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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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三人で力を合わせて

 やがて、美しい夕焼けの下で、赤茶けた大地は一層に赤く染まっていった。そんな赤く映える荒野を歩き続けるうちに、緑の多い草原が見えてきた。その空の上には白い雲が覗いている。

 ソロン達は白雲の下にたどり着いたのである。


「やっぱ緑があるところは落ち着くぜ」

「だね。もう少し行ったら遺跡があるから、今日はそこで休もうか」


 ソロンが提案すれば、ミスティンが首をかしげる。


「地図にもあったね。けど、遺跡って何の遺跡なの?」

「町の遺跡だよ。何百年か前までは、この辺りに都市があったんだって」

「それがまた何で遺跡になっちまったんだ?」

「昔は上界と界門でつながっていて、交易で栄えてたんだよ。ところが交流が途絶えたら、この場所はただ不便なだけになっちゃった。黒雲に近い奥地な上に、他の町とは森で隔絶されてるからね」

「交流が途絶えたのは何で?」


 ミスティンがなおも質問する。


「そりゃお互いの事情があったんだよ。そっちにだって、上下界戦争の伝説は残ってるよね?」

「あ~、お姉ちゃんが言ってたかも。確か、上界と下界で戦争があって、結局は門そのものが閉ざされたって。けど時代が古すぎて、あの辺はおとぎ話なのか歴史なのかも曖昧(あいまい)だけど」

「歴史だったんだよ。ほら」

「わあっ!」


 ソロンが行先を指差せば、ミスティンが歓声を上げる。地平線の向こうにある遺跡が、姿を現したのだ。


 しばらく歩いて、三人は遺跡へとたどりついた。

 頑丈そうな建物を選んで、中へと入る。住民はとっくの昔にいなくなっており、気兼ねする必要はない。


「わっ!?」


 と、ミスティンが声を上げる。何か黒い鳥のようなものが、羽ばたきながら外へ出ていったのだ。


「コウモリだよ。ちょうどいい棲家なんだろうね」

「ん~、コウモリぐらいなら仕方ないかあ」


 ソロンが言えば、ミスティンはしぶしぶ納得する。

 瓦礫(がれき)をかき分けたところに木材を置き、焚火(たきび)を起こす。既に黒雲下の乾燥地を脱出したため、木材を見つけるのに苦労はしなかった。

 焚火を三人で囲み、食事を取った。必要な日数を計算し、食料は余分に確保している。村に着くまでの旅で、特に問題となることはないだろう。


「ここで寝るの?」

「外で寝たくないならね」


 ミスティンの確認に、ソロンは頷いた。

 古びた遺跡の下であろうとも、野宿よりはマシである。特に下界の魔物には危険な種族が多いのだから。


「魔物とか入って来ない?」

「虫とかコウモリぐらいは来るかもね」

「う~ん、しょうがないかあ」


 と、ミスティンはまた一応の納得をする。これでも上界暮らしの女性にしては、十分にたくましいほうだろう。

 ミスティンは瓦礫をよけて、石床を露出させる。そうして、真っ先にマントの中へと(くる)まっていく。この旅においては、マントが寝袋代わりだった。

 ソロンとグラットも同じようにして寝転がっていく。

 こうして、下界での一日目が過ぎていった。


 *


 二日目――昼間は(くも)る下界も朝焼けはまぶしい。

 遺跡を()ったソロン達は、襲い来る魔物に対処しながら、黄土色の草原を進んでいく。

 恐竜のような巨大な生き物もいるが、それだけに遠目からも発見しやすい。特にミスティンは、普段から狩りで遠くを見ているせいか視力が良いようだ。近づく前に発見して、不用意な接近を避ける。


