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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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勝利の余韻

 呪海の王が滅んだという情報は帝国中に広がり、やがて帝都に住民が戻ってきた。

 エヴァートの宣言通り、正式に凱旋式が開催される運びとなったのだった。


 式の名目となる功績は呪海の王の撃破だけではない。ザウラスト教団の壊滅にも重きを置かれていた。

 オトロス大公の謀反(むほん)から呪海の王の跋扈(ばっこ)……。さらにはドーマ連邦の亜人による北方襲撃……。一連の事件の裏には、ザウラスト教団の暗躍があったことが明らかになっていたのだ。


 エヴァートはそれらの功績をわがものとはせず、アルヴァを凱旋式の第一人者とした。あくまで凱旋する上帝らを迎える立場で、皇帝は式を主催したのだった。


 *


 帝都の大通り――その沿道を埋め尽くさんばかりに、観衆がうごめいている。店先からは、ここぞとばかりに商人達が呼び込みをしていた。

 民衆は帝都の市民とその奴隷の亜人だけではない。竜玉船に乗って帝国中から遠路遥々、訪れた者も少なくなかった。


 さらには、南のサラネド共和国からも祝いの使者が駆けつけたという。

 呪海の王を侮ったサラネドは、帝国の警告を無視して交戦。結果、避難が遅れて北の沿岸都市を軒並み崩壊させられたのだ。

 それゆえ、共和国首脳部は呪海の王の撃破を相当に喜んでいるらしい。長年敵対的だった帝国と共和国だが、これにて少しは関係改善するかもしれない。


 ともあれ、これだけ多くの観衆は、イドリスの全人口を集めても実現できないだろう。

 金の無駄遣いという意見もあるかもしれないが、こういった式典には侮れない経済効果もあるのだとか。

 広大な帝国には、一連の事件でも被害を受けていない地域が豊富に存在する。そこで地方から富裕な貴族を呼び寄せて、帝都にお金を落とさせるというわけだ。色々と世の中はうまくできているらしい。


 観衆がどっと湧き上がり、それが波濤(はとう)のように広がっていく。

 観衆に挟まれた大通りへと、多くの馬車が入場してきたのだ。

 特に人目を引くのは先頭の馬車だ。何頭もの白馬が車を引き、これでもかとばかりに金銀宝石が車体を飾りつけている。復興途上の帝都には場違いな豪華絢爛(ごうかけんらん)さだった。


 馬車の両側には、槍を持った歩兵達が整然と行進している。

 その後ろには騎馬と歩兵の混成部隊が延々と続いていた。

 これらの大軍は、いずれも南から出発したものだ。

 古い時代の凱旋式では北門から帝都へ入場した軍隊が、そのままネブラシア城を目指したという。


 しかしながら、雲海の帝国としての性質を強めた現帝国は、もっぱら南の港側を主としていた。大通りと呼ばれる道があるのも、ネブラシア城の南側だけだった。

 そのため、わざわざ南のネブラシア港に馬車と馬と人を集めたのだ。

 そうして、大軍は港の人工島から橋を通って本土へと渡った。南門を通った末に、衆目の前へと姿を現したわけである。


 先頭の馬車に立つのは、腰まで伸びた黒髪の娘だ。

 いつもの旅装に銀細工を散りばめた黒いマントを羽織っている。頭には銀の冠を(いただ)いていたが、華美にならないよう気を配っているようだった。華やかさよりも、軍の総司令官としての凛々しさを表現しているためらしい。

