魔法武器と特訓
走竜をかわいがるミスティンを引き離し、ソロン達は武器庫へたどり着いた。
町庁舎から少し離れた細長い建物が兵舎である。そして、そこに隣接する建物が目的の武器庫だった。
武器庫の内部には、武器や防具が所狭しと詰め込まれている。
剣や槍は一本ずつ立てかけるのが原則であるが、それでは到底納まらないらしく乱雑に積まれていた。
しかし、それも仕方がない。
テネドラの町には、本来の収容人数を超えた兵士が集まっているのだ。武器庫が窮屈になるのも当然だった。
「さて、何がいいかな?」
グラットとミスティンが背負う武器を見やって、サンドロスが考え込む。どんな武器がよいかを見繕っているのだろう。
それから、彼は武器庫の奥へと入っていった。
しばらくガサゴソしていたが、すぐに目的の物を見つけて戻ってくる。その手には槍が握られていた。
「こいつはどうだろうか?」
サンドロスは槍をグラットに手渡した。黒光りする金属の穂先が異質な存在感を放っている。
「うおっ、見た目より重いっすねえ」
予想外の重さにグラットが驚く。
「超重鉄の槍だ。確かに重いが使いこなせば、それも気にならなくなる」
「あん? 名前も重そうっすね。こいつも魔導金属ですか?」
「重力の魔導金属だな」
「重力?」
サンドロスの言葉の意味が分からず、グラットが首をかしげる。
「大地が物体を引っ張る力のことです。リンゴが木から落ちるのも、雨が大地へ降り注ぐのも重力によるものです。……まさか、重力を操作できるのですか?」
これにはアルヴァが答えたが、その上で驚いたようにサンドロスへ問いかける。
「ああ。槍と槍に触れているものの重量を変化させられる。何倍もの重さで敵に穂先を叩きつけたり、あるいは身を軽くして飛び上がったりな」
「なんか、凄そうっすね」
「その代わり、扱いは難しいぞ。グラットは魔法の経験があるのか?」
「まあ、ちょっとだけなら」
「そうなんだ。なんか初耳だね」
意外、とばかりにミスティンが言った。
「お前らみたく、本格的に習ったわけじゃねえよ。結局、槍をぶん回すほうが手っ取り早かったんでな」
単なる平民や冒険者にとっては、魔石の入手自体が至難だ。魔法の経験があるならば、グラットもそれなりの環境で育ったのかもしれない。
「ちょっとだけとは言っても、使えると使えないの差は大きいぞ。せっかくだから試してみてくれ。うまくいきそうなら進呈しよう」
「いいんですかね?」
「遠慮はするな。俺の代わりに、こいつの保護者をやってもらわねばならんからな」
相変わらずサンドロスは、ソロンをそれとなく子供扱いしていた。
「ありがとうございます。……使いこなせるか試してみないとなあ」
グラットは槍をしげしげと見つめて、にたりと満足そうにしていた。
「いいなあ。私も欲しい……」
ミスティンが羨望の眼差しで、グラットとその槍を見つめていた。
「ふーむ。あなたなら魔法武器も使いこなせると思うのですけど……」
アルヴァは考え込みながら続ける。
「――ただ、弓はそもそもの形状が魔法武器としては不適なのですよね」
弓が魔法武器に不適とされる理由は、素材のしなりを利用しているためだ。
通常は弓柄の木をしならせて、矢を射るのは知っての通り。
しかし、その弓柄に金属を組み込むのが、まず困難なのだ。矢尻に組み込む方法もあるが、これは魔導金属の希少性から現実的ではなかった。
たとえ弓柄に魔導金属を組み込めたとしても、安全の確保が難しい。
射る際には、弓柄を握りながら弦を引かねばならない。ゆえに、その弓柄を素材として魔法を発動させた場合は、手を傷つける恐れがあった。
「あることはあるぞ。風伯銀の弓が」
