星霊と紫電
「貴様の戯言はもう十分だ。ソロン、俺が動きを止める! 星霊銀でこのバケモノを消滅させてやれ! アルヴァ、支援を頼む!」
いち早く飛び出したのは、シグトラだった。蒼煌の刀を握りしめながら、ザウラストへと襲いかかる。
「了解です、師匠!」
ソロンもほぼ同時に動いた。シグトラに遅れまいと、走りながら星霊刀を構える。アルヴァもその後ろで、杖先に魔力を集中させていた。
「そうはいかないよ」
ザウラストが不敵に笑えば、ソロン達の背後から地響きが起こった。
ソロンは足を止め、後ろを振り返る。
背後の通路を挟む壁が突如、崩壊したのだ。
そして、崩れた壁の中から大量の魔物達が湧き出してくる。黒いグリガントを筆頭に、空を泳ぐ魚や双頭の大蛇……。その多くはこれまでにこの島で見た種族だった。
狭い通路を埋め尽くさんばかりの魔物達が、けたたましい叫び声を響かせる。その数は計りしれない。ザウラストは調子よく語っている間にも、周到に準備していたのだろうか。
「ちいっ、罠のつもりか!」
シグトラはそう吐き捨てるなり、背後の魔物達へと刀を向ける。そうして、背を向けながらソロンへ語りかける。
「――ザウラストを倒すには、その刀が不可欠だ。二人だけでザウラストをやれるか?」
「僕達が……」
ソロンはためらった。先程の攻防を見る限り、ザウラストはシグトラにも匹敵する手練だろう。はたして、今の二人で太刀打ちできるだろうか……?
「ふうん、君達が相手してくれるのかい? まあ、私はどっちでもいいけど。それより、早く決めないと、そいつらは待っちゃあくれないよ?」
悩むソロンを、ザウラストはあざ笑う。事実、魔物達はじりじりと三人との距離を縮めていた。
「ソロン、やりましょう」
背中を押したのは、やはりアルヴァだった。彼女は一歩前へ進み出て、ザウラストと対峙する。
「分かった。師匠、やってみます!」
ためらっている時間はない。ソロンはアルヴァの横に並んだ。
「ああ、任せよう」
「けど、そっちは大丈夫ですか?」
「ふんっ、俺を誰だと思っている」
シグトラはソロンの心配を鼻で笑い飛ばす。
一歩も動かぬまま、シグトラは刀を一閃。ほとばしる蒼炎が、寄ってきた魔物達を一撃で消し飛ばした。
「さすがだね、シグトラ。けど、まだまだ魔物達は残っているよ。いくら君でもいつまで耐えられるかな?」
ザウラストは、シグトラの技を目にしても余裕を崩さない。焼滅した魔物達の背後から、新たな魔物達が湧き出してきていた。
「黙りなよ、お前の相手は僕達だ」
ソロンはザウラストへと刀を向けた。背後はシグトラに任せるしかない。自分達にできるのは、一刻も早く目の前の相手を倒すことだけだ。
「奴の念動魔法には気をつけろ。意識を強く持ち、体全体に魔力を流して踏ん張れ」
「了解!」
シグトラの忠告を背に受けて、ソロンは走り出した。ソロンに従うようにアルヴァも続く。
「君達では力不足だと思うけどね」
ザウラストは右腕の刃を構えもせず、ソロンの接近を待ち受ける。その表情には相手への侮りが見えていた。
「さあね、やってみないと分からないよ」
言い返すと同時に、ソロンはザウラストへ向かって星霊刀を払った。
星霊銀がきらめき、白光の弾丸が放たれる。レムズの技を真似た攻撃だった。
「おっと!」
ザウラストは億劫そうに体を動かし、右腕の刃で防ごうとする。
だが、異形の刃をもってしても、光弾はかき消されない。炸裂した光弾が閃光となって広がっていく。
溶けるようにして、ザウラストの右腕が消滅していた。
「へえ、いい刀を持ってるね。確かに直撃すれば危ないかもしれない」
ザウラストは欠損した右手をひらひらと振ってみせる。その一瞬で赤い軟体が右手を覆っていく。わずかな間に右腕は元通りの刃となった。
「わざと喰らったな……」
ザウラストは星霊刀の効果を計るため、右腕を犠牲にしたのだ。一見すると奇矯な振る舞いばかりだが、狡猾な相手かもしれない。
「ソロン、至近から直撃させるしかありません。できますか?」
「やるしかないな」
アルヴァの提案に、ソロンは一も二もなく頷いた。
「けど、シグトラならともかく、君にできるかな?」
ザウラストが嘲笑を浮かべながら、異形の刃をソロンへ向ける。
「くっ……」
ソロンは動けず、慎重に敵の動きを窺う。
ザウラストは間違いなく強敵だ。けれど、それ以上に厄介なのは、その動きを予想できないことだ。
呪海の王の成れの果てを取り込んだザウラストは、生物の常識を越えた攻撃をしかけてくる。いかなる魔物よりも行動の予測がつかなかった。
先に動いたのはアルヴァだった。
ソロンの横へ進み出るや、素早い動きで杖を突き出す。電光石火の早業で、紫電がザウラストを襲った。
だが、その速さにもザウラストはついてくる。右手の刃を盾にして稲妻を防いだ。
次の瞬間には、ソロンも真紅の地面を蹴って走り出した。
一人ではソロンはシグトラに劣るかもしれない。けれど、それならばアルヴァと共に戦うまでだ。最高の相棒である彼女と力を合わせることで、今までだってどんな困難をも乗り越えてきた。
ザウラストに向かって、斜めに走りながら刀を振るう。
