最期の宣告
「そろそろ終わりにしよう」
遊びに飽いた子供のような調子で、ザウラストは言い捨てた。
無感情に振り下ろされた異形の刃を、ソロンはかろうじて受け止める。
ザウラストの刃から黒い炎が湧き上がった。ソロンも負けじと魔力を込め、蒼炎を刀身へと宿す。
けれど、星霊刀を持たないソロンの劣勢は明らかだ。シグトラすらも蒼煌の刀では、ザウラストに押し勝てなかった。だからこそ、今まで近接戦闘は避けていたのだ。
両手で刀を握るソロンに対して、ザウラストは片腕の刃だけで圧倒してくる。
少しずつ蒼煌の刀が異形の刃に押されていく。
突如、ザウラストは左腕でソロンの喉をつかんだ。
「がっ……!」
息が詰まり、ソロンは声も出せなくなる。
「刃ばかり気を取られてちゃ駄目だろう? 戦いってのは、あらゆるものを使うんだよ」
得意気にザウラストは語ってみせる。その表情にそぐわない恐るべき力だった。
油断していたわけではない。ただ必死に対抗する中で、気を回す余裕すらなかったのだ。
ソロンが抵抗しようにも、人間を遥かに凌駕する力だ。ソロンの意志とは裏腹に、意識が遠くなっていく。
ついにソロンの力が抜けて、その腕から蒼煌の刀がこぼれ落ちた。
やられる――ソロンがそう思った時。
「ん?」
ザウラストが怪訝な声を上げた。
背後から伸びる閃光が、ザウラストの左肩に突き刺さったのだ。彼はたまらず、ソロンの体を放り出す。
左肩に刺さっていたのは、星霊銀の矢だった。矢は刺さったまま白光を放ち、左肩を焼いて急速に溶かしていく。
「ミスティン……!」
ソロンは地面を転がり、咳き込むようにその名を呼んだ。呼吸は安定せず、起き上がるには苦しい状態だ。
「ソロン、アルヴァ!」
ミスティンの力強い呼び声がこだまする。
「ふう、間に合ったみたいですね……」
ナイゼルが息遣いも荒くつぶやく。いつもの眼鏡もなく、既に消耗した様子である。それでも、気力を振り絞ってこの場に立っているようだった。
「おい、お姫様! 生きてるか!?」
グラットが倒れたままのアルヴァに呼びかける。
「うむ、かすかに息があるぞ」
メリューがアルヴァの呼吸をその聴力で聞き取ったらしい。ソロンは安堵した。
駆けつけてくれたのは、ミスティン、グラット、ナイゼル、メリューの四人……。
「大事な弟子を痛めつけてくれた礼はせねばならんな。ザウラスト、お前の企みもここまでだ」
そして――シグトラだった。
シグトラと戦っていた魔物達の気配は既にない。ミスティン達の到着によって、魔物達も掃討されたのだろう。
「ちっ、遊びすぎたみたいだね。枢機卿はどうなったんだい?」
ザウラストが舌打ちし、ミスティンへ視線を向ける。
「お姉ちゃんならやっつけたよ」
「へえ、実の姉に対して薄情なことだね。彼女は優秀だったのに、もったいないなあ」
話している間にも、ザウラストの左肩がうごめき出す。赤い軟体が大きく欠損した左肩を修復していく。
「うるさい」
苦笑するザウラストに対して、ミスティンの返事は第二の矢だった。
風の魔法によって加速された星霊銀の矢が、白光を放ちながらザウラストへと襲いかかる。
「無駄だよ」
ザウラストの赤紫の瞳が光る。矢は勢いを失い、一瞬で墜落する。視線はそのまま、ミスティンをとらえようとした。
「させん!」
メリューはミスティンの前に回り込み、紫の瞳を光らせた。
「あはは、小娘が私とやり合おうなんて、二百年は早いんじゃないか? おっと、君のような半端者では寿命が来てしまうか」
ザウラストは笑いながら、視線の力でメリューを圧倒する。
「ぐぐぐ……!」
メリューは必死で足を踏ん張り、目を見開くが力の差は歴然だった。地面と摩擦を起こしながら、小さな体が押されていく。
「よくやった」
シグトラがメリューに声をかけ、一瞬のうちにザウラストとの間合いを詰めていた。居合のように抜かれた刀を、ザウラストが異形の刃で受け止める。
視線から解放されたメリューが、その場に崩れ落ちる。
蒼煌の刀身に燃え上がる蒼炎が宿る。対する異形の刃には、黒炎が燃えさかっていた。
「シグトラ、疲れてるんじゃない? 今の君なら片腕でも相手できるよ」
