彼女達の選択
「ナイゼル、先生とは合流できてないの?」
食事をしながら、ソロンは知人達の安否を確認する。
「残念ながら、いまだ所在不明です。恐らくは王都に囚われていると思われますが……」
「そっか……。君は兄さんの使いでここに来たんだよね。兄さんはどうなってる?」
ソロンはようやく本題に入った。
「はい。サンドロス殿下は着々とイドリス奪還のため準備中です。ぜひ坊っちゃんも力をお貸しください」
ナイゼルはソロンの兄についてはきちんと殿下と呼ぶ。そうして便利に坊っちゃんと殿下の呼称を使い分けている。
「もちろんだよ。そのために僕が帰って来たんだから。テネドラだったね」
村長はテネドラの町にイドリス王国軍の本拠があると話していた。テネドラはここから南東へ五日ほど歩いた場所となる。
「はい。今、テネドラに向かって国内から続々と勇士が集結しています。私も村の勇士を集めて明後日にでも出発するつもりでした。坊っちゃんも同行していただけますね?」
「そうだね、早いに限るよ」
「それでは」
と、そこでナイゼルはソロンの周囲に目をやった。
「――そのお三方を連れていかれるのでしょうか?」
「いや……連れてはいけない」
ソロンは首を振って否定した。
それを聞いた三人が食事をする手を止めた。場の空気が変わったのを全員が察した。
「ふむ、それならそれで構いませんが」
と、ナイゼルはこちらを窺いながら応じる。ソロンと他三人の関係を推し量っているのだろう。
隣のアルヴァへとソロンが目を向ければ、まっすぐに目が合った。どことなく、その表情はこわばっているように見えた。
「これを」
ソロンは鞄から黒いカギを取り出して、アルヴァに渡した。
「何のつもりですか?」
「このカギがあれば、上界に戻れる。僕は兄さんのところに向かうから」
「私に上界へ帰れと?」
「うん。グラットとミスティンもお願いしてもいいかな? 三人なら界門まで十分にたどり着けると思うから」
ここから先は本物の戦乱となる。皆を巻き込むわけにはいかなかった。
「俺は構わんが……」
「私もいいけど……」
グラットとミスティンは顔を見合わせた。それから、二人そろってアルヴァのほうを向く。
「あなたは……」
アルヴァはこちらをしかと見据えた。紅玉の瞳が強く輝いている。
「――私を置いて戦いに向かうつもりなのですか? 私はあなたに力を貸してもよいと思っています」
彼女の厳しい態度はベスタ島からの帰り――彼女が女王の杖を使用した時以来だ。ただその時とは少しばかり雰囲気が違った。
「ダメだ、危険なんだ」
「危険だとおっしゃるなら、なおさらです。なぜ一人で行こうというのですか?」
「け、けど! マリエンヌさんや、みんなが君のことを心配していて……。だから、早く帰ったほうが!」
たじたじとしながらも反論する。
「構いません。ここに来た経緯が経緯ですから、少しほとぼりを冷ましたほうがよいのです。それに心配と言うなら、皆があなたのことを心配していないとでも? 私だって……」
アルヴァはなおもこちらを見つめる。
少しうるんではいるが目を離さない。さすがにソロンも、この態度は拒絶や怒りではなく、こちらへの心配から来ているのが伝わった。
しかし、彼女を巻き込んでもいいのだろうか? この先には、盗賊や魔物よりも恐ろしい本物の戦争が待っているのだ。そして、何よりも教団が操る恐るべき神獣がいる。
「ダメだよ。本物の戦争になるんだ……」
「戦争なら経験があります。そもそも上界に行けば安全だという保証はどこにあるのでしょう? 帝国において、私が置かれた立場はあなたもご存じだと思いますが」
形としては対等に会話するようにしているが、どうもこの人に敵う気がしない。口論すれば勝ち目は薄い。
「確かにそうだけど……」
アルヴァは帝国では罪人であって、立場が保証されているわけではない。
帝国に戻ったところで捕まれば、再び下界に追放されるのか……。それとも別の刑を執行されるのか、それは分からなかった。
だから、そう言われては反論が苦しい。
グラットとミスティンに彼女を任せ、それで終わりとするのなら、それはそれで無責任だった。
「私に、借りを返させていただけませんか? 幸い、今の私は地位を持たない流浪の身。だからこそ、自由な身であなたへ協力できるはずです」
