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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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閃光

 グリガントの大きな頭は吹っ飛んでいた。

 あれで生きている生物はあるまい。失った頭部から赤黒い霧が吹き出し、巨体は地に伏せった。

 赤黒い霧――あるいは瘴気(しょうき)と呼ぶべきもの。

 ザウラスト教団が操る魔物に共通する特徴だ。帝都に現れた神獣も同種の瘴気をまとっていたが、何らかの関係があるのだろうか……。


「おう、無事なようだな! ……てか、気色悪いのと戦ってんなあ」


 木陰から姿を現したグラットが、首なしのグリガントを見て顔をしかめた。


「大丈夫だよ、もう終わったから。残ったのは盗賊だけだ」

「そりゃよかった。賊退治なら任せとけよ。ああいう(やから)とやりあった経験なら、それなりにあるからな」


 槍を持ったグラットが頼もしく言った。冒険者として、盗賊退治の経験もあるのかもしれない。

 弓を構えたミスティンも続いて姿を現した。ソロンの無事を見て、無言で表情をゆるめた。

 他五人の騎兵――今は馬を降りた仲間達も集まって来た。木陰の敵は一通り掃討し終わったらしい。彼らも残った盗賊達に対して、にらみをきかせてくれている。


「やりやがったな……!」


 グリガントの敗北に、盗賊の親玉も衝撃を受けているようだ。

 残る盗賊は十人強といったところか。数だけはまだ多いが、既に形勢はこちらに傾いている。

 だが――


「待ちな! それ以上、近寄るんじゃねえ!」


 盗賊の親玉らしき男が、少女の首に短刀を突きつけている。十代前半と思わしき若い少女だ。


「リサナ!」


 タンダ村から同行していた仲間の一人が叫んだ。


「お父さん……」


 少女も泣き出さんばかりの顔で声をもらした。……どうやら、仲間の娘だったようだ。

 ……予想はした展開だ。今まで人質を取ってこなかったのは、もちろん連中が紳士的だから――ではない。

 単純に盗賊側のほうが人数が多かったためである。人質に武器を突きつければ、それだけ手がふさがる。優勢な側が取る必要はなかったのだ。

 しかし、その優勢が崩れた今、敵は手段を選ばなくなった。


「その子を離せ。そしたら見逃してやってもいい」


 弱みを見せまいとソロンは凄んだ。しかし悲しいかな、生来の柔和(にゅうわ)な顔つきと声のせいで、今一つ迫力がない。


「はああぁ……!? お前ら自分の立場分かってんのか? 武器を捨てな! 刀も、槍も、弓も! 全部だ!」


 ソロンに武器を捨てる気はなかった。もし捨てたら状況は一層、悪くなるのが目に見えていたからだ。グラットもミスティンも同様らしい。

 リサナの父はうろたえているだろうが、そちらを見る余裕はない。

 犠牲を出す覚悟で、瞬速をもって突撃するしかない。ソロンはそう腹を固めていた。

 その時――


下郎(げろう)め。子供を人質に取るなんて畜生にも劣ります」


 後ろから歩み寄ってくる女の声がした。冷然とした物言いはソロンの口上よりも、よほど迫力があった。

 振り向かずとも声で分かる。

 アルヴァが後ろの馬車の人々を解放して戻ってきたのだ。

 グラットとミスティンもハッと息をのんでいた。二人は下界に来て初めて、アルヴァの無事な姿を確認したのだ。……しかし、再会を喜べる状況ではない。


「――分かっているのですか? その子を殺したら、その瞬間に交渉の余地はなくなるのですよ」


 アルヴァはなおも続けて、冷然と言葉を投げかける。


「あぁ!? 俺がビビってやらないと思ってんのか? じゃあ、目でもくり抜けば本気だって分かるよなあ」


 そうやって、少女の目に短刀を突きつける。


「あ……やめて……」


 少女が涙を流しながら悲鳴を漏らした。ソロンが動こうとしたが、


