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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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元陛下の威光

 馬車がゆっくりと減速していく。


「着いたみたいだぜ」


 グラットが馬車の外を確認して言った。

 日が暮れるには、まだ少し時間がある頃合い。一行の馬車は当面の目的地である宿場に到着したのだ。


「手伝いが必要なはずです。行きましょう」


 馬車が停止するや、アルヴァは立ち上がった。

 ソロンもならって立ち上がる。

 宿場においても、激しい戦いが繰り広げられた。当然、その後始末が必要となる。必須なのは遺体の埋葬だろう。アルヴァが口にした『手伝い』という言葉にはその意味が含まれている。


 馬車から降りて、皆で分担して死体の始末をすることになった。

 護衛の遺体も盗賊の死体も、昨日の時点から手つかずである。今度こそ、ようやく遺体を埋葬できそうだ。


 そして、嫌でも目に入るのが緑の巨大生物――グリガントの死骸。宿場の戦いから二日近くが経っているが、相変わらず異臭が酷い。

 ミスティンが嫌そうに距離を取っている。大きな獣が好きな彼女も、こればかりは例外のようだ。


「結局、こいつは何だったんだ? 下界のカバか?」


 グラットが鼻をつまみながらソロンを見た。


「グリガントって魔物だよ。緑の聖獣だってさ」

「聖獣? 俺には邪悪な何かにしか見えんが……」

「僕に言われても。あいつらが呼んでるんだからしょうがないよ」

「あいつら?」


 グラットの疑問には、アルヴァが答えた。


「盗賊達は、ザウラスト教団からこの魔物をもらったと言っていました。魔石のような物を使って、それで魔物を召喚していたようです」


 ラグナイ王国と共にイドリスを占拠するザウラスト教団。もちろん、ソロンにとっては敵となる組織だ。


「そうみたいですね。どうして、盗賊がザウラストと手を組んでいるのかは分かりませんけど」

「それ以前に、なぜ帝都にもこの魔物が現れたのでしょう? もしや、あなたならそれが分かるのでは?」


 アルヴァは期待を込めた目でソロンを見つめてきた。彼女にとっては強い疑問だったのだろう。


「残念ながら、僕にもさっぱり。知ってるのは、こいつらが教団の飼っている魔物ってことぐらいで」


 ソロンが肩をすくめれば、アルヴァも残念そうに息を吐いた。


「なんなんだ、その怪しげな連中は?」


 話に付いていけなかったらしく、グラットが(いぶか)しげな声を上げる。


「話、聞いていい?」


 続けてミスティンも尋ねてくる。


「もちろん。ザウラスト教団っていうのは、下界で勢力を伸ばしている厄介な宗教さ。呪海を崇める狂った連中だよ。イドリスを占拠しているラグナイ王国――それを内側から牛耳ってる」

「また、呪海が出るんだ……」


 ミスティンが不審の声を上げた。呪海を見たことがない彼女らに言っても、あまり伝わらないのが歯がゆい。


「教団では呪海のことを『カオスの海』って呼んでるみたいだけどね」

「カオス……ですか。あの杖を収めていた箱にも、そのような言葉が書かれていましたが……」


 アルヴァは考え込むが、答えは出ないようだった。


「あいつら、いったい何をたくらんでるんだ?」

「宿場を狙って得るものがあるとすれば、流通の破壊でしょうか……。盗賊の力を利用して、この国を撹乱(かくらん)するつもりだったのかもしれません。何にせよ、手段を選ばない相手のようですね」