 下界の魔物は上界と比較して手強い上に数も多い。それでも、三人で力を合わせればなんてことはない。

 やはり、仲間と共に来てよかった。この二人には本当に感謝しなければならない。


 だが、アルヴァには共に戦う仲間もいないのだ。ちょっとした危険に対処する度に、彼女が心配に思えてくる。

 マリエンヌによれば、アルヴァは武器を含めた荷物を持っていったらしい。彼女の魔法ならば、下界の魔物を退けるのは難しくないだろう。

 しかし、人間の精神力は無限ではなく、いずれは限界がやってくる。この世界で生き延びるには、あまりにも心もとなかった。


 日が上に昇った頃に昼食を取った。まだまだ三人とも元気にあふれているため、長く休む必要もなく進んでいける。


「あれ見て!」


 遠くを見るミスティンが叫び声を上げた。どこか子供のようにはしゃいでいる。

 よく見れば、遠くに茶色い毛皮に覆われた動物があった。あの距離でも見えるということは、かなり大きいはずだ。雰囲気からいって恐竜ではないようだ。

 もっとも、驚くほどでもない。ソロンはその巨獣に心当たりがあった。


「マンモスじゃないかな? 上界にはいないの?」

「いないと思うけど……」


 そう言いながら、ミスティンはマンモスのほうへ吸い寄せられるように近づいていく。……が、途中でためらいを見せて、ソロンを見た。


「近づいても大丈夫かな?」


 一応、危険な動物ではないか注意するつもりはあったらしい。


「草食だから、そんなに危険はないよ。近寄り過ぎなければだけど」


 そう聞いたミスティンは嬉しそうに近づいていった。大きな牙に長い鼻。マンモスの姿が次第に鮮明になっていく。


「ああ、あれ象じゃないかな。長い鼻で大きな獣といえば象だよ。絵では見たことあったけど、実物は初めて見た!」


 ミスティンが興奮気味に言った。どうやら、上界にも似た動物がいるらしい。ソロンは象という呼び名は知らなかったが……。

 マンモスはそんなこちらをどこ吹く風と、おもむろに草を()んでいる。


「象っていうと、あれか。サラネド島にいるヤツだな。下手な竜よりも大きいんじゃねえか?」


 グラットもふむふむと感心している。男だって大きな動物は好きなのだ。

 それにしても、何だか観光旅行のようで緊張感がない。それでも、悲愴な気持ちで旅をするよりはマシかもしれない。一人で下界に降りた彼女はこうはいかないだろうから……。


 マンモスを尻目に草原を進んでいくと、小さな岩山が見えてきた。遠目には何の変哲もない岩山ではあるが、ソロンはどこか違和感を持った。


「……ちょっと待った!」


 迂闊(うかつ)に近づかないように注意をうながす。


「ん、なに?」


 ミスティンもグラットも全く注意を払っていないようだ。


「あれ、山じゃないよ岩竜(がんりゅう)だよ」


 ソロンは岩山を指差した。


「はぁ……!? 竜だってか?」


 グラットは信じられないとばかりに声を上げる。


「今は大人しくしているみたいだから、そっとしておこう」


 岩竜はマンモスのような巨大生物すらエサにしてしまう。人間の手に負えるような相手ではない。

 幸い、それほど活動的な性質ではないので、近づかなければ大丈夫だ。

 というより、あの大きさで活動的だと、どれだけのエサが必要になるか分からない。マンモスなどあっという間に絶滅してしまうだろう。


「見たい」


 ところがミスティンが何か言い出した。


「何を?」

「動くところ」


 ミスティンは目を輝かせている。恐竜といい彼女は大きな生物が好きなようだ。


「ダメ」

「ケチ」


 ミスティンが頭を小突いてきたので、小突き返した。そんなことを繰り返していたら、


「お前ら、子供かよ」


 と、グラットに呆れられた。


「しょうがないなソロンは。じゃあ、あれを避けて進もう」


 ミスティンはまるでソロンに非があるかのように言った。

 ……何か、おちょくられているような気がする。まともに取り合うだけ負けかもしれない。

 まあ、ここまで相手が無邪気だと、腹も立ちはしないのだけれど。


 草原の先に木々の集まりが見えてきた。

 地図によれば草原はここで終わるため、先へ進むには森を抜けるしかない。しかし、既に日が暮れようとしていた。


「この森を行くのか?」

「うん。でも、さすがに今日はやめよう」

 ソロンは地図へと目をやった。

「――五里といったところかな。明日の朝から入って、さっさと抜けてしまおうか」


 五里――ソロン達の足ならば、数時間で踏破できる距離である。しかし、それも平地の話に限る。森の道ならば、その倍は見積もっておくべきだろう。


「どこで寝るの?」


 ミスティンが睡眠の仕方を尋ねてきた。野宿においては安全に眠る方法が重要となるが、ここは草原と森の境目。昨日の遺跡のような建物などあるはずもない。


「やっぱり、木の上かなあ」

「無難なところだよな」


 ソロンの意見にグラットも同意する。

 下界の魔物は大きく手強い。しかし、体が大きく、かつ走ることに適した生物は概して木登りが苦手となる。だから、これが安全な方法だった。

 少し歩いて見て、手頃な木を探した。労せずして、幹と枝が太く曲がりくねった木を見つけた。


「いい形。まさに人が眠るためと言っても過言ではないね。三人登っても大丈夫だと思う」


 ミスティンのお眼鏡にも叶ったようだ。

 さっそく三人で登ってみる。


「おお丈夫そうだな。これなら魔物の心配もいらないな」


 グラットも寝転がってみて満足そうだった。二人にとっては下界で初めての野宿であり、不安もあるのだろう。寝床(ねどこ)の造りが気になるのも無理はない。


「まあ、(へび)とかもいるんだけどね。木登りできる上に夜行性のヤツが」


 かといって油断されるのも困る。ソロンが釘を差しておいた。


「蛇はそんなに好きじゃない……」


 マントにくるまりながら、ミスティンが嫌そうな声を出した。


「交代で見張ったほうがよさそうだなあ。しゃあないから俺からやるぜ。まだそんなに眠くないしな」


 グラットが先陣を切って見張りを買った。なんだかんだいって頼りになる男なのだ。


「あんまり気を張るのも大変だから、無理しないでもいいと思うよ。目を開けて物音を聞くだけでも、それなりの警戒になるしね」


 今はまだ日が暮れる最中である。夜が明けるまでには十分な時間があった。だから交代でも、それなりの睡眠はできるはずだ。

 下界に慣れたソロンでも、三人でいてもなお下界の野宿には不安があった。ならば、たった一人で夜を過ごさねばならない彼女の心細さは、いかほどのものだろうか……。

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