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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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魔法武器と特訓

 走竜をかわいがるミスティンを引き離し、ソロン達は武器庫へたどり着いた。

 町庁舎から少し離れた細長い建物が兵舎である。そして、そこに隣接する建物が目的の武器庫だった。


 武器庫の内部には、武器や防具が所狭しと詰め込まれている。

 剣や槍は一本ずつ立てかけるのが原則であるが、それでは到底納まらないらしく乱雑に積まれていた。

 しかし、それも仕方がない。

 テネドラの町には、本来の収容人数を超えた兵士が集まっているのだ。武器庫が窮屈(きゅうくつ)になるのも当然だった。


「さて、何がいいかな?」


 グラットとミスティンが背負う武器を見やって、サンドロスが考え込む。どんな武器がよいかを見繕(みつくろ)っているのだろう。

 それから、彼は武器庫の奥へと入っていった。

 しばらくガサゴソしていたが、すぐに目的の物を見つけて戻ってくる。その手には槍が握られていた。


「こいつはどうだろうか?」


 サンドロスは槍をグラットに手渡した。黒光りする金属の穂先が異質な存在感を放っている。


「うおっ、見た目より重いっすねえ」


 予想外の重さにグラットが驚く。


超重鉄(ちょうじゅうてつ)の槍だ。確かに重いが使いこなせば、それも気にならなくなる」

「あん? 名前も重そうっすね。こいつも魔導金属ですか?」

「重力の魔導金属だな」

「重力?」


 サンドロスの言葉の意味が分からず、グラットが首をかしげる。


「大地が物体を引っ張る力のことです。リンゴが木から落ちるのも、雨が大地へ降り注ぐのも重力によるものです。……まさか、重力を操作できるのですか?」


 これにはアルヴァが答えたが、その上で驚いたようにサンドロスへ問いかける。


「ああ。槍と槍に触れているものの重量を変化させられる。何倍もの重さで敵に穂先を叩きつけたり、あるいは身を軽くして飛び上がったりな」

「なんか、凄そうっすね」

「その代わり、扱いは難しいぞ。グラットは魔法の経験があるのか?」

「まあ、ちょっとだけなら」

「そうなんだ。なんか初耳だね」


 意外、とばかりにミスティンが言った。


「お前らみたく、本格的に習ったわけじゃねえよ。結局、槍をぶん回すほうが手っ取り早かったんでな」


 単なる平民や冒険者にとっては、魔石の入手自体が至難だ。魔法の経験があるならば、グラットもそれなりの環境で育ったのかもしれない。


「ちょっとだけとは言っても、使えると使えないの差は大きいぞ。せっかくだから試してみてくれ。うまくいきそうなら進呈しよう」

「いいんですかね?」

「遠慮はするな。俺の代わりに、こいつの保護者をやってもらわねばならんからな」


 相変わらずサンドロスは、ソロンをそれとなく子供扱いしていた。


「ありがとうございます。……使いこなせるか試してみないとなあ」


 グラットは槍をしげしげと見つめて、にたりと満足そうにしていた。


「いいなあ。私も欲しい……」


 ミスティンが羨望(せんぼう)の眼差しで、グラットとその槍を見つめていた。


「ふーむ。あなたなら魔法武器も使いこなせると思うのですけど……」

 アルヴァは考え込みながら続ける。

「――ただ、弓はそもそもの形状が魔法武器としては不適なのですよね」


 弓が魔法武器に不適とされる理由は、素材のしなりを利用しているためだ。

 通常は弓柄(ゆづか)の木をしならせて、矢を射るのは知っての通り。


 しかし、その弓柄に金属を組み込むのが、まず困難なのだ。矢尻に組み込む方法もあるが、これは魔導金属の希少性から現実的ではなかった。

 たとえ弓柄に魔導金属を組み込めたとしても、安全の確保が難しい。

 射る際には、弓柄を握りながら弦を引かねばならない。ゆえに、その弓柄を素材として魔法を発動させた場合は、手を傷つける恐れがあった。