アルヴァの魔道士としての実力は疑いようもない。
イドリスで匹敵する魔道士を挙げるとすれば、ナイゼルぐらいのものだろう。イドリスの第二王子として考えれば、彼女の力を借りたほうがよいのは自明だ。
それでも、アルヴァを危険にさらしたくなかった。
「う~ん……。それじゃ、この村で待つっていうのは? 戦争が終わったら、僕が送りに戻るよ」
「ダメ。それでソロンが死んじゃったら嫌だもん」
ミスティンが即座に否定すれば、
「だな」
さらにはグラットが加勢する。
「――っていうか、戦争に負けたら、この村もどうなるか分かんねえよ。そしたら、このお姫様のことだ。また無茶やらかすんじゃねえか?」
押し寄せる敵軍から世話になった村を守るため、杖を手に戦うアルヴァの姿……。グラットの言葉からそんな光景が思い浮かんだ。
二人の言葉を、アルヴァは何度も頷きながら聞いていたが。
「言い方は気に入りませんが、否定はしません」
「……分かった。じゃあ、一緒に来てくれるかな?」
どうにも旗色が悪い。悩んだ末に、ソロンはそう答えた。
正直なところ何が最善かは分からない。……が、結局は自分のそばに置いたほうがよいと結論を出した。
「はい。初めからそう言えばよいのです」
アルヴァは叱るような調子で言い放ったが、すぐに表情をゆるめた。それから、どこか安堵したような表情で、ソロンの手へとカギを突き返した。
「うむ。もうしばらくは付き合ってやるよ。冒険者に危険はつきものだからな」
グラットも当然だと言わんばかりの態度だった。
「やっぱりね」
ミスティンは何事もなかったかのように食事を再開した。
「私としても、一人でも多くの方が協力していただければと思っています」
ナイゼルは真剣な表情のまま、三人へと視線を配る。
「――確かに危険はありますが、こちらとしても全てを賭ける覚悟ですから。どうかよろしくお願いします」
そうして、深々と頭を下げたのだった。
*
「あっ、それでアルヴァはどうする? ゾゾロアさんの所に送ろうか?」
夕食が終わったところで、ソロンはふと思い至る。
アルヴァがここへ来たのは、ナイゼルの話を聞くためだ。宿に泊まるためではない。
「いえ、私も同宿して構いませんか?」
「じゃあ、もう一部屋取ったほうがいいかな?」
現状は三人で一つの部屋を使用していた。こうなるとさすがに女性二人は、部屋を別にすべきかもしれない。
「特別扱いは不要と言ったはずですよ」
しかし、アルヴァはそれを否定した。
「特別扱いっていうか、むしろそっちのほうが普通だと思うけど……」
「そうだぜ。そいつだってそんな顔してるが男だ。案外むっつりかもしれん」
「……いや、君と一緒にしないでよ」
と、ソロンはグラットに言い返す。
「――それより狭いけどいいの? 君のお眼鏡に適うかは怪しいところだけど」
「屋根があって魔物も盗賊もいないなら、特に不満はありません」
アルヴァは即答した。
「た、大変だったね……。そこまで言うなら分かったよ」
ここ数週間の彼女の境遇を思い出し、ソロンは同情せざるを得なかった。
「ああでも」
と、アルヴァは思い出したように付け加える。
「――寝床の配置は、ソロンかミスティンを隣にしていただければと思います」
「……誰かさんと同じこと言ってやがるぜ。まあいいけどよ」
グラットはミスティンのほうを見ながら渋い顔を作っていた。
「じゃあ、アルヴァは私と一緒に寝よう。あっ、でもその前にお風呂だね。私が洗ってあげようか?」
対するミスティンはそれを無視して、アルヴァに話しかけていた。
「この宿には風呂があるのですね。でしたら、ぜひお願いします」
アルヴァも何やら嬉しそうだった。
「男女で同室とは坊っちゃんも隅に置けませんねえ。昔は私も坊っちゃんと添い寝した仲だったのに」
一連のやり取りを見届けたナイゼルが、またいらぬことを言った。
兄弟弟子という関係上、同じ部屋で寝たこともあるが、もちろん変な関係ではない。
「…………」
反応するのも面倒だったので、ソロンは無言で適当に一瞥するに留めた。
「……じょ、冗談ですよ。そんな怖い顔しないでくださいよ。……お休みなさいませ」
そそくさとナイゼルは自室に戻っていった。