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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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宴の終わり

「よ、よう、ソロンにお姫様、ミスティン! 楽しんでるか?」


 グラットはパッと表情を明るくして近づいてくる。まさしく、救いの神を見つけたかのように。


「大将軍に気に入られるなんて、よかったですね。将来の出世は約束されたようなものでしょう」


 アルヴァがからかい半分に声をかける。


「やめてくれよ。俺にその気がねえって知ってるだろ。柄じゃねえんだよ」

「あはは! でも、グラットの出世した姿って、ちょっと見てみたいよね。ゾンディーノ将軍二世って感じでさ」

「お前なんか、上帝陛下の婿殿だろうが。この逆玉野郎め!」


 ソロンが笑えば、グラットも言い返してくる。


「グラットも相手を探したら?」


 と、ミスティンが口を挟む。


「……またそういう話かよ。いい相手がいたらな」


 グラットが嫌そうに手を振れば、ミスティンは思案顔を作って。


「妙齢の女性だと、イセリアかカリーナかメリューかなあ?」

「お前、本気で反応に困るからやめろよ……。つうか、将軍さんや兎の姉ちゃんはともかく、アレを妙齢扱いするかフツー」


 グラットは離れた場所にいるメリューを指差した。

 メリューはシグトラの隣で退屈そうに(さかずき)を傾けていた。

 シグトラがエヴァートと談笑しているため、暇を持て余しているのだろう。さすがの彼女も国家元首同士の交流には、口を挟めないようだった。


 瞬間――メリューの耳がピンと逆立った。

 視線をこちらに向けて、メリューが悠然とこちらに近づいてくる。

 彼女は銀竜族の正装である着物をまとっていた。日中の凱旋式に着用していたものよりも、華美な装飾が施されている。青の着物は色鮮やかで、幼さの中にも(あで)やかさが演出されていた。


「呼んだか」

「出たな、地獄耳。お呼びじゃねえよ」


 グラットは「しっしっ」と手で追い払う仕草をする。


「むう……」


 邪険にされたメリューが、不機嫌そうに眉をひそめる。きっと、シグトラと話ができず、話し相手を探していたのだろう。


「グラットの結婚相手を探そうって話だよ。妙齢の女性だとイセリアかカリーナかメリューかなって」


 ミスティンが何でもないように言い辛いことを言い放つ。


「うむ、それは聞いている。まあ、興味深い話題ではあるな。なぜ、私が候補に上がるかは解せんが」


 けれど、メリューは顔色を変えもしない。他人事(ひとごと)のように言ってのける。


「そう? なんだかんだで仲良さそうだし。メリューもグラットのことだけ特別扱いしてるよね」

「ふむ、どの辺りが特別扱いなのだ?」


 ミスティンの指摘に、メリューは首をかしげる。それに答えたのはアルヴァだった。


「例えば、二人称です。グラットだけ『お前』で、他の皆は『そなた』でしょう。ラーソンさんのような部下を除けば、例外的ですよね」

「別に他意はないぞ。こやつだけ性根が悪いから一段下に見ているだけだ。そういう意味では、特別扱いというのも間違ってはいないな」

「いらねえよ、そんな特別扱い……」

「それでどうなの?」

「ふ~む」


 ミスティンにうながされたメリューは、グラットの顔をまじまじと凝視して悩みこむ。


「――しかし、阿呆だからなあ……」

「悩んだ末に出た答えがそれかよ……。冗談でもちょっと傷つくんだからな」


 グラットはわりと本当に傷ついたような表情をしていた。

 そんなグラットを見て、メリューはカラカラっと笑う。


「とはいえ、悪い男だとも思ってはおらん。何度か私を助けてくれたことには感謝している。男気もあるほうだ。もう少し、賢い男になったら考慮してやってもよいぞ」

「お、おう……。喜んでいいのか微妙だな」


 グラットは何やら困ったように頭をかいていた。


「まあ、せっかくだ。少し付き合え」


 メリューは酒瓶を手に取り、グラットの杯へと酒を(そそ)ぎ込む。


「……お前が飲むと絵的に犯罪なんだけどな」


 そう言いながらも、グラットは酒瓶を奪い、メリューの杯へと注ぎ返すのだった。

 

