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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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神秘の魔剣

 意識がぼんやりする。体の節々が痛む。

 それでも眠ってはいけない。立ち上がらなくてはいけない。

 さっき聞こえた雷のような轟音は、誰かが魔法を放った証拠だ。今もきっと、誰かが戦っているのだ。

 少しだけ体を動かしてみる。

 手も足も動く。どこも折れてはいない。ただ痛みがあるだけだ。

 ならば、倒れている理由はない。


 そうして、ソロンは立ち上がった。

 倒れていた間にも、兵士達は神獣を押さえ込んでいた。ソロンがとどめを刺されずに済んだのは、皆の懸命な戦いによるものに違いない。

 それによって、おびただしい犠牲者が出ていることも、倒れた兵士の数を見れば明らかだった。


 あの老将軍の姿も見当たらず、代わりにラザリック将軍が必死で指揮を執っている。

 ソロンも再度、挑むつもりだったが肝心の刀が手元になかった。神獣に振り払われた時に落としてしまったようだ。


「お~い、ソロン!」


 そこへ走ってきたのはグラットだ。全力で疾走してきたせいか、息を切らしている。


「お姫様がこれをお前にだってよ」


 と、剣をソロンの手に押しつけた。


「この剣は……?」

「魔剣と言ってたが、詳しくは知らん」


 魔剣というからには、魔導金属によって作られているのだろう。美しく青白い刀身のきらめきを見れば、ただの剣でないことは容易に分かる。


 ともあれ、剣を手に握ってみることにした。

 本来、慣れない魔法武器を扱うのは難しい。魔法武器というものは、どのような性質を持っているか見極めて、初めて使いこなせるのだ。

 けれど、この剣はソロンの手によく馴染んだ。

 軽く魔力を込めれば、魔剣が白光(びゃっこう)を放ち出す。

 ソロンの愛刀よりも、ずっと大きな力を秘めていると感じた。この力を神獣にぶつければ、勝機はあるかもしれない。


「いけるか? 別にお前が無理する義務はねえんだぞ」

「やってみる!」


 体は痛むが、もう一度攻撃を喰らわせるぐらいならできそうだ。

 ソロンは丈の長い庭木へ走り寄り、するすると登った。枝を足場に建物の屋根へと飛びつく。腕の筋力だけで体を持ち上げ、よじ登った。

 屋根を伝いながら、(かろ)やかに神獣へと近づいていく。

 宙に浮く神獣に致命傷を与えるには、高い場所から頭を狙うのがよさそうだと判断したのだ。それでいて、気づかれないようにしなければならない。


 屋根の陰に隠れて、神獣の様子を覗き見る。

 なおも神獣の暴虐は止まらない。神獣を囲んでいた兵士が、勇敢な者から順に一人また一人と倒れていく。

 兵士達ももはや限界らしい。立ち向かおうとする者が見るからに減っていた。


 神獣の注意が他に向いた瞬間を狙おうと考えていたが、なかなかよい機会が訪れない。

 迂闊(うかつ)に動くと見つかってしまう。このままでは――とソロンが焦り始めた時だった。


「おいてめえ! 神獣だか何だか知らねえが、このグラット様が相手してやるぜっ! オラオラ、かかって来いやー!!」


 グラットが品性に欠けるが、勇ましい大音声(だいおんじょう)を上げた。それも、ちょうどソロンの反対側だ。

 グラットは槍を構え、叫び声を上げたまま神獣に突進していく。


「うおおおぉぉ!! 究極の一撃を受けてみよ!!」


 どの辺が究極なのかはよく分からない。

 けれど、神獣もグラットの気迫を無視できなかったようだ。四本ある腕の一本を、グラットに向けて伸ばす気配を見せた。

 すると、寸前でグラットが槍を投げつけた。

 槍は矢のようにまっすぐ飛んで、神獣の頭部を目指す。

