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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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走れソロン

 振動に体を揺られる中で、アルヴァは意識を取り戻した。

 カラカラという車輪の音が聞こえる。座った体勢のまま寝かされていたようだ。深い眠りに就いていたような感覚がある。かなりの時間が経ったに違いない。


 状況が飲み込めず、意識を失うまでに起こった出来事を順番に思い出す。

 盗賊に村が襲撃されて……。緑の巨獣グリガントが現れて……。肩に矢を受けて……。

 そこまで思い出せば、今の状況も想像がついた。

 警戒しながら、うっすらと目を開ければ、そこは幌馬車(ほろばしゃ)の内部のようだった。

 アルヴァの知る馬車と比較すると振動が大きく、居心地が悪い。馬車の製造技術が低い上に、道路自体も舗装されていないためだろう。


 体勢を極力変えずに、周囲を盗み見る。

 目に入ったのは、腕を拘束された村の男が二人。同じく拘束された女が二人。それに見張りの盗賊も二人だ。

 アルヴァ自身も後ろに手を回されて、布でくくられている。少し辛い体勢だ。

 そこまで分かれば疑いようがない。アルヴァは村民と共に、盗賊が用意した馬車に乗せられたのだ。アジトに連れていくのかもしれない。

 ハッと思い浮かんだのは少女の姿。リサナも盗賊に連れ去られたのだろうか? その可能性は大いにあった。


 頭がはっきりしてくるに連れて、右肩の痛みに気づいた。

 手が使えないので傷の具合は分からないが、無理に動かさなければ我慢できる程度ではある。

 恐らく服の素材が丈夫だったため、この程度で済んだのだろう。

 アルヴァの旅装は女王グモという魔物の糸で織られた特別製だった。見た目は普通の服と区別はつかないが、ずっと頑丈で高級なものである。


 頭はぼんやりとしているが、これは長く昏倒していたからだ。それ以外には、体調の悪さも感じない。毒はあくまで、意識を奪うためのものだったのだろう。

 当然ながら手元に杖はない。(かばん)もどこかに持ち去られたようだ。

 スカートのポケットの中に、何か入っているようなふくらみがある。確か蛍光石のブローチを入れたままにしていた。盗賊達も、こんな小物までは気づかなかったのだろう。

 しかしながら、こんな物があったところで手の打ちようがない。


 後ろ手の布を、ほどければよいのだが難しそうだ。だとすれば、助けを待つか、機会を(うかが)うしかないが……。

 けれど、盗賊達だって愚かではない。そんなにうまくいくほど世の中甘くはないのだ。


「しっかし、やばい仕事だったな。いくらなんでも、宿場に直接攻めこむなんて無茶が過ぎるぜ」


 盗賊の話し声が聞こえてくる。やはり、盗賊団にとってもあの戦いは少々厳しいものだったようだ。それも無理はない。

 これが軍人だったならば、国を守るために命を賭けて戦う者もいるだろう。

 しかし、盗賊は軍隊ではない。あくまで自分達が生きるために略奪をしているに過ぎない。危険を伴う戦いなど、やりたい者は少ないはずだ。


「なんだ、親分に不満があるんか?」

「いや、そんなわけじゃねえけどよ……! なにも直接、宿場を狙わなくたっていいじゃねえか。いつもの通り、道をゆく奴らを狙ったほうが断然楽だろ。俺のダチは、そこの女の雷でやられちまったんだからな」


 自分のことが話題に上がって、ビクッと反応しそうになる。それをどうにか寝たふりでしのいで、聞き耳を立てる。


「まあ、気持ちは分かるわな。……どうも、ザウラストの連中の意向らしいぜ」

「ザウラスト教団とかいうやつらか? 噂には聞いてたが、やっぱそうなのか。……もしかして、あの緑カバもその伝手(つて)なんか?」


 ザウラスト教団――イドリスを占拠しているという勢力だ。こんな所にまで触手を伸ばしていたのだろうか……。


「だろうな。盗賊が魔法なんて簡単に使えるもんじゃねえよ」


 緑カバ――グリガントと呼ばれていた緑の巨獣のことだ。

 あれは教団が提供した魔法によるものだろうか?

 魔物を呼び出すような魔法となると、相当に高度なものとなる。いったいザウラスト教団とはどのような勢力なのだろうか?


「しっかし、とんでもない美人だよなあ。あんな辺鄙(へんぴ)な所にこれだけの別嬪(べっぴん)がいるとは思わなかったぜ」


 また自分のことを言われていると気づいて、怖気(おぞけ)が走る。

 この状況で容姿をほめられて喜ぶほど愚かではない。相手は盗賊だ。紳士的な処遇など望めるわけもなかった。


「やめとけよ。ダチがやられたんだろ。手を出したら、何されるか分かんねえよ」

「わ、分かってらよ……! 魔女を傷つけたら呪われるって話、本当かなあ」


 どうやら、盗賊は魔法使いを恐れているようだ。

 上界でも地方に行くほど魔法を恐れる傾向があった。魔法はいまだ未知の力であり、それを行使する者は恐怖の対象なのだろう。


「さあな、さすがに俗説じゃねえか。どの道、杖がなけりゃ大したことはできんと聞くがなあ……。とにかく、魔道士を教団に渡したら金貨百枚は下らないそうだからな。どうするかは親分にお任せだ」

