表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
436/441

ソロニウス英雄譚

 除幕式を終え、ネブラシア城では盛大な(うたげ)(もよお)された。

 主催者は凱旋式と同じく皇帝自身である。

 中庭には皇族に貴族、政府高官や将校、各組合の市民代表といった者達が集まっている。もちろん、ソロン達も皇帝の招待にあずかった。


 庭中に配置された食卓には、豪華な料理が並んでいる。

 雲海で取れた透き通った魚の刺し身。ソロンが見たこともないような色鮮やかな果実。(あぶら)の乗った肉の数々が、香ばしい匂いを運んでくる。

 中庭の隅には遠慮はいらぬとばかりに、ブドウ酒のタルが積み上げられていた。

 雲海の帝国たる威容を示すため、竜玉船で全国から食材を集めたのだろう。


 さすがに数十万いる市民や兵士までは招待できなかったらしい。それでも帝都内の広場では、市民にもブドウ酒や料理が振る舞われるという。


 主賓であるアルヴァは、宴の場にドレス姿で現れた。彼女の瞳のように鮮やかな赤色のドレスだ。近頃はこういった場で、黒服ばかりを着るのはやめたらしい。

 彼女は登場するなり、当然のようにソロンの腕を取ってきた。正直、あまり目立ちたくはないのだが、許してはくれないようだ。


 そして、アルヴァに付き添うように現れたのはミスティンだ。緑のドレスをまとって、後ろにまとめた金髪を下ろしている。こうして見ると、アルヴァに負けじと髪は長い。


「どう、かわいい?」


 ミスティンはスカートをつまみながら、小首をかしげて声をかけてくる。……アルヴァがいる前で、堂々とそうする神経はよく分からない。


「うん、いいと思うよ」


 ソロンはアルヴァの顔色を(うかが)いながら無難に応える。

 もっとも、それでアルヴァが機嫌を損ねる様子はなかった。


「えへへ、褒められちゃった」

「よかったですね」


 それどころか女同士で目を合わせて、堂々とそんなやり取りをしている。


「まあ、うまくやれよ」

「全く、坊っちゃんは果報者ですねえ……」


 正装したグラットとナイゼルが奇妙な視線でソロンに声をかけてくる。二人は何かを察しているようだが、よく分からなかった。


 *


「おお、アルヴァや! 怪我はなかったか!?」


 宴が始まって早々、一人の老紳士が駆け寄ってきた。アルヴァの母方の祖父――イシュティール伯爵のニバムである。


「ええ、ご心配おかけしました。お祖父様、多忙ゆえご無沙汰して申し訳ありませんでした」


 アルヴァはニバムと抱き合い、近況を報告する。

 ニバムの(かたわ)らには、ソロンも見知った中年の女性――マリエンヌが控えていた。彼女はアルヴァの母の代から仕えており、今もアルヴァの秘書官だった。

 マリエンヌは続く戦乱を避けるため、帝都から故郷のイシュティールへ避難をしていたのだ。ニバム共々アルヴァとは久々の再会となる。


「マリエンヌ、あなたにもご心配をおかけしましたね」


 アルヴァはマリエンヌを固く抱きしめる。


「いいえ、アルヴァ様がご無事なら何よりです」


 マリエンヌは涙ぐまんばかりだった。


「また、私を支えてくださいますか?」

「もちろんそのつもりです」


 アルヴァは今後とも、マリエンヌをそばに置くつもりのようだ。アルヴァにとっては母同然の人らしいので、それが望ましいだろう。

 ソロンはひっそりとその場を離れようとしたが、


「ところでアルヴァや。その男は……」


 ニバムが鋭い視線を投げてきた。凱旋式中、アルヴァの隣にいた姿を見られたに違いない。


「改めて紹介しましょう。イドリス王国王弟ソロニウス殿下――私の大切な人です。今回の戦いにおいても、何度となく命を助けていただいたのですよ」


 アルヴァはがっしりとソロンの腕をつかんだ。


「ど、どうも……」


 ソロンは頭を下げた。


「まあ、それではソロン様も私のご主人になられるのですね」


 マリエンヌは感激した様子で声を上げた。呼称もいつのまにか様づけされている。


「ぐぬぬ……。アルヴァが貴様を選んだだと……!?」


 ニバムは顔いっぱいに不満を表し、ソロンを()めつける。


「は、はい……。お付き合いさせていただいているといいますか……」


 冷や汗を浮かべながら、ソロンは肯定する。しかし、ニバムは鋭い眼光をゆるめない。まるで狼ににらまれているような気分だ。


「これ、ニバム。お主、いい加減に孫離れせんか」


