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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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アルヴァ

 アルヴァがした提案の意味が分からず、ソロンは困惑した。彼女はこちらに向き直って話を続けた。


「ですから――その陛下というのをいつまで続ける気ですか? 私はもう皇帝でも皇族でもありませんよ」

「じゃあ、元陛下?」


 ミスティンが冗談なのか、本気なのか判別できないことを言う。


「少なくとも元陛下はよしてください。……両親や親しい友人は私をアルヴァと呼んでいました」

「陛下にもお友達がいたんですか?」


 ミスティンが何気なく言ったが、それは直球すぎた。


「少なくとも、先のリサナは友人です。……ミスティン、無自覚に肺腑(はいふ)をえぐる発言はおやめなさい」


 気を取り直して、アルヴァは話を続ける。


「――気遣いは無用です。私はもはや皇帝ではありません。皇籍すら剥奪されたため皇族でもありません。不要に目立たぬためにも、普段の口調で呼び捨てていただいて結構です」

「さすがにそれは、恐れ多いといいますか……」


 突然の提案にソロンはとまどう。


「いいですか、ソロン。ここはあなたの国なのですよ。もはや、ただの娘でしかない私に(かしこ)まってどうするのですか? もっと、王族としての振る舞いを自覚すべきです」

「は、はあ……」

「あなたが過度にへりくだると、しいては王家の威信を落としかねません。あなた一人の体面の問題ではないのですよ。だから、せめて私とは対等に接してください」


 生まれがそうさせるのか、アルヴァは国家の威信とやらに強くこだわりを持っているらしい。

 ただソロンとしては、この元女帝に本能的に逆らえないものを感じてしまうのだが……。今だって説教を喰らっているのに、なぜだか腹も立たない。


「それじゃあよろしく。アルヴァ……でいいのかな」


 ソロンは恐る恐る呼びかけた。彼女に対しては尊敬や憧れのような感情を持っている。対等な呼びかけにはかなり抵抗があった。

 『さん』づけにするべきかどうかも悩んだが、勇気を持って呼び捨てにした。

 すると、アルヴァは微笑(ほほえ)みながら、ソロンの手をつかんで握手した。


「こちらこそよろしくお願いします。ソロン」


 なんだか照れくさくて「ははぁ……どうも」と情けない声を出してしまった。

 次にアルヴァはミスティンへと向き直った。


「アルヴァちゃんって呼んでいい?」


 ミスティンはすかさず妙な提案をしたが、


「駄目です」


 刹那(せつな)で却下された。

 心底、残念そうな顔をするミスティン。よほど呼んでみたかったのだろうか……。


「だったら、あんたもそんな丁寧に喋んなくていいぜ」


 グラットは『あんた』とアルヴァに呼びかけた。いつもはソロン達を『お前』呼ばわりしているので、わずかながら配慮のつもりらしい。


「物心ついた頃から、この口調だったもので他の語り方を存じないのです。お気に召しませんか?」

「いや、そんなら別にいいけどよ」

「うん、アルヴァの好きでよいと思う。自然体が一番」


 グラットとミスティンがそう言えば、


「了解です」


 と、アルヴァが頷いた。

 それから男女で部屋を分かれて、眠ることになった。


 *


「よかったなあ、仲良くなれて。元とはいえ、皇帝陛下とタメ口きけるなんて名誉なこった」


 宿の寝室で、グラットが話しかけてくる。


「すっごく抵抗あるけどね。本当にいいのかなあ、気に障ったりしなかったらいいけど……」

「気を使う必要はねえよ。お姫様だって色々思うことがあんのさ。地位とか名誉とか色々失っても、また歩き出そうとがんばってんだ。だからお前らとも、地位に関わらず仲良くしたいんだろうさ」

