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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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ザウラスト教団

「グリガントに神獣……何が何やら分からんな。ともかく、そちらの神獣は、遺跡で発掘された杖から現れたというわけか……」


 サンドロスは困惑しながらも、話を飲み込もうと努める。


「私にもよく分からないことばかりですが、やはり重要なのは神獣でしょう。杖先の魔石が砕けたことによって、帝都の神獣は召喚されました。それでは、王都に現れた神獣は、いかにして召喚されたのでしょうか?」


 ここに至って、アルヴァが話を戻した。それでようやくソロンも理解する。

 アルヴァは『なぜ、直近の戦いで敵が神獣を呼ばなかったのか?』というソロンの質問に、一つの解答を示したのだ。


「神獣の召喚に条件がある――って、君は言いたいんだね?」

「はい。恐らくは、あの時のような魔石が必要なのでしょう。それも簡単に量産はできないはずです。なんせ、あれだけの存在を呼び出すための魔法ですから」


 サンドロスも頷いて。


「納得はできるな。このところの戦いでは、騎士と少数の神官が前面に出てくるだけだった」

「在庫が底をついたって可能性はないかな?」


 と、指摘したのはミスティンだ。


「さすがに楽観的すぎるよ。重要な局面になったら、また使ってくるって考えたほうがいい。例えば、僕らが王都に攻め込んだりした場合さ」


 ソロンが反論すれば、サンドロスも首肯(しゅこう)する。


「同意見だ。それだけではなく、このテネドラに神獣をしかける準備をしているかもしれん。いずれにせよ、お前が持ってきた鏡が頼りだな」


「質問してよいでしょうか?」


 話が一区切りついたのを見て取ってか、アルヴァが挙手する。


「ああ、何でも聞いてくれ」

「そのザウラスト教団という一団が気になります。どういった者達なのでしょう? 特にラグナイ王国との関係も伺いたいところですが」

「ああ、俺も気になる。いかにも怪しさ満点だしな。前も聞いたけど、もうちっと情報が欲しいな」


 アルヴァもグラットも、ザウラスト教団のことが気になっていたらしい。ソロンも説明したが、知識不足は明らかだった。


「それについては、私からお話ししましょう」


 計ったように部屋へ入ってきたのは、ナイゼルだった。タンダ村の仲間達の案内を終えたらしい。


「ああ、お前のほうが詳しそうだな。ならば頼もうか」


 サンドロスが頷いたので、ナイゼルが着席して続けた。


「教団とラグナイ王国は、ほぼ一心同体の構造になっているようです。合わせて話しましょう。まず判明しているところでは、彼らは四つの階級に分かれています。つまり王族、神官、騎士、平民の四階級です。頂点となるのはもちろん王族。ただその数は少なく、支配階級の多くは神官に属しているようです。それに次ぐのが騎士階級というわけですね」

「じゃあ、(いくさ)を担当するのが騎士階級というわけか」


 グラットがナイゼルのほうを向いて言った。


「騎士階級ももちろん戦います。ですが、最も注意すべきは神官階級でしょう。その名の通り祭祀(さいし)を司る階級でもありますが、同時に魔道士としての側面も持っているようです。治癒だけではなく、攻撃の魔法に通じる者も多く警戒が必要かと」

