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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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輝く星霊刀

「お喋りが過ぎましたね、ザウラスト。女が剣を握れぬとでも思いましたかっ!」


 ザウラストの背中からアルヴァが叫んだ。

 仲間達が戦っている間、体力を回復していたのはソロンだけではない。彼女は落ちた星霊刀を拾い、背後からザウラストへ忍び寄っていたのだ。

 それを視界に入れたソロンだったが、問題があった。人間を遥かに上回る銀竜族の聴力を持ってすれば、背後に迫る敵の気配など容易に知れてしまう。


 そこでソロンは単純な策を取った。ザウラストを挑発し、注意をそらしたのだ。

 策は呆気なく成功し、アルヴァの握る星霊刀はザウラストを貫いた。ザウラストにしても、この極限状態では平静でいられなかったのだろう。


 突き刺された刃から白光が広がり、ザウラストの体へと浸透していく。アルヴァが渾身(こんしん)の魔力を刀身に(そそ)ぎ込んだのだ。


 通常、経験のない魔法武器を操るのは難しい。だが、彼女は神鏡によって星霊銀の扱いにも習熟していた。

 そして、単純に魔力をぶつけるだけなら、刀に関する技量は必要ない。魔道士としての力量さえあればよいのだ。

 言うまでもなく、彼女は帝国で最高の魔道士だった。


「こ、この女あぁぁ!」


 ザウラストは凄まじい形相を浮かべながら、背後へと首を向ける。初めて見せる表情だった。

 ザウラストは修復したばかりの左腕を、アルヴァの喉元へと伸ばそうとする。

 しかし――


「ザウラストッ!!」


 腹部を押さえていた足を跳ねのけ、ソロンは起き上がった。そばにあった蒼煌の刀を拾い、渾身の魔力を込めて振り上げる。

 刃に宿る蒼炎が、ザウラストの体を下から上へと斬り裂いた。


「ぐぅっげぁぁっ!」


 前後からの攻撃にザウラストは苦しげにうめいた。アルヴァに伸ばそうとした左腕が止まる。


「アルヴァ、いっけー!!」


 倒れていたミスティンが叫んだ。


「やあぁっ!!」


 アルヴァが絶叫し、一層の魔力を星霊刀へと注ぎ込んでいく。後先を考えない膨大な魔力によって、光がほとばしる。

 ザウラストを覆う赤い軟体が溶け出し、徐々に赤黒い瘴気へと昇華していく。

 星霊銀の刀身が甲高い音を鳴らしながら震えた。過剰な魔力に、刀もついに悲鳴を上げ始めたのだ。けれど、刀が壊れようとやめるわけにはいかない。


 苦痛にうめいていたザウラストが、奇妙な笑みを浮かべた。なにか妙案が思い浮かんだとでもいうように……。

 ザウラストの口が大きく開いた。

 周囲をただよう赤黒い瘴気が、口元へと集まっていく。


「こいつ、また破壊の閃光を!」

「ソロン、逃げてください!」

「ダメだ。間に合わない!」


 ザウラストはソロンのほうを向いている。この位置関係なら後方にいるアルヴァは狙えないはずだ。最悪、自分一人が犠牲になっても、彼女が無事であれば……。

 ソロンがそう思った瞬間――ザウラストの大口から破壊の閃光が放たれた。


 ……が、狙いはソロンではなかった。

 アルヴァでも仲間達でもなかった。

 ザウラストが向いたのは側面で、その先にあったのは――


「竜核が!?」


 アルヴァが悲鳴を上げる。

 満身創痍(まんしんそうい)のザウラストが放った破壊の閃光は、これまでになく小規模なものだった。

 それでも、赤黒い閃光は恐るべき力で竜核を貫く。

 竜核に大きな穴が開き、破片が飛び散った。かろうじて形は保ったものの、狂ったように光を放ち始める。


 そして、洞窟が大きく揺れ始めた。

 もはや竜核が長く持たないのは、誰の目にも明らかだった。


「あっはっは、狙いはこっちだ! お前達、全員が道連れだよ!」


 ザウラストは狂ったように哄笑していた。竜核の力を手に入れるという目的を放棄し、ソロン達を道連れにすることを選んだのだ。

 瞬間――星霊刀が砕け散り、閃光を放出した。

 それを最期に、ザウラストは光の中へと飲み込まれていった。


 *


 戦いが終わるなり、五人の仲間達が二人の元へ集まってくる。ザウラストの姿は肉片の一つも見当たらなかった。


