表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
430/441

白の世界

 皆がソロンに注目した。洞窟を揺らす音だけが今もなお響き渡っている。


「ですが、どうやって逃げるのですか? 全員であの大穴を登る余裕はありませんよ」


 ナイゼルが怪訝(けげん)そうに問いかけてくる。


「穴を開けて、雲海へ出るんだ。みんな、竜玉帯は着けてるよね?」


 ソロンがたどり着いたのは、たった一つの方法だった。

 この洞窟は第一要塞島の地下深くにある。つまり壁の向こうは雲海につながっているのだ。


 もちろん壁に穴を空ければ、そこから雲海の雲が流れ込んでくる。その圧力に耐えた上で、一行は穴に飛び込み、外まで脱出せねばならない。

 無謀かもしれないが、今はそれしか思いつかなかった。


「無茶言いやがって……。いいぜ、竜玉帯なら着けてる」


 グラットは唖然としながらも応じる。


「竜玉帯はないが、銀竜は雲海に浮くので心配いらぬ」


 メリューが続き、他の者達もそれぞれ頷いた。

 一同が竜玉帯を身に着けていたのは、島の上部での戦闘を想定したためだ。いざという時は雲海へ飛び降り、避難することも考えていたのだ。

 竜玉帯は地下へ潜るには必要なく、今も装着していたのは惰性に過ぎない。しかし、この状況では幸いした。


「でも、どうやって穴を開けるの?」


 ミスティンに問われたソロンは、アルヴァへと視線を向ける。


「アルヴァ、雷鳥を撃てる?」


 ところが、彼女は首を横に振って、申し訳なさそうに答えた


「私もその方法は考えたのですが……。今の私では厳しいというのが、正直なところです。先程の戦いで力を使い果たしましたから。もう少し時間を頂ければ、多少は回復するかもしれませんが……」

「そ、そうなの……?」


 当てが外れたソロンは落胆する。

 この七人の中で最も破壊力が高い魔法は、彼女の雷鳥だ。

 それが無理だとすれば、次点に来るのは蒼煌(そうこう)の刀だろう。だが、そもそもの破壊力が雷鳥に劣る上、ソロンもシグトラも彼女に負けず消耗していた。


「待て忘れるな。そもそも、雷鳥は俺の魔法だぞ。俺も消耗しているが、二人がかりならどうにかなるだろう」


 シグトラが不服そうに提案する。確かに雷鳥は、彼が長年の歳月をかけて開発した魔法だった。


「先生……!」


 うつむいていたアルヴァが、はっとしたように(おもて)を上げた。杖を掲げて、シグトラへと差し出す。


「どこへ放つ。雲海へつながる方向を狙わねば、無駄撃ちだぞ」


 空洞の壁面を眺めながら問いかける。太陽の見えない地下深くでは、方角を見極めるのは難しい。それでも、アルヴァは動じなかった。


「砦は北の雲海に面していました。これを見てください」


 アルヴァが(かばん)から取り出しのは羅針盤だった。赤く染まった磁針が洞窟の壁を指し示していた。


「ほう、準備がいいな」


 シグトラは満足そうに頷き、アルヴァが差し出す杖を二人で握った。

 杖先に光るのは紫色の雷光石。アルヴァが今の今まで愛用してきた魔石だった。

 二人は杖先を羅針盤が指し示す方向――北へ向けた。狙いはやや上方。雲が流れ込めば、竜玉帯によって体が浮かび上がる点を考慮したのだろう。


 そうしているうちにも、洞窟を揺らす振動が徐々に激しさを増していく。竜核の発狂するような光も不安を一層とあおってくる。今にも崩壊するのではないかと、ソロンも気が気ではない。


