表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
43/441

アルヴァの切り札

 城の屋上で放心していたアルヴァだったが、やがて我を取り戻した。生来の気丈な性格と、誇り高さがアルヴァを突き動かしたのだ。

 今は悔やんでいる時ではない。

 どんな事態であろうと、自分は立ち向かわなくてはならないのだ。あの赤髪の少年のように……。


 そんな時にふと思いついたのは、とある剣の存在だった。

 帝国に伝わる秘宝は神鏡だけではない。

 かつて、始皇帝アルヴィオスが使ったという魔剣が、宝物庫に今も封じられているのだ。

 それも伝説によれば、神鏡と同一の金属で作られているという。いわば神剣とも呼ぶべき魔剣なのだ。


 杖の力で猛威を振るった女王に、アルヴィオスは秘宝を用いて勝利した。その御先祖の剣ならば、鏡に匹敵する力があるのではなかろうか。

 もしかしたら、杖から現れた魔物――ソロンが神獣と呼ぶあれを倒せるかもしれない。


 魔剣は長らく宝物庫に眠っていたが、その間に扱える者もいなかった。

 どれだけの魔剣であろうと、それを用いるに足る使い手がいなければ、なまくらと変わらない。

 けれど、炎の魔剣を自在に使いこなす彼ならば……。あの魔剣だって使いこなすかもしれない。


 希望を胸にアルヴァは屋上を()った。

 心身の疲れも今は忘れて、薄暗い城内を駆け下りていく。


 やがて、地下の宝物庫へとたどり着いた。

 その前には、この期に及んでも宝物庫を忠実に守る兵士がいた。

 神鏡の時と同じように兵士を説き伏せ、宝物庫へと足を踏み入れる。


 魔剣は封印魔法の施された箱へ、厳重にしまわれていた。

 もっとも、アルヴァにとっては解き方の知った封印であり、差し障りはない。女王の杖と同じように、魔法で封印を解除した。


 箱が開き、鞘に収められた魔剣の姿があらわになる。

 息を飲んで、アルヴァは魔剣を鞘から抜いた。

 長い時を経ているはずなのに、刀身には錆び一つない。まるで昨日できあがった剣であるかのようだ。

 銀に似ているが、その輝きは銀をもしのぐ。一体いかなる金属で作られているのかは、定かでない。

 そこに秘められた魔力は、触っただけでアルヴァにも伝わった。

 アルヴァは強引に魔剣を(かばん)に突っ込んだ。


 そうして、アルヴァは杖を片手に城外へ出たのだった。

 握りしめた杖は、もちろん女王の杖ではない。

 従兄から譲り受け、長く愛用してきた杖である。北方で生育する大型の宿木に、雷の魔石を付けた逸品だった。


 *


 前庭では、兵士達が小悪魔と死闘を繰り広げていた。

 すばしっこく動き回る小悪魔に、彼らはいかにも手を焼いているようだった。そんな兵士達を統括するラザリック将軍の姿もある。

 もっとも、ラザリックに見つかれば、アルヴァは戦場から避難させられてしまうだろう。素知らぬ振りをして、通り過ぎることにした。


 左右を確認すれば、すぐに神獣の姿が目に入った。右側の空高くに、その忌まわしい翼を広げている。

 疲れた体をだましながら、アルヴァは神獣がいる方向へと歩き出す。

 その時――金切り声がアルヴァの耳に響いた。小悪魔がこちらを見つけ、飛びかかってきたのだ。


「目障りです」


 杖先を向ければ、紫の魔石が輝いた。

 狙い(あやま)たず、紫電は小悪魔を貫いた。疲れてはいても、雑魚に遅れを取るアルヴァではなかった。


 やがて、神獣の近くにワムジー大将軍の姿を認めた。

 長らく戦場から離れていた彼ではあるが、この危機に至って自ら陣頭指揮を執ることを決めたらしい。

 ワムジーは、一度決めたことは死力を尽くしてやり通す男である。ここは頼りにしてもよいだろう。


「うん……?」


 大将軍の部隊は神獣から距離を置いて、その背中に矢と魔法を浴びせている。

 だが、神獣はなぜか背後の攻撃を無視していた。それにアルヴァは違和感を覚えたのだ。

 理由はすぐに分かった。神獣の目の前に倒れた少年の姿があったからだ。


「ソロン……!」


 彼は城壁に体を打ちつけたのか、すぐには起き上がれないようだった。

 思わず呼びかけたくなる気持ちを抑えて、アルヴァはひっそりと距離を測る。今は神獣に気取られてはならない。


 そして、アルヴァは両手で杖を構えた。

 左手を前に添えて、右手で杖の尾をつかむ。ちょうど弓のような構えとなる。

 手の平から宿木を経由して、杖先の魔石へとありったけの魔力を集めていく。いつもの紫電の魔法ではなく、もっと強力な魔法を使うのだ。


 これはかつて、アルヴァに教えた師が、実演した強大な魔法だった。

 一朝一夕(いっちょういっせき)で習得できる魔法ではないが、師が去った後にも修練を重ね、ようやく会得したのだ。

 それだけに負担も大きく、乱用はできない。行使するのは、昨年の北方遠征以来となる。


 加えて、今のアルヴァは疲労困憊(こんぱい)の極みにあった。普段ならこれ以上の魔法は控え、眠りにつくところだ。

 けれど、今は全てを捨ててでも、目の前のあれを阻止せねばならない。


 神獣が今まさに、ソロンへとどめを刺そうと近づいていく。

 アルヴァは焦らずに魔力を杖へと込め続ける。

