表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
82/441

彼女達の選択

「ナイゼル、先生とは合流できてないの?」


 食事をしながら、ソロンは知人達の安否を確認する。


「残念ながら、いまだ所在不明です。恐らくは王都に囚われていると思われますが……」

「そっか……。君は兄さんの使いでここに来たんだよね。兄さんはどうなってる?」


 ソロンはようやく本題に入った。


「はい。サンドロス殿下は着々とイドリス奪還のため準備中です。ぜひ坊っちゃんも力をお貸しください」


 ナイゼルはソロンの兄についてはきちんと殿下と呼ぶ。そうして便利に坊っちゃんと殿下の呼称を使い分けている。


「もちろんだよ。そのために僕が帰って来たんだから。テネドラだったね」


 村長はテネドラの町にイドリス王国軍の本拠があると話していた。テネドラはここから南東へ五日ほど歩いた場所となる。


「はい。今、テネドラに向かって国内から続々と勇士が集結しています。私も村の勇士を集めて明後日(あさって)にでも出発するつもりでした。坊っちゃんも同行していただけますね?」

「そうだね、早いに限るよ」

「それでは」


 と、そこでナイゼルはソロンの周囲に目をやった。


「――そのお三方を連れていかれるのでしょうか?」

「いや……連れてはいけない」


 ソロンは首を振って否定した。

 それを聞いた三人が食事をする手を止めた。場の空気が変わったのを全員が察した。


「ふむ、それならそれで構いませんが」


 と、ナイゼルはこちらを(うかが)いながら応じる。ソロンと他三人の関係を推し量っているのだろう。

 隣のアルヴァへとソロンが目を向ければ、まっすぐに目が合った。どことなく、その表情はこわばっているように見えた。


「これを」


 ソロンは(かばん)から黒いカギを取り出して、アルヴァに渡した。


「何のつもりですか?」

「このカギがあれば、上界に戻れる。僕は兄さんのところに向かうから」

「私に上界へ帰れと?」

「うん。グラットとミスティンもお願いしてもいいかな? 三人なら界門まで十分にたどり着けると思うから」


 ここから先は本物の戦乱となる。皆を巻き込むわけにはいかなかった。


「俺は構わんが……」

「私もいいけど……」


 グラットとミスティンは顔を見合わせた。それから、二人そろってアルヴァのほうを向く。


「あなたは……」


 アルヴァはこちらをしかと見据えた。紅玉の瞳が強く輝いている。


「――私を置いて戦いに向かうつもりなのですか? 私はあなたに力を貸してもよいと思っています」


 彼女の厳しい態度はベスタ島からの帰り――彼女が女王の杖を使用した時以来だ。ただその時とは少しばかり雰囲気が違った。


「ダメだ、危険なんだ」

「危険だとおっしゃるなら、なおさらです。なぜ一人で行こうというのですか?」

「け、けど! マリエンヌさんや、みんなが君のことを心配していて……。だから、早く帰ったほうが!」


 たじたじとしながらも反論する。


「構いません。ここに来た経緯が経緯ですから、少しほとぼりを冷ましたほうがよいのです。それに心配と言うなら、皆があなたのことを心配していないとでも? 私だって……」