「あることはあるぞ。風伯銀(ふうはくぎん)の弓が」


 けれど、サンドロスは少しためらいながらも言った。


「あるんだ!」


 途端、パッとミスティンは目を輝かせる。

 そうして、サンドロスが奥から取り出したのは、一つの弓だった。

 弓柄は基本的に木製だが、部分的に金属が組み込まれている。

 さらに目を引いたのは弓柄の形状だ。

 中央部が輪のようになっており、取っ手となる部分と矢尻をかける部分が離れている。もちろん、手を魔法の衝撃から保護するのが目的だろう。

 サンドロスから弓を受け取ったミスティンは、


「カッコいい……! ありがとう、ソロンのお兄さん!」


 と、感激しながら、サンドロスの手を握って揺らしていた。

 その勢いに気圧(けお)されながらもサンドロスは。


「喜ぶのは早いぞ。なんせ、その弓はまともに使えた者がいまだないんだからな」

「……それじゃあダメじゃん。道理で僕も見覚えがないわけだよ」


 思わずソロンが突っ込んだ。


「うむ。風力で矢を飛ばすという発想はよかったと思う。だが、形状が独特なんでな……。その上で風魔法に合わせて弓を射出し、狙いを定めるのは大変難しい。誰も使えんと知って、鍛冶屋の親父が散々ボヤいてたぞ」


 弓の形状は複雑で、どこか芸術作品のようにも見えた。その力作ぶりを見れば、鍛冶屋の苦労と落胆も察せられるというものである。

 それでも、ミスティンは恍惚(こうこつ)とした表情で弓を握っていた。頬でもすりよせんばかりである。


「ミスティン、ものになりそうですか?」

「分かんないけどやってみる」


 アルヴァの問いかけにも、上機嫌でミスティンは答えた。


「風の魔導金属のようですね。魔法についてなら私も指南できるかもしれません。何でも聞いてください」

「うん、ありがとう」

「このナイゼル、風魔法については王国一の使い手であると自負しています。私も手取り足取り教えますよ」


 ナイゼルが自身ありげに言った。事実、ソロンから見てもその発言に偽りはない。ナイゼルの魔道士としての実力は相当なものだった。

 が、しかし――


「アルヴァのほうがいい。友達だから」

「そ、そうですか……」


 とても正直なミスティンの発言に、ナイゼルは打ちひしがれていた。素直な言葉は時に残酷でもある。


「元気出しなよ」


 仕方なく、ソロンがナイゼルを(はげ)ましておいた。

 サンドロスはこちらを見渡しながら。


「もうしばらくは戦をしかけるつもりはない。魔法武器は扱いが難しいからな。その間に練習をしておけばよいだろう。……とはいえ、ラグナイ軍の動き次第では、すぐの出撃もあり得る。その準備と覚悟はしておいてくれ」


 ソロンは頷いた。


「分かった。さっそく今日から練習しておくよ」


 *


「うぐぐぐっ……!」


 グラットが地面に槍を突き立て、魔法を発動しようとする。

 ソロン達はテネドラの町の片隅を借りて訓練をしていた。

 サンドロスの助言の通り、魔法武器は使いこなすのが難しい。さっそく練習に取りかかっていたのだ。


「グラットがんばれ!」


 ソロンが声援を飛ばす。

 その瞬間、黒い穂先がかすかに光を放った。


「ど、どうだっ! 今、重くなったぞ!」


 グラットが力強く叫んだ。……が、魔法の光はそれで途切れた。


「……なんか地味だね」

「しゃーねえだろ。重さは目に見えねえんだからよ。はあ……。今はこれが精一杯か……」


 ソロンの言葉に反駁(はんぱく)したグラットは、疲れたように息を吐いた。


「反応があっただけ上出来ですよ。普段から魔法を使っていないにしては」


 アルヴァは一定の評価をした。


「そうかあ……? これじゃあ、実戦には到底使えんだろ」

「今はそうですが、大事なのはこれからです。純粋に武器としての切れ味も、悪くなさそうですからね。持っていて邪魔にはならないでしょう」

「まあ、それもそうか。俺が魔法を半端でやめちまったのは、杖を持つのが面倒だったってのもあるわな」


 武器の使い手が魔法を習得しても、半端になりがちなのは確かだった。剣を振るうには杖が邪魔、杖を使うには剣が邪魔というわけだ。ならば、最初から一方に専念したほうが無駄がない。


