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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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王国軍の食卓

 ソロン達はサンドロス一家の食卓に招かれた。

 食卓とはいっても、場所は兵舎に併設された食堂である。主に王国軍の兵士や、その関係者が使用していた。


 食堂の内部は多くの兵士でにぎわっており、中には新しく来たタンダ村の仲間達も加わっている。

 ここテネドラでは事実上の君主たるサンドロスも、兵達と食事を同じくしていた。王城のように、独自の料理人を持つ余裕がないことも理由ではある。何より、軍の一体感を高める狙いもあった。


 食堂では懐かしい料理が出された。

 豆入りのご飯に玉子焼き。山菜の数々。なんてことのない料理ではあるが、ソロンが昔から食べていたものである。

 味つけも王都風味だ。イドリスから人が流れてきているため、それが料理にも影響しているのだろう。


 タンダ村でも白米は食べたものの、やはりイドリスのそれこそが故郷の味だ。自然と食が進むというものである。ソロンは箸を駆使して、ガツガツと食べていく。

 正面にいたサンドロスは、そんな弟を(ほが)らかに見守る。


「おう、お前にしてはよく食べるじゃないか」

「久しぶりのイドリスの味だからね」

「ハハッ、戦時中なんで大したもんはないがな。腹いっぱいにしてくれ」


 謙遜(けんそん)ではなく、本当に大したものがあるわけではなかった。


「下界の料理は肉が少ないなあ」


 ミスティンはそんなことをボヤきながらも、料理を口に運んでいた。

 ちなみに、(はし)には慣れていないので、彼女とグラットはフォークをつかっている。アルヴァだけは既に箸に慣れているらしかった。


「――これ、何の肉?」


 ミスティンはふと奇妙な肉を見つけて尋ねる。しかし、確認する間もなく、口に放り込んだ。

 遠目には白い何かの身のようだったが、ソロンにも見覚えがないとは珍しい。


「さあ、食ってはみたが俺もよく分からん。エビか何かじゃねえか? 歯応えがあって悪くはねえぞ」


 グラットが先に食べていたらしく、感想を述べた。


「そいつはグソックだ」


 サンドロスの返事に、グラットが顔色を変えた。


「グソック――ってあのデカいダンゴムシみたいなヤツじゃ!?」

「そうだ。人が増えたからといって、すぐに作物を増やせはしないからな。足りない分は狩りで補っているわけだ。殻は固いが食える肉も意外とある。案外、味も悪くないだろ」


 それであれだけの人口を、どうやって支えているのかという謎も解けた。

 危険な魔物が多い下界で狩猟を行うには、それなりの修練がいる。だが今、この町には屈強な兵達が数多く駐留していた。狩りの人手には事欠かない。


「い、いや確かに味は悪くねえですけど……。やっぱ虫は……」


 グラットは苦手意識を隠せていなかった。

 上界でも下界でも、魔物を好んで食べる習慣は少ない。それはもちろん、凶暴で狩るのが難しいのが第一の理由である。

 第二に固い殻を持った種族、人型に近い種族、毒を持った種族などが敬遠されるという理由も大きかった。

 それでも相手を選んで狩り取れば食料にはなる。魔物は体が大きい種族が多くを占めるため、肉の量が多いという利点もあった。


「そっか~、グソックかあ。甲殻類みたいで結構おいしいねえ」


 ミスティンは全く平気なようで、気にせずにパクパク食べていた。そんな様子を横目に、ソロンは白米を口に運ぶ。

 しかし、アルヴァはソロンが食事する様子を見て、不思議そうに目を留めた。


「そんな持ち方でもよいのですか?」


 何を聞かれたのか悩んだが、どうやら箸の持ち方を見ているようだ。


「ん、いいんじゃないの? 食えることは食えるし」


 箸を口に加えながら、そう答えた。


「坊っちゃんには何度か注意したのですが、直らなかったのですよ。このナイゼル、不徳の致すところです」


 ナイゼルが首をゆったりと横に振りながら口を挟んでくる。

 どう考えても、そこまで大袈裟に言われることではない。


「これでよいのでしょうか?」


 アルヴァが箸の動かし方を見せながら、豆をつまんだ。そうしてナイゼルに尋ねた。


「お上手です。既に坊っちゃんでは、百年かけても及びもつかない領域……。そう言っても過言ではないでしょう」


