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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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交易の旅

 タンダ村での労働の翌日、アルヴァは酷い筋肉痛に襲われた。途中まで慣れない腕の筋肉を使った上、足を常に酷使したせいだ。

 それでも、明くる日も仕事を続けていたら、筋肉痛も多少はやわらいでいった。

 そんな調子で、働きながら数日が過ぎていった。


 もちろんアルヴァは、この村で働きながら一生を終えたいわけではない。かといって、何をすべきか明確な目的があるわけでもなかった。

 しいて今すべきは、この世界を知ることだろうか。そのためには何はともあれ資本が必要だった。


 予想はしていたが、労働の報酬は塩だった。

 もちろん、必要があれば硬貨や他の物へと交換もできる。ただ、この村では塩がいくらでもあるため、さほど高い物とは交換できなかった。

 それでも、海から離れた内陸部に行けば、塩は貴重品である。より多くの利益を得るためには、他の町村まで行って取引すればよいのだ。実際、そうやってタンダ村の産業は成り立っていた。


 主な交易品として、塩の他にも魚がある。魚はすぐに腐ってしまうため、乾燥させて干物としている。

 他には海苔(のり)もある。貝殻も装飾品として良い値段で売れる。海というのは恵みの元であり、様々な物が産出されるのだ。

 それを交易先に持っていって、お金やその他必要な物と交換する。

 米や野菜などは村でも収穫できるが、さほど豊かではないようだ。土壌に含まれる塩分のせいかもしれない。そのため、そういった食物も交易によって輸入していた。


 しかしながら、主な交易先でもあった王都イドリスは、ラグナイ王国によって占拠されている。

 そこで次に出発する交易隊は、ベラクの町に向かうことになっていた。

 ベラクは南西に四日ほど進んだ地。イドリス国の最西端となり、国内では三番目に大きな町だそうだ。

 ……といっても、人口は一万ほどだと聞いたので規模は知れている。帝国なら小規模な町でしかない。

 その交易隊にアルヴァは志願した。


 この世界について、詳しくなりたいという気持ちもあったし、働いて恩を返したいという気持ちもある。

 何より、自分の魔力ならば、護衛としても申し分ないと自負している。まさかこのような漁村に、自分と匹敵する魔道士がいるはずもなかった。


「護衛なんて、あんたのような娘のやる仕事じゃないよ」


 ゾゾロアは難色を示したが、アルヴァは主張し続けた。


「大丈夫です。歩くことにも慣れています。何より私には魔法がありますから」

「魔物だけじゃないんだ。盗賊だって出るしな」

「盗賊?」


 よくぞこんな物騒な世界で、盗賊稼業など成り立つものだ。

 上界の感覚では物騒だからこそ盗賊が繁盛する――と考えてしまいそうになるが、それにしても下界は危険すぎるのだ。

 外を出歩けば、いつ魔物に襲われるかも分からない。魔物の数も強さも、間違いなく上界よりは上だ。


「元々は遊牧民だったらしいんだけどね。ここ何十年かで鞍替えした奴らがいるんだ。馬の扱いもうまいし、略奪した物を運ぶ馬車まで持ってる。厄介な連中だよ。今まではイドリスの軍も守ってくれたんだけど……」


