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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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盗賊追跡

「おお、これはソロニウス様、ご無事で何よりじゃ。お待ちしておったよ」


 昨日のうちに村長も、ソロンの到着を耳に留めていたらしい。

 アルヴァから話を聞いていたそうで、ソロンが今まで上界にいたことも知っているようだ。


「村長さん、王都の状況を聞きたいんですけど……」


 さっそく、ソロンは故郷イドリスについて尋ねる。


「何でも聞いてくだされ。……と言うても、さほどのことを知っているわけじゃあないがの。国王陛下は既に亡く、お妃様も捕らわれたままじゃ」


 それはソロンが下界を()った時点で既知の情報である。思うところはあるが、口を挟む必要性までは感じない。


「兄はどうなったか、分かりませんか?」

「うむ。サンドロス様も当初は行方知れずじゃったがな。すぐに姿を現して、王国軍を結集しているようじゃ」

「無事なんですね! しかし、結集とはどこに?」


 朗報を耳にして、ソロンは身を乗り出すように問う。


「テネドラを拠点に、王国各地からラグナイに対抗する勢力を結集しているようじゃよ。王都の解放を目指してな。兄君はまだ諦めておらんのう」

「テネドラを抑えているんですね! さすがは兄さんだなあ」


 テネドラの町はここから南東へ五日ほど歩いた所にある。イドリス王国の東西を分かつ要衝となっており、王都イドリスからタンダ村へ至るにも通過する必要がある。

 つまり、テネドラを落とさなければ、イドリスの西部を侵略するのは難しい。西部にあるこの村が比較的落ち着いているのは、兄がテネドラで踏ん張っているからだろう。

 たくましい兄の姿を思い出す。

 ソロンを上界へ送り出して以降も、兄はイドリスの奪取を諦めていなかったのだ。


「兄さんがいるんだね。初耳」


 ミスティンが軽く驚いた声を出す。


「うん、まあね」

 それは軽く流して、村長との話を続ける。

「――たぶん、兄は僕を待っていると思うんです。連絡を取れませんか?」


 兄が待っているのは『鏡』だ。そして今、それはソロンの手中にある。

 だからこそ、兄に鏡を届けねばならない。ソロン自身はアルヴァのことで身動きがとれないため、誰かに託せればよいのだが……。


「うむ。しばらくすれば、この村にも使いがやって来ると思うぞ。兵員や食料を集めているようじゃからな」

「結局、今は待つしかないってことか」


 グラットのつぶやきに、ソロンは頷く。


「そうだね。兄さんに会いたい気持ちはあるけど……。下手に動くより、待ったほうがいい気もするし」

「了解。そっちのことはよく分かんないけど、私としては陛下を待ちたいな」


 ミスティンは明け透けに言ったが、ソロンもその気持ちは理解できた。ひょっとしたら、ソロンも兄以上にアルヴァが心配だったのかもしれない。

 兄にはきっと共に戦う仲間がいる。

 しかし、彼女は一人寂しく下界に降りなくてはならなかった。だから、とにかく彼女の無事を確かめたい。それゆえ、この村で待っていようと決めた。


 そうして、しばらくは宿に滞在することにした。

 金貨一枚で何日も泊まれるような安宿である。代金の心配はない。金払いの良い客と見て取ったのか、店主も愛想がよかった。


 *


 その日、三人で村をぶらついてから、まだ日が高いうちに宿へ戻った。

 やるべきことはたくさん控えているはずなのだ。

 ……にも関わらず、待つしかできない状況は辛いものがある。仕方なく仲間二人の希望にそって、観光と決め込んでいたわけだ。


 そんな時に、ある男が村に駆け込んできた。

 力尽きて倒れた男は怪我もしていた。そのまま宿の一室へと運ばれて手当がなされた。

 たちまちそれは、宿泊していたソロン達の知るところとなった。

 聞けば男は昨日、交易隊の一員として出発した一人だという。アルヴァも参加したという例の交易隊だ。