光弾がザウラストに襲いかかる。
ザウラストは刃で受け止めず、光弾をひらりと回避した。
星霊銀の攻撃を、正面から受け止めるのは得策ではないと判断したらしい。この点ではソロンは大きく優位だった。
ソロンはザウラストの周囲を回るようにしながら、光弾を連射していく。
ソロンの本領は足の速さだ。
これだけならシグトラにだって劣る気はしない。正面から戦う必要はなく、相手を翻弄しながら追い込んでいけばいい。
光弾が飛来する度に、ザウラストは身をかわしていく。壁に当たった光弾が弾けて、閃光が暗い洞窟を照らした。
そして、間隙を縫うようにアルヴァの紫電が放たれる。ザウラストはこちらの攻撃は回避できず、刃で受け止めていた。
彼女の放つ稲妻は、ソロンの光弾よりもずっと速い。そして、ソロンとアルヴァの連携は、今までの経験で積み重ねられている。同士討ちする心配もなかった。
時間差のある攻撃に対応し続けるのは、ザウラストにしても簡単ではないはずだ。
「ちっ……やるじゃないか」
ザウラストは憎々しげに吐き捨てる。
それに対する返事として、ソロンは星霊刀に一段と大きな魔力を込めた。ひときわ大きな光弾がザウラストへと飛来する。
ザウラストは最小限の動きで横っ飛びに回避した。……が、壁に当たった光弾が破裂し、ザウラストの背中を閃光が襲う。
背中を焼かれたザウラストが前へとつんのめる。
「今です!」
アルヴァが紫電をここぞとばかりに連射した。
同時にソロンは刀を頭上に掲げて跳び上がった。白光を宿した刃が、ザウラストを急襲する。
ザウラストは右手の刃で紫電を弾きながら、宙を跳ぶソロンをにらみつけた。
赤紫色の瞳が輝き、ソロンをとらえる。
ソロンの体が浮き上がり、宙を泳がされた。真紅の壁に叩きつけられ、背中に鈍い痛みが広がる。
「本当に、鬱陶しいね」
ザウラストは、なおも赤紫の瞳でソロンをにらみつける。
ソロンも、シグトラの忠告を忘れていたわけではない。念動魔法に対して警戒はしていた。だが、互いに動き回る中で常に警戒するのは困難だった。
ザウラストは視線を保ったまま、ソロンへ迫ってくる。
「ぐっ……!」
歯を食いしばって、ソロンは起き上がろうとした。けれど、体が縛りつけられたように動かない。ザウラストが念動魔法で押さえつけているのだ。
ソロンは精神を集中し、体全体に魔力を行き渡らせようとする。シグトラの忠告に従い、念動魔法を跳ねのけようとしたのだ。
ザウラストの刃が迫った瞬間――
「何をよそ見しているのですか?」
ザウラストの背中で稲妻が弾けた。アルヴァが紫電の魔法を放ったのだ。
ザウラストの顔が苦痛に歪む。もっとも、猛獣を一撃で昏倒させるような魔法も、致命傷には至らないらしい。
「痛いなあ……!」
ザウラストは振り向きざまに、異形の刃をアルヴァへ向けた。
その瞬間、弾かれたようにソロンは駆け出す。視線がそれて、体の呪縛が解けたのだ。
ザウラストはとっさに、右手の刃で星霊刀を受け止めた。
ソロンの攻撃は止まらない。刀身へと魔力を流せば、あふれる光が異形の刃を右腕ごと飲み込んでいく。
ザウラストの右腕が消し飛んだ。しかし、この程度で倒せるとも思わない。
「でやっ!」
ソロンは手をゆるめず、追撃の刀で胴体を狙う。
途端、ザウラストの体が歪み、刀は宙を薙いだ。体を軟体状に変換し、攻撃を強引に回避したのだ。
勢い余ったソロンは、体を回転させながら受け身を取る。
軟体と化したザウラストの体が伸び、ソロンへと触手のように襲いかかる。シグトラに放ったのと同じ技だ。
「させません!」
そこへアルヴァが再度の雷撃を放つ。側面から直撃を受けたザウラストがよろめいた。
ソロンが跳び起きながら刀を払えば、光の中に触手が消し飛んだ。
ソロンは慎重に距離を測りながら、なおも光弾を連射する。ザウラストは体を歪ませ、変幻自在の動きでそれを回避してみせた。
二人とザウラストの距離が開き、均衡が訪れる。
ザウラストはその一瞬を逃さず、消滅した右腕を再生させた。体の一部を消し飛ばした程度では負傷にもならない。シグトラの言った通り、直撃させるしかないようだ。
「なるほどね。二人そろえば、シグトラより厄介かもしれない」
ザウラストが二人の実力を認めた。しかし、それは喜ばしいとも言い切れない。敵がこちらへの侮りを捨てたという意味だ。
「ソロン、迂闊に跳び上がっては視線の餌食です。それから、彼にしても、魔力抵抗を持つ相手を同時にとらえるのは難しいはず。今まで通り、二人で息を合わせていきましょう」
アルヴァが小声かつ早口で忠告すれば、ソロンも頷いた。
「分かった、気をつけるよ」
「まっ、確かに念動魔法についてはそれで防げるかもね」
ザウラストはこちらの会話を盗み聞きしたらしい。銀竜族の聴力は人間離れしているのだ。
「――けど、こういうのはどうかな!?」
ザウラストが口を大きく開いた。それも人体の限界を越えるように口を歪ませて。
ザウラストの全身から赤黒い瘴気が発生し、それが口へと集まっていく。
嫌な予感がすると同時に、ソロンは動いていた。アルヴァの前へ回り込み、星霊刀へと魔力を流し込んだ。