 ところが、神獣が腕を振るや、槍はあっさりと弾き落とされた。まるで蚊でも振り払ったかのようである。

 目障りとでもいうかのように、神獣の視線がグラットをにらみつけた。

 グラットの判断は迅速だった。

 百八十度転回するや、一目散に逃げ出したのだ。


「すまん限界だわ! マジ怖いってコイツ!」


 そして、情けない悲鳴を上げながら加速する。神獣に向かっていた時よりも、逃げ足のほうが速いのは気のせいか。

 だが――


「十分さっ!」


 ソロンはその瞬間を見逃さず、屋根を蹴って跳び上がった。

 神獣がこちらに気づき、振り返ろうとしたがもう遅い。

 その時には、魔剣が神獣の頭に突き刺さっていた。ソロンも剣にぶら下がった格好になったが、絶対に手は離さない。


 神獣がふらつきながら、剣を抜こうと腕を伸ばす。

 しかし、剣から放たれた激しい閃光がそれを(さまた)げた。周囲がまるで真昼のように思える光だ。ソロンも目を閉じるしかなくなった。

 それでも、魔剣を離さずに魔力を送り込み続けた。

 やがて、魔力に耐え切れなくなった剣が砕けた。剣を支えにしていたソロンも落下して、強く背中を打ちつける。


「ダメかな……!?」


 その時、光が消えていくと共に、神獣の姿も薄れていくのが見て取れた。

 やがて、その姿は赤黒い霧となって、空気に溶けていった。


 辺りが急速に静かになった。

 どうやら、神獣が生み出した小悪魔も消えていったようだ。その有様はまるで最初から神獣など、存在しなかったかのようである。

 現場を見ていた者は、まるで悪夢から覚めたような心地だったろう。


「お~い!」


 グラットが、またもこちらに向かって引き返してくる。

 その後ろに続いてミスティンが、ふらつくアルヴァを支えながらやって来た。


「私は大丈夫です。早く彼の治療を……!」


 アルヴァがミスティンに懇願(こんがん)する。

 頷いたミスティンは、アルヴァから離れてこちらに駆け寄ってきた。

 三人の無事を確認したソロンは、安堵と共に暗闇へ身を委ねるのだった。


 * * *


 こうして、帝都の長い夜は終わった。

 帝国軍が主導して、消火や救出、負傷者の手当といった作業が進められている。

 神獣を仕留められず苦渋を飲んだ将軍達も、ここぞとばかりに意気込んでいた。

 陣頭指揮を執っていたワムジー大将軍は負傷したものの、一命を取りとめたらしい。


 その後に、何百という数の遺体を処理する手はずになっていた。

 神竜教会の慣習では、遺体を焼却後に雲海へと遺灰を散布することになる。こうして、母なる雲海へと人は還っていくのだ。

 死者の数はおびただしいが、それでも、この程度の死傷者数で済んだのは奇跡的だった。ソロン達や帝国軍が奮闘したお陰といえる。


 北門の復旧も重大事項だったが、今は被害の拡大を防ぐのが優先である。

 崩れた門はそのままに、兵士を見張らせて野生の魔物が侵入しないよう監視させていた。

 全てが終わったかのように思えたが、謎は残ったままであった。神獣は元より、緑の巨獣の正体も何も定かではなかったのだ。


 神獣は死骸も残さずに霧散した。

 巨獣の死骸は残り、一部が城下の研究施設へと運び込まれた。

 ……が、学者達はみな醜悪な外見と悪臭に顔をしかめるばかりで、正体を突き止められはしなかった。

 巨獣がどこから現れたのかも定かでない。

 市民の中には、城の近辺から煙と共に忽然(こつぜん)と現れたと証言する者までいる始末だ。

 結局、分かっているのは、最初の一団は帝都の北からやって来たということだけ。


 それにも関わらず、帝都の北方を守る兵士達からは何の報告もなかった。

 つまり、誰も見た者はいないのである。

 亜人の隠密部隊などという噂も流れたが、それにしては種族そのものが違いすぎた。そもそも、隠密で行動するには巨大すぎるのだ。


 結局、全ては霧の中だった。

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