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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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旧友

 盗賊団との戦いを終えたソロン達は、二日の旅を経てタンダ村へとたどり着いた。

 救出された人々を乗せた馬車が、次々と村の門を通り抜けていく。

 門番の知らせを受けたのか、村の人々が続々と集まってきた。


 もう辺りは夕暮れに染まっている。普段なら、みな家で過ごす時間帯である。

 それでも、助けられた者達を心配して皆が駆けつけてきたのだ。

 声を上げて泣き出す者も珍しくなかった。助けられたことに感激したのか、あるいは命を落とした者を嘆いたのかもしれない。

 助けられた少女の一人――リサナはその父と共に、迎えに来た母と無事に再会を果たしていた。


 そして、その親子を後ろから見守る黒髪の娘がいた。リサナ救出の立役者アルヴァネッサである。

 もっとも、つい先日の取り決めにより、彼女の名は『アルヴァ』と呼び捨てすることになっている。会話も原則タメ口だ。

 彼女のかつての地位を考えれば、ソロンとしてはいまだ慣れないのだが……。


「苦労した甲斐はあったかもな」


 茶髪の青年グラットが満足そうにつぶやく。その背中には、盗賊達を蹴散らした自慢の槍が背負われていた。


「だね」


 頷いたのは金髪の娘ミスティンだ。彼女も先日の戦いでは、得意の弓で何人もの盗賊を射止めたのだった。


「本当にありがとうございます! この度は何とお礼を言っていいものか……」


 リサナの両親が、アルヴァへと改めて感謝を述べている。アルヴァは困惑の(てい)だったが、それでもどこか嬉しそうだった。

 そうして、リサナ一家が去ってもアルヴァは解放されなかった。


「アルヴァー! よく無事だったね!」


 突如、迫ってきたゾゾロアに彼女は抱きしめられていた。

 ゾゾロアは犬女の亜人である。その腕は並大抵の人間の男よりも太かった。本気を出せばアルヴァの細い体など一溜まりもないかもしれない。


「え、えぇ……。ご心配……おかけしました……」


 アルヴァは息も絶え絶えに言った。やはり苦しいらしい。助けを出したほうがよいだろうか……。


「こらこら、それじゃあアルヴァが苦しいだろう」


 ゾゾロアを止めたのは夫の犬男――モゴロフだった。


「やったのう。さすがはソロニウス殿下じゃのう」


 それを眺めていたソロンにも、声をかける者がいた。見ればタンダ村の村長だった。


「――あれだけの数で盗賊を追跡して、どうなるかと思ったが……。ともあれよかったわい」


 村長は多くの村人が助かった事実を聞いて喜んだ。

 もっとも、村人の中にも亡くなった者が当然いる。それでも、想定される結果としては最善に近いものだった。それを知っているため、村長も苦情を口にしなかった。


「僕だけの力じゃないですよ。それに、捕まえた盗賊達についても迷惑をかけますが、よろしくお願いします」

「うむ。盗賊どもについては、とりあえず牢に放り込んでおこう。処遇は考えておくとしか、今は言いようがないな。反抗的でない者がいれば、労働力として使えんこともないが……」


 盗賊といっても内実は様々だ。

 自ら強い意志で悪事をおこなった者……、意志が弱く仲間に逆らえなかった者……、貧しさゆえに他の手段を見出だせなかった者……。

 事情次第では情状酌量の余地もあるかもしれない。

 ……というよりもタダ飯喰らいの囚人を、何人も養える余力はこの村にはなかった。だから盗賊個人の人格を見極め、使えるようなら労働力とすることになるだろう。


「――それより、サンドロス殿下の軍と連絡が取れたぞい」

「ほんとですか!?」


 村長がもたらした朗報に、ソロンの声が弾む。

 アルヴァ達の救出がなった以上、ソロンの次なる目的は兄サンドロスとの合流だったのだ。


「うむ、使いの者が昨日この村に来ておってな。義勇軍を(つの)っておるそうじゃ。ソロニウス殿下が来ていると伝えたら、喜んでおった。宿におるはずじゃから、会ってはどうかの?」


