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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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再会

「アルヴァちゃん……ありがと」


 泣き出さんばかりのリサナを見て、アルヴァは当惑していた。

 ……といっても、リサナはさっきも散々に父親の胸で泣いていたのだ。

 それが落ち着いたら、今度はアルヴァに礼を言った。そこでまた、泣き出さんばかりというわけだ。


 もっとも気持ちは分かる。

 あれだけの目に遭って、平然としていられるほうがおかしいのだ。

 アルヴァも初めて戦場を経験した時は、恐怖で胸が押しつぶされそうになった。泣いたり叫んだり醜態(しゅうたい)をさらさずに済んだのは、今思えば不思議だった。


「もう大丈夫ですよ。皆で一緒に村へ帰りましょう」


 アルヴァは優しく声をかけて、リサナを抱きしめた。リサナも「うん……」と手に力を込める。

 リサナは元々、ベラクの町へ向かうはずだったのだが……。まあそういう状況ではないだろう。父親も当分はリサナを手元に置いておくはずだ。


「本当に……ありがとうございました」


 リサナの父にも礼を言われた。それも大の男が泣き出さんばかりに。

 それから、父娘は共に村人の集まる中へと去っていった。親子共々、犠牲を出さずに済んでアルヴァも胸をなでおろす。


「さて」


 と、アルヴァはソロンの姿を探す。

 先程も機会はあったが、非常時だったので十分に話せなかった。ようやく状況が落ち着いたのに姿が見えない。お礼も言いたいし、色々と聞きたいことがある。

 そうして辺りを見回していたら、駆け寄ってきた金髪の娘に抱きしめられた。


「陛下!」


 不意は突かれたものの、ミスティンのことも忘れてはいなかった。先程の戦いの中で既に姿を見ていたから、来ていたのは知っていた。


「ミスティン、お久しぶりですね。……少々痛いです」


 その後ろから、ソロンとグラットもこちらへ歩いてきた。

 ミスティンは司祭セレスティンの妹であり、下界の生まれではないはずだ。グラットについてはよく知らないが、恐らくは上界の人間だろう。

 それでも、この二人はソロンに同行して来たらしい。


「これを」


 体を離したミスティンが、アルヴァに(かばん)を差し出した。アルヴァの荷物を見つけてくれたらしい。


「ああ、ありがとうございます」


 受け取った鞄をさっそく左肩にかける。

 中を探り、愛用の杖を取り出した。左手に持って眺めてみたが、どこも損傷はなさそうだ。魔道士たる者、やはり杖がなくては締まらない。

 ミスティンがその様子をじっと見ていた。杖を見ているのかと思えば、それを持ったアルヴァの左手を注視しているようだ。


「左利きでしたっけ?」

「少し矢をもらいまして。さほどの傷ではないのですが……」


 アルヴァは右肩を押さえながら答えた。矢を受けた痛みに耐えるため、利き腕を使わずにいたのだ。


「見せてください」


 ミスティンがアルヴァの右肩に手をかけてくる。


「大したことではありませんよ」


 と、弁解してみたが、


「ダメ。放っておくと酷くなるかもしれない」


 ミスティンは取り合わない。それからアルヴァの右肩を強引にはだけさせる。

 無論、帝国の淑女は人前で肌をさらしたりはしない。グラットが「おおっと」と苦笑し、ソロンが慌てて顔をそらすのが目に入った。


 月明かりがあるものの、既に辺りは暗い。

 まあ、肩ぐらいなら仕方ないか――と観念する。実際に痛みはあったので、治療してもらえるのならありがたい。

 ミスティンが(ふところ)から取り出した聖神石を肩に当ててくる。そこから温かみのある光が放たれると、痛みが引いていく。


「ありがとう。……私も以前、回復魔法には挑戦したのすが、使い物にはなりませんでした。大抵の魔法はこなせるつもりですけど、向き不向きもあるのでしょうか?」

「う~ん、向き不向きはそんなにないと思うけど……」


 などと話しているうちに治療は終わった。

 右手に杖を持ち替えて、腕を振ってみる。……問題なし。今まで怪我をしていたのを忘れてしまいそうだ。


「素晴らしい魔法ですね。教会の神官達にも劣らぬ水準ですよ。……すみませんが、他に怪我をした方がいないか見てもらってよいでしょうか?」

「もちろん」


 と、ミスティンは村人達がいるほうへ走っていった。

 そこでようやく、アルヴァはソロンへと近づいた。彼も何か言いたそうな顔をしている。アルヴァとしても、何から話せばいいか迷ってはいたが。


「……さっきは、ヒヤヒヤしましたよ」


 先に口を開いたのはソロンだった。


「言ったでしょう。大丈夫だと。……少し怖かったですけれど」

「……もう、無茶はしないでくださいね」

