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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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愛と友情に感謝を

 食事を終えたソロン達は、サンドロスと立ち話をしていた。


「兄さん、これからどうするつもりなの? やっぱり、王都に進軍するんだよね?」

「そのつもりだ。お前の鏡で最低限の用意は整ったしな。今なら神獣と戦えるかもしれん」

「こちらは明日にでも出陣できる構えですが、いかがしましょう?」


 ナイゼルの問いに、サンドロスは首を横に振る。


「焦るな。まず神鏡の検証が先だ。それに、志願兵もまだ集まってきているからな。もうしばらく様子を見てから、一気に攻勢をかけようと思う」


 ソロンも頷いて。


「もちろん、その時には僕も参加するよ」

「いや、お前にはここを守ってもらうことも考えているんだが……」


 兄はソロンの参加に乗り気ではないようだ。大事にしてもらえるのはありがたいが、いまだ子供として扱われている気がする。

 だからソロンは首を振って。


「そうはいかない。守りが必要なのも分かるけど、兵力を温存して戦ってどうにかなるの?」


 国家の危機だ。安全策を取ってどうにかなるものでもない。それはサンドロスも分かっているはずだ。


「ふ~む」


 しかし、サンドロスは悩んでいるようだ。


「サンドロス殿下」

 そこに声をかけたのがアルヴァだった。

「――ソロンは故郷のために、相当な危険を冒してきたのです。その過程で私は何度も命を助けられました。兄として弟を認めて差し上げてはいただけませんか」

「見た目はかわいいけど、わりと頼りになる。あと、刀は肉を焼く時にも便利だし」


 そこにミスティンも続いた。なぜそこで、肉が出てくるかはよく分からない。


「まだまだガキっぽいけどな。まあ、その辺は俺達がどうにかしますよ」


 グラットも続いた。余計な言葉は多いが、二人とも後押ししてくれているつもりらしい。

 サンドロスはなおも逡巡(しゅんじゅん)していたが、それでも頷いて。


「いやすまん。俺も過保護に過ぎたのかもしれんな。お前の覚悟を買わせてもらおう。それにしても良い友達がいてうらやましいな」

「あはは……。本当に良い友達で助かってるよ」

「うむ。礼をしないとな」


 サンドロスは(あご)に手をやり、考える素振りを見せる。


「――そうだな……。明日、武器庫に来てもらおうか。ソロンの仲間になら、進呈してしまってもいいだろう」

「おお、なんかいいもんもらえるんですか?」


 グラットが現金にも喜色を浮かべた。


 *


 その夜は、町庁舎の一室を四人で借りることになった。

 実のところ、現状のテネドラに宿泊場所の余裕はない。ほとんどの兵は大人数で兵舎に雑魚寝しているのだ。けれど、今回はサンドロスが特別に部屋を用意してくれた。

 ソロン一人なら、特別扱いは遠慮したかもしれない。ただアルヴァまで、そんな環境に泊まらせるのはどうかと思ったので、ありがたく兄の厚意を受け入れた。


 就寝前、四人は会話に講じていた。


「しかしまあ……。お前の兄貴って聞いてたから、もっとひょろい男を想像してたぜ」


 サンドロスについて、品評を始めたのはグラットだ。ミスティンもそれに頷く。


「そうだね。ソロンを一回り大きくして、カッコよくした感じかな」

「ええ、想像していたよりもずっと男振りのよい方でしたね。話してみても頼りになりそうだと感じました。あれなら王者としても申し分ないでしょう」


 かの元女帝が『王者として申し分ない』と評すのだから、兄も大したものだ。弟としても実に誇らしい。

 ……が、なぜだかソロンの心中に湧き上がってきたのは危機感だった。


「そうかな? ああ見えて、兄さんはだらしないところもあるけど」


 思わず、そんな言葉が口をついた。


「多少のだらしなさはあっても悪くないでしょう。適度に手を抜く能力は、よい指導者の資質という意見もあります。私にはなかったものですが、いまになってみれば納得できる部分もありました」


