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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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サンドロスの軌跡

 サンドロスは早足で二階の部屋へと進んでいく。

 ……が、途中でソロンをグッと引っ張って近くに寄せてきた。それから、心持ち小声で話しかけてきた。


「まさかお前がここまでやるとはな。兄ちゃん嬉しいぞ」

「まあね、お陰で結構苦労したけど」


 サンドロスは力強く頷きながらも、ひそかな声で。


「ああ、信じられないことだ。少し前までは草食動物のように奥手だったお前が、あんな美人を……」


 サンドロスはよくやったとばかりに、ソロンの頭を叩いてきた。……何かと思えば、さっきの注視はそういう意味か。


「いや、そういうことじゃなくて……。誤解だってば」

「ああ、金髪のほうだったか?」

「違う! っていうか、声が大きいよ!」


 そう言うソロンも、思わず大きな声になってしまう。

 ……と、後ろを盗み見れば、まっすぐにアルヴァと目が合った。慌てて兄のほうを向いて釘を刺す。


「――……上界ではすっごく偉い人だったんだから。あんまり失礼なことは言わないでね」

「そんなに偉いのか? もしやどっかの姫君か……?」

「うん。そんなところ」


 まさか、王より偉い皇帝だとは、さすがの兄も思うまい。もっとも、そこまでわざわざ説明する気もなかった。


 兄から解放されたソロンは、仲間達の元へと戻っていく。


「さっきは何を話していたのですか?」


 しかし、アルヴァには不審がられた。


「いや、別に」

「金髪のほうってなに?」


 ミスティンにもしっかり聞こえていたらしい。


「なんでもない」


 二人は不満そうな顔をしていたが、それ以上は追求してこなかった。


 *


 ソロン達四人はサンドロスの部屋へと案内された。

 奥にはサンドロスの妻ナウアと、夫妻の子スライの姿もあった。二人はソファーに座ってくつろいだ様子である。

 イドリス城の自室と比べれば質素だが、元からさして豪勢な部屋にいたわけではない。この程度の広さがあれば、三人で暮らすにも不自由はないだろう。


 ナウアは満面の笑みで、改めてソロンの帰還を喜んでくれた。それから、仲間達と挨拶を交わして歓迎してくれる。

 一歳となるスライもあまり分かってはいないようだが「うあい~」と笑っていた。「おかえり」のつもりだったかもしれない。


「まあ、楽にしてくれ」


 サンドロスはうながし、自らも妻子とは離れた手前のソファーに座った。みな同じように座って、話をする態勢になった。


「――さて、どちらから先に話す?」


 それから、サンドロスはくつろいだ様子で話を切り出した。


「兄さんからお願い。あの後どうなったかを聞いてもいいかな?」


 家族達の安否については、再会した直後に確認した。次は戦況を含めた幅広い状況を確認するため、時系列順に経緯を聞こうと考えた。


「といっても、そんなに面白い話はないぞ。ほとんどはお前も聞いていると思うがな。お客さんのためにも、少し前から話すか」


 そう言って、サンドロスはざっと説明してくれた。


 今から三ヶ月前の夜、王都イドリスが襲撃を受けた。

 敵は北のラグナイ王国である。

 ラグナイはザウラスト教と呼ばれる宗教を信奉(しんぽう)しており、その意向を踏まえたものと思われた。

 突然の襲撃だったが、国王セドリウスが指揮するイドリス軍は懸命に戦った。


 ラグナイ軍の戦力は主に二つ。

 一つは馬を駆り、剣と槍で戦う騎士達だ。正面から猛然と攻め寄せる騎士達は手強い相手だった。

 しかし、それよりも厄介なのはザウラスト教団の神官達である。彼らは奇妙な魔法を操った。

 特に魔物――緑の聖獣グリガントと呼ばれるそれを召喚する魔法は、イドリスの誰もが見たこともない特殊なものだった。


 それでも戦線はよく持ちこたえた。

 サンドロスもソロンも、二人の父である国王も――各自で魔法武器を振るいながらよく戦った。

