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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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緑の恐怖

 深夜、鐘の音を耳にして、アルヴァは目を覚ました。

 時報――ではないだろう。こんな夜中に鐘を鳴らすなど、尋常ではない。文字通りの警鐘か? アルヴァの脳裏には、帝都であった出来事が思い浮かんでいた。


「どうしたのかしら?」

「大丈夫かな……」


 室内が騒然となる。

 アルヴァは起き上がった。寝間着は着ていないので旅装のままだ。荷物さえ手にすれば、そのままの服装ですぐ外に出られる。


「様子を見てきます。なるべく他の人達とはぐれないように」

「うん……。アルヴァちゃんも気をつけて」


 リサナにはそれだけ指示を出して、部屋を出た。


「盗賊が来たぞ!」


 扉を開けて中に駆け込んで来た男が叫んだ。


「本当に……治安が悪いのですね」


 アルヴァが他人事(ひとごと)のように言う。首都が陥落し、宿場町が盗賊団に襲撃されるなど、まさに国家としては末期状態だ。

 武装した男が二階にいたアルヴァに目を留めた。階段の途中まで駆け上がって、こちらに声をかけてきた。


「あんたも手を貸してくれるか?」


 見れば交易隊の守備隊長だった男だ。


「ええ、貸さない理由はありません」

 アルヴァは杖を見せながら頷いて。

「――今までにも宿場が襲われたことはあったのですか?」


 そう尋ねたのは、盗賊が宿場を襲う理由が気になったからだ。

 ここは石垣と頑丈な門に囲まれている上に、警備兵までいる。宿泊している交易隊にも警備の者がいる。合わせればそれ相応の戦力となるため、襲撃をかけるにも難儀するはずだ。


「いや、今までは野外にいるところばかりを狙ってきたんだが……。王都が占拠されたのを見て、強気になったのかもしれん」


 やはり、そう頻繁にあることではないようだ。

 盗賊から見て、宿場を襲う利点を考えてみる。

 一つには獲物が多くいるということ。ただし、襲撃を成功させるだけの戦力が盗賊団になければならない。


「連中はどのぐらいの数がいるのでしょうか?」

「分からん。だが、ここを狙うぐらいだからな。それなりの戦力は持っているだろう。施設は頑丈にできているが、油断するなよ」


 この緊急時において、それ以上の時間の浪費は避けるべきだ。

 話を終えるや、護衛隊長は一階から仲間を連れて出ていった。しかし、アルヴァはそれには続かず、二階へと向かった。魔法使いである彼女にとっては、高所に構えたほうが有利なためである。