 この村に宿は一つしかない。ソロン達が利用している宿のことだろう。


「願ってもありません。さっそく行ってみます」

「罠という可能性はありませんか? 例えば、ラグナイ王国の者が成りすましているなどです」


 口を挟んだのはアルヴァだった。彼女はいつの間にか、ソロンの後ろで話を聞いていた。


「大丈夫じゃと思うがな。名前は知らんが王国軍の者じゃ。わしも知っとる顔じゃったよ」

「なるほど、ならば信じるしかなさそうですね。籠絡(ろうらく)された可能性は捨て切れませんが、そこまで疑っていては誰も味方を作れないのも事実です」

「疑り深いなあ……」


 と、ソロンは呆れ気味にアルヴァへ返す。


「慎重なのですよ」

「僕の知ってる相手かもしれないし、とにかく会ってみるよ」


 王国軍の末端までは、ソロンも知っているわけではない。ただ兄が村へ派遣に選ぶような人物ならば、それ相応の者かもしれなかった。


「さすがにそろそろベッドで眠りたいかなあ」


 ミスティンも宿へ向かうことに賛同した。それから、アルヴァへと視線をやって。


「――アルヴァは? ゾゾロアさんの家?」


 アルヴァだけは同じ宿に泊まっていたわけではない。それで今夜はどうするかを尋ねたのだ。


「私もそちらに泊まってよいでしょうか? 使いの者というのが気になりますので」

「じゃあ、一緒に行こう」


 と、ソロンは宿へ向かって足を向けた。


 *


 日が落ちた漁村を四人で歩いていく。

 辺りは暗くとも、壁の外のように魔物がいるわけではない。このところずっと緊張状態だったので、それだけでも安心して歩いていられた。

 そうして、宿が見えてきたところで――


「坊っちゃ~ん!!」


 と、いきなり駆け寄ってきた男に抱きしめられた。


「ぎゃっ!?」


 見た目が女性的といわれるソロンだが、男に抱きつかれる趣味はない。

 しかし、相手の正体は分かった。

 不意を突かれたので顔は見えなかったが、彼を『坊っちゃん』と呼ばわるのは、この世界に一人しかいない。

 ソロンは暑苦しい男を突き放して、


「ナイゼル……! 君が来てたんだね」


 相手と向き直った。

 灰色がかった茶色の髪をふわりと伸ばし、ローブを着込んだ優男。その顔にはイドリスでは珍しい眼鏡をかけていた。年齢はソロンよりも数年上である。

 王国魔道士のナイゼル。ソロンとも旧知であり、家族に次いで親しい間柄だった。


「はぁはぁ……。やっと会えましたね、坊っちゃん。村に戻ったと聞いて、急いで走ってきました」


 ナイゼルの息が荒い。数ある魔道士の例に漏れず、彼も大した体力があるわけではない。それでも必死で走ってきたらしい。


「お、お疲れさま。わざわざ走らなくても、こっちも宿に行くつもりだったのに……」

「いえいえ、坊っちゃんに一刻も早く再会したいという、私の想いの表れです」

「なんですか、この方は?」


 後ろを振り向けば、アルヴァを始めとした三人が、胡乱(うろん)げにこちらを見ていた。

 途端、ナイゼルはキリッとした表情を作って。


「ソロン坊っちゃんの股肱(ここう)の臣――ナイゼルと申します。以後お見知り置きを」


 そう言って、無駄に大仰な仕草で頭を下げた。股肱の臣などという表現も含めて、いちいち芝居がかった男である。


「なんか怪しいね」

「まあでも、ソロンのウチの者なんだろ」

「この方は信用できるのですか?」


 三者三様、疑わしげにナイゼルを見ていた。


「大丈夫だよ。物心ついた頃からの付き合いだし。魔法についても、僕の兄弟子みたいなもんだから。……たぶん」

「坊っちゃん……。どうしてそんなに自信なさげなんですか! 私と坊っちゃんの仲ではありませんか!? 共に将来を誓い合った仲でしょう!」

「まあ……」


 アルヴァが口に手を当てて、困惑しながら二人を見ている。


「……誤解を招くような言い方しないでくれるかな」


 ソロンは断じて否定した。


「まあ、いいでしょう」

 ナイゼルは髪をかき分けながら。

「――それで、そちらの方々は坊っちゃんのお友達ですか」

「そうだね。話すと長くなるけど、上界で知り合った友達だよ」

「おおなんと、上界で! 道理で下界では決して見れない美しいお嬢様方ばかりだと……」


 そう言ってナイゼルは女性二人のほうに歩み寄った。

 しかし、アルヴァとミスティンは一層胡乱げな表情を強めている。グラットは露骨にイラッとした顔をしている。


「アルヴァネッサと申します。アルヴァで結構です」


 それでもアルヴァは礼儀正しく挨拶をした。

 ……が、微笑を浮かべながらも、決してナイゼルに近づこうとしない。さり気なくソロンの後ろへ位置を移してくる。

 ナイゼルはくじけずにミスティンのほうを向いた。


「私はミスティン。よろしく」


 ミスティンも言葉だけは愛想よかったが、後ろに下がった。

 ……ナイゼルの見てくれは決して悪くはない。しかし、どことなく胡散臭いので女性に警戒されやすい。


「ふっ……お嬢様方は奥ゆかしいのですね」

「グラットだ。まあ、がんばれよ」


 見かねたグラットは、自分から手を伸ばした。


「ああ、ありがとうございます。あなたいい人ですね!」


 ナイゼルはグラットの手をがっしりつかんだ。

 ちなみに、ナイゼルは別に軟派なわけではない。単に誰にでも調子がよいだけである。


「お、おう……」


 グラットはその勢いに気圧(けお)されていた。それからソロンのほうを向いて。


「――しっかし、坊っちゃんかあ……。確かに殿下よりは十倍ぐらい似合ってるわな」

「そうかなあ……」


 ソロンは渋い顔をしてみるが、


「そうですわね」


 なぜかアルヴァにまで賛同されてしまった。なんとなくへこむ。

 ナイゼルとは物心ついた頃からの友人であり、また同じ師の元で学んだ兄弟子でもある。最初は殿下ときちんと呼ばれていたはずが、いつしか坊っちゃんと呼ばれていたのだ。


「ま、積もる話は置いておいて、皆様お食事はされましたか?」

「いや、まだだけど」

「では、続きは食事をしながらにしましょうか。もちろん、私がご馳走させていただきますとも」


 そう言って、ナイゼルは宿の中へと三人を招いた。

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