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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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夜が明けて

 ソロンは治療を受けるために、神竜教会の修道院に運ばれた。この国の医療は、神竜教会が全面的に担っているらしい。

 ソロンが目を覚ましたベッドのかたわらには、故郷から持ってきた愛刀も添えられている。

 神獣との戦いで落としたが、誰かが拾って届けてくれたようだ。


「具合はいかがですか? ソロンさん」


 声をかけられて振り向けば、そこには穏やかそうな金髪の女性。

 ミスティンの姉――セレスティンである。


「どうしてこちらへ?」

「私は神竜教会の司祭ですから。修道院の巡回も仕事の一つです。ケガの酷い方がいれば、魔法で治療しなくてはなりませんから」


 それもそうだな――とぼんやりした頭で納得する。


「そうなんですか。あっ、お陰様で調子はよいみたいです。体の痛みも感じません。あなたが治療してくれたんですか?」

「いいえ。治療のお礼なら、妹に言ってあげてください。あなたがここへ運ばれる前に、あの子がもう治療を終えていましたから」

「ミスティンが?」


 後でお礼を言わないとな――とソロンも頷く。


「それにしても、よくあの魔物を倒せたものですね。正直に言って信じられない思いです」


 そちらが本題――といった調子でセレスティンは切り出した。


「他のみんなのお陰ですよ。僕はたまたまとどめを刺したってだけで」

「ですが、神鏡を使ったのは、あなたの判断では? それとも、アルヴァネッサ陛下ですか?」

「確かに提案したのは僕ですが……。もしかして見てたんですか?」


 そんなことをセレスティンが知っていた事実に驚いた。


「はい。一部は人づてに信者の皆様から聞いた話ではありますが……。ただ私は、あなたが使った神鏡こそが、戦いのカギだったのではないかと考えています。どうやって神鏡の力を知ったのか、お聞きしてもよろしいですか?」


 ミスティンに似た空色の瞳で、彼女は遠くを見通すように語った。

 神竜教会の信者はこの国の至るところにいるらしく、情報網は侮れないようだ。当然、戦闘に参加していた兵士達も含まれるのだろう。

 ソロンも頷いて、故郷の伝承について大雑把に語った。

 大筋は妹のミスティンに話した時と同様である。もちろん、故郷について詳しい話はしないように注意する。

 すると、セレスティンは強い関心を見せた。


「驚きました……! やはりあれこそが、神竜教会の伝承にある『混沌を払う鏡』なのですね。我々教会の者ですら、おとぎ話の(たぐい)と考える者は少なくないのに……。それを信じたあなたの立派な功績ですよ」

「セレスティンさんは、そういった話に詳しいのですか?」

「伝承を調べ真理を求めることは、神竜教会にとっても大事な仕事ですから。私もその一員として、探求する役目を担っています」


 それにしても、あの魔物は故郷に現れた『神獣』によく似ていた。神竜教会の伝承と、どのように関係しているのだろうか?