 しみじみとアルヴァは語った。

 確かに、かつてのアルヴァはいつも気を張っていたような印象があった。今は少し穏やかになったような気がするが、そんな過去と兄を比較しているのだろう。


「昔は女遊びも酷かったし。ナウアと婚約してからは、さすがに落ち着いたけどさ」


 兄弟ともに、ナウアとは相当前からの付き合いである。ソロンからしてみれば、サンドロスは紆余曲折を経たものの、落ち着くところに落ち着いたという印象だった。


「英雄色を好むってな。てか、婚約してから収まったんなら、いいじゃねえか。むしろ自制心があるってことだろ」


 実際、婚約してからのサンドロスはパタリと浮名を流すこともなくなった。グラットが評価した通り、それは兄の意志の強さだったのかもしれない。


「乱暴だし。子供の頃にイタズラしたらゲンコツをもらったよ」


 ソロンは往生際が悪く、なおも負けじと兄の悪評を流す。


「イタズラって何?」


 ミスティンに聞かれたので、記憶から引っ張りだす。


「ええと……。靴の中に『ゴ』で始まる虫を入れたような記憶が、朧気(おぼろげ)に……」


 少し躊躇(ちゅうちょ)したが、ソロンはよくも悪くも嘘のつけない性格である。素直に白状した。


「『ゴ』で始まる虫……だと……!?」

「それはソロンが悪いよ」


 グラットもミスティンも恐れおののいている。アルヴァはといえば、


「最低ですね。まさしく匹夫(ひっぷ)の所業です。私が姉だったとしても折檻(せっかん)せずにはおきません」


 紅い瞳が、怒りで燃えさかるようにきらめいた。『ゴ』で始まる虫がよほど嫌いなのかもしれない。

 あと、匹夫ってどういう意味だろう――とは思ったが、怒っているのは伝わった。


「ご、ごめんなさい。でも十年ぐらい昔のことだよ。もうやらないから許してください」


 思わず頭を下げてしまった。

 アルヴァはしばし無言でこちらを見下していたが、


「……まあ、いいでしょう。子供のやったことなら寛大にみなくてはなりません。許します」

「陛下、ありがとうございます……!」


 思わず陛下と呼んでしまった。そんなソロンの様子を見て、グラットとミスティンが呆れたように顔を見合わせた。


「……お前、兄貴に嫉妬(しっと)してんのか? 分かりやすいやっちゃなあ」

「んぐっ……」


 図星を突かれて、うろたえるソロン。


「私もお姉ちゃんがいるから、分からなくもないけど」

 ミスティンはソロンの肩を叩いて。

「――でも心配ない。お兄さんのほうがカッコいいけど、ソロンのほうがかわいい。私はかわいいほうが好き」

「かわいいって言われてもね……」


 と、言いながらも、ソロンの顔は少し紅潮していた。


「……そうですね。サンドロス殿下は頼もしい方だとは思います。ですが、あなたにはあなたの価値があります。私だって……あなたを認めたから付いてきたのです」


 アルヴァは少しためらいながらもそう言ってくれた。歯切れが悪いのは、彼女なりに照れているらしい。

 ソロンは頭をかきながら。


「う、うん。ありがとう。なんか照れる」

「なので、お兄様の悪口など言う必要はありませんよ」


 アルヴァは少し冷たい声色(こわいろ)を作って、ピシャリと言った。


「反省してます」

「つーわけだ。俺達の愛と友情に感謝しろよ」

「……は~い」


 兄への対抗心は情けない結果に終わった。ただ仲間達の優しさは伝わったので、ソロンは自分の心を(なぐさ)めるのであった。


 *


 翌朝、サンドロスに案内されて、ソロン達四人は町庁舎を出た。

 向かう先は約束通りの武器庫である。

 ついでにナイゼルも付いてきた。

 彼は暇があれば、ソロンと行動を共にすることが多かった。それは昔も今も変わっていない。


「あれって、サウラー!?」


 兵舎のそばを通りかかったところで、ミスティンが驚きの声をあげた。兵舎に併設された馬小屋からは、馬が顔を覗かせている。

