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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第二章 失われた世界
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帝都に走る衝撃

 帝都では日々、復興作業が進められていた。

 負傷者の救護に遺体の収容と葬儀……。魔物の死骸は除去されたので、住民が異臭で顔を歪めることはなくなった。

 崩落の危険がある建物は、近寄らないように縄で立ち入りを禁止されている。ひとまず、町は安全に歩けるようになった。


 ソロン達は冒険者としての仕事を引き受けて、帝都北部へと歩いていた。

 帝国軍が復興作業に追われている分、魔物の討伐までは手が回らなくなっているのだ。結果的に冒険者の仕事は増加していた。

 帝都の大通りを歩いていれば瓦礫(がれき)の数々が目にとまる。崩れた建物を建て直すには、しばらくの時間が必要となりそうだ。


「ったく、酷い有様だなぁ」


 その景色を眺めながら、グラットがつぶやいた。

 尖った茶髪が特徴の青年である。やや小柄なソロンと違って、男らしい体格と性格の持ち主である。背負っている長槍も彼にかかれば、軽々と振り回せてしまう。


「元々、魔物の襲撃に加えて、あのバケモノだからね。まさに泣きっ面に蜂」


 表情を変えもせず、言ったのはミスティンだ。きらびやかな金髪を頭の後ろでくくった娘。グラットと共に彼女も帝国で出会ったソロンの仲間だ。弓を使わせれば、驚くべき達人である。


「そうだね……」


 しかし、ソロンは心ここにあらずといった体である。一応、歩いてはいるのだが、どこか上の空だった。


「やっぱり、陛下が心配?」


 そんなソロンの顔を、ミスティンが覗き込む。


「うん、こんなことになって疲れているはずなのに。それでも、仕事が山積みで倒れてしまわないかなって……。何もあんな若い人が、これだけの重責を負わなくてもよいのにね」

「すっかり、仲良くなったんだな。それにしても身分違いの恋ってのは大変だ」


 似たようなやり取りを、つい先日もしたような気がする。なので、グラットのからかいは無視すると決めた。


 *


 紅玉帝アルヴァネッサの罷免(ひめん)――そして追放。

 その知らせを受けて、帝都に衝撃が走った。通達はネブラシア城前に大きく掲示され、大量に刷られた号外が街中に配布されていた。


 やがて、帝国全土にもその衝撃は伝わっていくはずだ。皇帝の罷免は歴史上に幾度もあったとはいえ、帝国民の一生で考えれば、そうあることではなかった。

 そして、じかに皇帝と接したソロンにとってもその衝撃は大きかった。


 ソロンがそれを知ったのは、魔物退治の仕事を終えた後だった。帝都に帰還したところで、ざわめく群衆の姿に気づいた。そうして、グラットが号外の一枚を手に入れてきたのである。


「罷免に追放って……どういうことなの!?」


 困惑するソロンは、グラットとミスティンに問いかけた。

 異邦人であるソロンだが、帝国に追放という制度があるとは知っていた。それにしても、最高権力者であるはずの皇帝が元老院に罷免されるとは……。あまつさえ追放されるとは理解の外だった。


「あれだけの事態だから。何が起こったかは誰も分かってないだろうけど……」


 ミスティンがためらいながらも、淡々と事実を述べる。空色の瞳は不安定に揺れていた。


「――それでも、陛下が魔法に失敗して、結果的に多くの人死を出したことは否定できない。だから、責任を取らないといけなかったんだと思う」

「皇帝だって、何をしても許されるわけじゃない。元老院が判断すれば首にだってできるってこったな」


 続いてグラットも説明してくれる。皇帝とて絶対ではない。それは何よりアルヴァ自身が語っていたことだ。

 ソロンは表情を陰らせた。確かに事態はアルヴァの失態だった。けれど、別に彼女は悪意を持って、今回の事件を起こしたわけではない。

 アルヴァが語った言葉を思い出す。


『北方の人々は常に亜人の恐怖にさらされているのです。私が元老院に選ばれたのは、その能力を推したのではなく、様々な事情に過ぎないとは承知しています。それでも、私は皇帝なのです。そうである以上、私を頼ってくださる人々のために最善を尽くしたいと考えます』


 彼女の帝国を守りたいという気持ちに偽りはなかった。ただ彼女は失敗しただけなのだ。


「じゃあ、追放っていうのは? 陛下はどこに追放されたっていうのさ?」


 既にアルヴァは『陛下』ではない。従兄のエヴァートが新皇帝として戴冠している。それでも、ソロンは他の呼称を知らなかった。


「分からない。国民には場所を知らされないみたい。私も陛下のことは嫌いじゃなかった。どこかで無事だといいけど……」


 どこに追放されたかも分からないのに、無事を信じられるわけもない。それは口にしたミスティンにしてもよく分かっていたはずだ。


 ソロンはうなだれながら、最後に言葉を交わした時のアルヴァの姿を思い出していた。彼女は力なく微笑(ほほえ)んでいた。あの時には、自らの運命を悟っていたのかもしれない。

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