「その点、魔法武器ならば柔軟な活用も可能ですから。重力魔法なるものには私も興味があるので、ぜひ活用できるようになってください」

「そうは言っても、いったい何年かかるか分かったもんじゃねえぜ。魔法ってのはやっぱり難しいんだろ?」


 グラットは溜息をついた。


「きちんとした指導があれば、そんなにもかかりませんよ。魔道士が世に少ない理由は、一に魔石が少ないこと。二に優秀な指導者が少ないことです。重力魔法の経験はありませんが、精神の使い方については私が指導して差し上げます」


 生来の上から目線でアルヴァは言った。自分は優秀な指導者であると自負しているらしい。


「お、おう、頼んだぜ。お姫様」

「それに、魔法武器はなにも魔法だけに頼る必要はないんだよ」


 ソロンもグラットに向かって助言する。


「ああ、槍としても十分に使えるもんな」

「いや、そういうことじゃなくて。慣れないうちは腕力に頼って、魔法を補助的に使えばいいんだよ」

「ん、どういうことだ?」

「兄さんがやってることなんだけど……。ちょっと貸して」


 と、グラットから超重の槍を借り受けた。

 そうして、槍に魔力を通して具合を確かめる。ソロンが得意とするのは炎であって、重力魔法には精通していない。まずは波長を合わせなくてはならなかった。

 黒い穂先が難なく光った。魔力がうまく通じている証拠である。


「うん。いいかも」


 ソロンも魔道士としての経験は決して少なくはない。グラットよりはずっとうまくできそうだ。

 槍に魔力を込めながら「よっ!」と勢いよく地面に突き刺した。

 穂先が一瞬のうちにグッと重くなり、体が持っていかれる。ソロンの体を引っ張りながら槍が突き刺さり、地面を陥没(かんぼつ)させる。反動で周囲に土が飛散し、倒れ込むソロンに襲いかかってきた。


「きゃあっ!」


 顔面に土を浴びて、ソロンが男らしくない悲鳴を上げた。

 土が目にかかったせいで少し涙目になる。どうにか槍を手放して、ふらふらと起き上がった。


「お前、一人でなにやってんだ……」


 グラットに哀れみの目で見られた。

 アルヴァは「大丈夫ですか?」と気遣いながら布巾(ふきん)を取り出す。


「慣れない武器へ、一気に魔力を込めるからそうなるのです。最初は少しずつ慣らしていかないと」


 そう助言しながら、ソロンの顔をぬぐってくれた。


「むう、なんか楽しそうだね」


 ミスティンは少し離れて弓の練習をしていたが、仲間に入れず不満そうにしていた。

 グラットはソロンが手放した槍を拾いながら。


「まっ、理屈は分かったぜ。魔力の不足は腕力で補えってことだな。力技だが、確かにそのほうが俺には向いてるかもしれん」

「う、うん……」

 ソロンは気を取り直して。

「――兄さんなんか、土魔法と腕力の組み合わせで岩だって砕けるんだ。大したもんだよね」

「うん? 土魔法ってのは岩も砕けるのか? てっきり、そのまんま土を操る魔法だと思ってたぜ」

「土も岩も砂も、実態は似たようなものですよ。粒の大きさや密度によって、便宜上の分類がされているに過ぎません」


 アルヴァが説明すれば、グラットは感心した様子で。


「ははあ、そういうことか。魔法ってのはなかなか奥が深いんだな」

「しかし、岩をも砕くとは、あなたのお兄様も大したものですね。そう考えてみると私もまだまだです」


 アルヴァは何やら感心していた。

 ともあれ、グラットの方針は定まった。このまま練習を積めば、やがては実戦級まで上達できるだろう。

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