表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
51/441

下界の森

 三日目――今日も木の上で目覚めた。

 木の上に慣れたためか、昨日よりは体の痛みを感じない。

 西には森、東には険しい山脈。必然的に今日も向かうは南。

 だが、この先に何があるかは分からない。何かがあるという保証もない。それでも、今日こそは何か変化があるだろうと期待して足を踏み出す。


 すぐに変化があった。

 二時間と進まないうちに、草原が途切れたのである。ただあまり望ましいとは言い難い。


 正面の南には森。東西には険しい山。山を越えるのは相当に厳しそうだ。それに越えたところで、人が住むような平地に出るとは思えない。

 まだしも、そのまま森に進んだほうがマシだろう。

 森は生命の宝庫であり、当然ながら魔物の宝庫でもあった。それは上界でも下界でも、変わらないはずだ。気を引き締めて行かねばならない。


 草原から森へと分け入る道のような隙間があった。人が使う道とは思えないので、獣道だろう。

 獣道――というのは、もちろん獣や魔物が使う道である。魔物と鉢合わせする可能性も考えられた。


 それでも、アルヴァはそこに足を踏み入れた。

 道のない場所を進むのはアルヴァの体力では厳しかった。それに見通しのよい道を歩いたほうが、何かが襲ってくるにしても対処はしやすい。

 どこに(つな)がっているかは分からないが、森の向こうまで続いていると信じよう。


 まだ時刻は朝のうち。

 それでも、東から射す日光を樹木が(さえぎ)るために薄暗い。昼間になれば、太陽が上に登るため明るくなるはず。

 ……なのだが、下界の常で上は雲に覆われている。あまり期待はできないだろう。せめて、蛍光石のブローチを胸につけて、少しでも見通しをよくすることにした。


 虫の鳴き声がそこら中から聞こえてくる。鳴き声はどこか不気味で落ち着かない。

 まだ日暮れまでには、かなり時間があるはずだ。できれば、森の中で夜を明かすのは避けたいが……。

 まだまだ先は長い。焦る気持ちを抑えて足を運んでいく。


 左右に目を配りながら進んでいくと、奇妙な生き物や植物が次々と目に入ってくる。

 犬ぐらいの大きさで、腹のふくらんだ蛇のような生き物。トカゲかと思いきや足が見当たらない。襲ってくる様子がないので、放っておいたら、木々の合間に消えていった。


 巨大な根が地上にも見える大樹があれば、それに巻きつく赤いツル草がある。

 薄暗い森の中にも、ぼんやりとした明かりが見える。どうやらキノコが発光しているようだ。


 前方にウネウネと動く触手のような物が目に入った。紫色の触手はこちらを誘うように揺らめいている。

 何の生物かと思って視線を触手の元に向ければ、白く太い幹が見えた。触手と合わせてイソギンチャクのような構造をしている。


「何ともグロテスクですわね……」


 思わず溜息が漏れる。気持ちが悪い……。近くを通れば、触手がこちらに巻きついてくるかもしれない。

 道を多少は外れるが、遠くを通るようにした。

 イソギンチャクは何もやってこなかった。恐らく動物が近づけば、何かをしかけてくるのだろう。気にはなったが、自分が実験台になるつもりはない。触らぬ神に祟りなしである。


