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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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将軍達の宴

 適当な隙を見つけて、ソロンはアルヴァの元を離れる。一緒にいたい気持ちはあるが、面倒を避けるためにも今は距離を置いたほうがよさそうだ。

 ふと目に入ったのは、中庭の片隅にいた二人――ミスティンがイセリア将軍と話し込む姿だった。ミスティンが珍しく真剣な表情なので、話の内容も真面目なものだろう。


「やあ、ソロン殿」


 こちらに気づいたイセリアが声をかけてくる。少年のように短めに整えられた栗毛。若く凛々しい女将軍だ。


「あっと、ごめんなさい。立ち入った話だったんじゃないの?」

「ううん、ザウラスト教団の話。これから聞くところだったんだけど、ソロンにも聞いてもらっていい?」


 ザウラスト教団ということは、つまりミスティンの姉――セレスティンの話だろうか。


「ミスティン殿が構わないなら、隠す必要もないだろう。上帝陛下には報告済みで、許可も取っているからな」


 イセリアは戦いの後も戦後処理に(いそ)しんでいた。その一環として、ザウラスト教団の帝国勢力を調査していたらしい。


「そうそう。アルヴァから聞いてもよかったんだけど、最近忙しそうで聞けなかったんだよね」

「じゃあ、僕もお願いします」


 興味を持ったので、ソロンはイセリアをうながした。

 イセリアは頷き、語り出す。


「我々の調査によれば、やはり神竜教会の内部に多くの邪教徒が入り込んでいたようだ。その中には相当な大物も含まれていた」

「大物?」


 ミスティンが怪訝(けげん)な目でイセリアを見た。


「モーザント大司教だ」

「うわっ!?」


 ミスティンは衝撃に目を見開いた。


「知り合い?」

「学長だよ! 私とお姉ちゃんが通っていた神学校の。虫も殺せないような顔してたのに……」


 ちなみに、ミスティンの最終学歴はネブラシア神学校中退である。自由奔放(ほんぽう)な彼女のことだ。神学校という規律正しい世界が、何もかも合わなかったのは想像に難くない。


「まさしく、立場を利用して神学生に布教していたようだな。神学生は(のち)の神官となり、勢力を一層と広めていく。セレスティン司祭を引き入れたのも、彼の仕業だったのだろう」


 ザウラスト教団は想像以上に、神竜教会の深くに喰い込んでいたらしい。教会内部に協力者がいたからこそ、セレスティンの一人二役という無茶が成り立ったというわけだ。


「学長捕まったの?」

「ああ、今は元学長だ。ザウラストの敗北に落胆したらしく、弁解も抵抗もしなかった」

「そっか、よかった」

「けど、信じられないな。あんな怪しい連中が、よく帝国にそこまで入り込めたもんだよね」


 ソロンは呆れ混じりに嘆息した。


「そこは神の奇跡と称して、様々な手管(てくだ)を実演していたようだ。下界に連れていったり、魔物を生み出してみせたりな。邪悪な術であろうと、常識を(くつがえ)す力であったのは確かだ。その魅力に(あらが)えない者も少なくなかったようだ」

