせき)だ。

 アルヴァが杖先を地面に向ければ、土竜石が輝き出す。土が湧き水のように噴き出しながら、杖の前に密集していく。


「できそう?」


 アルヴァはコクリと頷いて。


「時間は少しかかりますが」


 そうして待つこと数分。頭ぐらいの大きさの茶色い岩ができあがった。


「まあ、こんなものですね」


 彼女はコンコンと拳で岩を叩きながら、一応の満足をしていた。


 *


 それから何日か、グラットとミスティンは魔法武器の訓練を続けた。ソロンとアルヴァもそれに付き合いながら、自分達の技能を高める訓練をした。


 ミスティンは微小な風力ながら、矢を加速させて的に当てられるようになった。その習得の早さにはサンドロスも舌を巻いていた。

 グラットもアルヴァの指導を受けながら、少しずつ重力の制御を身に着けていた。

 正直なところ、見た目にはさっぱり違いが分からないのだが、当人は満足そうだった。うまくすれば、身を軽くして高く飛び上がったりもできるらしい……が、先は長そうである。


 一方、アルヴァは自分で宣言した通りに、たちまち岩を砕く魔法を身につけた。

 それはもう、小さな進歩に得意気になっていたグラットも、


「……お姫様、進歩早すぎじゃね?」


 と、たちまち(へこ)むような大岩を砕いたのだった。

 ソロンもそんな彼女に触発されて、紅蓮(ぐれん)の刀を使った魔法の特訓をしていた。時には実戦ばかりではなく、訓練という形で型を見直す経験も有益であった。

 そんなある日、ついにサンドロスが進軍を宣言した。


「まずは東へ。目指すはドンタイア村だ」


 それがサンドロスの進軍方針だった。

 ドンタイアはテネドラから東へ三日足らずの位置にある。

 無論、この日数は行軍での速度を考慮してのものだ。大集団での移動となると、少人数での旅よりも必然的に遅くなる。

 そのドンタイア村から王都イドリスまでは、さらに一日の距離だ。そこに陣を取れば間違いなく敵軍にも伝わる。それは決戦を挑むという意思表示に他ならなかった。


 そして、ソロン達も当然に行軍へ加わることになった。

 東門の手前に、サンドロスが掲げる白虎(びゃっこ)の旗が用意されている。ここが軍団の集合場所だった。

 その場には、サンドロスやナイゼルの姿もある。スライを抱えたナウアを始め、見送りに来た町人達も集まっていた。

 ソロン達四人も軍に加わった。


「ついに来たって感じだ。俺も小競り合いか、賊の討伐ぐらいしか経験ないからな。さすがに緊張するぜ」


 グラットの緊張がこちらにも伝わってくる。


「うん、そうだね。僕も戦争は初めてだ」

「まだ実戦に突入するまでは日数があります。あまり力まないほうがよいですよ」


 実戦経験があるアルヴァは、さすがの貫禄を見せた。


「君は怖くないの?」

「怖いですよ。……ですが、あなたよりは慣れています。なので、どうぞ私に頼ってください。そのために私がいるのですから」

「う、うん……」


 あまりすがるのも情けない気もするが、やはり彼女は頼りになりそうだった。


 *


 住民達の見送りを受けたイドリス軍は、テネドラの東門を出発した。

 既に季節は七月。上界と比較すれば日の当たらない下界ではあるが、暑いことには違いない。

 重く暑苦しい装備をした兵士達であったが、それでも皆不平を言わずに進んでいく。


 先頭をゆくのは、もちろん大将たるサンドロスである。ソロンと仲間達もそのそばを行進していた。

 後ろを振り向けば、約五百人の軍隊が続いていく。

 アルヴァからすれば大した数ではないだろうが、ソロンからしてみれば立派な大軍である。


 投入できる兵力は二千だとサンドロスが言っていた。だから、これが全軍というわけではない。

 途中の宿場などの施設の収容能力を考慮すると、数千の兵力でも分割して進めざるを得なかったのだ。

 部隊の内訳には、もちろん人間と亜人が入り混じっている。それこそが、イドリス王国軍の特徴であり、強さでもあった。


 そして、荷馬車を引っ張る走竜の雄姿があった。

 御者の手綱(たづな)に操られ、走竜は太い足で力強く進んでいく。通常なら馬の二~三頭で引っ張るような輸送車であっても、竜は物ともしないようだった。


「凄いなあ……。本当に一頭で引っ張ってるんだ」


 ミスティンは奮闘する竜の姿を見て、大喜びだった。その緊張感のない有様を見れば、どことなくソロンの気持ちもやわらいだ。

 テネドラの町から東側は比較的、傾斜もゆるく歩きやすい地形ではある。下界の中では恵まれた土地といってもよいだろう。

 だからこそ、王都であるイドリスは発展できたわけでもある。


 そんな道をぞろぞろと一隊は進んでいく。

 もちろん、敵の警戒を怠ったりはしない。さすがにサンドロスは抜け目がなく、偵察の兵を逐一前方へ送り込んでいた。


 やがて、昼頃には壁に囲まれた宿場に着いた。

 テネドラの東側は王都イドリスにも近いため、宿場は頻繁に設置されていたのである。

 宿場の従業員は既にテネドラへと逃げてしまっていた。だから、ここもまた無人の宿場だった。

 ここはいつかの宿場と違って、襲撃を受けたわけではない。建物もまだ綺麗なものである。宿や水場が満足に使えるのは、ありがたいことだった。


 当然、昼の休憩はここで取ることになった。食料は部隊で持参したものを取る。

 宿場の敷地は狭い。

 五百人を収容してしまえば、敷地内は人でいっぱいになってしまう。建物に収容できる人数は、その半分程度といったところだろう。

 もう半分は建物の外にテントを張って過ごすしかなかった。それでも、壁の内側には収まるため、魔物の心配がない利点は大きかった。


 まだ実戦まで時間があるためか、全軍にはなごやかな空気が流れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