 そこに現れたのは、ガノンドだった。


「むっ、ガノンドか。相変わらずしぶといな」


 ニバムは振り向き、ガノンドへと視線を転じる。

 二人はかつて、戦友として北方に攻め寄せる亜人と戦ったという。

 けれど、ガノンドが下界に追放されてから、長らく交友が途絶えていた。二人が再会を果たしたのは、昨年の海都イシュティールでの出来事であった。


「うむ、お主と違ってわしは現役だからな。なんせ姫様の下で神鏡隊を率い、見事あの呪海の王を倒したのだ」


 ガノンドが直近の戦果を誇った。


「それは貴様の力ではなく、神鏡の力だろう。それを言うなら、私だってオトロスに(くみ)する者共を蹴散らしたばかりだ」


 オトロス大公が帝都で反乱が起こした際、各地で呼応する勢力があったという。ニバムはその勢力と戦ったらしかった。


「ならば、わしだって愚弟ビロンドをやっつけたのだぞ。奴は将軍だ。わしのほうが戦果は大きい」

「ぐぬっ……。しかし、それは身内の不始末を片づけたに過ぎぬであろう。誇ることではあるまい」


 年甲斐もない張り合いが続く。

 ……ともあれ、話題がそれたのはありがたい。ソロンはさり気なくこの場を離れようとしたが――


「減らず口を叩きおって。いや、そんなことよりソロンだ。この男は一見頼りないが、なかなか見所があるのだぞ。わが弟子の中でも随一といってもよかろう」


 ガノンドが話を戻したので、ソロンは足を止めた。いや、そうでなくともアルヴァが腕を離してくれなかったろうが……。


「ほう……聞こうか」


 ニバムがじっくりと耳を傾ける構えを見せた。


「話は去年の四月に(さかのぼ)る。……おっと、こちらでは英雄の月だったな。下界の王都イドリスに邪教の手が伸び――」


 ガノンドが滔々(とうとう)と語り出した。イドリス陥落より始まるソロンの旅立ちから長々と……。

 当然のようにアルヴァが口を挟んで補足していく。

 そのうち、ミスティンまでも話に加わってくる。大半がソロンを称賛する内容だが、当人にとっては現実感がない。まるで架空の英雄譚(えいゆうたん)を聞かされている気分だった。



「――というわけだ。ソロンのような男ならば、姫様の相手だって務まろう」


 ガノンドはそうして語りを締めくくった。


「先生……!」


 ソロンは感激した。誇張気味の内容はともかくとして、ガノンドは師として最大限に弁舌を振るってくれたのだ。


「そういうことです。ソロンの活躍がなければ、今日(こんにち)の帝都の平和はありませんでした。まさに英雄の器といっても過言ではないでしょう」


 アルヴァは得意気に褒めそやしてくる。ソロンの活躍を話すのが楽しくて仕方ないらしい。


「……別に、私はその男が取り立てて気に食わないわけではない。ただ、アルヴァの婿ともなれば、おいそれと認めるわけにはいかんのだ。……だがまあ、しばらく様子を見るぐらいなら構わんだろう」


 圧倒的な攻勢を前にして、ついにニバムは折れたのだった。


「えっと……ありがとうございます」


 ソロンはぎこちなく頭を下げる。それを目にしたアルヴァとマリエンヌが、顔を見合わせて笑っていた。


 *


 その後もひっきりなしにアルヴァの元へ、来客が訪れていく。相手はいずれも高位の貴族や高官だが、彼らの態度はそろって(うやうや)しい。

 それもそのはず、アルヴァの影響力は飛躍的に拡大していた。なんせオトロスを初めとした反対派を壊滅させた上、先の危機においても主導的な活躍をしたのだ。


 困ったことに、彼女はその度にソロンを紹介してくれた。

 すると、貴族達も恭しくソロンに挨拶してくれる。アルヴァを後ろ盾に持つソロンに対しても、機嫌を取ったほうがよいという計算だろう。

 ……が、正直なところ少しわずらわしい。相手の顔と名前を覚えるだけで一苦労なのだ。


「別に、僕に気を使わなくてもいいんだけど……」

「いいえ。こういった場では顔と名前を売っておくことが肝要なのです。そうしたやり取りが、いずれはイドリスのためになるかもしれません」

「そうかなあ……」

「そうです」


 アルヴァは有無を言わさなかった。どうもこの場をソロンのお披露目だと思っているらしい。

 もっとも、彼女なりにイドリスについてまで(おもんばか)ってくれるのはありがたい話だ。……というか、ソロンよりよほど貢献してくれそうな気がしないでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