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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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王子殿下

 ソロン様――と、ゾゾロアはその名を口にした。

 よりにもよって『様』と来るとは……。もしかして、有名人なのだろうか? 別人でないのを確かめねばならない。


「ご存知なのですか? 確か、セドリウスの子ソロニウスと名乗っていましたが……」

「ああ。セドリウス陛下の第二王子――ソロニウス殿下だね。間違いないじゃろう」


 村長が説明してくれた。しかも、王子殿下と来た。


「それは本当に私の知る少年でしょうか? 赤髪で、私と同じ年頃で、一人称は僕で、炎の魔剣を持っていて――」


 ソロンの顔を思い浮かべながら、アルヴァは思いつく限りの特徴を並べ立てる。


「そんで、女の子みたいなかわいい顔してるんだろ。やっぱり知り合いなんかい?」


 犬人であるゾゾロアの感性でも、かわいい顔立ちらしい。ともかく間違いなさそうだ。


「ええ、友人です」


 ソロンとは共に苦難を乗り越えた仲であり、何度か助けられた。知り合いというよりは、もう少し深い関係に思えたので、そう答えてみた。


「もしかして、彼氏とかかね?」

「友人です」

 と、同じ答えをすかさず返す。

「――彼には上界で助けていただきました。こちら――下界には戻って来ないのでしょうか?」


 そもそもソロンは、故郷を救うために帝都へ来たと語っていた。そのために神鏡が必要だったのだ。ならば、こちらに戻ってくるのが筋ではないだろうか。


「いや、わしらにはよく分からんよ。そもそもソロニウス殿下は行方不明だったんじゃ。上界に行っていたという話自体が初耳じゃな」

「行方不明?」

「ああ、王都イドリス自体が敵国の手に落ちてしまっての。何人か逃げ延びてきた者がいたが、殿下はその際に姿を消したと聞いておる」


 村長がとんでもない事実をさらりと述べた。

 つまりこの国は、首都が占領された状態ということだ。ソロンが言っていた故郷の危機とは、このことだったのだろうか。


「首都が落ちたのですか……? そのわりに、この村はまだ平穏に見えますが……」

「ソロニウス殿下の兄君――サンドロス殿下ががんばっておるようでの。ここから東のテネドラの町に落ち延びて、踏ん張っておるようじゃ。今はテネドラが臨時の首都ということになるかのう」

「なるほど、国家として完全に機能を停止しているわけではなさそうですね。しかし、聞く限りかなり危機的な状況にも思えますが……」


 正直なところ、その表現ですら生ぬるい。首都が占領されているなどという状況は、国家存亡の寸前だ。


「危なくなったら西に逃げるつもりじゃが、棲家を移すにも魔物がいる中を歩かねばならんでな。中には伝手(つて)を頼って村を出た者もおるがの」


 悠長というか、肝が据わっているというか……。ともかく、しばらくはこの村を離れるつもりはないようだ。

 どうしたものかと困惑は深まるばかりである。この村に落ち着くにしても、あまり安全とは言い難いようだ。


 ここで待っていればソロンと会えるのかもしれない。だが、下界に戻るにしても、直接イドリスに行く可能性もある。

 そもそも、会ったところでどうするのか? 上界に戻してください――とお願いすればよいのだろうか?