 途中、道が複数に分かれている箇所もいくつかあった。その場合は太陽を参考に、なるべく南へ向かう道を選ぶようにした。

 といっても、樹木に隠れるせいで太陽の方角もあいまいだ。結局は勘に頼るしかなかったのだが……。


 やがて、昼になり太陽が上に登った。太陽は白雲の向こうに、ぼんやりとした姿を見せている。気休め程度だが、朝よりは明るくなった。

 今、太陽は南にあるはずだ。

 そして、アルヴァは太陽に向かって歩いていた。自分の方向感覚に間違いがないと認識し、ひとまず安心する。この調子で森を抜けてしまいたいところだ。


 その前に、腹ごなしを忘れてはならない。

 干し肉を火竜石で焼いて、左手でかぶりつく。

 右手にはそのまま魔石のついた杖を持っておく。見通しが悪いため、いつでも魔法を放てるように警戒を怠らないようにする。


 ……薄々気づいてはいたが、食料がもう残り少なくなっている。食べられそうな果実を見つければ、確保しておくべきだろう。

 しかしながら、得体の知れない果実を口に入れる度胸はない。

 そこで狙いは、上界でよく知るものと類似した品種だ。それならば比較的に危険は少ないはずだ。


 そうして、よさ気な果実を確保しながら歩いた。

 森の中だけあって、果実は少なくはないのだが、やはり食べるには勇気がいる。とりあえずは、柑橘(かんきつ)類のような実をもぎ取ってみた。


 念のため火を通してから口に入れる。酸っぱさに顔をしかめたものの、むしろその酸っぱさに安堵した。

 常識的な柑橘類の味だ。少なくとも変な食べ物ではないだろう。檸檬(れもん)の近縁か何かかもしれない。


 獣道というだけあって、多くの獣の姿も見かけた。獣といっても、その全てが人間に襲いかかってくるわけではない。実際には無害な動物のほうが多かった。


 途中、鹿とすれ違った。

 向こうも警戒するような素振りを見せたが、何かをしてくるわけではない。こちらも距離を取りながら、通りすぎるようにした。

 こういった普通の動物を見かけると何だか安心する。寂しさをまぎらわすために、なでてみようかと考えたがやめておいた。

 たかが鹿といえども、野生動物の力は侮れない。怪我をしてはたまらなかった。


 いつか見た大ムカデがいた。

 性質は凶暴であり、以前遭遇した経験ではその全てが襲いかかってきた。これについては情状酌量の余地はない。悩むことなく見つけ次第に瞬殺する。


 もちろん、初見の魔物もいた。

 シューシューという音に気づいて、アルヴァが振り向けば。


「ひゃっ……!?」


 静かに忍び寄ってきた相手の姿を見て、小さく悲鳴を上げた。大きな蛇がアルヴァの胸の高さまで頭を持ち上げていた。

 しかも、頭が二つ。双頭の大蛇だ。合わせて目は四つ――いずれもつぶらな瞳でこちらを見ている。チョロチョロと二つの舌が見え隠れする。

 その様子は人によっては、かわいいと見えなくもないかもしれない。

 ……もっとも、アルヴァには爬虫類(はちゅうるい)を愛好する趣味はない。


 近い。

 こちらから、四歩の距離まで来ている。杖を構えながら視線をそらし、そろそろと後ずさるが……。

 相手も距離を詰めてきた。

 ならば――と杖を向けて炎を放出する。火勢は抑えて、大蛇の寸前で止める。これなら草木に引火する心配も低い。


 まだ、大蛇を殺すつもりはない。

 あくまで威嚇(いかく)のつもりだ。威嚇とは互いの力量差を見極め、戦いを避けようという動物の知恵である。たまには人間だって、威嚇してもよいはずだ。

 それでもやるというならば、頭が二つあろうが関係ない。焼いてしまえば、みな消し炭というもの。


 ……しばし無言で息を飲む。

 どうやら、脅しは効いたらしい。双頭の大蛇は諦めて、去っていった。


「ふう……」


 無駄な殺し合いを避けられたので一息つく。魔物だって、何が何でも殺し合いをしたいわけではない。生きるために慎重でなくてはならないのは、人も魔物も同じなのだ。


 既に時刻は真昼を大きく過ぎている。日が落ちるまで、あと数時間といったところだろうか。どうしても気が焦ってしまう。やはり、こんな森の中で夜を過ごしたくはなかった。


 しかし、なかなか森は終わらない。

 辺りはどんどんと暗くなる。こうなったら、森の中で野宿するしかない。そう覚悟し始めた頃、遠くに光が見えた。

 ついに森の出口が見えてきたのだ。


 *


「やりました……!」


 森をぬけ出すやいなや、ひとり手を広げて歓喜の声を上げる。

 目に入ったのは黄土色の草原。見飽きた光景ではあったが、それでも森の中よりは安心できた。

 森を抜け出るという目標は達した。

 まだ日が暮れるまで多少の時間もあったが、これ以上無理する必要もあるまい。アルヴァはここで夜を明かそうと決めた。


 また木の上で寝てもよいが、何か新しいことをやりたい。そう考えて、試しに寝床を作ってみることにした。

 使用するのは土の魔石――土竜石である。初日の夜に思い浮かべはしたが、実行しなかった方法だ。

 杖先の魔石を黄土色のそれへと交換する。


 土竜石の効力は『土』の操作。土の形を変えたり、穴を掘ったり、土塊(どかい)を魔物にぶつけたり……。はたまた小規模ながら地面を揺らすことも可能だった。

 ただし、どこからともなく土を生み出したりはできない。土竜石から遠く離れた地面を操作することも難しい。戦いにおいては、炎や雷に頼ったほうが手っ取り早かった。

 そんな土竜石の出番がついにやってきたのである。


 適当に見つけた大岩を背中にする。これで一方向は壁を作らなくてもよいため、節約となる。

 しゃがみ込み、地面に杖を向けて魔力を込める。

 魔石が輝くと共に、地面が盛り上がっていく。土壁が形作られていく。魔力を調整し、土壁の形を整える。

 大岩と合わさって、自分の周囲を囲むようにする。寝転がれる程度の空間を確保しておいた。


 できた土壁を手で叩いてみる。強度は悪くないようだ。少なくとも自然に崩壊はしないだろう。

 それでも、魔物が本気で突進してくれば、簡単に崩れるかもしれない。壁に向かってそんなことをする相手も(まれ)だろうが。


 内側からは見えないが、土壁の外側には堀ができているはずだ。土壁を構成したがゆえの副産物に過ぎないが、多少なりと防衛上の効果もあるだろう。

 天井は空いているが仕方がない。土で作れなくもないが、さすがに崩れない自信がなかった。上から何も襲ってこないことを祈るのみだ。


 (かばん)を枕に、マントにくるまって寝転がる。手足を伸ばすには十分な領域があるし、寝心地は悪くない。やはり、木の上は人間が眠るには辛かった。

 囲まれているがゆえの安心感があった。しかし、周りが見えないゆえの不安感も同時にあった。

 下界でも、夜は横から射す星明かりが見える。けれど、今はそれも壁に(さえぎ)られているため、完全な暗闇である。


 壁の外を動物が歩いている気配が何度かした。鳥のような何かが上空を羽ばたいていく音も聞こえた。見えないことで(かえ)って想像力がかき立てられる。

 そうやって、アルヴァは何度も不安に襲われた。

 しかし、しばらくしても何も起こらなかったため、最後には開き直って眠りに就いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