洞窟に吹く嵐
ソロン、アルヴァ、シグトラの三人は無事に奥へと走っていった。
残ったのは、ミスティン、グラット、メリュー、ナイゼルの四人だ。対する敵はセレスティンを含めた十人ほどの神官達だった。
ミスティンは、正面の姉をにらみつける。
その距離はおおよそ五十歩。弓と魔法で戦うお互いにとっては、安全な間合いではない。
「たった四人で相手をするなんて、無謀だったのじゃないかしら? 悪いけど、容赦はしないわよ」
セレスティンはゆったりした動作で左手の杖を構えた。その杖先には赤黒い魔石が怪しくきらめいている。
「私も」
先手を打ったのはミスティンだった。躊躇なく彼女の手は弓を引いていた。
放たれたのは星霊銀の矢。輝きを放ちながら、矢はまっすぐにセレスティンの胸を狙う。
セレスティンの杖先に据えられた赤黒い魔石――そこから闇がふくれ上がった。彼女が得意とする闇の障壁の魔法だ。闇に触れたものを吸い込み、いかなる攻撃も無力化してしまう。
しかし、星霊銀の矢は闇に触れても消えなかった。太陽が影を飲み込むように、星霊の輝きが闇を包み込んだ。
矢は障壁を突き破り、セレスティンへと迫る。
「くっ……」
さしものセレスティンも慌てるような声を上げた。
それでも、とっさの判断で横に飛び、矢を回避する。星霊銀の矢は背後の地面へと突き刺さった。
「やっぱり、この矢は消せなかったね。次は外さないから」
ミスティンの空色の瞳が、鋭く姉をにらみつける。
セレスティンの杖先にある赤黒い魔石は、恐らくカオスの力を集めたものだろう。神獣や聖獣と同じように、呪海への生贄を源としているはずだ。
となれば、弱点も神獣と同じ。星霊銀の光で破れるというわけだ。
数々の攻撃を防いできたセレスティンの魔法だが、今やそれも無敵ではなかった。
「その矢は星霊銀ね。さすがに厄介かしら」
セレスティンがかすかに眉をひそめた。
「――けど、これならどう?」
セレスティンが右手を挙げれば、周囲の神官達が石を投じる。ザウラスト教団が聖石と呼ぶ魔石だった。
地面に落ちた聖石から煙が巻き起こる。
姿を現したのは空を飛ぶ魚に、半透明の胴体を持つ大蛇。
耳障りな羽音を鳴らす大トンボは、黄の聖獣メガエラだ。
そして緑の聖獣グリガントだった。
全部で数十体。
おなじみの魔物に加え、この島にいた魔物が加わっている。理屈は不明だが、この島にいた魔物を操ったのかもしれない。
「少々、数が多いようですね」
ナイゼルは苦笑を浮かべるが、一歩も引く様子はなかった。魔物の召喚は教団の常套手段。今更、ひるんではいられない。
「うん、邪魔だなあ」
ミスティンは魔物達をにらんだ。
セレスティンの姿は、魔物達の図体に遮られてしまっていた。これでは狙いをつけられない。星霊銀の矢にも限りがある以上、無駄撃ちはできなかった。
「だったら俺らがやっつけてやるよ。近づいたヤツは俺がやる。ナイゼル、メリュー、遠いヤツらは頼んだぜ」
「了解です」
「お前に言われるまでもない」
グラットが指示を出せば、ナイゼルとメリューが応じた。
そうこうしている間にも、メガエラが羽音を鳴らして接近してくる。
グラットが飛び上がろうとするも、ナイゼルがそれを制止する。
「我々にお任せを」
ナイゼルの杖先から鋭い風が射出される。彼が得意とする風刃の魔法だ。
風の刃が一閃。メガエラの羽を斬り裂いて墜落させる。
時を同じくして、メリューは多量の短刀を投じていた。
「ぬっ!」
メリューが気合を込めると共に、その紫の瞳が光る。
空中を自在に動きながら、短刀はトンボの羽を切り刻んでいく。弓矢すら回避する機敏なメガエラであるが、多量の短刀をかわす隙間はなかった。
風刃と短刀によって、一匹また一匹とメガエラが地に落ちた。
その巨大トンボの死骸を踏みつけながら、近寄ってくるのは緑の聖獣グリガントだ。
「そんじゃ、俺はこのデカブツだな」
槍を片手に今度こそグラットが飛び上がる。
幸いこの空洞の天井は高い。グラットはグリガントの頭上へと舞い上がり、さらには急降下した。
槍は恐るべき勢いで、巨獣の脳天を貫いた。
「ったく、いい加減そいつは慣れたんだよ!」
グラットは巨獣の頭を蹴り、流れるような動きで再び空中へと飛び上がる。
グリガントは鈍い動きでよろめき、崩れ落ちた。空洞内に、巨獣が倒れ込む音が反響する。
しかし、敵もやられるばかりではない。
上空に飛び出したグラットへと、赤い衣の神官達が杖を向ける。その杖先には、セレスティンと同じような赤黒い魔石が据えつけられていた。
杖先から凝縮された闇が音もなく射出された。
闇の球体が、弧を描きながらグラットへと殺到する。闇は蛍光石の明かりを遮りながら、異質な存在感を発揮していた。
「うおっ、危ねえ!」
空中で強引に加速しながら、グラットは球体を回避していく。重力操作によって、落下を速めたのだ。
球体の動きは速くないが、多少の追尾性能を持っているらしい。なおもしつこくグラットを狙ってくる。
「グラット!」
