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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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彼女の行方

 神竜教団の伝承によれば、下界は呪いによって滅びゆく旧世界であった。実際、その認識はソロンとしても間違いとはいえない。

 しかし、それでも下界に生きる人々はいたのである。その一人がソロンであった。


「えっと……今まで黙っていてゴメン」


 どうにか説明を終えたソロンは、仲間の二人に向かって頭を下げた。


「ううむ。帝国人じゃねえとは思ってたが、まさか下界人とはな……」

「私も……。なんか故郷のことは話したくないみたいだし、別に外国人でも構わないと思ってたけど。……でも下界人かあ」


 グラットもミスティンも驚きを隠せない。その様子を見れば、ソロンの告白を信じてくれているのは伝わった。

 マリエンヌはようやく落ち着いたらしく口を開く。


「ですがどうやって、ここまで来たというのですか? 界門の起動には、帝国に伝わるカギが使われると聞いています」


 界門とはその名の通り、上界と下界をつなぐ装置である。見た目は真っ黒なアーチ状の門。上界と下界で一対の門が配置されている。

 ソロンは界門の力を借りて、上界へとやって来たのだ。

 そして、マリエンヌの質問に答える代わりに、ソロンは(かばん)からそれを取り出した。赤い紋様が刻まれた黒いカギだった。


「これが、そうなのですか……!? ですが、どうしてあなたが……。確かアルヴィオス帝より伝わる品であったと……」

「これは師匠から贈られたものです」

「師匠って、ソロンの?」


 ミスティンの問いに、ソロンは頷く。


「そう、僕を鍛えてくれた人だよ」

 ソロンはマリエンヌへと向き直り。

「――といっても、師匠は師匠で謎が多い人だったから、言えることはあまりないんですけど……。カギには界門を開く力がある。分かっているのはそれぐらいです」


 それ以前にカギはどこで作られたのか? いつ誰が界門を作ったのか? それについては全く分かっていない。

 カギと界門は同時に作られたとは予想がつく。二つそろわなければ、何の効果も発揮しないのだから当然だけれど……。


「ともかく、カギは複数存在したということですか……」


 疑問が解消できたかは怪しいが、マリエンヌは一応の納得をしたようだった。

 もっとも、ソロンは界門やカギについて説明するために、出自を明かしたわけではない。本題へ入ることにした。


「陛下が追放されたのは、いつのことですか?」

「七日前の朝になります」


 七日……。

 絶望的にも思える日数だ。並の女性が下界のまっただ中に降りて、それだけの日数を生存できるとは思えない。それでもアルヴァならば……。人並み外れた魔力と精神力の持ち主である彼女ならば……。


「僕が下界に降りて、陛下を助けにいきます」


 ソロンが帝国を訪れた目的は、あくまでも鏡を故郷に持ち帰ることだ。鏡を託された今、どちらにせよ下界に降りることは確定事項であった。

 それでも、アルヴァの救助を優先するならば、その目的は遅れてしまうかもしれない。


 けれど、アルヴァの協力がなければ、鏡だって手に入らなかったのだ。その恩を忘れて、自分の目的だけを優先したいとは思えない。

 何よりも――ソロンだけが彼女を救えるのだ。下界を知り、下界へゆく手段を持ったソロンにしかそれは成し得ない。


「そんなことが可能なのですか……?」


 マリエンヌの問いに、ソロンは強く頷いた。

 ソロンが上界に来た地点は、帝都の近辺にある界門ではない。帝都がある本島ではなく、東の島にある界門を利用して来たのだ。

 下界の故郷を一人で()ったソロンにとって、そこが最も近い界門だったからである。下界に伝わる断片的な情報から、そこからでも帝都にたどり着けると聞かされていた。


 実際にその判断は正しかった。

 ネブラシアは想像していたよりも遠くにあった。それでも聞かされた通り、上界では竜玉船という交通手段が発達していた。結果的に、わりあい円滑に帝都までたどり着けたのだ。


