祝福の金貨
「少し外します」
食事を終えたところで、アルヴァが立ち上がる。
どこへ行くかを訪ねてはいけない。……きっと、お花を摘みに行ったのだろうから。
「ふっ、好機到来ですね」
瞬間、ナイゼルが怪しげな笑みを浮かべた。
「えっと、僕もお花を摘みに――」
嫌な予感がしたソロンは、自分も立ち上がろうとしたが、
「船に花は咲かねえよ。さあ来いソロン! ちょ~っと来い!」
グラットがソロンを強引に引っ張り出す。ソロンは抵抗するも、ナイゼル、メリューにミスティンまでつかんできた。
「ちょっ……!」
引きづられるソロンは、去りゆくアルヴァに視線を向けて助けを求める。
幸い、アルヴァはこちらに気づいて振り返った。……が、口元を押さえて微笑み、それから軽く手を振って優雅に船内へと降りていく。
「ししょ~!」
ソロンは残るシグトラに助けを求めるも、
「フッ……若い奴らはいいな」
師は苦笑して見送るだけだった。
*
「……勘弁してよ」
船室の陰に引っ張り込まれたソロンが抗議するも、グラットが迫る。
「お前……告られたんだな?」
「告られた?」
ソロンは素っ頓狂な声を上げた。
「とぼけんな。お姫様のことだよ……! さっきからいつも以上に距離が近いだろ。告られたんだな!?」
「いや、僕が告られた前提なの?」
「当然の推測です。坊っちゃんはヘタレ、それゆえ必然的に告ったのはアルヴァさんとなります。――これにて証明終了」
存在しない眼鏡を押し上げる仕草で、ナイゼルは言い切った。いつもながら絶妙にイラッとする。
「何が証明終了だよ。僕から告ったし!」
ナイゼルに煽られたソロンは、思わず口走る。
「マジで……!? 告られたんじゃなくて、告ったのか!?」
グラットは驚愕の表情を浮かべた。
「むう、賭けが外れたな」
「ああ、全くだぜ。金貨が一枚飛んだな」
メリューとグラットが悔しげに顔を見合わせる。
「私の勝ち。ソロンだって、やる時はやるんだよ」
ミスティンだけは嬉しそうに勝ち誇っていた。
「いや、勝手に何を賭けてるの……!? 物凄く不本意なんだけど」
「あっ、結果は言わんでもいいぜ。見りゃ分かるし。しっしっ!」
ソロンは抗議するも、グラットは取り合わない。手で追い払うような仕草をしてくる。
「しっしっ……て、君が引っ張ったんでしょ?」
「私達はこの結果を踏まえて検討せねばなりません。坊っちゃんはさっさとお寝んねしてなさい。しっしっ!」
と、ナイゼルもグラットの真似をしてみせる。
「なんなの検討って……」
理不尽な仕打ちに溜息をつきながら、ソロンはその場を立ち去るのだった。どうせロクな内容ではあるまいと見切りをつけたのだ。
* * *
ソロンを追い払った四人は顔を見合わせる。
「しかし……驚きましたね。坊っちゃんから告白しただなんて、まさに驚天動地です」
最初にナイゼルが口火を切った。
「でも、よかったよ~」
ミスティンは頬を両手で押さえ、もだえるような仕草をしていた。嬉し恥ずかしという雰囲気である。
「そなたは良い女だな。友人の慶事をわが事のように喜べるとは。胸中では複雑なものもあろうに」
メリューは感心の目をミスティンへと向ける。
「お前も言ってた通り、あいつのことは諦めて、新しい恋でも探すんだな。世の中には、いい男はいくらでもいる。例えば、俺みたいにな」
グラットは調子よく自分を親指で指し示したが、
「ん? 別に諦めてないけど」
ミスティンは心底不思議そうにグラットを見返した。
「いや、お前。ソロンのことは諦めるって言ってただろ」
「言ってない」
「は? アルヴァには敵わぬから諦めると言ったであろう。ソロンにとってもアルヴァが一番だと」
メリューも狐につままれたような顔でミスティンを凝視する。
「うん。上帝陛下が二番だと格好がつかないしね。だから私が二番」
「二番?」
三人は異口同音に怪訝な声を上げる。
「……お嫁さんが一人だって、法律で決まってるわけじゃないし」
ミスティンが恥ずかしげに放った発言は、その場の空気をこの上なく斬り裂いた。