「お、おい! 急いでくれよ!」


 グラットが焦りの声を上げて、二人を()かした。


「グラット、信じよう」


 ソロンはグラットの肩へ手をやった。魔法に集中するには、二人の気をそらしてはならないのだ。

 もっとも、アルヴァとシグトラはさすがのものだった。この状況下でも落ち着いた様子で、精神の集中を開始していた。

 二人の魔力が杖先に集まり、雷光石がバチバチと電光を放つ。二人とも消耗しているとは思えない魔力の量だ。


 一般的に、複数人で力を合わせて魔法を発動させるのは難しい。術者同士の息が合わなければ、魔法は失敗に終わってしまうのだ。

 けれど、二人はソロンの知る最高の魔道士であり、最高の師弟でもある。必ずや役目を果たしてくれるだろう。


「行きます!」

「応!」


 アルヴァが叫び、シグトラが応じる。

 杖先が爆発するように閃光を放ち、雷鳥が解き放たれた。

 雷鳥は洞窟内を所狭しと飛翔する。稲妻の翼を広げ、羅針盤の差す壁面へと激突した。

 激しい振動と共に、洞窟の壁が崩壊する。瓦礫(がれき)が飛び散り、爆煙がもうもうと垂れ込めた。


 ソロンは崩れ落ちたアルヴァを抱きとめた。完全に力を使い果たしたらしく、口を開く余裕もなさそうだ。

 こんな状態でこれから脱出するのは無謀というほかない。それを承知の上で、彼女は最後の魔法を放ったのだ。


「心配しないで。僕が君を外まで連れていく」


 ソロンの言葉に、アルヴァはかすかに頷いて返した。

 メリューもシグトラを支えるが、彼のほうはまだ余力がありそうだった。さすがは超人シグトラである。

 時間を置かず、滝のような轟音(ごうおん)が鳴り響いた。


「来るぞ! 全員、何かをつかんで流れに耐えろ! メリューは俺につかまれ!」


 いち早く警告を発したのはシグトラだった。自ら率先して岩壁にしがみついてみせる。


「分かりました、父様!」


 メリューがそれに応じて、シグトラの腰に抱きついた。

 ソロンもアルヴァを抱えながら、突き出た岩へとつかまる。


「やれやれ、難儀なことですね。坊っちゃん、生きていたらまた外で会いましょう」


 ナイゼルは壁にへばりつきながら、声をかけてくる。……が、壁をつかむ手はいかにも弱々しい。


「ナイゼル、大丈夫なの?」

「正直に言うと、あまり大丈夫ではありませんね」

「心配すんな、俺が面倒見てやるよ。お前が言った通り、全員で脱出するんだろ?」


 そのナイゼルの隣へと、グラットが配置につく。


「お願いするよ、グラット」


 たちまち開いた穴から、雲が洪水のように流れ込んできた。雲は洞窟の中を白く染めながら押し寄せてくる。

 かすかな陽光がその向こうに見えた。狙い通りに、この場所が雲海とつながった証拠だった。


「ソロン、アルヴァのことお願い!」


 近くの壁にしがみつきながら、ミスティンが叫んだ。

 雲に飲み込まれた後は、仲間達の姿も見えなくなってしまうだろう。最悪、これが最期の会話になるかもしれない。


「死んでも守るさ! 君達も無事で!」


 アルヴァを強く抱きとめながら、ソロンは叫び返した。


 まもなく、激しい雲海の流れが、暴風のように二人を打ちつけた。

 水のような質量はなく、雲海は空気に近い性質を持つ。それでも、これだけの勢いがあれば凶器に近い圧力となる。

 腰に巻いた竜玉帯が、雲海の中で浮力を発生させる。だが、今はその浮力に身を任せるわけにはいかない。


 ソロンは突き出た岩をつかんで必死に抵抗した。腕の中のアルヴァを決して放さまいとしながら、彼女もろとも抱きかかえる。

 アルヴァも弱々しいながら、懸命に岩へとしがみついていた。

 ここで押し流されては、洞窟の内側へと流されてしまう。そうなれば、この島と運命を共にする結末が見えていた。