「今まで表沙汰にならなかったのが驚きだなあ」

「ああ、邪教徒は慎重に事を進めていたが、勧誘に応じなかった者もいたそうだ。不審な死と失踪を遂げた神官が、九人ほど明らかになっている」

「消されたってこと?」


 ミスティンの問いにイセリアは頷く。


「恐らくは。……ともあれ、残党は相当な数に登ると推測されている。今も芋づる式に捕縛を進めてはいるが、大掃除になりそうだな」

「ははあ、頭が下がります」


 どうやら、ソロン達がザウラストを倒しても、全てが片付いたわけではないらしい。本当に頭が下がる思いだった。



「こんなところまで仕事の話か。相変わらず生真面目な女だな」


 話し込む三人の背後から、一人の男が声をかけてきた。金髪の若き将校――帝国十将軍の一人、ラザリックだ。ブドウ酒の入った(さかずき)を、手元に持っている。


「君には言われたくないな、ラザリック」


 同輩のイセリアは強気に言い返す。


「仲いいの?」


 二人の関係を(いぶか)しんだミスティンが問いかける。


「仲が良いとは思わないが、出世を競い合った同期ではあるな」

「そんなところだ」


 イセリアとラザリックがそれぞれ答える。少なくとも、悪い関係ではなさそうだ。

 ラザリックはイセリアに用があるのだろう。そう思い、ソロンは素知らぬ顔をしていたが……。


「ソロニウス、無事だったようだな」


 ラザリックは自らソロンに声をかけてきた。


「ラザリック将軍、この前は大変でしたね。要塞島の崩落に巻き込まれなくて、本当によかった」


 面倒な相手だと思ったものの、ソロンは普通に挨拶を返す。


「いや、逃げ遅れた部下も少なからずいた以上、手放しでは喜べんさ。それに大変だったのはお互い様だろう」


 ラザリックはこちらを気遣う素振りを見せた。態度は下界の某王子と似ているが、こちらはいくらか良識的なようだ。ソロンは内心でこの将軍に若干の好意を持った。


「そうですね。犠牲は大きかったけれど、それでも帝国の皆を守れたのは幸いでした」

「だな。アルヴァネッサ上帝陛下を、あれだけの死地から守り抜いたこと――それについては、私もお前を評価せねばなるまい」


 ラザリックは上から目線で批評してくる。それでも内容はかろうじて好意的だ。


「――が、凱旋式で見せた上帝陛下に対する馴れ馴れしさ。それは感心できんな」


 と、思いきや、ラザリックは射抜くような視線を投げかけてくる。どことなく顔は赤らんでいて、目が据わっている。


「いや、それはアルヴァだって――」

「それが馴れ馴れしいというのだ! 上帝陛下に対して、恐れ多くも呼び捨てとは不敬であろう。いかにお前が王子とはいえ、所詮は小国。統治する人民は、帝国の一都市に満たぬというではないか!」