 (ひるがえ)って、帝都近辺の界門から下界に降りた場合、どこへたどり着くかの確証はない。大まかな推測はできるが不安も多く、絶対の自信はなかった。

 それでも、自分がやるしかないと固く決意していた。下界を知らない他の者に、そんな危険を冒させるわけにはいかないのだ。


「下界とはどんな場所なのでしょう? アルヴァ様はご無事でしょうか……」


 マリエンヌは表情をくもらせて尋ねてきた。


「下界は決して死の世界ではありません。……ですが人里を離れれば、上界よりもずっと危険なのも確かです。一刻も早く、誰かが助けに行かないと」


 ソロンはあえてはっきりと言った。躊躇(ちゅうちょ)はあったが、気休めを言っても仕方がない。下界の外はそれだけ危険なのだ。

 ソロンだって故郷を脱出してしばらくは、一人で下界をさまようことになった。だがそれには、命をかける覚悟も必要だった。

 下界に詳しい自分でもそうなのだ。ましてや、知識のないアルヴァにとって、その危険性は計り知れない。


「今度は下界の大冒険か……。お前はやっぱり退屈しない奴だなあ。だが下界を見れるなんて、なかなか経験できることじゃない」


 グラットがソロンの頭をポンポンと叩いた。


「同感」


 ミスティンも言葉少なではあったが、うんうんと頷いている。


「もしかして、君達も来るつもりなの? 危ないかもしれないよ。僕一人で行くつもりだったんだけど……」

「水臭いやっちゃなあ。大体そんなに危ない所なら、なおさら仲間を連れてけよ。懸かかってるのはあの人の命だ。お前の独断で突っ走んじゃねえぜ」

「同感」


 ミスティンも今度は軽く頭を小突いてくる。

 それでソロンも観念した。下界は危険な場所ではあるが、二人と一緒のほうが成功率が高いのも確かだ。この二人なら足手まといにはならないだろう。


「分かったよ。一緒に行ってくれるかな?」

「うん」「おおよ」


 と、二人とも頷いてくれた。


「申し訳ありませんが……私にはあなたに頼る他ないようです」

 と、マリエンヌも頭を下げる。

「――アルヴァ様はもはや皇帝ではありません。ましてやあなたは帝国人でもないとのこと。身勝手な願いなのは重々承知ですが……。うまくいった(あかつき)には、できる限りのお礼をさせていただきます」

「報酬だったら、さっきの金貨で十分っすよ」

 グラットが力強く言った。

「――お姫様としちゃ、前のお礼だったんだろうが、ちともらい過ぎです。もらった分は仕事をするのが俺の流儀なんでね。それにあの手紙……あの人は俺が言ったことを覚えていたんだろうな」


 手紙には竜玉船について言及されていた。グラットが『竜玉船を持つことが夢』と語っていたのを、アルヴァは覚えていたのだろう。彼もそれを意気に感じたようだった。


 *


「決まったなら、早く出発しよう」


 方針が決まったところで、ミスティンが()かした。実際、救出という目的を考えれば出発は早いほうがよい。

 ソロンは少し考えて、マリエンヌに質問を投げた。


「マリエンヌさん。ここから界門までは、どのぐらいかかりますか?」

「北門から帝都を出て、北西に一時間半ほどだと聞いております。手元に地図がないので、一旦は城に戻らねばなりませんが……。何人か信頼できる兵も連れていきましょうか?」

「いえ結構です。このカギでは、あまり大勢は連れていけませんから」


 カギの効力を理由にしたが、実際にどれだけの人数を転移できるか、調べたわけではない。

 本音を言えば、下界で兵士達が無事でいられるか信じきれなかったのだ。あまり人数が多くても、移動に時間を取られる可能性もある。


「では、見送りを兼ねて馬を用意しますので、その分だけ兵士を連れてくるようにしましょう。そのぐらいはさせていただきますわ。馬を使えば、所要時間も半分で済むでしょうから」


 ここから北門までも、それなりの距離がある。馬を借りるとしても、界門まで一時間半と考えておくことにした。


「では、十三時半には出発したいですね。それまでに準備をお願いできますか?」

「もっと、急いだほうがいいんじゃねえか?」


 グラットが懸念を述べた。今はまだ正午にもなっていない。おおよそ十一時ぐらいだろうか。ソロンが悠長にしているように見えたのだろう。

 けれど、ソロンは首を振って。


「いや、真っ昼間から下界に降りないほうがいいよ。少しだけ日が降りてからにしないと。いきなり遭難したら、陛下を捜索するどころじゃなくなるからね」


 界門の転移先は当然、島の真下となる。つまり、日中は真っ暗になるということだ。

 だから、少し時間をずらして十五時頃に下界に降りたい。欲を言えば、朝に降りるほうが安全だったのだが、それではさすがに悠長が過ぎた。

 しかし、他の三人には、ソロンの言った意味が伝わらなかったらしく、(いぶか)しげな表情を浮かべている。下界人にとっては自明な話も、上界人にはピンとこないらしい。

 それも仕方がないと感じたソロンは、


「後で説明するよ。まずは昼食に行こうか」


 ここで長話をするよりは――と食事と買物を終えてから説明することにした。準備は入念にしておきたい。そう考えれば、さほど時間に余裕はないはずだ。


「それもそうだな。こいつも預けておくか」


 グラットは多額の金貨袋を持ちながら言う。帝都には銀行というお金を預かってもらえる店があるらしい。

 城に向かったマリエンヌを見送って、三人も出かけた。

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