 あふれ出す魔力が空気を振動させ、黒髪をせわしく揺らす。杖先の魔石――雷光石が目もくらむような光を放ち出した。


 神獣が腕を伸ばそうとした瞬間――アルヴァは魔力を解き放った。

 鳥のような翼を広げた稲妻が、神獣に向かって放たれる。

 凄まじい轟音(ごうおん)と光を放出しながら、雷鳥は神獣を貫いた。まさに落雷が水平に炸裂したかの如く。

 昨年の北方遠征において、数百の亜人を一掃したアルヴァの切り札である。女王の杖には及ばずとも、巨竜すら一撃で滅する力を持っていた。


 激しい雷光に包まれて、神獣は苦悶(くもん)の叫びを上げた。

 コウモリのような翼を焼け焦がし、大きく体勢を崩して地面に落ちる。神獣は顕現して以来、かつてない損傷を受けたようだった。

 対するアルヴァも無事では済まなかった。魔法の反動を受けて、体を支えきれなくなったのだ。


 力を使い果たして、もはや起き上がるのもままならない。

 このような大魔法を放ってしまうと、術者は意識を保つことも難しくなる。既に女王の杖を使用して、疲弊(ひへい)していたのでなおさらだった。


 しかし、なおも神獣は起き上がり、宙へと浮かび上がった。巨竜すら滅する一撃も、神獣を滅ぼすには至らなかったようだ。

 そして、怒りの矛先はソロンからアルヴァへと転じる。

 神獣は血走った眼で、アルヴァをにらんでいた。そのアルヴァは倒れたまま、今にも意識を失わんばかり。


「陛下をお守りせよ!!」


 だが、彼女に気づいた大将軍が号令を下した。

 兵士達と共に、大将軍自らも必死で神獣の前に立ちふさがった。

 女帝の奮闘を見て、再び兵士達は士気を振るい上がらせたのだ。


 * * *


「陛下、大丈夫っすか!?」


 その隙にアルヴァへ駆け寄ったのは、グラットとミスティンだった。ソロンを心配して様子を見に来たら、女帝の姿を発見したのだ。

 恐る恐る二人でアルヴァを抱え、神獣の視界から離れた物陰へと体を下ろす。

 しかしながら、声をかけてもアルヴァに反応はない。

 ミスティンが(ふところ)からいやしの魔石――聖神石を出した。アルヴァを抱えて回復の魔法をかけるが、やはり意識は戻らない。


「う~ん。やっぱり無理か」


 ミスティンが首をひねり、


「いやしの魔法でもダメなのか?」


 グラットが焦りの声を上げた。

 少し離れれば、今も兵士達が神獣と戦っている。あまり悠長にしている余裕はない。


「いや、聖神石は肉体的に治癒(ちゆ)するだけ。たぶん精神疲労だから意味ないんだと思う」

「じゃあ、どうすんだ!」

「こうする」


 と言うなり、ミスティンは思いっきり女帝の頬をひっぱたいた。しかも往復で。パシンパシン! と小気味よい音が鳴り響いた。


「お、お前なあ……。不敬罪でしょっぴかれるぞ……」


 恐れを知らぬミスティンの所業に、引き気味になるグラット。兵士達はみな神獣のほうを向いていたので、幸い誰も気づかなかった。


「精神と肉体は常に共にある。二つは不可分であり、精神への刺激が肉体を活性化させる。その逆もまたしかり。つまり精神を呼び覚ますには、肉体的な刺激を与えるのが最善」


 ミスティンは指を立てて力説するが。


「いや、ダメだろ。難しいこと言っても、単に殴ってるだけじゃねえか」

「大丈夫。陛下はああ見えて、意外と心が広いから。ほら、起きてください!」


 アルヴァをゆすりながら、ミスティンが声をかけた。貴人に対する礼儀も何もない酷いゆすり方だ。

 ところが、実際に効果はあったらしい。アルヴァが「うう……」とうめき声をもらしながら目を開けた。


「陛下、おはようございます」


 ミスティンが何事もなかったかのように挨拶する。


「おはようございます。ミスティン……」


 反射的にアルヴァも弱々しく挨拶を返した。……が、すぐに気を取り直す。


「いけない! この魔剣をソロンに!」


 そう言って(かばん)に突っ込まれた剣を示した。そして、彼女はソロンが倒れていた方角へと目をやる。


「魔剣……? うっし! 俺に任せてくださいよ!」


 グラットは何も聞かずに快諾。魔剣を握って走り出した。

 それを見送り、アルヴァは安堵したように息を吐いた。

 だが、途端に顔を苦痛に歪める。見れば目に涙を浮かべながら、(こら)えているようだ。


「陛下、ソロンなら大丈夫。どうか泣かないで……」


 ミスティンが慰めようと声をかけた。


「いえ、そうではなく……。なぜだか頬が物凄く痛いのですが」


 アルヴァは首を振りながら、手を頬に当てた。美しい白肌が、目に分かるほど赤く腫れている。


「……さっき、倒れた時に強く打ったのかも。私に任せてください」


 ミスティンの視線は泳ぎ、口調もどことなく棒読み気味だった。

 もっとも、ミスティンは普段の口調も簡素なので、アルヴァも不審を抱かなかったようだ。

 そうして、ミスティンは癒やしの魔石をアルヴァの頬にかざした。


「ああ、こんな時だというのに子供みたいで情けない……。ミスティンありがとう……」


 こうして見ると、女帝も歳相応にかわいらしい。半分の親愛と半分の申し訳なさを込めて、ミスティンはアルヴァを軽く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