 ……やはり、好意を持ったのは間違いだったようだ。微妙にこちらの事情に詳しいのが悔しい。


「……ラザリック、酔っているな」


 イセリアがとがめるような視線をラザリックに向けるが、


「私は酔ってなどいない!」


 などと言いながら、ラザリックは杯をあおる。

 どうしたものかと、ソロンが思案していたところ、


「私のソロンになにか御用ですか?」


 ラザリックの弁舌に水を刺したのは、当の上帝陛下だった。


「私のソロン……ですと……!?」


 ラザリックは絶句し、現れたアルヴァを凝視する。


「ええ、将来を誓いあった仲ですので」


 アルヴァは見せつけるように、ソロンの腕を取った。


「そういうことだよ、ラザリック」


 ついでに反対側の腕もミスティンがつかんでくる。


「な、なんですと……!? ウソだ、そんなこと……!?」


 ラザリックは衝撃を受けて打ち沈んだ。目の焦点が虚空を見つめている。その様はどことなく哀れを(もよお)す。


「……まあ、あんまり気を落とさないくださいよ。帝国には綺麗な女の人がいっぱいいますし」


 と、ソロンが適当になぐさめたら、物凄い形相でにらみ返された。

 やはり、どこか下界の某王子を連想させた。それでも、アレよりは理性的な人間だとは思いたいが……。


「……ここは私にお任せを。ほら、少しぐらいは付き合ってやる」


 イセリアは苦笑しながら、ラザリックの肩を叩く。


「……ご迷惑をおかけします」


 ソロンは頭を下げて、この場を去ることにした。



「ごめん、助かったよ」


 両将軍と別れるなり、ソロンは感謝を述べる。


「黙って私を置いて行くから、変なのに絡まれるのですよ」


 アルヴァは口をとがらせて注意してくる。ミスティンも「うんうん」と頷いていた。


「いや、さっきから偉い人の相手ばかりで何だからさ。せっかくだし、ちょっと色々と回ってみようかなって……」


 ソロンは正直に弁解した。


「それならそうと、おっしゃってくださればいいのに……。でしたら、三人で回りましょう」

「……ていうか、さっきのわざとだよね? さすがにかわいそうだよ」


 大方、ソロンに(から)むラザリックに腹を立てたのだろう。おまけに、『変なの』呼ばわりとはさすがに同情を禁じ得ない。


「さあて、何のことでしょう?」


 と、アルヴァは(うそぶ)く。やはり彼女は計算高かった。


 *


 三人で中庭をゆったりとぶらついてみる。

 その合間、卓上に盛られた料理をミスティンは片っ端から奪取していった。


「ミスティン、いくらなんでも食べ過ぎですよ」


 ……などと注意しているアルヴァも、既にそれなりの量を摂取していた。体の細さに似合わず、一般的な淑女の領域を凌駕(りょうが)している。あれだけの活力を生み出すには、やはり栄養が欠かせないらしかった。


「さて、グラットはどうしてるかな?」


 ソロンはつぶやき、友人の姿を探し求める。

 ふと見れば、二人の将軍のそばに居心地悪そうに控えていた。

 一人はもちろん彼の父ガゼット・ゾンディーノ将軍、もう一人はワムジー大将軍だ。両将軍は談笑している最中だったらしい。


「ガゼットよ。お主、わしの次の大将軍を目指してみぬか?」


 既に酒が入っているらしく、老将は上機嫌のようだった。


「いえ、私など将軍の地位を拝命したばかりの若輩(じゃくはい)です。しかも、平民出身に過ぎない。大将軍などとは恐れ多いこと」


 ワムジーの提案に、ガゼットは(へりくだ)る。


「なあに、すぐとは言わんよ。それに平民出身など大した問題ではない。元をたどれば、わがワムジー伯爵家も一兵卒からの成り上がりだ。むしろ、実力で地位を勝ち取ったことを誇りに思っておる。その点、お主の力量なら申し分ない」

「そう言っていただけるのは光栄です。ですが、帝国軍にはゲノス殿やソブリン殿もいらっしゃるでしょう」

「しかり。全てはこれからの働き次第と言えよう。だが、陛下はお主の働きに満足しておいでだ。これからも期待しているとだけ言っておくぞ」

「ははあ」


 と、ガゼットはかしこまる。


「ところで、お主の(せがれ)だが……」


 ワムジーは視線を転じ、グラットへと目をつける。グラットは二人から微妙に距離を置き、所在なさげに食事をしているところだった。


「はあ、俺ですか?」


 仕方なさげにグラットがワムジーのほうを向く。


「お主らさえよければ、ウチのイセリアを嫁にやってもいいぞ」

「ぶっ!?」


 グラットが口の中に残っていた食事を吹き出しかける。汚い。

 ちなみに、当のイセリアは今もラザリックの酒の相手をしていた。卓にうずくまるラザリックを、辛抱強くなだめている。


「ははは! ご冗談を。そもそも、こいつは軍を辞めて以来、冒険者になるなどと(のたま)い、定職にもつかぬ穀潰しです。大将軍家の婿などとは恐れ多い」


 ガゼットは大きく笑い、グラットの頭を強く叩く。グラットは物凄く嫌そうな顔でそれを振り払う。


「それは謙遜(けんそん)というものだ。先日の戦いでは、姫様の側近として戦い抜いたと聞く。立派な(せがれ)ではないか」

「いやいや。たまたま上帝陛下に拾っていただき、活躍の機会を得ましたが、棚ぼたに過ぎません。はっはっは!」

「ちっ、何が面白えんだよ……」


 グラットは小声で悪態をつく。


「いや、わしは本気だ。今一度、軍に復帰すれば将軍の地位も目指せよう。なんせ、三人分も空席ができたからな」


 デモイ、ビロンド、レゴニア――大公派に回った三将軍の席は今も空いたままだった。大将軍と皇帝はその後任を急ぎ探しているらしい。あながち社交辞令ではないかもしれない。


「い、いや。俺は今のままのほうが性にあってるんで。軍隊ってのは堅苦しくていけないっすから」


 グラットは薄笑いを浮かべて、この場を切り抜けようとする。


「ふうむ、残念だな……」


 と、ワムジーは心底残念そうに顔をくもらせる。

 グラットは落ち着きなく視線を動かす。そこでようやくソロン達に気づいた。

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