 それが、昨夜に泊まった宿場が盗賊に襲撃を受けたという。そして男は逃げ延びてきたのだと……。


 嫌な予感がした。

 三人は男が運ばれた部屋へと急いだ。……といっても、すぐ向かいの部屋だったのだが。

 床に寝かされた男は気を失わんばかりの様相だった。それでも彼は自らの使命を理解していた。気力を振り絞って、自分が知る限りを話したのだ。


 盗賊は集団で宿場に襲いかかった。

 それでも、宿場には元の護衛兵に加えて、交易隊の護衛もいた。加えて、頑強な石垣と門に守られていた。

 戦力的には決して不利ではなく、盗賊を退けられるはずだった。


 しかし、盗賊は緑色の奇妙な巨獣をけしかけた。その強大な力の前に門は破壊され、護衛達は蹴散らされた。

 雷を操る女の魔道士が一人奮戦し、二体を倒した。しかし、その彼女も矢を受けて倒れた。

 盗賊は馬車を使って、略奪した物を積み込んだ。宿に備えられていた物はもちろん、交易隊が運搬していた物は荷馬車もろともに。

 さらには、生き残った者達を連れ去っていった。奴隷として使うつもりか、はたまたどこかで売り払うのか……。


 盗賊との戦いで怪我を負った男は、その場に倒れていた。

 盗賊には死体と思われたのか、気づかれずに放置されていたらしい。そのせいで、一連の出来事を見届けることができた。

 そして、気力を振り絞って立ち上がった男は、深夜から大急ぎで帰ってきたのだ。

 逃げたと非難するのは簡単である。しかし、男は魔物がいる道中を怪我を抱えて進んできたのだ。むしろ、勇敢な行為と言うべきだろう。


 宿場は南へおおよそ一日進んだところにある。

 一日といっても、通常は休憩を取る上に夜間は歩かない。実際は十時間も歩けばたどり着けるだろう。

 ただ男は怪我をしていた上に、道中で魔物の襲撃を受けた。結果的には、それなりの時間が経ってしまった。

 そう説明した男は、重ねて村の皆に助けを求めたのだった。


 *


 ソロンはあまりの事態にめまいがした。


「なんてこった……!」

「…………」


 グラットも困惑していた。ミスティンは衝撃で言葉もないようだ。

 雷を操る女の魔道士――間違いなくアルヴァだ。

 矢を受けたと男が言っていたが……。魔道士として奮戦した彼女を、盗賊が見逃すとは思えない。無事なのだろうか?


「ううむ……。難儀じゃな」


 タンダ村の村長がうめいた。事態を重く見た村長も、宿へ話を聞きに来ていたのだ。


「盗賊団のアジトはどこか分かりませんか?」


 ソロンは混乱しそうになる精神を抑え、村長に尋ねた。


「盗賊団の被害は、宿場から東の山道で多く報告されておる。恐らく、アジトもそこいらにあるはずじゃが……。あくまでも推測じゃよ。よくは分かっとらん」


 アジトを目指そうにも、場所が分からないのでは難しそうだ。


「……いや、それよりも」


 今なら、宿場を襲撃した盗賊を追ったほうが現実的だ。

 相手はかなりの集団と聞いている。跡を残さずに去っていくのは不可能に近い。今なら足跡をたどれるかもしれなかった。


「――部隊を編成して、すぐに送り出しましょう。一時間で用意できますか?」

「難しいのう……。こちらとしても、それなりの戦力を用意せねばならんからな。二時間か三時間か、その程度は欲しい」

「それじゃあ、遅すぎますよ!」


 ソロンが怒鳴りつけんばかりに叫んだ。

 グラットが無言で肩をつかんできた。落ち着けということだろうか……。

 夜襲だったとはいえ、宿場には多くの護衛がいた。それでも、防衛はできなかったのだ。

 それ相応の戦力を用意せねば、返り討ちに()うだけだろう。村長としても慎重にならざるを得ないのだ。

 冷静にならなくてはならない。


「襲撃を受けたのは、いつ頃ですか?」


 ソロンは寝かされた男に向かって尋ねた。襲撃は昨夜のこと。そして今は昼を大きく過ぎている。できれば、もう少し正確な時間関係を把握しておきたい。


「確かな時間までは分からんが……。俺は暗くなってからも、遅くまで外にいたんだ」

 男は弱々しくも語り出した。

「――ベラク側から来た知り合いと、バッタリ会ったもんで話が長くなってな。それから、部屋に戻って眠りに就いたら鐘が鳴って……。とにかく、日が暮れて五時間は過ぎていたと思う」