 王都イドリスが占拠されて、治安が悪化しているらしい。困っている様子があらわに見て取れた。だからといって、交易をやめては生計が立たなくなってしまうのだろう。


「なればこそ、私にお手伝いさせてください」

「しょうがないねえ……。まあ、人数がいるから大丈夫だとは思うけどね。話はあたしが通しておいたげるよ」


 *


 朝早くにアルヴァは目覚めた。

 交易隊は朝から出発する予定だった。下界では朝のほうが日当たりがよいため、その時間を有効活用する習慣があるのだ。

 久々の旅立ちである。今日は村娘の服装ではない。久々の旅装へと着替え、その上からマントをまとった。

 交易隊の出発地点に向かって家を出る。場所は村の南口だ。ゾゾロアとモゴロフも見送りに来てくれた。


 南口に集まった人数は四十人ほどだろうか。上界の隊商のように、商人と護衛が明確に分かれているわけではない。

 どちらにせよ荷馬車を守るのは、多くが武器を持った屈強な男達である。その中では、アルヴァだけが目立って華奢(きゃしゃ)に見えた。

 とはいえ、護衛以外なら女がいないわけでもない。男達の手伝いをする者、ベラクに用事がある者。そういった理由で少なからず女達も同行していた。

 少女の一人がこちらに向かってきた。


「あれ、アルヴァちゃんも行くんだ」


 見れば職場の同僚リサナだ。ベラクへと向かうらしい。


「ええ、護衛の仕事です」

「うっそ!? アルヴァちゃん戦えるんだ! 女の子が護衛なんて初めて見た!」

「魔法がありますからね。……そういうあなたはどうしたのですか?」

「ええとね、この国も最近、色々と危ないでしょ。イドリスがなんか外国にやられちゃったみたいだし。それで親戚がベラクのほうにいるから……」

「ああ、伝手(つて)を頼って向こうで暮らすということですか。賢明ですね。ご両親もご一緒ですか?」


 リサナの両親が共に健在なのは知っていた。おしゃべりなリサナが先日、聞かれてもいないのに話していたせいである、


「うん」

 と、リサナが少し離れた中年の男女を手招きした。

「――でも、一緒には行かないんだ。仕事があるし、まだ本当に危険かどうか分からないから――って。……危なくなったら、すぐそっちに行くとは言ってたけど」


 こちらに来たリサナの両親が挨拶してきた。

 アルヴァは若くして親と離れねばならなかった。だからこそ、両親が健在であるのに娘を一人で行かせるのは酷ではないかと感じた。

 ……とはいえ、まだ少し幼さの残る娘を送り出すには、多少の勇気もいっただろう。その上での決断なのだから、他人が意見することではない。


「今回の旅には私も同行します。私の魔法があれば、魔物も盗賊も恐れるに足りません。どうかご安心ください」


 杖を見せながら、それだけを言っておいた。

「はは、リサナのことは頼んだよ」

「若いのにご立派ですねえ」


 リサナの両親もそう取り合ってくれたが、本当に頼りにされているかは怪しい。リサナと同様の小娘にしか、思われていないとは予想できた。


「アルヴァちゃんって、けっこう自信家だよね~。頼りにしてるよ」


 などと、リサナも笑っていた。


「それでは行ってきます」


 出発の時間が来たので、犬人夫妻に挨拶をした。


「無茶すんじゃないよ。ココロアとロロアに言っといてくんな」


 ココロアがベラクの町に住む二人の娘で、ロロアは孫娘だ。


「ボグフォイ君もな」


 そして、ボグフォイがココロアの夫だ。ゾゾロアが無視していたため、モゴロフがその名を口にした。


「分かっています。お二人が元気だと伝えておきます」


 そうして、アルヴァは交易隊と共に村を出発した。ゾゾロアとモロゴフに手を振りながら。


 *


 馬が荷馬車を引いていく。

 そのそばを護衛達が囲んで歩く。女の中には馬車に乗る者もいたが、アルヴァは護衛なのでもっぱら歩きだ。馬車の右側を守護するのが役目だった。

 歩きやすいとは言い難い山道を進んでいく。道を離れれば、山と森ばかりである。森の中から魔物に奇襲をされたら、少し厄介だなと警戒する。


 夜までに壁で囲まれた宿場にたどり着くことが、今日の目標となる。野宿も覚悟していたものの、心配はいらないようだ。

 下界は上界と比較して、旅の施設が整備されていない印象があった。それでも宿泊施設はきちんと設置されていた。

 理由は単純に下界の外が危険だからだ。危険だからこそ宿場が必要なのであり、野宿などもってのほかというわけだ。

 今にして、一人旅でよく一週間も生きていられたなと思い返す。


「本当に大丈夫なのか? 護衛なんて女の仕事じゃねえぜ。危なくなったら、さっさと逃げなよ。それ以外で手伝ってもらえば、文句はないからよ」


 護衛の隊長がアルヴァに話しかけてきた。中年の屈強な男である。ゾゾロアから話を通してもらったため、一応の納得はしてもらっている。それでも、アルヴァの実力を信じられないらしい。