 *


 なんだかんだで仲良さげなグラットとメリューを残し、三人は再び宴会場となった中庭を散策する。

 宴もたけなわ。辺りでは、様々な人物模様が繰り広げられていた。


 エヴァートが妻子と仲むつまじく団欒(だんらん)している。

 皇后のセネリーはその腕にウリム皇子を抱えていた。呪海の王の脅威が去り、彼女達も避難先から帰還したのだ。

 もう少しで一歳になるはずの皇子は、見る度に大きく育っているのが分かる。彼の誕生を契機に恩赦を出し、アルヴァの追放刑を取り消してもらったという経緯があった。


 酔っ払うラザリックに絡まれ続けるイセリア。そこへ助けに入ったのは、先輩のゲノス将軍だ。この将軍は戦場以外でも頼りになる男らしかった。


 ガノンドとニバムは今も闊達(かったつ)に口論しているが、そこにワムジー大将軍まで加わっている。

 どうやら、かつては三人そろって軍団に所属していたのだという。過去の思い出話に講じているようだった。


 そして、そのガノンド達へ少し離れて視線を向けているのが、ナイゼルとカリーナの姉弟だった。


「やれやれ、いい歳して元気なことですね」


 こちらに気づいたナイゼルが、呆れたようにこぼしてくる。


「カリーナ、元気?」


 と、ミスティンは挨拶するが、


「いや、こういう場には慣れなくてさ。あたしは戦いに関わってないし、別に呼ばなくてもいいと思うんだけどね」


 カリーナは困惑顔で、薄紅色の髪から生える長耳を揺らす。

 今日の彼女は白のドレスを清楚に着こなしていた。もっとも、奴隷の母に育てられた彼女にとって、こういった正装は着心地よくないようだが。


「そうもいきませんよ。今となっては、あなたもオムダリア家の令嬢なのですから」

「やめておくれよ、お姫様。令嬢なんて柄じゃないんだ」


 カリーナは煙たそうに顔をしかめる。


「けど、よりにもよって、なんでナイゼルがオムダリア公爵なんだろう?」


 先日の戦いを終えてしばらく後、ナイゼルはなぜかオムダリア公爵の地位を得ていたのだ。


「その言い方は心外ですよ、坊っちゃん。……結局のところ、成り手がいなかったということでしょうね。叔父が収監され、父が固辞してしまいましたので」


 ガノンドの弟にして将軍の一人であったビロンドは、反乱罪で収監された。量刑は未定だが、少なくとも爵位の剥奪は確定だった。

 そこで問題になるのは、オムダリアの家督である。


 なんといっても、オムダリアは名家だ。広大な領地こそ持たないが、一族からは将軍や政務官といった要職を幾人も輩出してきた。連なる人間も相当な数にのぼり、今も政府や軍に喰い込んでいる。

 混乱を避けるためにも、できることならお家取り潰しは逃れたい。

 ビロンドには息子もいたが、こちらも謀反に関わっていたことが明白だった。


 そこで皇帝はオムダリアの血を引く者の中でも、潔白な者を求めた。つまりは、オトロスやビロンドと関わりが薄い者である。

 自然、前公爵であるガノンドに注目が向く。

 ……が、ガノンドはこれを固辞した。曰く――自分は一度、追放された身であると。


「だったら、その息子も固辞するのが筋じゃない?」

「何をおっしゃいますか、ミスティンさん。もらえるものはもらう男ですよ私は。それにこちらの陛下もお困りでしたからね」


 結局、回り回って白羽の矢が立ったのは、ガノンドの息子――ナイゼルだった。


「でも君、イドリス人だよね?」

「上帝陛下に籠絡(ろうらく)された坊っちゃんに、言われたくありませんが」

「籠絡とは心外ですね。私はソロンが欲しかっただけですよ」


 ナイゼルの反論に、アルヴァは事もなく言い返す。


「あはっ、アツアツだね」

「でしょー?」


 カリーナがミスティンと顔を見合わせ笑い合う。


「まあ、その点については抜かりなく、サンドロス陛下にも相談済みですよ。曰く――利益があるならもらっとけだそうです。そんなわけで、上界での足がかりにさせていただく予定です」

「兄さんらしいな」

「皇帝陛下によれば、土地の分だけ納税はしてもらうが、私自身が帝国に仕える義務はない。財産を無許可で下界に移したりしなければ構わないそうで。とにかく、家を維持して欲しいのだとか」

「上も下も、なんか適当だなあ」


 ソロンが感想を述べれば、アルヴァが説明してくれる。


「そういうものですよ。元々、帝国とは都市や貴族の領地が複雑に集合した国家です。他国の貴族が国内に領地を持つなど、歴史的には珍しくもありませんから」

「そういうことじゃ」


 と、いつの間にかガノンドが背後に立っていた。


「――何より、家の連中も納得しておるから問題ないじゃろう。わしの時代からいた使用人なんぞ、息子だと紹介したら感激しておったぞ。ガノンド様の若い頃にそっくりじゃと」

「それはそれで複雑ですね……」

「無礼な息子め……」


 ナイゼルがこれみよがしに溜息をつけば、ガノンドは眉を吊り上げたのだった。


 *


 そして、いよいよ宴は終わろうとしていた。


「私の従妹――上帝アルヴァネッサを始め、数多くの者達が帝都を救うために戦ってくれた。中には他国の――雲海の下から駆けつけてくれた者達もいる」


 締めくくりとして、演台に立ったエヴァートが演説を始める。


「――多くの犠牲は払ったが、呪海の王と呼ばれる魔物は撃破され、邪教の教祖も討たれた。帝都の安寧(あんねい)は守られたのだ。戦い抜いた英雄達と命を落とした英霊達の双方に今一度、市民を代表して感謝を述べたい」


 エヴァートは列席する者達へ視線を送りながら、深々と頭を下げた。


「――しかしながら、その帝都にしても、オトロス大公が起こした謀反の爪痕は深い。帝都はいまだ復興途上でもあるのだ。けれど、凱旋式で見た通り、市民達にはあれだけの活気がある。力がある。帝都の復興は間違いなく達成できるだろうと、私は確信している」


 皆、じっと静かに皇帝の演説に聞き入っている。


「――また、一方でザーシュ市のように、呪海の王によって壊滅的な被害を受けた都市の存在も忘れてはならない」


 ザーシュ市には、カプリカ島と帝国本島をつなぐ大橋が存在した。それが破壊されたことによって、帝国の陸上運輸は甚大な被害を受けていたのだ。


「――何年かかっても再建をやり遂げるつもりだ。私の皇帝生命をかけてもいい。どうか、皆にも引き続き協力をお願いしたい」


 エヴァートが力強く宣言すれば、拍手喝采が巻き起こったのだった。

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