 田舎だからといって皆が皆、日が暮れてすぐに眠るわけではない。

 建物の中にはランプがある。外に出れば星と月がある。しかも昨夜は満月だった。外に出て、遅くまで知り合いと話していたというのも理解できた。

 もちろん、男が言った『日が暮れて五時間』という時刻は、かなり大雑把な推定と考えたほうがよい。この辺りには帝都の時計塔のような、正確に時刻を測る仕組みなど存在しないのだ。


 それでも目安としては十分だ。

 襲撃の後にも、荷物と人を馬車に詰め込む手間があったはずだ。盗賊団が宿場を()ったのは、深夜一時と考えておこうか。

 今が十三時と仮定すれば。


「襲撃から十二時間……かな。急げば日が沈む頃には追いつけるかも」


 季節は初夏。日が暮れるには余裕がある。日没まで六時間はあるだろうか。


「マジかよ……」


 グラットはこちらの正気を疑うように目をむいた。

 無謀な計算にも思えるが、決して根拠がないわけではない。


 深夜の襲撃が終わった後、宿場を出た盗賊団がどうしたか? 恐らくはアジトがあるという東へ向かったに違いない。

 例えば、暗闇の中を集団で進んだとしよう。

 下界の夜は道があっても恐ろしい。魔物への警戒は必要だったはずだ。ある程度、進んだところで野営をして夜明けを待ったかもしれない。

 もちろん、帝国のように舗装された道路なんて存在しない。人が踏み固めた結果、自然と作られた道があるだけだ。

 上界と比較したら、馬車の移動にも時間がかかるのが下界の常なのだ。


 どちらにせよ、十二時間の全てを移動に当てる可能性は低い。

 確かに追手を恐れるような状況ならば、強行軍もあり得た。しかし、盗賊は宿場を戦力で圧倒しており、下手な追手ならば返り討ちできる。

 怪我と疲労もあるはずだから、無茶な行進はしないはずだ。休息も取らざるを得ないだろう。


 それらを勘案するに、十二時間で進める距離は、精々が十里を超えないと見た。ここから宿場までの距離を合わせれば、二十里といったところだろう。

 無論、追いかける間も敵は進んでいく。それでも相手は人間だ。休みなしで進み続けることはありえない。

 ひょっとしたら、途中にアジトがある可能性も考えられるが、それならそれで願ったり叶ったりだ。

 いずれにせよ、付け入る隙はある。


「すぐに馬を用意できますか? 僕がそれで盗賊を追いかけます」

「殿下……それは無茶ですぞ! 部隊を編成しますから、それまでお待ちくだされ!」


 村長がいさめる。


「ごめんなさい。待ってられません」

「うん、私の馬もお願い。事態は一刻を争う」


 ミスティンはやる気満々のようだ。


「長丁場だ。元気な馬を頼むぜ」グラットも続いた。「ここまで来たんだ。やるしかねえな」


 結局は三人に加えて、五人の騎馬隊だけを連れていくことになった。

 交易隊に家族や知人がいた男達が「ぜひ!」と志願したのだ。

 漁村なので馬の扱いに慣れた者は、それほど多くはない。馬の扱いに不慣れな者を、無理に連れていくと進行速度が落ちるため、それ以上は断った。


 合計で八人となる。それでも人数がそろうだけで、魔物に襲われる可能性がグッと減る。

 余計な時間をかけている暇はない。出立の挨拶も早々に八人は村を()った。

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