帝都に走る衝撃
帝都では日々、復興作業が進められていた。
負傷者の救護に遺体の収容と葬儀……。魔物の死骸は除去されたので、住民が異臭で顔を歪めることはなくなった。
崩落の危険がある建物は、近寄らないように縄で立ち入りを禁止されている。ひとまず、町は安全に歩けるようになった。
ソロン達は冒険者としての仕事を引き受けて、帝都北部へと歩いていた。
帝国軍が復興作業に追われている分、魔物の討伐までは手が回らなくなっているのだ。結果的に冒険者の仕事は増加していた。
帝都の大通りを歩いていれば瓦礫の数々が目にとまる。崩れた建物を建て直すには、しばらくの時間が必要となりそうだ。
「ったく、酷い有様だなぁ」
その景色を眺めながら、グラットがつぶやいた。
尖った茶髪が特徴の青年である。やや小柄なソロンと違って、男らしい体格と性格の持ち主である。背負っている長槍も彼にかかれば、軽々と振り回せてしまう。
「元々、魔物の襲撃に加えて、あのバケモノだからね。まさに泣きっ面に蜂」
表情を変えもせず、言ったのはミスティンだ。きらびやかな金髪を頭の後ろでくくった娘。グラットと共に彼女も帝国で出会ったソロンの仲間だ。弓を使わせれば、驚くべき達人である。
「そうだね……」
しかし、ソロンは心ここにあらずといった体である。一応、歩いてはいるのだが、どこか上の空だった。
「やっぱり、陛下が心配?」
そんなソロンの顔を、ミスティンが覗き込む。
「うん、こんなことになって疲れているはずなのに。それでも、仕事が山積みで倒れてしまわないかなって……。何もあんな若い人が、これだけの重責を負わなくてもよいのにね」
「すっかり、仲良くなったんだな。それにしても身分違いの恋ってのは大変だ」
似たようなやり取りを、つい先日もしたような気がする。なので、グラットのからかいは無視すると決めた。
*
紅玉帝アルヴァネッサの罷免――そして追放。
その知らせを受けて、帝都に衝撃が走った。通達はネブラシア城前に大きく掲示され、大量に刷られた号外が街中に配布されていた。
やがて、帝国全土にもその衝撃は伝わっていくはずだ。皇帝の罷免は歴史上に幾度もあったとはいえ、帝国民の一生で考えれば、そうあることではなかった。
そして、じかに皇帝と接したソロンにとってもその衝撃は大きかった。
ソロンがそれを知ったのは、魔物退治の仕事を終えた後だった。帝都に帰還したところで、ざわめく群衆の姿に気づいた。そうして、グラットが号外の一枚を手に入れてきたのである。
「罷免に追放って……どういうことなの!?」
困惑するソロンは、グラットとミスティンに問いかけた。
異邦人であるソロンだが、帝国に追放という制度があるとは知っていた。それにしても、最高権力者であるはずの皇帝が元老院に罷免されるとは……。あまつさえ追放されるとは理解の外だった。
「あれだけの事態だから。何が起こったかは誰も分かってないだろうけど……」
ミスティンがためらいながらも、淡々と事実を述べる。空色の瞳は不安定に揺れていた。
「――それでも、陛下が魔法に失敗して、結果的に多くの人死を出したことは否定できない。だから、責任を取らないといけなかったんだと思う」
「皇帝だって、何をしても許されるわけじゃない。元老院が判断すれば首にだってできるってこったな」
続いてグラットも説明してくれる。皇帝とて絶対ではない。それは何よりアルヴァ自身が語っていたことだ。
ソロンは表情を陰らせた。確かに事態はアルヴァの失態だった。けれど、別に彼女は悪意を持って、今回の事件を起こしたわけではない。
アルヴァが語った言葉を思い出す。
『北方の人々は常に亜人の恐怖にさらされているのです。私が元老院に選ばれたのは、その能力を推したのではなく、様々な事情に過ぎないとは承知しています。それでも、私は皇帝なのです。そうである以上、私を頼ってくださる人々のために最善を尽くしたいと考えます』
彼女の帝国を守りたいという気持ちに偽りはなかった。ただ彼女は失敗しただけなのだ。
「じゃあ、追放っていうのは? 陛下はどこに追放されたっていうのさ?」
既にアルヴァは『陛下』ではない。従兄のエヴァートが新皇帝として戴冠している。それでも、ソロンは他の呼称を知らなかった。
「分からない。国民には場所を知らされないみたい。私も陛下のことは嫌いじゃなかった。どこかで無事だといいけど……」
どこに追放されたかも分からないのに、無事を信じられるわけもない。それは口にしたミスティンにしてもよく分かっていたはずだ。
ソロンはうなだれながら、最後に言葉を交わした時のアルヴァの姿を思い出していた。彼女は力なく微笑んでいた。あの時には、自らの運命を悟っていたのかもしれない。