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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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自らの足で

 手綱(たづな)をしごき、八人は馬を走らせた。

 南の宿場に向けて道なりに進めばよいため、迷うことはない。道の質はよくないが、それも最初から分かっていたことだ。


 途中、襲ってくる魔物はほとんどいなかった。こちらは武装した八人。それに馬のような大型の獣は、魔物だって警戒せざるを得ない。

 こちらに気づく魔物はいても、そうそう襲ってくることはなかった。それにこれだけ急いでいれば、追いつかれることもまずなかった。


 たまに進路をふさぐ魔物がいたが、ソロンの魔法とミスティンの矢で対処した。

 ミスティンは騎乗したままでも、矢を外さなかった。相変わらず、彼女は難しいことを平然とやってのける。

 時々、馬の調子を見ては速度を落とすようにした。急ぐ気持ちはあるが先は長い。こんなところで、馬を潰しては目も当てられなかった。


 やがて、長くゆるやかな斜面に入った。


「グソックに気をつけてください!」


 仲間の騎手が叫んだ。

 グソックは山地に生息するダンゴムシに似た魔物だ。坂の上から転がりながら、獲物に襲いかかる厄介な相手である。

 もっとも、ソロンだって下界の魔物には精通している。


 遠目に、坂上から転がり落ちるグソックを発見。速攻で火球を放ち、衝撃で吹き飛ばした。

 グソックは山道を外れ、あらぬ方向に落ちていった。

 生死は不明だが、こちらも忙しい。魔物の一匹がどうなろうと知ったことではない。

 騎馬の機動力なら、回避も十分に可能ではある。

 しかし、仲間の一人でも巻き込まれてはたまらない。着実に仕留めるようにした。

 登りで発見したのは、その一匹だけだ。死骸なら二体を見つけたが、(くだん)の交易隊が始末したものだろうか……。


 ともかく、一行は無事に頂きまで到達した。

 しかし、厄介なのは下りだ。騎乗しながら、後ろを警戒するのは骨が折れる。下りにかかる前に、馬を少し休ませた。

 それから、下りを利用して一気に駆け下りた。耳を澄ませながら時折、背後を振り返って確認する。

 グソックの転がる速度は馬をも上回る。それでも後ろから転がってくるなら、相対的な速度は遅くなる。対処する間もなく忍び寄られた――なんて事態にはならないはずだ。


 幸い、魔物が後ろから迫ってくることはなかった。一行は無事に山道を抜けられたのだ。

 ここまで来れば、宿場はもう少しである。

 だが懸念はあった。馬の疲労が濃く、無視できなかったのだ。その速度は徐々に落ちている。

 それでも、どうにか宿場が見えてきた。

 合計しても三時間足らずといったところだろうか。この宿場は、タンダ村から徒歩で一日を目安に造られている。かなりの強行軍であった。


 *


 宿場に近づいて、まず目に入ったのが死体の数々だ。

 宿場を囲む石垣の前にあるのは盗賊の死体だろう。恐らく十を超える人数が死んでいる。

 そして、異様な存在感を放っているのが――


「うわっ……」


 ミスティンが鼻をつまんで、顔をしかめた。

 そこにあったのは緑の巨獣の死骸だ。小型のマンモスのような巨体に虫がたかり始めている。異臭を放っており気持ちが悪い。


「……グリガントだ」


 ソロンはこの魔物を知っていた。グリガント――ザウラスト教団が使役し、緑の聖獣と呼ぶ魔物の一種だ。

 それは盗賊の背後に、教団がいる可能性を示唆(しさ)していた。思っていた以上に厄介な事態かもしれない。


「あん? こいつって帝都で死んでたヤツだよな。こっちの魔物だったのか?」


 グラットが怪訝(けげん)な声で問うてくる。


「ああそっか、ごめん、話してなかったね。こいつがイドリスの王都を襲った魔物だよ。なんで帝都に現れたかは僕も分からない」

「なんか複雑な事情がありそうだね。終わったら、後で聞いていい?」


 ミスティンはこの場で追及はせず、後回しにする配慮を見せた。


「うん、盗賊はこの魔物を使ってくるかもしれない。そこだけは気をつけて」


 ソロンは簡潔に注意をうながすに留めた。

 そうして、破壊された門の内側に、騎乗したまま入っていく。

 もう一体のグリガントの死骸。さらには盗賊と護衛、双方の死体が置き去りにされていた。


「くそっ、やられちまったか……」


 知り合いの遺体を見つけたらしい騎兵の一人が声を上げた。

 宿場の敷地は狭い。ソロンも見て回ったが、女の遺体は見つからなかったので安堵した。……もっともそれは、彼女が盗賊に連れ去られた可能性を示唆(しさ)していたが。


「二十分ほど休憩にしよう」


 休憩を指示して、その間に施設の様子を見ることにした。

 騎馬隊の者達も、知り合いの遺体がないかどうかを確認したいはずだ。残念ながら埋葬する暇はない。それは事が終わった後で行うしかないだろう。


 そして人間のためという以上に、馬のための休憩が必要だった。

 馬たちは必死で池に鼻を突っ込み、水を飲もうとしていた。それを見れば、馬の言葉は分からぬソロンにも、深い疲労が察せられた。

 本来、宿場には緊急時のために、代わりの馬も用意されているはずだった。しかし、その姿は見当たらない。盗賊も馬を見逃すはずはなく、連れ去られたのだろう。


 外から建物を見る限り、人の気配はない。宿は大きな衝撃を受けたようで、崩れかけている。

 それでも中に入って声をかけたら、恐る恐る姿を現す者が三人いた。隠れて逃げ延びた者と、倒れてはいたが一命を取り留めた者がいたらしい。