 どう考えても過言である。


「そうですか、やはり間違いなかったのですね」


 アルヴァは得意気になって、箸をカチカチ動かしていた。それも、ソロンに見せびらかすかのように。

 しかし、そんな精神攻撃に動じるソロンではない。無視していつもの箸さばきで豆をつまむ。……が、うっかり豆を落としてしまった。


「ソロン。こうですよ、こう」


 アルヴァがこれ見よがしに箸の動きを見せつけてきた。まさか、上界人に箸の上げ下げを指南されるとは思わなかった。

 ……思わず口答えしたくなるが、妙に嬉しそうなのでやり辛い。

 この人も相当にお節介気質だなと――今更ながらに気づいた。

 皇帝としての彼女は、厳格に職務をこなす面があった。一方で、その立場をなくせばこんな素顔も垣間見えてくる。


「……君は僕の母さんか何かみたいだね」

「どちらかというと、姉さんのつもりです」


 皮肉を込めたつもりだったが、全く悪びれずに言い返された。むしろ彼女は誇らしげにも見えた。


「そう……」


 根負けして、箸の持ち方を変えてみせる。


「違います。親指は添える程度に。下の箸を動かしてはなりません」


 言われた通りにやってみた。そうして豆をつまむ。


「こう?」

「そうです。よくできました」


 頭をなでられた。


「お姉さんができてよかったじゃないか」


 サンドロスが笑った。

 以前『王家の威信』がどうこう言っていたのは誰だったか。なのに衆人の前で子供扱いされては、威信も何もない。


「僕は一歳児じゃないんだけど……」


 そう言えばと、ふと本物の一歳児のほうに目をやってみた。

 スライは母ナウアと共にアルヴァの正面の席にいる。

 スライは母の補助を受けながら、スプーンを手に奮闘していた。父サンドロスがその隣で微笑ましく眺めている。


「スライも頑張っていますね」


 アルヴァが目を細めて言った。


「でも、難しそうだね。やっぱりスプーンはまだ早いんじゃないかな?」


 スライはうまくいかず、スプーンをしょっちゅう放り出していた。当然、食事をこぼしてはいるがそれも想定済みだ。汚す前提で前掛けをさせていた。


「いいえ。失敗しても、諦めない姿勢が大事なのですよ」


 アルヴァはスライのほうを見てニッコリ笑った。


「――そうですよね、スライ?」

「あう」


 ナウアに抱えられたスライが、一応の返事をした。もちろん意味は伝わっていないだろうが。


「よい返事です。将来は立派な君主になってくれると期待しますよ」


 それでも彼女は満足したらしい。


「……スライにそんな難しいこと言っても伝わらないよ。まだあんなに小さいんだから」


 ソロンは呆れるように言ったが、


「ソロン、あなたは何も分かっていないようですね」

 どうやらカンに障ったらしい。

「――幼児教育においては何よりも会話が肝要なのです。相手に理解されないからといって、会話をやめては子供は育ちません。たとえ全てが理解されなくとも、将来の成長を信じて、粘り強い交流を図るべきなのです」


 アルヴァはとうとうと持論を展開してみせた。どこか冷淡に見えて、結構な情熱をうちに秘めているのが彼女という人間らしい。


「それって、君の家の方針か何かなの?」


 自分が子持ちというわけでもないのに、妙に具体的だ。気になったので尋ねてみる。


「はい、皇家の方針です。そちらの王家もそうでしょうが、貴族というのは独自の教育論を持っているものです。子女の教育が一族の興隆を左右するわけですからね。私は帝国中に広く展開すべきだと考えていたのですが……。残念ながらそこまでは至りませんでした」


 ……ソロンの王家にそこまでの教育論があるかというと、かなり怪しい。わりと個人の裁量でやっているような印象がある。


「子供が好きなんだ?」

「そうですね。子供は将来を担う者として、大切にすべきですから」

「じゃあ、大人は嫌い?」


 ミスティンが無駄に意地の悪い質問で割り込んできた。


「いいえ、いずれも大切な民に変わりませんよ。青年は今を担う者として。老人は今までの労を謝して。それぞれ大切にすべきです。そうやって国というものは成り立っているのですから」


 迷う様子もなくアルヴァは答えた。それを見れば、彼女がかつての仕事に強い誇りを持っていたことを感じられた。

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