けれど、サンドロスは少しためらいながらも言った。
「あるんだ!」
途端、パッとミスティンは目を輝かせる。
そうして、サンドロスが奥から取り出したのは、一つの弓だった。
弓柄は基本的に木製だが、部分的に金属が組み込まれている。
さらに目を引いたのは弓柄の形状だ。
中央部が輪のようになっており、取っ手となる部分と矢尻をかける部分が離れている。もちろん、手を魔法の衝撃から保護するのが目的だろう。
サンドロスから弓を受け取ったミスティンは、
「カッコいい……! ありがとう、ソロンのお兄さん!」
と、感激しながら、サンドロスの手を握って揺らしていた。
その勢いに気圧されながらもサンドロスは。
「喜ぶのは早いぞ。なんせ、その弓はまともに使えた者がいまだないんだからな」
「……それじゃあダメじゃん。道理で僕も見覚えがないわけだよ」
思わずソロンが突っ込んだ。
「うむ。風力で矢を飛ばすという発想はよかったと思う。だが、形状が独特なんでな……。その上で風魔法に合わせて弓を射出し、狙いを定めるのは大変難しい。誰も使えんと知って、鍛冶屋の親父が散々ボヤいてたぞ」
弓の形状は複雑で、どこか芸術作品のようにも見えた。その力作ぶりを見れば、鍛冶屋の苦労と落胆も察せられるというものである。
それでも、ミスティンは恍惚とした表情で弓を握っていた。頬でもすりよせんばかりである。
「ミスティン、ものになりそうですか?」
「分かんないけどやってみる」
アルヴァの問いかけにも、上機嫌でミスティンは答えた。
「風の魔導金属のようですね。魔法についてなら私も指南できるかもしれません。何でも聞いてください」
「うん、ありがとう」
「このナイゼル、風魔法については王国一の使い手であると自負しています。私も手取り足取り教えますよ」
ナイゼルが自身ありげに言った。事実、ソロンから見てもその発言に偽りはない。ナイゼルの魔道士としての実力は相当なものだった。
が、しかし――
「アルヴァのほうがいい。友達だから」
「そ、そうですか……」
とても正直なミスティンの発言に、ナイゼルは打ちひしがれていた。素直な言葉は時に残酷でもある。
「元気出しなよ」
仕方なく、ソロンがナイゼルを励ましておいた。
サンドロスはこちらを見渡しながら。
「もうしばらくは戦をしかけるつもりはない。魔法武器は扱いが難しいからな。その間に練習をしておけばよいだろう。……とはいえ、ラグナイ軍の動き次第では、すぐの出撃もあり得る。その準備と覚悟はしておいてくれ」
ソロンは頷いた。
「分かった。さっそく今日から練習しておくよ」
*
「うぐぐぐっ……!」
グラットが地面に槍を突き立て、魔法を発動しようとする。
ソロン達はテネドラの町の片隅を借りて訓練をしていた。
サンドロスの助言の通り、魔法武器は使いこなすのが難しい。さっそく練習に取りかかっていたのだ。
「グラットがんばれ!」
ソロンが声援を飛ばす。
その瞬間、黒い穂先がかすかに光を放った。
「ど、どうだっ! 今、重くなったぞ!」
グラットが力強く叫んだ。……が、魔法の光はそれで途切れた。
「……なんか地味だね」
「しゃーねえだろ。重さは目に見えねえんだからよ。はあ……。今はこれが精一杯か……」
ソロンの言葉に反駁したグラットは、疲れたように息を吐いた。
「反応があっただけ上出来ですよ。普段から魔法を使っていないにしては」
アルヴァは一定の評価をした。
「そうかあ……? これじゃあ、実戦には到底使えんだろ」
「今はそうですが、大事なのはこれからです。純粋に武器としての切れ味も、悪くなさそうですからね。持っていて邪魔にはならないでしょう」