「百枚……って!? あいつらそんなに金持ってんのか?」

「そうみたいだな。普通の奴でも十枚だとよ」

「はあ……。そいつはいい商売相手だなあ」


 どうも、捕らわれた理由が予想とは違うようだが……。雲行きが怪しいことには変わりない。

 ともあれ、ザウラスト教団が得体の知れない連中なのは確かなようだった。


 * * *


 ソロンは走る。ひたすらに走る。

 それでいて冷静で力まずに、最適な速度を維持できるように走る。水分の補充も忘れずに行うが、足は意地でも止めない。

 傾斜のきつい山道。

 しかし、それは盗賊達にとっても条件は同じだ。きついからといって、投げ出してはいけない。

 ときおり魔物も現れたが、それも足で振り切る。

 人間の持久力は侮れないので、追いかけてきても、やがては魔物も諦める。それでも邪魔するなら、遠くから火球を放って始末した。


 日が少しずつ陰っていく。

 出発したのは十三時過ぎと考えて、今は十七時の半ばぐらいだろうか。まだ道は明るく見通しも悪くない。日が沈むまでに追いつければ十分だ。

 ……いや、日が沈んだとしても月がある。

 幸いながら、満月は昨日やって来たばかり。今日も十分な月光が道を照らしてくれるだろう。

 こちらには炎を放つ刀もある。明かりなどどうにでもなるのだ。


 空が夕焼けに染まっていこうとする頃。


「あれは!」


 白い何かが視界の中で動いていた。間違いない。馬車の(ほろ)だ。

 しかし、慌ててはいけない。盗賊にいきなり攻撃をしかけるのは愚の骨頂というもの。

 一団の進行する速度はさほどでもない。平常に歩く速度より遅いぐらいだろう。

 道を外れれば森がある。木の合間を通れば、気づかれずに先回りもできそうだ。

 できれば、アルヴァがいるかどうかも確認しておきたい。しかける前に、森の中から馬車の様子を覗けないだろうか。


 * * *


 アルヴァは異変を感じて目を覚ました。

 何かの匂い――煙だろうか。馬車が止まっており、ざわめきが耳に入ってくる。


「なんだ、燃えてんのか!?」

「なんでこんな所で!」


 外から盗賊が騒ぐ声が聞こえてくる。


「燃えている……?」


 アルヴァは困惑してつぶやく。

 同じ馬車内にいた盗賊の小男が、外に様子を確認しにいった。すぐに戻ってきて、もう一人のノッポな盗賊に報告する。


「前の森が火事になってるみたいだぜ。道をふさがれちまったようだ」


 こんなところで火事とは何事だろう? もしや、野生の竜が火を吐いたとでも……。

 あまり見ない状況に、盗賊達も浮き足立っている。

 このような狭い道では、馬車を引き返すことも難しい。引き返せたとしても、相当な遠回りになるはずだ。


「お~い、火を消すぞ! 手が空いてる奴は手伝いに来い!」


 隊の前方から声が聞こえてくる。どうやら消火を始めたようだ。

 ……といっても、荷馬車に積んでいる水も無駄遣いできないはず。あまりうまくは運ばないだろう。

 水を使えないなら、土を使うしかないが……。


「私の魔法なら、簡単に消火できると思いますが……。いかがでしょう?」


 たわむれにそんな提案をしてみた。なかばヤケクソと言われたら否定できない。


「え、あん? そんなこともできるのか?」


 ノッポな盗賊がとまどいながら、興味を持った。


「ええ、杖と魔石を返していただけるなら」


 なるべく落ち着いたふうを装って答える。


「おい耳を貸すな! その魔女が何人殺したか分かってんのか!?」


 もう一人の小男が迫真の表情で制止した。


「お、おう。すまん……。そうだったな」


 ノッポが謝った。一応、小男のほうが目上のようだ。

 そして小男はこちらをにらんで。


「なにたくらんでるか知らんが、余計なことすんじゃねえぞ。命が惜しかったらな」


 そこには怒りと共に、恐怖の感情も見てとれた。

 どうやら、盗賊はこちらを恐れてもいるようだ。……もっとも、かなりの人数を殺害したので無理もないが。


「……承知しました」


 恐怖は逆上ともなりうる。これ以上はさすがにアルヴァも怖い。大人しくしておこう。


 *


 しばらく時間が経っても、馬車が動き出す気配はない。


「人手が足らんぞ! 御者と見張りを一人残せ! 他は手伝いに来い!」


 親玉らしき男の声が、前から聞こえてきた。どうやら、火がなかなか収まらないらしい。

 各馬車から御者と見張りを一人だけ残して、他の者達は消火に向かっていった。この馬車からもノッポな盗賊が出ていったので、見張りは小男一人になった。

 異変が起きたのはその時だ。


「うぎゃっ!?」


 外から盗賊の悲鳴が聞こえた。手綱を持っていた男だろうか。

 次に馬車の入り口にいた小男が、後ろから腹を貫かれた。

 それをやった何者かが、馬車の中へ飛び込んできた。同時に貫いた男の体を外へ放り出した。

 そして――少年の姿が視界に入った。

 アルヴァは目を疑う。

 それは彼女が知る赤髪の少年だったからだ。まさか、ここで出会えるとは思わなかったため、なおも信じられなかった。

 けれど――


「陛下!」


 そう呼びかけられて確信した。


「ソロン……!」

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