グラットを支援するため、ミスティンは弓で狙いをつける。だが、敵の後方にいる神官達へ、ここから矢を当てるのは難しい。
それでも、あえてミスティンは矢を放った。
風の魔力で勢いを増した矢が、宙を泳ぐ魚へと突き刺さる。
矢は勢いを維持したまま魚を吹き飛ばし、その向こうにいる神官へと衝突した。
思わぬ攻撃に神官達は浮足立つ。グラットを追っていた球体は、力を失って消え去った。
「へへっ。やるな、ミスティン!」
グラットはようやく着地し、調子よく言い放つ。
「突出しすぎだ、愚か者」
メリューが柳眉を逆立てながら、短刀を投じる。冷気を帯びた短刀は大蛇を貫き、その胴体を凍りつかせた。
*
時間差で襲ってくる魔物達を、四人はさばいていった。
敵の数はこちらの十倍近くになる。一斉に攻撃を受ければ、ひとたまりもなかっただろう。
だが、種族が異なる魔物達は、それぞれの足並みもそろわない。枢機卿を称するセレスティンといえども、魔物達をそこまで緻密には動かせないようだった。
そこにつけ入る隙がある。
高速で迫る敵をナイゼルとメリューが始末し、近寄ってきた巨獣をグラットが仕留めていく。
無論、神官達は独自の判断で攻撃をしてくる。だがそれも、ミスティンが牽制すれば、彼らはすぐに引き下がった。
どうやら神官達は、積極的にしかけてはこないようだ。セレスティン共々、後方に下がり、高みの見物を決め込んでいる。こちらが消耗するのを待っているのだろうか。
戦いは膠着気味であったが、それでも着実に魔物の数は減っていた。
「さあて、雑魚どもの数が減ってきたぜ」
グラットがまた一体のグリガントを仕留めた。
魔物の陰に隠れていたセレスティンの姿も、ミスティンの視界に入ってきた。
「まあ、本当によくやるわね。軍なんかより、よっぽど手強いのではないかしら。けれど……」
セレスティンはまたも右手を挙げて合図する。
神官達が聖石を投じれば、またも煙の中に魔物の姿が現れる。それも先程と同じように数十体にものぼる数だった。
「反則だよ!」
「ふふふ、私はこれで終わりなどと言った覚えはないけれど」
ミスティンの抗議を、セレスティンが受け流す。これだけ見れば、いつも通りの姉妹のやり取りであったが……。
「ちっ、キリがねえなあ」
槍を振るいながら、グラットが舌打ちする。
「やっぱり、お姉ちゃんを討ち取るしかないね」
戦力に差がある場合は、大将を討ち取る。それが戦の常套手段というものだ。しかしながら、それをさせてくれるほど容易な相手ではない。
「ミスティンさん、メリューさん、私に作戦があるのですが」
「ほうほう、なに?」
興味を持って、ミスティンは耳を傾けた。
ミスティンにとって、ナイゼルはさほど親しいわけではない。けれど、それでも信頼できるとは思っている。なんといっても、ナイゼルはソロンの幼馴染で親友だ。その一点だけで十分だった。
「ふむ、作戦会議か?」
と、メリューも短刀を投じながら、ナイゼルのそばへと後退してくる。グラットは今も前衛で戦っていた。
だが、そこへトンボの魔物が向かってきた。
ミスティンが矢を放って撃ち落とすが、魔物は途切れなく襲ってくる。
「……少し邪魔ですね。グラットさん、下がっていただけますか!」
ナイゼルはグラットへと呼びかけながら、一方で杖先に魔力を集中させる。
杖先に据えつけられた緑風石が輝き、空気の渦が発生する。灰茶の髪がゆらめき、ローブが風にはためいた。
「おう!」
グラットは身軽な動きで飛び上がり、ナイゼルのそばへと着地した。
それを確認するなり、ナイゼルは杖先に集めた魔力を前方に解放する。
空気が破裂するような音と共に、猛烈な風が巻き起こった。
荒れ狂う風が洞窟内を騒がしくかき回していく。
宙を飛んでいたメガエラと魚が、まとめて吹き飛ばされた。飛来する魔物の巨体を避けようと、赤い衣をはためかせながら神官達が駆け回る。
「ぐっ……そなたも父様の弟子だったか。恐ろしい魔法を使いおるな」
ナイゼルの後方に立っていたメリューにまで、風の余波は襲いかかる。彼女は小さな体で必至に踏ん張っていた。
「ったく、洞窟内で嵐とはな」
グラットがさり気なくメリューの手前に立ち、防風堤となった。ついでにミスティンも、その男らしい背中の陰に入れてもらう。
そんな中、向かい風をものともせずに、グリガントが突き進んできた。一歩一歩、地面を踏みしめながら巨体が迫ってくる。
「はああっ!」
ナイゼルが気合を込めれば、暴風がさらに激しさを増していく。全身へ打ちつける風に耐えきれず、ついにグリガントの体が仰向けに倒れた。
「そんなん使えるなら最初から使えよ」
グラットが非難がましい視線を向ける。
「ご冗談を……。こんな魔法ばかり使っていては、干からびてしまいますよ」
ナイゼルは息を切らしながら、魔物達に向けていた杖を下ろした。さすがにこれ以上は暴風を維持できないらしい。
「それより作戦があるのだろう?」
「ええ、手短にいきますよ」
メリューにうながされ、ナイゼルは作戦を説明し始めた。