「まあ、それもそうか。俺が魔法を半端でやめちまったのは、杖を持つのが面倒だったってのもあるわな」
武器の使い手が魔法を習得しても、半端になりがちなのは確かだった。剣を振るうには杖が邪魔、杖を使うには剣が邪魔というわけだ。ならば、最初から一方に専念したほうが無駄がない。
「その点、魔法武器ならば柔軟な活用も可能ですから。重力魔法なるものには私も興味があるので、ぜひ活用できるようになってください」
「そうは言っても、いったい何年かかるか分かったもんじゃねえぜ。魔法ってのはやっぱり難しいんだろ?」
グラットは溜息をついた。
「きちんとした指導があれば、そんなにもかかりませんよ。魔道士が世に少ない理由は、一に魔石が少ないこと。二に優秀な指導者が少ないことです。重力魔法の経験はありませんが、精神の使い方については私が指導して差し上げます」
生来の上から目線でアルヴァは言った。自分は優秀な指導者であると自負しているらしい。
「お、おう、頼んだぜ。お姫様」
「それに、魔法武器はなにも魔法だけに頼る必要はないんだよ」
ソロンもグラットに向かって助言する。
「ああ、槍としても十分に使えるもんな」
「いや、そういうことじゃなくて。慣れないうちは腕力に頼って、魔法を補助的に使えばいいんだよ」
「ん、どういうことだ?」
「兄さんがやってることなんだけど……。ちょっと貸して」
と、グラットから超重の槍を借り受けた。
そうして、槍に魔力を通して具合を確かめる。ソロンが得意とするのは炎であって、重力魔法には精通していない。まずは波長を合わせなくてはならなかった。
黒い穂先が難なく光った。魔力がうまく通じている証拠である。
「うん。いいかも」
ソロンも魔道士としての経験は決して少なくはない。グラットよりはずっとうまくできそうだ。
槍に魔力を込めながら「よっ!」と勢いよく地面に突き刺した。
穂先が一瞬のうちにグッと重くなり、体が持っていかれる。ソロンの体を引っ張りながら槍が突き刺さり、地面を陥没させる。反動で周囲に土が飛散し、倒れ込むソロンに襲いかかってきた。
「きゃあっ!」
顔面に土を浴びて、ソロンが男らしくない悲鳴を上げた。
土が目にかかったせいで少し涙目になる。どうにか槍を手放して、ふらふらと起き上がった。
「お前、一人でなにやってんだ……」
グラットに哀れみの目で見られた。
アルヴァは「大丈夫ですか?」と気遣いながら布巾を取り出す。
「慣れない武器へ、一気に魔力を込めるからそうなるのです。最初は少しずつ慣らしていかないと」
そう助言しながら、ソロンの顔をぬぐってくれた。
「むう、なんか楽しそうだね」
ミスティンは少し離れて弓の練習をしていたが、仲間に入れず不満そうにしていた。
グラットはソロンが手放した槍を拾いながら。
「まっ、理屈は分かったぜ。魔力の不足は腕力で補えってことだな。力技だが、確かにそのほうが俺には向いてるかもしれん」
「う、うん……」
ソロンは気を取り直して。
「――兄さんなんか、土魔法と腕力の組み合わせで岩だって砕けるんだ。大したもんだよね」
「うん? 土魔法ってのは岩も砕けるのか? てっきり、そのまんま土を操る魔法だと思ってたぜ」
「土も岩も砂も、実態は似たようなものですよ。粒の大きさや密度によって、便宜上の分類がされているに過ぎません」
アルヴァが説明すれば、グラットは感心した様子で。
「ははあ、そういうことか。魔法ってのはなかなか奥が深いんだな」
「しかし、岩をも砕くとは、あなたのお兄様も大したものですね。そう考えてみると私もまだまだです」
アルヴァは何やら感心していた。
ともあれ、グラットの方針は定まった。このまま練習を積めば、やがては実戦級まで上達できるだろう。