 ソロンが物思いに沈んでいると、セレスティンが声をかけてきた。


「……すみません。話が長くなりましたね。つい興味深かったもので、長居してしまいました。どうか今は休んでください」


 そう言って、彼女は立ち去っていった。

 それから、入れ替わりのようにグラットとミスティンが見舞いに来た。近くでセレスティンとすれ違ったらしい。


「調子はどうよ?」

「お陰様で悪くないかな。ミスティンが治療魔法をかけてくれたって、お姉さんから聞いたよ」

「大したことはしてないけど」

「ううん、ありがとう。この分なら、すぐに退院できると思う。ベッドの数も限られてるしね」

「今日一日ぐらいはそのまま養生しときな。お前が一番の功労者なんだから、バチはあたらんぜ」

「僕はたまたまとどめを刺せただけ。みんなのお陰さ」


 セレスティンの時と同じように、ソロンは返答をする。

 しかし謙遜ではない。

 多くの名も知らぬ兵士達が、命を懸けて戦っていた。ソロン自身は鏡と剣の力に頼って、薄氷の勝利を得たに過ぎないのだ。


「まあ、俺様の最強の一撃がなければ、やられてたのは間違いねえけどな」

「違う。究極の一撃だよ」


 ミスティンがすかさず指摘した。


「見てたのかよ!?」

「うん。そのまま突撃するかと思いきや、ビビって槍投げした挙句、逃げていくところまで」

「なぬ……」

「ちなみに陛下も一緒に見てた」


 ガクリとうなだれるグラット。


「ま、まあまあ。あの究極のナントカがなかったら、本当に危なかった。僕が言うんだから間違いないって」

「そ、そうだろ!? 俺様の槍投げは一級品だからな」

「ソロンは優しいね」


 と、ミスティンに頭をなでられた。薄々感じていたが、子供扱いされている気がする。

 いつもの宿で待っている――そう言って、二人は去っていった。

 まだ短い付き合いではあったが、長年の友人のような信頼があった。この二人とは今後とも、長い付き合いになりそうな予感がしていた。


 そうして一人になると、ついまたまぶたが重くなってくる。随分と眠っていたはずだが、疲れは抜けきっていないようだ。

 すると――


「ソロン」


 と、突然近くから静かに声をかけられた。

 ぼんやりと目を開けると、紅い瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。それで一気に目が覚める。


「陛下……!?」


 思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を上げてしまう。

 アルヴァは唇の前に人差し指を立てて「静かに」と手振りで示した。

 庶民的な仕草なのに、この人がするとどこか優雅に見えてくるから不思議なものだ。


「すみません。気持ちよさそうに寝てらしたのに……」

「いいえ、とんでもない……! どうしてここへ?」

「慰問も仕事の内ですから」


 女帝はあっさりと答えた。

 とはいえ、アルヴァ自身もあの戦いで疲労の極みだったはずである。現状が現状なだけに、満足に眠る暇もないのは確かだ。

 そんな中でも無理を言って、足を運んできてくれたのだろうか。


 アルヴァは護衛と合わせて質素に装っていた。それでも、その容姿や所作は際立っており、負傷者であふれる院内では明らかに存在が浮いていた。


「あなたにはどれだけ感謝しても足りません。部外者であるにも関わらず、我々のために力を尽くしてくれました」


 アルヴァの表情に、例の杖を手に入れた頃にあった厳しさはない。今となっては、憑き物が落ちたかのように穏やかだった。


「いえ、そんな……僕は」

「今回の事件は私に責任があります。得体の知れない力に手を出して、取り返しのつかない事態を招きました。あなたがいなければ、被害はこの程度で済まなかったでしょう。最悪、この国もベスタのように崩壊していたかもしれません」


 ベスタ島の崩壊した遺跡……。あの惨状は、今回の神獣が引き起こしたものなのかもしれない。

 今となっては推測するより他にないが、少なくともアルヴァはそう考えているようだった。

 そして、アルヴァは自分の責任を認めた。

 そこにはごまかしも言い訳も何もない。ただ淡々と事実を伝える口調である。


「あなたが無事でよかった」


 あなたのせいじゃない――口でそう言うのは簡単だったが、それが本当に彼女の慰めになるのかどうか確信がなかった。

 だから、ソロンが伝えたのはただそれだけだった。


 すると、アルヴァは自分から手を差し出して握手を求めた。ソロンも遠慮がちに手を伸ばすと、彼女のほうからグッとつかんできた。

 ソロンはこの時、知らなかったが皇族は通常、平民とは握手をしない。アルヴァはあえてその禁を破ることで、感謝と親愛を伝えたのである。


「お礼も後日いたしましょう。ですから、神鏡についてはお任せください」


 彼女は砕けた魔剣や、ソロンの故郷については、話を持ち出そうともしなかった。


「助かります。だけど陛下もお体に気をつけて。やっぱり僕は、あなたが心配だから……」

「私なら大丈夫ですよ。ソロン、どうかお元気で……」


 そう言ってアルヴァは、今までに見せたことのない優しげな表情で力なく微笑(ほほえ)んだ。

 何かを悟ったような……あるいは諦めたような……。そこに宿る感情はソロンには分からなかった。

 どこか、今生(こんじょう)の別れを告げるような調子でもある。

 ……いや、お互いの立場を考えれば、親しく言葉を交わす機会はもう二度とないに違いない。

 彼女にはまだ仕事が残っていた。この事態の後始末をすること。

 そして、事態の責任を取ることである。


 *


 一週間の後、帝都に衝撃が走った。

 皇帝アルヴァネッサが、元老院によって罷免(ひめん)されたのである。

 帝都を危機に(おとし)めた罪は重く、追放刑に処す。それが緊急招集された議会の決定だったのだ。

第一章『紅玉帝と女王の杖』完結です。

多くの謎が残されたまま、彼女の受難は続きます。

ですが、まだ物語は始まったばかりに過ぎません。

第二章『失われた世界』へと続きます。

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