「ご心配なく。私にはこれがありますから」


 杖を掲げて見せつける。

 それだけでは不十分だと思ったので、軽く杖先から炎を出してみる。それを見て隊長は目を見張った。


「お、おお……! 魔法が使えるってのは本当なんだな。タンダには魔法使いなんて、滅多に来ないからな」


 この辺りの村では、やはり魔法使いは珍しいようだ。帝国でも魔法が使えるような純度の高い魔石は貴重品だったが、その点は下界も同じだろう。


「ええ、ですから大丈夫です」


 自信を見せるために、わざとらしく笑みを作ってみせた。


「ああ、分かった。魔物が出たら、頼りにさせてもらうよ」


 アルヴァを畏怖するような態度である。一般の民にとって、魔法というのは相当に神秘的なものなのだろう。


 *


 馬車のそばを付かず離れずに歩き続けた。

 アルヴァが守る右側には森があるため、木陰からの奇襲にも対応せねばならない。

 途中、近寄る素振りを見せた大ムカデを炎の魔法で撃破した。早め早めの撃退である。


 どうも虫は知能が低いせいか、こちらが集団であっても襲ってくることが多い。他の護衛達も時折、同じようにして魔物へ対処しなくてはならなかった。

 少なくとも、帝都本島の街道沿いでは、大型の虫が現れる可能性は少なかった。つまりは隊を組んで移動しても、襲われる危険が帝国よりもずっと大きいということだ。


「大ムカデを一撃とはやるもんだな」


 他の護衛達が感心している。これでただの小娘ではなく、一人前の魔道士として扱ってもらえるようになればよいのだが……。


「この前も見たけど、やっぱり魔法は凄いね~!」


 リサナも時折、話しかけてくる。女や老人については馬車に乗ってもよいことになっていた。しかし、リサナは先日の潮汲みでも見せた通りの健康体だ。基本は歩いていた。


「そんなに魔法が珍しいですか? こちらにはソロンもいたのでしょう?」


 一応、潮汲みの時に水流石の魔法を見せたはずである。ただやはり、攻撃のような派手な魔法は反響が違うのだろうか。


「危ないからって、魔法は見せてくれなかったよ。……てかっ、ソロン様と会ったって噂、本当だったの?」


 田舎は噂の伝達が早い。タンダの村長と話した内容が既に伝わっている。

 リサナの口振りからして、ソロンと話したことがあるらしい。あの性格ならば子供受けはよさそうだ。子供相手にも壁を作らずに、近い目線から会話できるだろう。

 ……単に当人が子供っぽいだけともいえるが。


「ええ、上界にいた時はお世話になりました。……やはり、子供達には人気があるのでしょうね?」


 何にせよ、こんな場所で共通の知人を話題にできるとは、妙な感慨がある。


「そだね。滅多なことじゃ本気で怒らないし、優しいから、少なくともあたしは好きだな。かわいいから他の女の子にも人気だし」

「ふふっ、そうですか。確かにかわいらしいですものね」


 本人が聞けば嫌がるかもしれないな、と思いながらも笑みが漏れる。


「アルヴァちゃんはどう?」

「何がです?」

「ソロン様は好き?」


 これはまた、女の子らしい話題だなと思って苦笑する。


「まあ、どちらかと言えば好きですよ。ああ見えて、意外と頼りになりますから」


 ひとまず適当に答えておく。

 ソロンには色々と助けてもらった上に、胸の内もそれなりにさらしてしまった。好感がないと言えば嘘になるが、この種の話題自体が苦手なので気が乗らない。


「そうなんだ。でも、あんなに大人しそうなのに魔物と戦えるのかな? 魔法とか使えても、頼りにならなそうに見えたんだけど」


 国民に『頼りにならなそう』と言われるのは少々かわいそうだ。


「あれでも彼の実力は大したものですよ。上界でもあれだけの使い手はなかなか見当たりません」


 思い浮かべるのは、彼が帝都で神獣へと果敢に挑んだ姿。あれだけの技量を身につけるには、相当な修練を積んだに違いない。


「ほうほう。しっかし、王子様を呼び捨てしちゃうんだ。凄いねアルヴァちゃんは」

「それほどでもありません」


 よく分からない褒め方にも適当に返事をしておく。

 それにしても、彼は今どこにいるのだろうか?

 いずれこちらに戻ってくるのだろうか?

 分からないが、今は自分の仕事を果たすしかない。

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