 村や町を目指すにも危険が多く、途方に暮れていたようだ。他にも怪我人が部屋のベッドに寝かされているという。


「ほとんどの人達は、盗賊に連れ去られていきました」


 証言の内容は、タンダの村に逃げ延びた男と変わりないようだ。盗賊が去っていった方向ぐらいは分かるようだが、それは車輪の跡を見れば事足りる。

 休憩は終わったので、一行の様子を確認した。グラットもミスティンもまだ余裕がある。他の五人も元気が残っているし、士気もみなぎっている。


「馬の状態はどうかな?」


 ソロンが一番に懸念していたのは馬の様子だ。


「まだ元気な子もいるけど、疲れてる子もいる。厳しいかも」


 動物に詳しそうなミスティンが説明してくれた。もっとも、彼女でなくとも馬の疲労は見て取れた。これ以上、一時間、二時間と急がせるのは厳しそうだ。

 馬の体力だって、人間と同じで均一ではない。このまま強行軍を続ければ、隊列にも乱れが起こるかもしれない。

 それでも、今は一刻を争う事態である。馬の疲労を押してでも、出発するしかなかった。

 八人は再び馬へとまたがった。日没まではまだ時間がある。


 *


 宿場から車輪の後を追って馬を走らせる。

 盗賊団の馬車が残した跡は明晰(めいせき)だった。それを見れば、盗賊団の規模の大きさを否が応でも察せられる。東の方角に向かっているのは疑いようもなかった。

 交易隊は元々、ここから西側にあるベラクの町を目指していたという。


 しかし、盗賊の行き先は東。

 そちらにあるのはテネドラの町だ。兄サンドロスが拠点としている町である。

 そこに至るまでのどこか――例えば山間部を拠点としているのだろうか?

 気持ちは焦るが、今までよりも少しばかり速度は抑えた。追跡に必要なのは瞬発力だけではない。持続力だって大切なのだ。


 数十分ほど進んだところに野営の跡を発見した。

 焚火(たきび)の跡に、散らかした食べ物の跡。骨や肉の切れ端が乱雑に捨てられている。何十人という人数だけあって、特に注意をしていなくとも目に止まった。


「あるな」

「あるね」


 グラットと簡単に言葉をかわす。

 特段、馬を降りて調べたりはしない。目的は盗賊団に追いつくことだ。時間は無駄にできない。


 宿場を()って、おおよそ一時間が過ぎた。

 予想したことだが、馬の速度が目に見えて落ちていく。馬の疲労にも個体差があるため、隊を維持したまま進むのも難しくなってくる。さすがに、これ以上の強行軍には耐えられないかもしれない。

 盗賊が使う馬車の跡は、だんだんと濃くなっている。それを見る限り、かなり近づいているようだ。

 あと少し……あと少しのはずなのだ。ここで追跡する速度を落とすのは大きな痛手だ。


「だったら……!」


 ソロンは思い切って馬から飛び降りた。

 馬が全力で走れば、まず人間は追いつけない。だがそれも短距離の話であって、馬の持久力にも限りがあるのだ。長距離になれば、馬の速さは鍛え抜かれた人間が走る速さと大差はない。

 ここから先は、自分の足で走ったほうが結果的に速い。そう判断したのだ。


「ごめん、先に行くよ!」

「さすがに無茶じゃねえか!?」

 グラットが怒鳴りながらも。

「――俺達も後で行くが、無理するなよ。連中の動きを止められるか?」

「分からない。でも、やってみるよ!」


 グラットの言う通りだ。単身で挑むよりも、まずは盗賊団の動きを止めるほうが現実的だろう。


「火を上げて欲しいな。目印があれば、私達も走ってくる」


 ミスティンも提案してくれた。ぼんやりしているようで、彼女も色々と考えている。頼りになる仲間だった。


「了解、行ってきます!」


 ソロンは頷くや、身を軽くするためにマントを捨てた。そうして、二本の足で走り出したのだった。


 * * *


 残されたのは、グラットとミスティンに五人の騎馬隊。さらには一頭の空馬(からうま)


「前にもこんなのがあったなあ……。ミスティン、俺達はまだ走らないでいいんだな?」


 どことなく既視感のある状況である。帝都においても、ソロンだけが先行して走っていったことがあった。


「やめとく。無理して走っても、バテたらおしまい。もう少し近づいてからにしよう」


 ミスティンが言った通り、途中で疲れ果てればそこまでなのだ。

 馬を捨てた結果、(かえ)って移動が遅くなるだけである。そこを魔物に襲われでもすれば、生き残れる保証はない。

 この段階で走るという決断は、足に自信があるソロンだからこそできたのだろう。蛮勇という気もしなくもないが……。


「そりゃそうだな。……お前、何も考えてないようで意外と冷静だよな」


 少し遅くはなるが、しばらくは着実に馬で七人そろって進む。それが彼女らの判断だった。

 グラットは騎手がいなくなった馬を見て。


「こいつはどうする?」

「ん~、置いていくのも仕方ないけど……」


 こんな場所に放置したら、魔物の餌食(えじき)になりかねない。それでも、事態の緊急度を思えばやむを得なかったが……。

 ミスティンはいったん馬を降りて、空馬へ近づいた。そのたてがみをなでて、


「付いてきてくれる? それとも待ってる?」


 それだけ言ってから、自分の馬へ飛び乗った。

 馬に言葉が通じるかどうかは分からない。しかしながら、空馬もきちんと後を追ってきた。

 疲労は濃いようだが、騎手という重荷がなくなり余裕ができたのだろうか。家畜として飼い慣らされているだけあって、勝手に逃げ出したりはしないらしかった。

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