「無茶はお互い様です。あなたこそ一人で盗賊団に挑むなんて、無謀にも程があります」

「ま、まあ確かに……」


 ソロンも言い返せなくなったのか、困った顔をする。それを見て「ふふっ」とアルヴァは笑みをこぼした。

 ソロンも苦笑したが、途端、彼の足がふらついて倒れそうになる。安心したら、疲れがどっと来たのだろうか。アルヴァはそれを支えて手を握った。


「でも、本当に無事で……よかった……」


 と、ソロンは泣きそうな顔になっている。


「ほら、しっかりなさい。男の子でしょう」


 呆れたようにアルヴァは苦笑した。

 辛い思いなら、自分のほうがずっとしてきたはずなのだが、それを見たら泣く気にはなれなかった。


 自分は帝国の皇女・皇帝として、大きなことばかり考えていた。歴史に名を残すような偉大な事績を成し遂げ、国家に貢献してこそ、生きる価値があると……。

 だが、今はもう少し違う考えがあっていいのではないかと感じていた。


 たとえ、何も成し遂げられなくても。何の地位に就いていなくとも。自分のことをこれだけ心配してくれる人がいる。雲の下まで追ってきてくれる人がいる。

 それだけでひとまずは、生きる理由として足るのではないだろうか。

 涙を流したりはしない。

 その代わりに軽くソロンを抱きしめて、ささやいた。


「ほら、この通りに私は無事です。あなたのお陰ですよ」

「ふえっ……」


 それからゆっくりと体を離したら、ソロンが顔を赤くしていた。

 ……他意はない。

 リサナやミスティンと同じようにやっただけだ。

 ……が、同年代の男性に対して、すべき振る舞いではなかったかもしれない。相手が子供っぽい上に男らしくもないので、あまり気にならなかったが……。


 そう思いながらも、そんな彼の様子がおかしくて「くくっ……」と笑ってしまう。

 ソロンも赤い顔で「はあぁ……」と頭をかいている。

 横でその様子を眺めていたグラットは、やれやれと肩をすくめながら。


「それ以上は馬車の中でやったらどうですか?」

 と、幌馬車を指差した。

「――さすがに今日はもう疲れたでしょ。俺達で村に帰る準備をしときますよ」


 どうやら、盗賊の馬車をそのままもらい受けて帰還するようだ。

 ありがたいことに、水も食料も馬も豊富にある。そのいくらかは元々、近隣の村から奪われたものだろうが……。


 もっとも、捕縛した盗賊も送らないといけないのが厄介ではある。

 こちらだって、人数は数十人といったところなのだ。その状況で監視と世話をしなければならない。

 人手がないからといって、盗賊を逃がすなどもってのほかだ。


 アルヴァとしては、殺して埋めるのも選択肢の一つだと思う。

 ……が、少なくともソロンは反対するだろう。彼は戦意を失った相手に対しては、武器を奪うだけで命を奪わなかったのだ。

 王都イドリスが敵国に占領された今、収監できる態勢も整っているか怪しい。それでも各町村で分担して、牢に収容する他なさそうだ。


「今日はどうするのですか? すぐに引き返すのでしょうか?」


 アルヴァはグラットへと尋ねる。

 タンダ村からここまでは、おおよそ二日の行程だ。魔物があふれる下界の道を帰還するのは、それなりの難事業である。


「いや、さすがにこんな時間じゃ無理でしょ。この辺で夜を明かすしかないですね。準備ってのは、朝から出発できるようにってことです。馬も置いてけぼりで走ってきたんで、回収しないとなあ……」

「休んでしまって、大丈夫でしょうか? まだ盗賊が残っているかもしれませんし、人手が必要かと思いますが……」

「そのための俺達ですよ。どうしてもやばかったら遠慮なく呼びます」

「ふむ……」


 アルヴァは懸念がないかを検討する。

 少なくとも襲撃した盗賊の親玉は倒した。盗賊団が全体でどれだけの組織かは分からないが、深刻な打撃を受けたのは間違いない。そこへ残った盗賊が挑んでくるとは考えづらかった。

 となれば、ここは彼らに甘えてもよいかもしれない。

 悩むアルヴァへ駄目押しするように、グラットはソロンを指差す。


「それにお姫様はよくっても、そいつはヘロヘロなんだ。面倒見てやってくれませんか。最低でも五里は走ったはずなんで」


 お姫様と呼ばれて、アルヴァは眉をひそめる。

 ……が、ソロンの疲労を(おもんばか)る点には異論もない。彼は相当に疲れているのか、さっきから会話に参加する気力もないようだ。


「分かりました。さあ行きましょう」


 ソロンの手を引いて、アルヴァは馬車へと向かう。


「は、はい」


 彼もふらつきながら、なんとか足を運ぼうとする。


「これであったかくしといてください。後で夕食も届けますんで」


 と、グラットが毛布を二つ渡してくれた。がさつなようで意外と気の()く男である。


「ありがとう、グラット」


 彼ら上界の人間が、下界へ降りるには覚悟がいっただろう。感謝しなくてはならない。

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