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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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緑の聖獣

 アルヴァを後ろ手にしばっていた布を、ソロンは断ち切った。

 彼女は以前にも見た黒い旅装をまとっていた。疲れてはいるようだが、それでも紅い瞳は(りん)と輝いている。


「他のみんなをお願いします」


 ソロンはそう言って、アルヴァに盗賊から奪った刀を渡した。馬車の中には他に四人がいた。その腕を解放するように頼んだのだ。

 色々と話したいことはあったが、今は盗賊達を片付けねばならない。


「任せてください」


 アルヴァが力強く頷いたのを見て、ソロンは馬車の外へ飛び出した。


 素早く左右を見回し、状況を確認する。

 馬車の進行方向は東側だ。ソロンが火をつけたのも、その進路となる。先回りして木を切り倒し、刀の魔力で炎上させておいたのだ。

 沿道にあった高い木にも火をつけておいたが、ミスティン達の目に入っただろうか?


 アルヴァがいた馬車は後ろから二台目に当たる。

 前方の炎へと集まっていく盗賊達を尻目に、ソロンは木陰から一つずつ馬車の様子を(うかが)っていた。

 そして粘り強く探した末に、馬車の斜め後ろから彼女の黒髪を目に止めた。この機を逃さじと、速やかに御者と見張りを始末したわけだ。


 さすがに人を斬った経験はあまりないし、気分もよくない。それでもためらっては、民に犠牲を出してしまう。

 戦場において敵を殺す覚悟がなければ、味方を死なせるだけだ。綺麗事は言ってられない。


 前方まではまだ何台か馬車がある。そちら側には、かなりの盗賊が集まっているはずだ。

 後方――西側に一台だけある馬車を確認する。そちらの盗賊も恐らく二人。御者と見張りの男がいるはずだ。


「何してやがる!」


 後ろの馬車で御者をしていた盗賊が声を上げた。こちらに近づいてくる。

 盗賊と馬車が離れた瞬間を見計らって、火球を放つ。

 刀から魔法を放つとは予想もしなかったのだろう。声を上げる間もなく、盗賊は炎に包まれて倒れ伏した。

 馬車に火を放っては、村人を巻き込んでしまう。ただでさえ敵のほうが圧倒的に数が多いのに、慎重に戦わねばならない。


 前方の馬車から五人の盗賊がやってきた。

 後ろの馬車にはもう一人見張りがいるはずだが姿が見えない。まずは前方の五人に対応するしかない。


 五人は一斉に襲いかかってきた。

 先程、炎に包まれた仲間を見ていたのかもしれない。それで各個撃破が困難となるように、集団で来たのだろう。

 幸い、馬車同士の間隔はわりあい離れている。巻き込まずに戦えそうだ。

 刀に炎を集めながら前進。扇のように広がる炎を発しながら薙ぎ払った。

 三人の体が炎上しながら吹き飛んだ。残りの二人は直撃を避けたものの、炎を浴びて転がっている。


 ――と、背後から駆け寄ってくる足音がする。後ろの馬車にいた見張りだろうか。

 慌てて後ろを振り向くと――

 どさりと盗賊が倒れる姿が目に入った。

 盗賊の背中から刀を引き抜くアルヴァの姿。体当たりするように突き刺したらしい。刀を持った左手は血にまみれていた。

 震える彼女の左手を見て、ソロンが顔をしかめた。

 既に彼女は何人もの相手を魔法で殺害している。……しかし、人間を武器で直接的に殺める経験はなかったはずだ。


「毒矢を使ってきます! 注意してください!」


 アルヴァの顔面は蒼白で、体調もよくなさそうだ。それでも、彼女は毅然(きぜん)とした声音(こわね)でソロンへと注意をうながした。

 続いて、馬車から村の男二人も飛び出してくる。


「俺達も!」


 そう言って、男達は盗賊の死体から刀を取った。


「私が後ろの馬車へ向かいます。戦いはあなた方、三人に任せてよいですか?」


 アルヴァは後ろの馬車にいる村人を解放するつもりのようだ。


「前は僕だけで十分です。後ろの馬車へは三人で向かってください」


 しかし、ソロンは断った。

 ここを切り抜けるため、ソロンは炎の魔法に頼るつもりだ。となると、味方を巻き込まないためには一人で戦いたい。……そもそも、武装の乏しい男達では足手まといだ。