 アルヴァとしては、もう少し判断材料が欲しい。


「もう少し聞かせていただいてもよろしいですか? いったいこの国はどういった状況なのでしょう? 敵国とはどういった国なのでしょう?」

「敵国とはラグナイ王国のことじゃ。元々は他国へ(いくさ)をしかけるような国ではなかったんじゃが――」


 そう言いながら村長は話を始めた。


 ラグナイは元々、この付近でも大きな国ではなかった。イドリスと大差ない弱小国として、いつも他国や魔物、盗賊や蛮族といった者達に脅かされていた。

 その状況が一変したのは今から四十年近く前、ザウラスト教団が現れてからだ。


 教団の正体は不明。

 どこから来たのかも分からない。ただラグナイにたどり着いた教団の信徒達は、国内で布教の許可を得ようとした。

 しかしながら、得体の知れない教団に不信を持ったラグナイ王は、それを認めなかった。


 そこで、教団は王へと取引を持ちかけた。

 教団の者達は特殊な魔法を行使できた。その力をラグナイ王に貸してもよいと提言したのである。

 そうは言っても、胡散臭いことに変わりない。それでも物は試し――とラグナイ王は教団へいくつかの命令を下した。

 結果、教団の魔道士達は魔物や盗賊との戦いに幾度も勝利を重ねたのだった。


 ラグナイ王はその結果に、大いに満足した。

 ラグナイは小国であり、外敵との戦いに国民はいつも命を懸けていた。必死で戦わなければ国を守れないのである。そんな国にとって、教団は救いの神にも思えたのだ。

 そうしてザウラスト教団はラグナイの国教となり、中枢へと入り込んだという。


 教団の力を得たラグナイは、急速に力をつけた。近隣諸国への侵攻を繰り返し併合していくうちに、今では大国ともいえる規模になった。

 そしてついに、ラグナイ王国は王都イドリスの北方まで侵攻をしかけてきた。イドリスが持っていた古き神々への信仰を邪教とみなし、ザウラスト教へと改宗するように脅迫したのである。


 抵抗むなしく、王都イドリスはラグナイ王国――ひいてはザウラスト教団の手に落ちた。

 今、王都は封鎖されており、詳細は村長にも伝わっていないらしい。


「……なんですか、そのザウラスト教団というのは?」


 小国とはいえ国家が手こずるような相手を討伐したのだ。随分と戦闘的な宗教である。

 もっとも、宗教が戦闘部隊を持っていること自体は、それほどおかしくはない。かの神竜教会にしても、民を守るという名目で騎士団を保有している。

 ましてや、このような世界においては、武力もなしに教えを説いても説得力がないのは当然だった。

 それでも何やら怪しさ満点である。


「さあ、わしにもさっぱりじゃよ。なにぶんこの村では、ほとんど接触もないからなあ。どんな教義を持っているのか、その辺のことまでは、とんと分からんよ。今のところ、この村までは手出しはせんようじゃがの」


 村長から見ても、ザウラスト教団は得体の知れぬ連中のようだ。気懸かりではあるが、分からないのなら仕方がない。それ以上に引き出せることはなさそうなので、話題を変えてみる。


「私以外に上界から、来た者はいますか?」


 犬人夫妻や村長の様子から、上界から来た者は自分が最初でないとは推測できた。下界への追放刑は自分が初めてでない以上、あり得ないことではない。


「上界人がやってくるのは二十数年振りになるかのお。わしも死ぬまでに、もう一度見られるとは思わんかったわい」

「二十数年前の追放者ですか……? それなら私の祖父の時代になるはずですが、どなたでしょうか?」


 興味深い話である。追放刑は直接的な処刑を避けるための刑罰であり、つまりは貴人に対して行われるのだ。

 追放刑に処されるものは幾人かいるが、一般に追放先は伏せられる。これは追放者の身内による奪還を防ぐ意味もあった。

 アルヴァが皇帝の地位にあった時ならば、調べもついたかもしれない。とはいえ、わざわざ過去の追放者について、調べる機会も必要もなかったのだが。


「ガノンドという男だが、知っておるかの?」


 ガノンド……。アルヴァの記憶が正しければ、ガノンド・オムダリアのことだろう。

 確か敵国ドーマの亜人と通じ、謀反(むほん)(くわだ)てたとされた男だ。名家オムダリア公爵家の出身であるために処刑はされず、代わりに追放刑が適用されたはずだ。


「思い当たる人物はいます。その者は今も健在なのですか?」

「分からん。長く国王に召し抱えられていたが、そのイドリスが占拠されてしまったからな。行方も不明じゃ」


 気になることはたくさんあるが、不明ばかりである。


「聞きたいことがあれば、いつでも来ればよいよ」


 と、村長から言葉を頂いたので、今日のところは辞するとしよう。

 アルヴァの来歴に対しては、村長もあまり根掘り葉掘りと聞いてはこなかった。別に一切を話したくないわけではないのだが、積極的に話す気持ちにもなれない。その点ではありがたかった。

 帰り際に「本をお借りしてもよいでしょうか?」と村長に頼んでみたら、


「おお、お前さんは文字を読めるのか」


 と、感心された。どれでもよいと言われたので、子供向けに書かれた神話の本を選んでみた。

 最初から大人向けの難しい本を選んでも、読むのに苦労すると考えたからである。神話の本ならば、下界を知るにも役立つはずだ。


「いつでも来なさい」


 と、村長は見送ってくれた。このような村では、本はかなりの高級品に違いない。それを(こころよ)く貸してくれるのは好人物の証である。大事に扱わねばならない。

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