「…………」
残りの三人は顔を見合わせるしかなかった。
「おい、こやつ本気だと思うか?」
一拍置いて、メリューがグラットに声をかける。
「少なくとも、目は本気だったぞ」
「……そもそも、法律で決まっていないのは誠ですか? 帝国の法はいまだ勉強中の身でありますが」
「間違っちゃいないな。一夫一妻は神竜教会の教義にあるが、帝国の法律じゃあない」
ナイゼルへと答えたグラットは、ミスティンへと向き直って続ける。
「――つうかお前、司教の娘だろ?」
「うん。けど、私はお姉ちゃんの妹だから。あんまり信じてない」
ミスティンは姉を引き合いに出した。神竜教会の司祭を隠れ蓑にしか考えていなかったセレスティンのことだ。どことなく姉妹そろっての不信心を誇るようでもある。
「あー、そうだったな……。が、がんばれよ」
「う、うむ。わが祖国にも多種多様な家族の形がある。そなたらは三人一緒にいる時が、最も幸福そうだからな。精々精進するがよいぞ」
「両手に花というわけですか。坊っちゃんは随分と恵まれたものですね……」
色んな意味で返事に困った三人は、ただ応援するしかなかった。
「うん! 三人一緒になれるようにがんばる!」
ミスティンは両の拳を握りしめ、快活に返事をする。空色の瞳は輝かしい決意に満ちていた。
「――そういうわけで、グラット、メリュー、ナイゼル」
急に真顔を作ったミスティンは、三人の名前を呼んで手を伸ばした。
「あん、なんだ?」
「金貨」
「ちっ、覚えてやがったか」
「約束は約束だ」
「まあ、坊っちゃんへの祝福だと思えば、安いものですよ」
グラットは渋々に、メリューとナイゼルは気前よく金貨を差し出したのだった。
* * *
竜玉船は間もなく、ネブラシア港へとたどり着いた。
生身で雲海の只中にいた時は実感できなかったが、今は亡き第一要塞島と帝都は極めて近いのだ。
夜が長いといわれる帝都の人々でも、さすがに寝静まる深夜の時間帯である。
しかしながら、港には大勢の兵士が詰めているらしく騒がしかった。
それもそのはず、港で待っていたのは――
「待っていたよ。第一要塞島が落ちたと聞いて心配したが、みな無事でよかった」
船を降りた一行を、皇帝エヴァートが出迎えた。隣にはワムジー大将軍も控えている。
「お兄様、ご心配おかけしました」
「おっとすまない、報告は明日で結構だ。馬車を用意しているから、もうしばらく我慢してくれ」
一行の疲れた顔を見て取ってか、エヴァートが申し訳なさそうに口にする。
ソロンとしては、近場の宿でも取りたいところだったが、そうもいかないらしい。皇帝に頼まれれば、誰も嫌とは言えなかった。
一行は早々と馬車へと乗り込んだ。しかも、皇帝と同乗という最高級の待遇で。
そうして、たどり着いたのはもちろんネブラシア城内だ。
城内に入るなり、一行は案内された寝室へと飛び込んだ。
疲れていたのはソロンやアルヴァだけではない。先に救出された仲間達にしても、二人が発見されるまでずっと気を張っていたのだ。気を休める暇もなかっただろう。
翌朝、一行はエヴァートの元へ報告に向かった。
皇帝は呪海の王とザウラストの消滅を詳細に聞き、安堵の表情を浮かべる。彼はこちらを気遣い、それ以上の報告を求めなかった。
……が、当のアルヴァは満足しなかったらしく、事細かにソロンの活躍を語り出した。
やむなく、ソロンもアルヴァの活躍を語って返した。そう――星霊刀でザウラストを突き刺したあの顛末である。
また、エヴァートによれば避難していた市民が戻り次第、今度こそ凱旋式も行う予定だという。
最後に皇帝は亡くなった者達について、哀悼の意を述べた。彼は弔いのため、第一要塞島の落下地点に慰霊碑を作りたいと語っていた。
場所としてはタンダ村の北――かつて、下界に追放されたアルヴァが放浪していた辺りになるだろうか。ソロンやナイゼルも、慰霊碑建設のために快く協力を申し出たのだった。
夜になって、仲間達は忘れずにソロンの誕生日を祝ってくれた。ささやかながらも、気心の知れた仲間内での楽しい一時だった。