 だが、ミスティンが注目したのは、そこより少し離れた小屋で顔を出している生き物だ。


「ああ、あれなら走竜(そうりゅう)だが」


 サンドロスが答えた。

 大型の牛のように大きなトカゲである。茶色がかった緑の鱗に、二本の角を生やしていた。トカゲではなく竜である証拠に、鼻から立派な長いヒゲが生えている。

 ミスティンが小屋に向かって近づいていく。自然、他の皆もその後を追った。


「どう見てもサウラーだな。もしかして、こいつに馬車を引かせるのか?」


 近くでその姿を確認するなり、グラットが尋ねてくる。


「そうだよ。同じ生き物なんだろうけど、呼び名が違うんだろうね。僕達は走竜って呼んでる」

「それと正確を期すなら、馬車ではありません。走竜が牽引(けんいん)するのは竜車ですよ」


 ナイゼルも細かいところを補足した。


「これが馬の代わりになるんだ? 人の言うこと竜が聞くとは思えないけど……」


 ミスティンが当然の疑問を発した。


「ええ、確かに」

 ナイゼルは首肯(しゅこう)して。

「――竜の調教が馬よりも難しいのは事実です。ですが、孵化(ふか)した直後から、適切にしつけを行えば不可能ではないのですよ。まさにイドリス千年の歴史が成せる奇跡と言っても、過言ではありません」


 ナイゼルが得意気に言い放てば、アルヴァも感嘆の声を上げる。


「素晴らしい技術ですわね。帝国にも竜は多種ありますが、ついぞこのような(わざ)を成し得た者はいませんでした。こうしてみると、なかなか下界も侮れませんね」

「そうでしょう、そうでしょう」


 と、ナイゼルがコクコクと首を振りながら、一層に調子づく。


「まあ、千年どころか、たった五~六年前の話だけどね。それも師匠からの借り物で得た知識だし」


 増長するナイゼルを、ソロンが制する。


「坊っちゃん、バラさないでくださいよ。師匠から借りた知識でも、現実にがんばったのは確かなんですから」


 ナイゼルが恨みがましく抗議した。


「それもあなた方の師――シグトラという方の知識なのですか? 信じられない博識と多才ですわね。お会いできないのが残念でなりません」


 ナイゼルの抗議は差し置いて、アルヴァの興味は尽きない。


「ねえねえ、馬力はいくらぐらい?」


 そんな中、ミスティンは目を輝かせながら質問をした。

 例によって、これにはイドリスの知恵袋を自認するナイゼルが答えた。


「そうですね。竜一頭で馬五頭に匹敵する力はあるでしょうか。さすがに馬のように速くは走れませんが、持久力もかなりのものですよ。日をまたぐような遠征ならば、馬車よりも多く移動できますね」


 大袈裟な身振りで、ナイゼルはなおも続ける。


「――そして、何といっても竜ですからね。魔物だってそうそう寄っては来ません。ゆえに馬車よりも安全な物資運搬が可能となるわけです」

「そいつは素晴らしいな。そうして聞くといいことばかりだ」


 グラットは感心して言ったが、サンドロスは溜息をつく。


「さすがに、いいことばかりではないぞ。見ての通り、こいつは大飯ぐらいだ。雑食なもんで飼葉も喰うが、やはり肉を喰わせたほうがたくましく育つ。そんなわけで、飼育する手間も費用も馬鹿にならん」


 サンドロスは立場上、日頃から予算の問題に悩まされているらしい。事実上の王様は大変である。


「触っていいかな?」


 そんな兄の悩みはさておいて、予想通りのことを言い出したのはミスティンである。


「大丈夫だけど、頭を叩いたり、ヒゲをひっぱたりしないでね」

「そんなことしないよ」


 注意したらミスティンがムッとした顔をした。

 実際ソロンより、彼女のほうがよほど動物には慣れている。しかし、ミスティンはあの性格なので、何をやらかすか分からない不安があった。

 ミスティンは、さすがの丁寧な手つきで走竜をなでていた。走竜のほうもされるがままに、気持ちよさそうにしていた。

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