「待ちなさい」


 アルヴァがまたも声を発した。


「なんだ? もうおせえよ」

「人質を代わります。私が行きましょう」

「陛下!」


 ソロンの表情が凍りつく。


「……大丈夫」


 アルヴァは小声でソロンに言った。そうして、静かな足取りで盗賊へと近づいていった。その手には何の武器も下げていない。


「アルヴァちゃん……」


 少女がアルヴァを見て、そうつぶやいた。

 『ちゃん』ってなんだろう? と一瞬だけ疑問がよぎったが、今はそれどころではない。


「おい、勝手に決めんじゃねえよ!」


 と、親玉は(いきどお)ったが、人質交換には応じるつもりのようだ。魔道士たるアルヴァのほうが人質としては価値が高い。そういう計算もあったのだろう。


「ちっ……しょうがねえな。余計なことすんじゃねえぞ」


 親玉は近づくアルヴァへと、そう言って釘を刺した。少女の首に短刀を持った右腕を巻きつかせている。

 そして、空いた左腕で、アルヴァの右腕をつかみ上げた瞬間――

 アルヴァの右手から閃光が放たれた。


 その手に隠し持っていたのは蛍光石のブローチ。以前の遺跡探索で身につけていたのを、ソロンも記憶していた。

 蛍光石も立派な魔石の一種だ。

 魔力を流せば光を放つ。直接的な攻撃には向かないが、目くらましとしては十分だった。


「うげっ!?」


 光の目潰しを喰らった親玉がわめく。

 少女が逃げ出して父親の元へと駆け寄った。

 当然、アルヴァも逃げ出すかと思いきや――

 間髪(かんはつ)入れず、親玉の股間を蹴り上げた。体のひねりを利用した華麗な蹴りだった。彼女のことだ、恐らく護身術の心得もあったのだろう。


「ぎょっふぇい!?」


 親玉が何とも表現しがたい悲鳴を上げて、目をむいた。

 悶絶(もんぜつ)せんばかりの彼に対して、アルヴァは一言。


(けが)らわしい」

「うわっ……」


 男としての同情心から、思わずソロンが顔をしかめる。

 ……が、同情したのは寸時(すんじ)だけ。一息に駆け寄り、一閃で親玉の首を()ね飛ばした。

 魔法の熱を帯びた刀は切れ味も鋭い。玉の痛みに苦しむ暇もなく、親玉は絶命したのだった。


「お、親分!?」


 親玉を倒された盗賊達が混乱に(おちい)った。

 ソロンの仲間達がそこへ一斉に襲いかかった。救出された村の男達も加わっているため、こちらの戦力も相当に増していた。

 残された盗賊達は敗色濃厚だ。

 逃げようとする者が出始めたが、村の仲間達が見逃さない。これだけのことをしたのだ。みな相当に怒り狂っている。

 盗賊達も死にたくはないのだろう。必死に抵抗して乱戦となった。


 グラットは盗賊の刀を叩き折った上で、横腹を槍の柄で殴り飛ばした。

 背後から迫ってきた盗賊もいたが、踊るように槍を振り回して返り討ちにした。二人があっという間に片づいた。


 ミスティンは村の男達を援護していた。

 さすがに一介の村人だけあって、戦い慣れていない者が多い。盗賊に苦戦する者がいれば、素早く矢を放って助けた。


 ソロンは注意深く相手を見極めながら、刀を振るった。無闇に炎を放って同士討ちを起こしてはいけない。

 そうしながらも油断なく戦況を見渡す。

 助けられた少女は父親の陰に隠れていた。父親はそれを守るように武器を構えている。

 アルヴァも少女と手をつなぎながら、刀を左手に構えていた。杖は持っていないらしいが、刀だけでは気休めにしかならないだろう。


 ……もっとも、そこに少しでも近づく敵がいれば迷わず斬り捨てる。ソロンはそのつもりで見張っていた。

 せっかく会えた彼女だ。これ以上、誰にも傷つけさせはしない。


 決着がつくまでに多くの時間はいらなかった。

 もはや敵わじと見て取った盗賊達は、戦意を失い降伏した。数は十人かそこらだろうか。ひとまずは捕縛(ほばく)した上で処遇を決めることになった。

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