 アルヴァはなおもこちらを見つめる。

 少しうるんではいるが目を離さない。さすがにソロンも、この態度は拒絶や怒りではなく、こちらへの心配から来ているのが伝わった。

 しかし、彼女を巻き込んでもいいのだろうか? この先には、盗賊や魔物よりも恐ろしい本物の戦争が待っているのだ。そして、何よりも教団が操る恐るべき神獣がいる。


「ダメだよ。本物の戦争になるんだ……」

「戦争なら経験があります。そもそも上界に行けば安全だという保証はどこにあるのでしょう? 帝国において、私が置かれた立場はあなたもご存じだと思いますが」


 形としては対等に会話するようにしているが、どうもこの人に敵う気がしない。口論すれば勝ち目は薄い。


「確かにそうだけど……」


 アルヴァは帝国では罪人であって、立場が保証されているわけではない。

 帝国に戻ったところで捕まれば、再び下界に追放されるのか……。それとも別の刑を執行されるのか、それは分からなかった。

 だから、そう言われては反論が苦しい。

 グラットとミスティンに彼女を任せ、それで終わりとするのなら、それはそれで無責任だった。


「私に、借りを返させていただけませんか? 幸い、今の私は地位を持たない流浪の身。だからこそ、自由な身であなたへ協力できるはずです」


 アルヴァの魔道士としての実力は疑いようもない。

 イドリスで匹敵する魔道士を挙げるとすれば、ナイゼルぐらいのものだろう。イドリスの第二王子として考えれば、彼女の力を借りたほうがよいのは自明だ。

 それでも、アルヴァを危険にさらしたくなかった。


「う~ん……。それじゃ、この村で待つっていうのは? 戦争が終わったら、僕が送りに戻るよ」

「ダメ。それでソロンが死んじゃったら嫌だもん」


 ミスティンが即座に否定すれば、


「だな」

 さらにはグラットが加勢する。

「――っていうか、戦争に負けたら、この村もどうなるか分かんねえよ。そしたら、このお姫様のことだ。また無茶やらかすんじゃねえか?」


 押し寄せる敵軍から世話になった村を守るため、杖を手に戦うアルヴァの姿……。グラットの言葉からそんな光景が思い浮かんだ。

 二人の言葉を、アルヴァは何度も頷きながら聞いていたが。


「言い方は気に入りませんが、否定はしません」

「……分かった。じゃあ、一緒に来てくれるかな?」


 どうにも旗色が悪い。悩んだ末に、ソロンはそう答えた。

 正直なところ何が最善かは分からない。……が、結局は自分のそばに置いたほうがよいと結論を出した。


「はい。初めからそう言えばよいのです」


 アルヴァは叱るような調子で言い放ったが、すぐに表情をゆるめた。それから、どこか安堵したような表情で、ソロンの手へとカギを突き返した。


「うむ。もうしばらくは付き合ってやるよ。冒険者に危険はつきものだからな」


 グラットも当然だと言わんばかりの態度だった。


「やっぱりね」


 ミスティンは何事もなかったかのように食事を再開した。


「私としても、一人でも多くの方が協力していただければと思っています」


 ナイゼルは真剣な表情のまま、三人へと視線を配る。


「――確かに危険はありますが、こちらとしても全てを賭ける覚悟ですから。どうかよろしくお願いします」


 そうして、深々と頭を下げたのだった。


 *


「あっ、それでアルヴァはどうする? ゾゾロアさんの所に送ろうか?」


 夕食が終わったところで、ソロンはふと思い至る。

 アルヴァがここへ来たのは、ナイゼルの話を聞くためだ。宿に泊まるためではない。


「いえ、私も同宿して構いませんか?」

「じゃあ、もう一部屋取ったほうがいいかな?」


 現状は三人で一つの部屋を使用していた。こうなるとさすがに女性二人は、部屋を別にすべきかもしれない。


「特別扱いは不要と言ったはずですよ」


 しかし、アルヴァはそれを否定した。


「特別扱いっていうか、むしろそっちのほうが普通だと思うけど……」

「そうだぜ。そいつだってそんな顔してるが男だ。案外むっつりかもしれん」

「……いや、君と一緒にしないでよ」

 と、ソロンはグラットに言い返す。

「――それより狭いけどいいの? 君のお眼鏡に(かな)うかは怪しいところだけど」

「屋根があって魔物も盗賊もいないなら、特に不満はありません」


 アルヴァは即答した。


「た、大変だったね……。そこまで言うなら分かったよ」


 ここ数週間の彼女の境遇を思い出し、ソロンは同情せざるを得なかった。


「ああでも」

 と、アルヴァは思い出したように付け加える。

「――寝床の配置は、ソロンかミスティンを隣にしていただければと思います」

「……誰かさんと同じこと言ってやがるぜ。まあいいけどよ」


 グラットはミスティンのほうを見ながら渋い顔を作っていた。


「じゃあ、アルヴァは私と一緒に寝よう。あっ、でもその前にお風呂だね。私が洗ってあげようか?」


 対するミスティンはそれを無視して、アルヴァに話しかけていた。


「この宿には風呂があるのですね。でしたら、ぜひお願いします」


 アルヴァも何やら嬉しそうだった。


「男女で同室とは坊っちゃんも隅に置けませんねえ。昔は私も坊っちゃんと添い寝した仲だったのに」


 一連のやり取りを見届けたナイゼルが、またいらぬことを言った。

 兄弟弟子という関係上、同じ部屋で寝たこともあるが、もちろん変な関係ではない。


「…………」


 反応するのも面倒だったので、ソロンは無言で適当に一瞥(いちべつ)するに留めた。


「……じょ、冗談ですよ。そんな怖い顔しないでくださいよ。……お休みなさいませ」


 そそくさとナイゼルは自室に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