 呼吸もできず、目も開けない。苦しい時間が続いた。


 ふと雲海の流れがゆるやかになった。

 滝のような轟音(ごうおん)もようやく収まりつつある。付近に雲が満たされた結果、外の雲海と一体化したためだろう。

 もっとも、雲流の音が収まっても、洞窟を揺らす振動音は相変わらずだったが……。


 ソロンはようやく呼吸をし、空気を肺に取り入れた。

 雲海の中ではわずかながら呼吸もできる。とはいえ、長時間もぐっていると息苦しくなってしまうし、会話も難しいが。


 続いて、ソロンはゆったりと目を開く。

 腕の中にいるアルヴァの姿が目に入った。彼女は紅玉の瞳を見開いて、じっとこちらを見据えている。意識は鮮明なようだった。

 しばし見つめ合ってから、ソロンは心配ないとばかりに頷いてみせる。


 そうして、ソロンは改めて周囲へと目をやった。

 霧のような雲海の中では、数歩先すらも明瞭(めいりょう)ではない。仲間達の姿は判別がつかなかった。皆、自分達の力でうまくやってくれると信じるしかない。

 ソロンの役目はアルヴァを連れて脱出することだ。それがミスティン達とした約束だった。


 そのためにも、ソロンは神経を研ぎ澄ませた。視覚、聴覚……生きて脱出するにはあらゆる情報を見極めねばならない。

 狂ったように輝く赤が目に入った。竜核による断末魔の光だろう。この島の最期は、刻一刻と迫っているようだった。

 もっとも、ソロンが目指すのは竜核の光ではない。

 北から洞窟内へと差し込む太陽の光だ。そちらに向かえば外へ脱出できるはずだった。


 突如、洞窟を揺らす振動が一段と激しくなった。

 それと同時に、体を下から押す浮力が一段と強さを増す。

 いや、浮力ではない。これは島そのものが落下しているのだ。ついに竜核が島を支えきれなくなったのだろう。

 いよいよ、急がねばならない。


 ソロンは意を決して、つかまっていた岩を蹴った。

 竜玉帯によって、二人の体が雲の中へと浮き上がる。

 ソロンはアルヴァの手を引きながら、足で雲を蹴っていく。

 抵抗に乏しい雲海の中では、海のように泳ぐことは難しい。それでも、竜玉の浮力に頼りながら、二人で光の差すほうへと向かっていく。


 無事なら仲間達も、同じように雲海の中を泳いでいるはずだ。しかしながら、霧のような雲海の中ではその姿はとらえられない。

 幸いというべきか、強く力を入れて泳ぐ必要はなかった。天井が勝手に迫ってくるため、目的の穴も勝手に近づいてくるのだ。上方に穴を空けた判断が、功を奏したのだ。


 ソロンの手が、目的の穴へとたどり着いた。アルヴァとシグトラが雷鳥で開いたあの穴だ。

 後はこの穴を抜けて、雲海の上へと浮上していくだけである。

 ただし、穴はそれなりの長さがあるため、油断は禁物だ。今も島は崩落しており、角度によっては穴の壁面と激突するかもしれなかった。


 ソロンは壁面と距離を測りながら、慎重に上を目指していく。

 やがて、二人の頭上に一段と強い光が輝いた。ついに洞窟を抜けた結果、太陽を(さえぎ)るものがなくなったのだ。


 脱出劇の終りが見えた瞬間――突如、激しい雲流が二人を襲った。

 思いもよらない速度で、雲海の中を流されていく。

 その次には、二人の体が錐揉(きりも)み状に回転し初めた。まるで竜巻の中に巻き込まれたかのようだ。

 崩落する第一要塞島が、雲海に渦を巻き起こしたのかもしれない。


「んん……!?」


 アルヴァが声にならない声を漏らした。強くしがみつく腕から彼女の恐怖が伝わってくる。雲海の中でなければ、きっと悲鳴を上げていたことだろう。


 仲間達は無事だろうか。ソロンは再びそれを思った。

 ソロンは自分の役目を果たそうと、腕の中にいる彼女を固く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