「なるほど……それもそうだね」


 そもそも、彼女自身が似たようなことを言っていたのだ。深読みせず察するべきだったか。


「おうよ。だから、どっちかっつーと敬語で話すほうが空気読めてないな。まずはお友達から始めて、そこから上を目指すんだぜ」

「分かった、がんばるよ」


 ……微妙に言い方が引っかかったが気にしないでおく。友達のように会話しろというのはその通りだろう。


「んで、あのお姫様をどうする気なんだ? 上界に送り返すんだよな」

「……それも考えないとなあ」


 全く考えていなかったわけではない。

 ただ、今までは彼女の救出で頭がいっぱいだったのだ。それが叶った以上は、彼女の処遇を考えなくてはいけない。


「話を聞いた感じだと、お前はこれから忙しくなりそうだからな。俺とミスティンでお姫様を上に送ってもいいが……」

「そうだね。それでお願いするしかないかな……」


 その方法だとカギを三人へ渡すことになる。そして、三人とは二度と会わないかもしれない。

 だが、それもやむを得ないだろう。アルヴァ達は上界の人間で、ソロンは下界の人間なのだ。


「だがなあ……」

 グラットは含みを持たせるような調子で言う。

「――それはお前だけが決めることじゃねえ。お姫様とよく話し合って決めるんだな」

「うん、分かった」

「おう、じゃあ俺は行ってくるわ。盗賊どもの監視を交代でやるんでな」


 ソロンにとっては初耳である。

 どうやら、グラットが他の男達と話していたらしい。戦いが終わっても、埋葬が終わっても、全員がゆるりと休める機会は来なかった。


「え、じゃあ僕も――」

「お前は今日、あれだけ仕事したんだからな。もう寝てろよ」

「いいのかなあ……」

「明日も護衛の仕事はあるからな。そっちでがんばってもらうから、遠慮すんな」


 それでソロンも甘えさせてもらうことにした。

 火葬で何度も魔法を使ったために、それなりに精神を消耗していたのだ。体と頭は正直なので、眠気には逆らわないに限る。


 *


 翌朝、日が昇って出発することになった。

 ちなみに宿場の従業員達も、全員連れていくと決まっていた。どうするか尋ねたら、全員が迷いなく同行を希望したからだ。さすがに現在の状態で、宿場暮らしを続けるのは心細かったらしい。

 ソロン達は北のタンダ村へ戻るわけだが、救出した中にはベラクの町から来た者達もいた。

 そういった者達は、西のベラクへの帰還を希望した。それで各自の希望を確認して、隊を二つに分けたのだった。


 西へ向かう者達と別れの言葉を交わし、ソロン達は北へと進み出す。

 タンダ村には今日の夜にたどり着く予定だった。

 ソロンも疲れが取れたので、外を歩いて隊を護衛していた。グラットやミスティンはもちろん、アルヴァも同様に歩くことにしたらしい。


「別に無理に歩かなくてもいいよ」


 と、アルヴァに聞いてみた。話しかけるたびに、内心で敬語にならないように注意している。


「特別扱いはやめていただけますか? 元々は私が引き受けた仕事ですので」


 そしたら、心外といった面持ちで返された。


「……そう言えば、最初から護衛として参加したんだっけ。またどうして、そんな危険な仕事を?」

「自分を活かせる仕事をやろうと思っただけです。力仕事では他の方々に敵いませんから。地位がなければ私はただの女で、唯一残ったのが魔法でした」

「だからって、わざわざ自分から危険を買わなくても。それを言えば、世の中の半分は普通の女性だよ」

「ふむ」


 アルヴァは眉をひそめながら、こちらを見据えた。


「ええと、その……。上では君はいつも一番だったから。そうでないと落ち着かないのかもしれないけど。そんなにいつも無理しなくてもいいんじゃないかなって」

「……この私に説教ですか?」


 当のアルヴァも、相変わらずの上から目線が抜けていない。


「うん」

 ソロンはあえて受けて立つ。

「――がんばることも大事だけど、たまには休んでもいいと思うんだ」


 アルヴァはこちらに視線を合わせたまま、じっと考えているようだった。


「……少し焦りがあったのは否定できません。見知らぬ土地でどうやって生きていけばよいのか、不安だったので」


 そうして、アルヴァは正直な心中を吐露したのだった。


「案外、どうにかなるもんさ。上界へ昇った時は僕も一人だったけど、今はこの通りだし。でも、あの時はお金も使えなくて途方に暮れたなあ……。両替も拒否されちゃうし」


 少しでも彼女を(はげ)ませないかと、ソロンは努めて明るい声を作った。


「ふふっ」

 と、アルヴァは小さく笑う。

「――あなたも大変だったのですね。……その時のお話、聞かせていただいてよろしいですか?」

「もちろん! 交換と言ってはなんだけど、君の話も聞いていい? 嫌……かな?」

「構いませんよ。隠すことなど何もありませんから」


 *


 ダンゴムシことグソックの転がる峠を越えて……。

 森と山のそばの道を通って……。

 そうして、日が暮れようとする頃に、ようやく村の明かりが見えてきた。


 盗賊と戦った場所から出発したのは昨日の朝だ。つまり、馬車で二日の行程だったわけである。

 ソロンはそれだけの道のりを、馬と自分の足を混じえて、六時間程度で駆け抜けたのだ。

 それからさらに、盗賊との死闘を繰り広げたわけだから、疲労の深さも当然というものだった。


 イドリスは今もなお乱れており、ザウラスト教団の暗躍も気になる。村に戻ってからが、ソロンの本当の戦いなのかもしれない。

第二章『失われた世界』完結です。

ようやく後味良く章を終えることができました。

とはいえ、家に帰るまでがオデッセイ。ソロンの当初の目的を忘れてはいけません。

第三章『呪われし海』へと続きます。

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