 ならば男達には、アルヴァを護衛してもらったほうが安心だ。後ろ側にはもう盗賊はいないと予測しているが確実ではない。


「む……。承知しました」


 アルヴァも男達も、不服そうな声を漏らしたが従った。速やかに後ろの馬車へと走っていった。

 前方から、次々と盗賊がやって来た。数は相当に多い。全部で数十人はくだらないだろう。


「容赦はしないよ」


 ソロンは刀を右手に盗賊達へ向かっていく。

 まずは走り回りながら炎で牽制(けんせい)する。こうすれば、集団でも容易に近づけない。

 それでも、強引に接近する相手は刀で斬り捨てる。離れて様子を(うかが)う相手も、火球で仕留めた。

 十人を倒した時には、さすがに敵も動きを止めた。一筋縄ではいかないと悟ったのだろう。


 アルヴァが注意した通り、矢が飛んできた。

 一本をひらりとかわし、二本目を刀で弾いた。この程度の矢をかわすのはわけないが、死角から射られたら厄介だ。

 火球で狙うには距離が遠いか……。魔力を強く込めれば、爆風で吹き飛ばせるだろうが、確実に村人も巻き込みそうだ。

 もっと接近しようと決心し、前の馬車の後ろに取りついた。物陰にいれば矢は当たらないはずだ。


「はぁ、はぁ……」


 呼吸が荒い。ここへ至るまでにも相当な距離を走ってきた。その上での孤軍奮闘だ。疲れは隠せない。それでも、ソロンは戦い抜かねばならない。


 馬車の後ろから飛び出し、木陰にいた盗賊の射手へと駆け寄った。驚愕(きょうがく)の表情を浮かべた盗賊を射たせる間もなく斬り捨てる。

 いくつか矢が飛んできたが、ソロンも木陰に入ったので当たることはない。

 木陰から馬車の陰へ、馬車から木陰へ……。

 そうやって位置を移動しながら、一人ずつ盗賊を片付けていく。最初の射手から含めて五人を片づけた。


「ちっ、あと一個しかねえが……!」


 舌打ちの混じった盗賊の声が聞こえた。

 盗賊が何かを地面へと投げつければ、砕けた物体から煙が起こった。煙の中から緑色の巨獣が現れた。


「グリガントか……!?」


 緑の聖獣グリガント――帝都や宿場で見た巨大な死骸。それが生きて動いている。

 グリガントはかつて、王都イドリスを襲った魔物でもある。しかしながら、その時のソロンはただ逃げ延びるしかなかった。

 生きたこの聖獣と対峙するのは初めてだ。けれど、その恐ろしさはよく知っていた。


 まずは――とソロンが火球を放つ。

 グリガントは火球を払うように手を振った。もっとも、素手で振り払えるような魔法ではない。その手元で爆発が起こった。

 グリガントの手が黒く焦げる。しかし、巨獣はまた手を振りながら動き出した。

 並の魔物なら、一撃で焼殺できる威力で撃ったつもりだった。それに耐えぬくとは、それなりの魔法抵抗も持っているようだ。


「厄介だな……」


 思い切って近づこうとしたが、そこに矢が飛来した。

 体勢を崩しながらも、慌てて転がって回避する。矢はやむ気配がない。グリガントにも当たりかねないが、それは構わないということだろう。

 刀を持った他の盗賊は、こちらを(うかが)うだけで近づいてこない。グリガントの攻撃で、巻き添えにされたくないからだろう。


 ソロンは続けざまに三発の火球を打ち込んだ。頭を焼き、腹を焼いたが、聖獣の動きは止まらない。多少の損傷があっても、構わずこちらに迫ってくる。

 グリガントの振るう長い腕を、跳び下がってかわす。

 踏み込んで反撃を狙おうとしたが、そこへまた矢が飛んできた。ソロンも今は距離を取らざるを得ない。

 その時――


「ぐおっ……!」


 盗賊の悲鳴が上がった。

 そちらを見れば、木陰にいた盗賊が矢を受けて倒れていた。それを合図にしたかのように、他の場所からも盗賊の悲鳴が聞こえた。

 魔物の支援していた盗賊達を、何者かが退治しているのだ。

 何者か――もちろん、ミスティンにグラットを始めとした七人の仲間達だ。

 予想外の攻撃に盗賊もとまどっているらしい。ソロンへの矢も止まった。敵の射撃手がいなくなったのだろうか。

 それを悟ったソロンは――


「今だ!」


 と、グリガントの(ふところ)へ走り寄った。敵は長い腕を大きく振るってきたが、跳び上がってかわす。そのままの勢いで、炎を込めた刀を頭へ叩きつけた。

 刀が直撃した頭から、爆風が巻き起こる。

 ソロンも後ろへ飛ばされたが、それに動じず着地した。

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