「大丈夫ですか、ソロン」


 アルヴァが真っ先にソロンを気遣ってくれる。


「なんとかね、みんなは?」


 左肩は痛むが、耐えられないほどではない。語りたいことはたくさんあるが、状況がそれを許してくれそうになかった。


「私は大丈夫、みんなは?」


 と、ミスティンが治療の魔石――聖神石を(かばん)から取り出した。

 見たところ、ミスティン、ナイゼル、メリューの三人は軽微な攻撃しか受けていないようだ。目立った外傷は見当たらない。


「傷だらけだが治療は後でいいぜ。丈夫さが取り柄なんでな」


 酷く壁に叩きつけられたグラットは、たくましく笑ってみせる。


「私も大事ない。父様は?」


 メリューがシグトラに気遣わしげな視線を送る。最も激しい攻撃を受けたのはシグトラだったのだ。

 事実、シグトラの着物は酷く焼け焦げていた。着物の隙間から見える肌も焦げついて変色しており、見るからに痛々しかった。立っていられるのが、不思議なくらいである。


「心配はいらん。人間よりは頑丈にできているのでな」

「怪我はありませんが、倒れそうです」

「お前のは単なる体力不足だ」


 へたり込むナイゼルの言葉を、シグトラが瞬時に切り捨てた。

 ひとまず全員が無事と考えてよさそうだ。疲労や多少の怪我はあるだろうが、今はそれより優先すべきことがある。


「……それにしても、とんでもない置き土産を残してくれたね」


 ソロンは竜核へと視線をやった。

 今も竜核は狂ったように赤い光を放出している。洞窟を揺るがす振動も止まる気配はない。


「なあ、これってヤバいんじゃねえか?」


 揺れ続ける周囲を、グラットが落ち着きなく見渡す。


「竜核をやられた以上、この島はじきに落ちるかもしれん」


 シグトラがあっさりと肯定した。


「あんだって!?」


 グラットが口をあんぐりと開いた。


「師匠、どうにかならないのですか!?」


 へたり込んでいたナイゼルも、これには覚醒せざるを得なかった。起き上がり、よろよろとシグトラへ詰め寄る。


「……むう。俺も今、考えているところだ」


 シグトラが苦い声でつぶやく。いつになく弱気の表情だった。


「父様、今から上を目指しては?」


 すがるようなメリューに対して、シグトラは首を横に振る。


「到底、間に合わんだろう。登るには少なくとも数時間は必要だ。恐らくここは数十分と持たん」


 不幸なことに、七人はここまで大穴を下ってきたのだ。帰りに要する時間と労力は、往路を遥かに上回るはず。

 その点、シグトラの見立ては絶望的だった。


 けれど、ソロンは諦めていなかった。最後の最期まで、もがこうと頭を巡らせていた。

 そもそも、ザウラストは竜核の力を奪い取った後、どうやってこの島を脱出するつもりだったのだろうか……。


「……俺なら、一人か二人は上に運べるかもしれんがどうするよ?」


 グラットが超重の槍を片手に、ためらいがちな提案をする。視線の先にいたのはアルヴァだった。

 アルヴァはうつむいて考え込んでいたが、視線に気づいて(おもて)を上げる。


「不要です。既に目的を果たした以上、あなた方を見捨てて生き延びようとも思いません。しかしながら、他の方々まで強制はできないでしょう」


 アルヴァは見回しながら、仲間達の意思を問う。


「ザウラストは倒した。ここを死に場所と定めるのも一つの手だろう」

「私は父様と運命を共にするまでだ」


 シグトラとメリューは一切の動揺もなく言い切った。


「私はアルヴァとソロンと一緒がいいかな。……けどやっぱり、みんな一緒がいい」


 ミスティンはこんな状況でも(ほが)らかだった。


「私は坊っちゃんと一緒がいいですが……。ですが、坊っちゃんもよしとはしませんよね」


 ナイゼルは溜息をつきながら、ソロンのほうを見た。


「……結局、誰も逃げる気はねえってわけか。一応、聞いとくがお前はどうするよ」


 ただ一人黙っていたソロンへ、グラットが尋ねてくる。


「いや、逃げよう」


 流れを断ち切るように、ソロンは告げた。


「あん? お姫様を連れて逃げるってか?」


 グラットはソロンの発言をそう解釈したらしい。


「もちろん、全員で逃げるんだよ」

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