「それなら……これでどうですか!」
ナイゼルの構えた杖から、鋭い風刃が放たれる。
風刃が過ぎ去った後には、ザウラストの腕がぽとりと落ちていた。修復の途中だった左肩を斬り落としたのだ。
「片腕で二人の相手はできねえだろ!」
そこにグラットが襲いかかった。超重の槍を一気に突き出し、ザウラストの無防備な左半身を狙う。
魔法で重量を増した黒い穂先が、ザウラストの左胸へと突き刺さった。血に代わって赤黒い瘴気が傷口から噴出する。
「……っやってくれるねえ」
ザウラストの瞳が憎々しげに、グラットをにらみつけた。
「うおっ!?」
グラットの体が視線にとらえられる。槍を握りしめたまま、後方へ吹っ飛んでいく。衝突の鈍い音が、洞窟に響き渡った。
「ザウラスト!」
シグトラがその隙を突こうと刀に力を込めるが、容易には突き崩せない。ザウラストの刃にまとう黒炎が勢いを増していく。
たまらず、シグトラが刀を引いた。それでも、流れるような動作で連撃を繰り出していく。
目にも止まらぬ蒼炎の斬撃。しかし、それもザウラストには通用しない。異形の刃で難なく打ち払われてしまった。
「はははっ、力が入ってないよ、シグトラぁ!」
ザウラストの両目がまたも怪しく光った。
シグトラも同時に目を光らせ、対抗する。
念動魔法が相殺されたかに見えた瞬間――ナイゼルに斬り落とされたはずの左腕がうごめいた。左腕は猛烈な勢いでシグトラに突進し、その脇腹へと衝突した。
「ぬうっ……!」
不意を突かれたシグトラがよろめく。
「だから、油断するなって言ってるだろう?」
そこにザウラストが異形の刃を突き出した。
シグトラは寸前のところで、刃を刀で受け止める。けれど、異形の刃から放たれた黒炎までは防ぎきれない。シグトラが黒炎の中に飲み込まれていく。
「父様!」
メリューが叫び、大量の短刀を投じた。念動魔法に加速された短刀が、次々とザウラストへ襲いかかる。
その隙間を縫うように、ミスティンも星霊銀の矢を放つ。
「雑魚が寄ってたかって、面倒だな!」
ザウラストが一喝し、目を光らせる。短刀も矢も、全てが瞬く間に散っていく。
そして、その向こうにいた二人をザウラストの視線がとらえた。
メリューは必死に抗うが、
「ぐう……!」
「わっ!?」
ミスティンもろとも紙のように吹き飛ばされた。
「ぎゃっ!?」
ついでにうずくまっていたナイゼルも、二人の体と衝突して押しつぶされる。どうやら先程の風刃は渾身の一撃だったらしく、余力もないようだった。
ミスティン、グラット、ナイゼル、シグトラ、メリュー……。一瞬の攻防で、五人の仲間が倒されてしまった。
「まったく……手間取らせないでくれるかな」
ザウラストは少しばかり息を切らした様子で言い放った。それから、落ちた左腕を念動魔法で呼び寄せ、切断面にくっつける。左腕を赤い軟体が覆って修復を始めた。
「ぐっ……」
ソロンは歯を食いしばり、起き上がろうとする。仲間達が奮闘している間に、ようやく力が戻ってきたのだ。
ところが――
「そろそろ終わりにしようか、ソロニウス。いい加減、私も飽きてきたんでね」
ソロンの腹をザウラストが足で押さえつけた。そうして、左胸へと異形の刃を突きつけてくる。
もはや、ソロンに抵抗するすべはない。けれど――
「そうだね、ザウラスト。僕も君の顔は見飽きたよ」
ソロンは精一杯の憎まれ口を叩いてみせた。
「調子に乗るなよ。お前なんて、私から見れば赤子も同然なんだぞ」
ザウラストの足にグッと力が込められた。あまり悪口を言われた経験がないらしく、余裕振っていても耐性は低いようだ。
「そりゃ、君と違って無駄に長生きしてないからさ」
「あはは! いい度胸だな、ソロニウス。ならば、望み通りにしてあげるよ!」
勝利を目前にして、ザウラストの表情が喜悦に歪んだ。異形の刃がいったん引かれ、ソロンの胸を貫こうと煌く。
けれど、ソロンは不敵に笑った。
「悪いけど……僕達の勝ちだ!」
その刹那――ザウラストの左胸から刃が生えた。刃は白光に輝いていた。
「あ……?」
ザウラストは事態を理解できず、呆けたように声を上げるのだった。