 もちろん、上帝アルヴァネッサである。

 彼女は大勢の市民を前にしても臆しもしない。優雅に手を振って歓声に応えている。


 そして、ソロンも精一杯に着飾った上で、アルヴァと共に馬車の上に立っていた。

 ……というか、アルヴァの隣という最も目立つ場所に立っている。当然、人々の注目をアルヴァに次いで集めており、視線が痛い。


 当初、ソロンは遠慮して断ろうとしたのだ。

 ……したのだが、アルヴァがソロンの功績を声高に強調。おまけに二人の関係を知ったエヴァートからは――


『邪教の祖を倒した英雄にして、アルヴァが認めた男――つまり、僕の義弟でもある。君こそが先頭で凱旋式の栄誉を受けるにふさわしい。遠慮はいらないよ』


 と、強硬に勧められては断れなかった。

 アルヴァと一緒に観衆へ手を振ったりしているものの、どことなく場違いの感は否めない。


「……ねえ、僕って場違いじゃない?」


 いたたまれなくなったソロンは、そうアルヴァに尋ねてみる。ちなみに、激しい喧騒の中であるため、観衆に聞かれる心配はない。


「そんなことはありません。どこをどう見ても、立派な英雄です」


 などと、アルヴァは誇らしげに空いた片腕を絡めてくる。

 ……逃げ場はなかった。

 ソロンはせめてもの気分転換に、背後を(うかが)った。

 二人と同じ馬車に同乗しているのは、五人の仲間達だ。

 すぐ後ろに控えているのは、ミスティンとナイゼル、それからガノンドである。


 ミスティンはアルヴァの側近として、ナイゼルとガノンドはソロンの側近としてこの場にいた。

 ミスティンは草色のマントをまとい、元気いっぱいに右手を振っていた。彼女も旅装のままではあるが、黒で固められたアルヴァと比較すれば軍の中では目立って華やかだ。

 もっとも、下ろした右手には弓をさり気なく構えている。護衛としての役目を忘れていないのはさすがだった。


 ガノンドは威風あふれる正装を観衆にさらしていた。

 往年のオムダリア公爵時代を思わせるその姿は、普段の彼の印象とは似つかわしくない。凱旋式に参加するのは数十年振りらしく、感慨深げだった。


 ナイゼルは帝都で新調した眼鏡を身に着け、マントを颯爽(さっそう)と着こなしている。

 生まれは下界だが、本来の血筋はオムダリア公爵の息子である。こうして見れば、帝国の貴族にも見劣りはしなかった。


 さらに後ろには、シグトラとメリューが立っている。

 二人はドーマ連邦の代表として、この場に参加していた。これは亜人差別の根強い帝国としては、異例の厚遇だった。

 帝国内では多少の反対もあったようだが、アルヴァ、エヴァートの両帝が押し通したらしい。


「ふうむ、これだけ豪華な式典はわが国では難しい。さすがはネブラシア帝国だな」


 と、シグトラも感心しきりだ。

 一方でメリューは落ち着かなげに、シグトラの袖をつかんでいる。さしもの彼女も、この大観衆には圧倒されているようだった。


 さて、もう一人のグラットはというと、後ろの馬車にいた。それもガゼット将軍と同じ馬車だ。

 将軍と同じような軍服をまとって、所在なさそうにしている。ソロンも友人として、どことなく共感を覚える状況だ。将軍の息子として、よくも悪くも特別待遇となったらしい。


 もっとも、当人は――


『嫌だぜ、親父と一緒に晒し者なんて。ソロン達と一緒でお姫様の護衛でいいだろ?』


 などと不平を述べていたが、


『そう言うな。親子で凱旋式に参加するとは、一族にとって最高の(ほまれ)というものだ。確かに先頭の馬車でないのは不満かもしれないが、父君のことも考えてやってくれ』


 と、皇帝直々に(さと)されて、やむなくこの配置となった。


『いや、別に先頭の馬車に乗りたいんじゃなくて、親父と一緒が嫌なだけで……』


 グラットはしつこく不平をつぶやいていた。もちろんエヴァートに聞こえないところであったが……。


 所在なさげな息子と違い、ガゼット将軍は誇らしげだった。やはり、エヴァートが言った通り、凱旋式の栄誉にあずかるというのは最高の(ほまれ)なのだろう。

 彼の息子は軍を辞めこそしたものの、決して不出来な男ではない。そのことは既に皆が知っていた。父として、満更ではなかったのも間違いない。


 さらに馬車は続き、ゲノス、ラザリック、イセリアといった将軍達が続いていた。

 さらにさらに、騎馬隊と歩兵達が途切れなく後ろまで続く。ソロンの位置からは末尾が見えないほどだった。


 *


 凱旋式が終わり、やがて帝都は夕闇に沈んでいく。

 しかし、帝都の一日は終わらなかった。


 かつて、神鏡は帝都の大通りを八百年に渡り照らしてきた。しかし、神鏡は呪海の王との戦いに耐えきれず砕け散ったのだ。今、帝都の大通りを照らす光はなかった。

 そう――今、この瞬間までは。


 ネブラシア城の頂上には、新しい神鏡が安置されていた。

 神鏡を覆う黒い幕を、エヴァートが取り払う。

 かつてよりも大きな光が神鏡から放たれ、大通りを照らし出した。


 大通りを埋め尽くす市民達から歓声が湧き上がる。

 古い神鏡は砕け散った。けれど、ソロン達が下界で材料を集め、創り直した神鏡は見事に呪海の王を打ち破ったのだ。

 とはいえ、新しい神鏡はイドリスで作成したものである。所有権もイドリスが持つのが当然だ。

 しかしそこは、


『かつての神鏡と比べると歴史は浅いとはいえ、まごうことなき救国の鏡だ。なんとしても帝都へ置かせてもらう』


 という、皇帝エヴァートの意志があった。


 かくして、両国の間で交渉が行われた。仲介したのは例によってナイゼルとガノンドである。

 交渉はこじれることもなく、あっさりと決着した。エヴァートが金品を惜しむ姿勢を見せなかったのだ。


 それどころか、サンドロスは途方もない金額に怯えているようだった。どうやら、イドリスの国家予算の何割かに相当するほどの金銀を贈られたらしい。

 もっとも、ソロンは恐ろしくなるので詳細を聞いていない。

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