 また母である王妃ペネシアもかつては優秀な魔道士であり、こたびの戦いでもその力を十全に発揮した。

 彼女の傘下――ナイゼルとガノンドの親子を中心とした魔道士達も、神官達の思い通りにはさせなかった。


 それが崩壊したのは、突如イドリスの町中に降臨した巨大な魔物のためだ。

 教団はその魔物を神獣と呼んでいた。

 こちらの攻撃を物ともしない神獣の力によって、イドリス軍は崩壊。国王はそれでも前面に出て戦ったが、命を散らす定めとなった。


 父に国家の望みを託された兄弟は、辛くも王都を脱出。

 サンドロスは王都を捨て、再起を決した。だが、神獣への対抗策を得なければ、これからの戦いに勝利できる望みは薄い。

 そこで、サンドロスは持ち出した界門のカギをソロンへと託した。

 かつて、二人の師であるシグトラが、イドリスに残したカギである。


 ソロンはカギを手に上界へ向かった。

 かつての伝説に記された鏡を手に入れるため、その伝説に記された地――ネブラシアに向かって……。王都から南東にある界門の場所は、既に判明していた。


 その後、王都イドリスはラグナイ王国の手に落ちた。

 今もなお内部には取り残された民達が残っているはずだ。その中には、二人の母で王妃たるペネシアもあったという。

 結局、サンドロスはテネドラの町に流れ落ちた。

 ナイゼル達とも合流を果たし、勢力の結集にも成功。ラグナイ軍と幾度かの小さな戦いを経て、今に至るという。


 *


「あいつら、この町までは攻めてこなかったの?」


 話を聞き終えて、ソロンが疑問を口に出した。

 テネドラの町の様子は随分と平和で、落ち着いているように思えた。日々の襲撃にさらされていれば、こうはならないだろう。


「ああ、ドンタイア村まではきたが、俺達が散々にやっつけてやった。それ以降、積極的に攻めてくる気配はないな。あくまで今のところはだが……」


 ドンタイア村とはここより東、王都イドリス寄りにある村だ。テネドラに攻めてくるならば、近くを通る必要があった。


「ドンタイアも無事なんだね。あっちにも軍を配置してるの?」


 もっとこの近辺まで攻め入られていると、予想していたので意外に思えた。


「いや、ドンタイアの村民は引き上げておいた。奴らが空っぽの村を占拠したところに、奇襲をかけてやったわけだ。防衛を考えて、基本的に軍はこの町へ留めている」

「さっすが、兄さん!」

 ソロンは歓声を上げたが、すぐに考え込む。

「――でも、おかしいな。あの神獣は呼んでこなかったんだよね。もし呼ばれたら、あっさり返り討ちにされたと思うんだけど……」

「確実なことは何も言えんな。現れた魔物は緑のカバだけだった。神獣を召喚する前に、敵が瓦解(がかい)したのかもしれん」


 緑のカバ――上界と下界で共通するグリガントの俗称である。


「その神獣は、どのようにして召喚されたのですか?」


 兄弟の会話にアルヴァが口を挟んだ。

 ちなみに、グラットは難しい話を意外と真面目に聞いている。ミスティンは話についていけないのか、キョロキョロと部屋の中を見回していた。


「分からん。召喚された瞬間を見たわけではないからな。気がつけば、敵陣から現れたバケモノが王都を蹂躙(じゅうりん)していた」

「ふむ……」

 と、アルヴァは考え込んで。

「――ソロンの見解では、帝都で見たあの魔物と同種の存在なのですよね?」

「うん。姿は違ったけど、そっくりだったよ。あの赤黒い霧――瘴気(しょうき)って言ったほうがいいかな。それが障壁になってどんな攻撃も効かないんだ」

「待て、上界で神獣を見たのか!?」


 サンドロスは驚きの目で、ソロンとアルヴァを見やった。


「そうなんだ。先に説明しておこうか」


 ソロンは頷き、帝都での出来事を説明した。これについては、上界から来た三人も補足してくれた。

 もっとも、アルヴァの立場については微妙にぼかしておいた。彼女の傷口を不用意に(えぐ)る必要はないだろう。

 サンドロスは不審がってはいたが、追及してこなかった。

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