 二階の扉から外に出ると、そこは一階の屋根を利用したバルコニーになっている。

 周りを見渡せば弓を構える者達がいた。アルヴァと同じく、高所から戦う考えのようだ。魔法の使い手は他にいないらしい。

 施設に備えつけの松明(たいまつ)が外を照らしている。加えて、今宵(こよい)は満月だ。夜にしては視界は悪くなかった。


 宿場に殺到する盗賊達が目に入ってきた。予想した通りに数が多い。

 盗賊の前衛は鎧や盾に身を固められている。盗賊とはいっても、中身は武装組織と考えたほうがよいだろう。

 遠くには馬車が見えている。略奪した荷物を運ぶためのものかもしれない。


 盗賊が石垣を乗り越えて、宿場の中に侵入しようとする。

 それを男達が迎撃している。見張り台から、あるいは二階から矢が放たれる。

 矢が盗賊を貫いていく。石垣の上へ頭を出した盗賊がいれば、護衛達が剣や棍棒で直接に打ちつける。

 だが、敵のほうが圧倒的に数が多い。真夜中の襲撃であるため、態勢が整っていないのだ。明かりがあっても、夜闇(やあん)の中で矢を標的に当てるのは難しい。


 アルヴァも盗賊に杖を向ける。

 石垣を破壊してはまずいため、そのさらに遠方の相手を狙う。使用する魔石は雷光石にした。火竜石のほうが消耗は抑えられるが、引火が怖い。

 闇夜を斬り裂く紫電が走った。

 直撃を受けた盗賊が吹き飛んで倒れる。その生死を確認する間もなしに、次の雷撃を放つ。

 確実に一人、また一人と盗賊を倒していく。

 相手が人間だからといって、加減はしなかった。だから、即死なのは間違いない。ためらっていては、こちらにも死人が出る。


「魔法かよ!?」


 狙い通り盗賊達に怯えが走った。雷撃の破壊力に恐れをなして、ひるんでいる有様がこちらにも伝わってくる。

 手をゆるめずに、六人、七人と仕留めていった。仲間の弓矢と合わせた猛攻に、盗賊達も攻めあぐねる。


「凄腕の魔道士がいるなんて聞いてねえぞ!」


 石垣の向こうから、盗賊の相談する声が聞こえてくる。


「おい、緑の聖獣を使うぞ! お前らは離れてろ!」


 盗賊の親玉だろうか、奥のほうで盗賊達の指揮を()っていた男が叫んだ。何かをやろうとしているようだが、紫電で狙うには少し遠い。

 盗賊達は散開し、宿場から離れて隙間を空けた。その隙間に向けて男は緑色の魔石のような物を、いくつか投げつけた。


 地面に当たった石は砕けて、煙が巻き起こる。

 煙の中から現れたのは、大きな獣のような何か。合計で三体。

 その姿が松明(たいまつ)に照らされて、明瞭となっていく。立ち上がったカバのような大きな巨獣だ。

 闇夜のために色は分かりにくい。しかし、色は緑だろうと察してしまった。


「あ……どうして……!」


 アルヴァの顔が驚愕(きょうがく)に引きつる。

 それは帝都を襲った緑の巨獣だった。長い腕を振るい、帝都の北門を破壊した巨獣だ。あの戦いの中でアルヴァは、かの杖の力を使い、悲劇が起こった。

 なぜ、その魔物がここにいるのか。なぜ、人間である盗賊がそれを操っているのか。

 アルヴァにとっては酷い心的外傷(トラウマ)だ。目眩(めまい)がしそうになるが、それを意志の力で抑えつける。


「やれっ! 聖獣グリガント!」


 盗賊の親玉らしき男が命令を下した。

 聖獣グリガント――それがあの緑の巨獣の名前だろうか。聖獣と呼ぶにはあまりにも醜悪(しゅうあく)で、冗談としか思えない命名だが……。

 そして、そのグリガントが宿場の門へと迫った。

 ……放ってはおけない。


 アルヴァはグリガントに対して紫電の魔法を放つ。

 この数ならば女王の杖などなくとも対処できるはずだ。自分の実力は、そんな物などなくとも確かなのだから。

 雷撃が命中し、激しい衝撃を受けたグリガントがおぞましい叫びを上げた。赤黒い霧状の血が傷口から噴き上がる。


 しかし倒れない。

 ひるんではいるようだが、一発や二発の雷撃には耐える耐久力があるようだ。それもそのはず、帝都の戦いでも巨獣は数十人の帝国兵と渡り合ったのだ。

 それでも雷撃を打ち込む。護衛達も弓を放って、援護してくれる。


 グリガントの重い体が崩れて、地面を揺らした。ようやく一体を仕留めたようだ。

 しかし、その後ろからすぐに二体目が門に迫る。その後ろにもまだ一体残っている。


「まずいですね……」


 ここまで門に接近されてしまうと、狙いが難しくなる。誤って門を破壊してしまっては元も子もない。

 躊躇(ちゅうちょ)している時間を敵は見逃してくれない。グリガントはかつて帝都で見たように、門を破壊しにかかった。

 門もそれほどやわではない。鉄製の頑丈な造りだ。

 それでも帝都の門を破壊したグリガントの前には無意味だった。長い腕から繰り出された拳が二発。あっという間に門は破壊されてしまった。


 グリガントが石垣の中に侵入してきた。後に続いて盗賊が入ってくる。

 護衛達も武器を振るって、その流れを押し留める。しかし、盗賊は抑えられても、あの巨獣に対抗できるはずもなかった。

 一撃で護衛の一人が殴り飛ばされ、宿の壁に激突した。二階にも衝撃が伝わる。あの勢いでは命はあるまい。

 それを見た他の護衛達も、恐怖ゆえに及び腰になっていた。グリガントに接近戦を挑めず遠巻きになっている。


 アルヴァが雷撃でグリガントを狙い撃つ。

 門が破壊されてしまった以上、もはや遠慮はいらない。こうなれば、徹底的に攻撃するしかなかった。

 グリガントは苦悶(くもん)の叫びを上げながらも、こちらに視線を定めた。

 そして宿の建物へと猛進してくるや、繰り出された拳が一階の屋根を砕いた。つまり、アルヴァが足場としている建物の一部だ。激しい振動が足元へと伝わってくる。


「まずい……!」


 このまま、何度も拳で打たれては足場が全て崩されてしまう。周囲にいた弓兵達は中に逃げ込んだようだ。

 アルヴァも中に避難するべきだろうか?

 いや……それでは建物が崩落するまで攻撃されるだけだ。そうなっては、中に避難している者達まで巻き込んでしまう。


 グリガントがもう一撃。屋根がさらに大きく崩れた。

 アルヴァが応酬の雷撃を放てば、グリガントがのけぞった。

 その隙に杖を左手に持ち替える。手すりを飛び越え、思いきって屋根から飛び降りた。

 一気に落ちないよう、右手で手すりを伝わっていく。体を横にして転がるように落下した。


 一応の受け身は取ったつもりだが、こんな荒事には慣れていない。落下の衝撃は大きく、痛みですぐには立ち上がれなかった。

 そこにグリガントが迫っていた。一歩……また一歩とゆっくりと近づいてくる。起き上がれないアルヴァへ、とどめを刺すために。


 そして、グリガントの長い腕が届く距離まで迫った瞬間――

 アルヴァは杖を上げ、魔力を解き放った。放たれるのは放電の魔法。近距離から拡散する雷撃が、グリガントの全身に直撃し、戦場を照らした。

 緑の巨体が吹き飛び、赤黒い霧が大量に噴き上がった。アルヴァは転がったまま、それをマントでかろうじて防いだ。

 残る聖獣はあと一体……。

 アルヴァは立ち上がろうとしたが――


「うあっ!?」


 瞬間、激痛に顔を歪めた。

 右肩に矢をもらったのだ。グリガントにばかり気を取られて、周囲への警戒を怠っていた。

 ……いや、そもそも周囲を警戒している余裕はなかった。頼れる仲間がいない状況ゆえの失敗だった。

 矢は突き刺さってはいない。かすめた程度だ。

 この程度の傷なら――と思うが、肩の感覚がない。しびれが全身に広がっていく。まさか、毒を喰らったのだろうか……。


「よし、当てたか!?」


 薄れゆく意識の中で、盗賊達の声が聞こえる。


「魔道士さえ倒しちまえば、後はこっちのもんだ!」


 そうはさせないと心では思うが、気力で(あらが)えるものではない。アルヴァの意識はそこで途絶えた。

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