「実質的には魔道士が支配する国家ということですか……。それでは剣や槍だけでは太刀打ちできませんね。確かに厄介かもしれません」


 アルヴァも頬に手を当てて、考え込んでいる様子だった。


「はい。イドリスを占領した指揮官も、司教を名乗っているようです。司教ベクセン――やはり、強大な力を持つ魔道士ですね」

「将軍でも魔道士でもなく、司教が指揮官か。本気で宗教が入り込んでるんだな」


 グラットがそうつぶやいた。

 アルヴァはソロンのほうを向いて。


「あなたは確か、教団は呪海を崇めていると言っていましたね。それについて聞かせていただけませんか?」

「うん。でも、僕もそんなに詳しいわけじゃない。そっちもナイゼルに譲るよ」


 ナイゼルも承知とばかりに頷いて。


「聞き知る限りでは、教団は様々な祭儀において、呪海を用いるようなのです。例えば、死者は呪海へと(ほうむ)るのが習わしなのだとか」

「うえっ、呪海に……!? 狂気の沙汰だなあ……」


 これはソロンも初耳である。恐ろしい情報に怖気が走った。

 もっとも、上界から来た三人はピンと来ていないようである。呪海を見たことがないのだから無理もないけれど。


「呪海葬ということですか? 想像のしようがないので、何とも言えませんが」

「私は彼らの術にも、呪海が関係していると考えています。もっとも、これについてはいまだ詳細不明ですが」

「つくづく、謎の多い相手ということですね。……それでは、ラグナイ軍の兵力はいかほどでしょうか?」


 アルヴァはより実際的な話題に転じた。得体の知れない教団の教義を問うても、仕方ないと考えたのだろう。


「四~五千といったところかな」

 サンドロスが答えた。

「――本国には万に迫る軍がいるようだが、イドリスに来ているのはそれくらいだ。魔物の召喚もしてくるから、単純計算はできんがな」

「そんなものですか。それでこちらが投入できる兵力は?」


 いつの間にかソロンを置いて、アルヴァが会話を担っている。……多少、危機感を覚えなくもない。


「おおよそ二千といったところだな」


 サンドロスが平然と言い放った。ソロンの感覚では思ったよりも状況はよい。しかしながら、アルヴァは衝撃を受けた様子で。


「二千……。可能な限りの兵力を結集して二千ですか……? 私も帝国の北方ではそれぐらいの兵力を率いましたが、そもそもあれは局地防衛であって……」


 なにやら愕然(がくぜん)としていた。ネブラシア帝国の皇帝であった彼女の感覚からすれば、相当に少ない数だったのだろう。

 ソロンはそれをたしなめて。


「アルヴァ、君の国とは違うんだよ。元々の人口自体が比較にならないし、その多くが王都イドリスにいた。だからこれでも精一杯の兵力だと思う」

「……参考までに、イドリス王国の人口はどの程度でしょう?」


 アルヴァはやや気を取り直して口にした。


「以前の統計では八万一千ぐらいだったな」

「ええ、その通りです」


 サンドロスに聞かれて、ナイゼルが頷いた。

 アルヴァはやはり衝撃を受けている様子で、言葉に詰まっていた。それでも、


「……千の位まで人口統計を把握しているのは立派ですわね」


 と、無理してイドリス国を褒めてくれた。

 ……統計がそれなりに取れているのは、人口が少なすぎて手間がいらないためのような気もしないでもない。

 サンドロスは応じて。


「まあまだ志願兵が来る予定だから、もう少し増えるだろうさ。それより、問題は兵力ではないんだ。元々、戦い自体はこちらが優位に進めていたからな。問題はあの神獣だ。あれさえどうにかできれば勝ち目は十分にある」


 実際、ソロンが脱出する前も、父が率いるイドリス軍はよく戦った。堅牢な防壁に囲まれた王都を落とすのは、ラグナイ軍にとっても困難だったはずなのだ。

 けれど、そのイドリス軍もあの神獣には太刀打ちできなかった。結果的に父は死に、王都を放棄せざるを得なかった。


「うん。だから僕が対策を手に入れてきた」


 ソロンはあの神獣を封じるために遥々、上界まで鏡を探してきたのだ。通じるどうかは分からないが、信じるしかない。


「ああ、決戦の時は近いな。後で使い方を教えてもらおうか」


 サンドロスも力強く頷いた。


 とりあえずの状況は分かった。話が一段落ついたところで、ソロンはミスティンの姿が席にないことに気づいた。

 と言っても、部屋を見回せばすぐ見つかった。彼女はいつの間にか席を離れて、スライの相手をしていた。真面目な話に嫌気が差したらしい。


「みしゅひん」


 何やら、スライに自分の名前を言わせようと悪戦苦闘していた。


「ん~。まだちょっと違うんだけどなあ。ミシュヒンじゃなくてミスティンだよ」


 と、一歳児相手に大人げのない批評をしていた。


「私の名前は言えるんだけどね。ちょっと、難しかったんじゃないかしら」


 母のナウアとも既に打ち解けようとしている。ミスティンは口が達者とはいえないが、妙な対人能力を持っていた。


「そっか。もうちょっと簡単なほうがいいかな」

 ミスティンはソロンのほうを指差して、

「――スライ。ソロン叔父さんだよ」


 と、余計なことを教え出した。


「ほろんおじはんだよ」


 たどたどしくスライはオウム返しした。簡単になっていない。


「ミスティン、なにやってんの……」


 ソロンは呆れて溜息をつく。

 そんな二人の様子を見て、アルヴァも部屋の奥へ歩いていく。ミスティンを注意してくれるのかと思いきや、スライの前にかがんで。


「アルヴァネッサと申します。よろしくお願いします」


 と、幼児相手に馬鹿丁寧な挨拶をしていた。心持ち普段よりも声が優しい。


「あうあねっさ?」


 スライも返事を返すが、さすがにこれは難しかった。


「私の名前は難しいので、無理せずとも構いませんよ」


 と、アルヴァはスライの頭をなでた。それから、ナウアのほうを向いて。


「――ですが、ご立派ですね。もうこれだけ話せるとは」

「そうなの、凄いでしょ。ちょっとだけど、立って歩くこともできるのよ」


 ナウアも機嫌よく話していた。


「そろそろ、夕飯の時間だなあ……。食堂に行くか」


 サンドロスは苦笑して言った。これ以上、話を続ける雰囲気ではなくなっていたのだ。

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