 テネドラの町はソロンの兄が抑えている。そのため、イドリス王国の西側には連中も容易に手を出せない。

 元からいる盗賊団に力を貸すことで、テネドラの西方から国を乱す。それが教団の狙いだったと考えられる。

 ソロンはグリガントの死骸に目を向けて。


「とにかく、これは放っておけませんね」

「ああ、臭くてたまらんぜ」


 グリガントの死骸は、醜悪な見た目もさることながら異臭も酷い。放っておいたまま宿を使用したくはない。真っ先に焼却することにした。

 数は三体のみ。

 とはいえ、マンモスに匹敵するような巨体なので、焼却は簡単ではない。アルヴァと二人で炎の魔法を使い、どうにか灰へと変えた。

 その間にも、他の者達が遺体の身元を確認していく。火を()いて、確認できた遺体から火葬する流れとなる。盗賊の死体については後回しだ。


「この辺りは火葬なのですね。焼け残った部位は埋葬すればよいでしょうか?」


 アルヴァが慎重に尋ねてくる。文化の違いを確かめながら、行動しているようだ。


「はい。ただ遺族のために遺骨を少しだけ持っていきますが」

「その辺りまでは帝都と同じですね。あちらでは遺灰を雲海に散布するわけですが……。帝国でも内陸部に行けば、土に埋める風習は珍しくありません」


 遺灰を雲海に散布すれば、下界へ落ちるだけのような気がしないでもない。まあ、灰になっているのだから、気味悪がったりする必要もないけれど。

 (まき)で起こした火だけでは、人体を焼くには心もとない。それなりの火力で焼かないと大きく骨が残ってしまう。

 通常、火葬には大型の(かまど)を用いるのだが、ここにそのような物はない。


 ……となれば、焼きつくすには魔法の力を借りるしかない。自然、ソロンとアルヴァも協力して遺体を焼却することになった。グリガント程ではないが、結構な難作業であった。


 その後で盗賊の死体も焼却した。

 火葬する義理はないのだが、やはり衛生上の意味で放置できない。焼け残った部位は村人とは違う場所に埋めた。


 *


 ようやく全ての作業が終わったので、宿の中に入った。もう日は落ちてしまったが、宿の中にはランプが灯されている。


「火葬というのは結構な重労働ですね……」


 休憩所の椅子に座りながら、アルヴァがしみじみと漏らした。


「全くです。……なんというか、こんな作業までさせてしまって申し訳ありません」


 その辛さは魔法のために精神力を消費するだけに留まらない。遺体や死体の様子を見ながら、その処置をしていく作業は気持ちの上でも重いものだった。


「火をつけるのは俺達にはできないからなあ……。お姫様には悪かったと思いますよ」


 グラット達も穴を掘ったり、死体を運んだりといった作業をしていた。ただそちらの作業は他の誰でもできる。それほど負担は大きくなかった。


「お互いさまです。今の私は一介の護衛ですから、隊の一員として手助けしているに過ぎません」


 アルヴァはあくまで気丈だった。

 そこへ、少女がアルヴァの元に走り寄ってきた。盗賊に人質にされていた例の少女だ。


「アルヴァちゃん、お疲れさま!」

「調子はよさそうですね、リサナ。村まではあと一日かかりますが、大丈夫ですか?」

「うん、お陰様で。しばらくは村でお父さん、お母さんと暮らすことになりそう」

「よかったですね。私もそれがよいと思います」


 アルヴァとリサナは親しげに話している。その様子を見ていると、なんだか笑みが浮かんでくる。


「ソロン様もありがと」


 リサナはこちらを見て、頭を下げた。


「ああ、うん。でも僕じゃ君を助けられなかったよ。だからやっぱり、アルヴァ様のお陰でいいと思う」


 実際にソロンは、リサナが傷つけられる覚悟で盗賊を斬るつもりだった。アルヴァが機転を()かせなければ、リサナは命を落としていたかもしれない。

 そうならなくてよかった――と、本当に安堵しているが、とても自分の手柄だとは思えなかった。

 が、リサナはそんなソロンの答えを適当に流して、違うことを気にしているようだ。


「アルヴァ様って……! やっぱり、アルヴァちゃんって凄く偉い人なんだ! どことなくソロン様よりも偉そうに見えるし」


 リサナが興奮した面持ちで、とても素直な感想を口にした。

 ソロンからすれば、わりと失礼なことを言われている気もする。……が、たぶん間違ってはいないので、腹を立てるわけにもいかない。


「ですから、それはもう昔の話で……」


 アルヴァは困惑して口ごもる。


「そりゃあもう、僕なんかよりずっと偉いよ。イドリス城よりも何倍も大きなお城に住んでたからね」


 とりあえず、ソロンもリサナに合わせてみた。


「なんたって皇帝だもん。上界では一番偉い」


 ミスティンが自分のことのように胸を張った。


「本当なら、俺なんか口も聞けないぐらいだな。この前はにらまれただけで、ちびりそうになったぜ」


 グラットが大袈裟に言った。

 もっとも、ベスタ島の密林で失態を演じた時、彼は本気でビクついていた気がする。あながち冗談ではないかもしれない。


「そ、そうなんだ……そんなに偉いんだ……」


 あまりにアルヴァの偉大さを強調したので、リサナが真面目に萎縮(いしゅく)していた。


「――でも、そこまで偉いんだったら、あたしなんかが仲良くしてもいいのかな?」


 アルヴァは溜息をついてから。


「ですから……昔の話ですよ。それに友人というものは、地位にとらわれるようなものではないと思います」

「うん……。そうだね、ありがとう!」

「分かっていただけましたか。……それから、もう子供は寝る時間ですよ。明日もずっと旅ですから、早めにお休みなさい」

「あたし、そこまで子供じゃないんだけどなあ……。じゃあ、アルヴァちゃんも早く休みなよ」


 そう言いながら、リサナは去っていった。


「アルヴァちゃんだって」

「さすがだなあ」


 ミスティンとグラットが楽しそうに笑い合う。


「人気があるんですね、陛下」


 ソロンも釣られて笑った。


「別に、笑うようなことではないでしょう」


 少し顔を赤くしながら、アルヴァがムッとした声を出した。しかし、それもどこか子供っぽい怒り方で、怖さはない。

 変わらぬ声色でアルヴァが続ける。


「――大体が偉い偉くないというならば、今の私は無役です。あなたこそ、ここではそれ相応の地位があるでしょう」

「まあ一応は……」


 そう言われながらも、思い切り気圧(けお)されている。ソロンのほうが地位が上とは、誰が見ても思うまい。


「イドリス王国の第二王子でしたね。いっそ、私もソロニウス殿下とお呼びしましょうか?」

「……ソロンでいいです。家族からも大抵そう呼ばれてますし。国と言っても帝国と比較すれば、地方領主みたいなもんですよ」


 イドリスの領土自体はそれなりに大きい。しかし、帝国と比較すれば、人の住まない不毛の地を広く支配しているに過ぎない。

 恐らく人口で見れば、イドリス全土を合わせても帝国の中堅都市一つといい勝負だろう。


「まあそうですね。正直に言えば、ソロニウスという名はあなたに似合いません。どうにも、愛嬌がありませんので」


 アルヴァがミスティンのようなことを言う。


「うん、かわいいのは大事」


 当然のようにミスティンも同意する。


「……ソロンでお願いします。陛下」

「承知しました。では、私もアルヴァで構いませんよ」

「はい?」


 ソロンは()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

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