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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
422/441

洞窟に吹く嵐

 ソロン、アルヴァ、シグトラの三人は無事に奥へと走っていった。


 残ったのは、ミスティン、グラット、メリュー、ナイゼルの四人だ。対する敵はセレスティンを含めた十人ほどの神官達だった。

 ミスティンは、正面の姉をにらみつける。

 その距離はおおよそ五十歩。弓と魔法で戦うお互いにとっては、安全な間合いではない。


「たった四人で相手をするなんて、無謀だったのじゃないかしら? 悪いけど、容赦はしないわよ」


 セレスティンはゆったりした動作で左手の杖を構えた。その杖先には赤黒い魔石が怪しくきらめいている。


「私も」


 先手を打ったのはミスティンだった。躊躇(ちゅうちょ)なく彼女の手は弓を引いていた。

 放たれたのは星霊銀の矢。輝きを放ちながら、矢はまっすぐにセレスティンの胸を狙う。


 セレスティンの杖先に据えられた赤黒い魔石――そこから闇がふくれ上がった。彼女が得意とする闇の障壁の魔法だ。闇に触れたものを吸い込み、いかなる攻撃も無力化してしまう。

 しかし、星霊銀の矢は闇に触れても消えなかった。太陽が影を飲み込むように、星霊の輝きが闇を包み込んだ。

 矢は障壁を突き破り、セレスティンへと迫る。


「くっ……」


 さしものセレスティンも慌てるような声を上げた。

 それでも、とっさの判断で横に飛び、矢を回避する。星霊銀の矢は背後の地面へと突き刺さった。


「やっぱり、この矢は消せなかったね。次は外さないから」


 ミスティンの空色の瞳が、鋭く姉をにらみつける。

 セレスティンの杖先にある赤黒い魔石は、恐らくカオスの力を集めたものだろう。神獣や聖獣と同じように、呪海への生贄を源としているはずだ。

 となれば、弱点も神獣と同じ。星霊銀の光で破れるというわけだ。

 数々の攻撃を防いできたセレスティンの魔法だが、今やそれも無敵ではなかった。


「その矢は星霊銀ね。さすがに厄介かしら」

 セレスティンがかすかに眉をひそめた。

「――けど、これならどう?」


 セレスティンが右手を挙げれば、周囲の神官達が石を投じる。ザウラスト教団が聖石と呼ぶ魔石だった。


 地面に落ちた聖石から煙が巻き起こる。

 姿を現したのは空を飛ぶ魚に、半透明の胴体を持つ大蛇。

 耳障りな羽音を鳴らす大トンボは、黄の聖獣メガエラだ。

 そして緑の聖獣グリガントだった。


 全部で数十体。

 おなじみの魔物に加え、この島にいた魔物が加わっている。理屈は不明だが、この島にいた魔物を操ったのかもしれない。


「少々、数が多いようですね」


 ナイゼルは苦笑を浮かべるが、一歩も引く様子はなかった。魔物の召喚は教団の常套(じょうとう)手段。今更、ひるんではいられない。


「うん、邪魔だなあ」


 ミスティンは魔物達をにらんだ。

 セレスティンの姿は、魔物達の図体に(さえぎ)られてしまっていた。これでは狙いをつけられない。星霊銀の矢にも限りがある以上、無駄撃ちはできなかった。


「だったら俺らがやっつけてやるよ。近づいたヤツは俺がやる。ナイゼル、メリュー、遠いヤツらは頼んだぜ」

「了解です」

「お前に言われるまでもない」


 グラットが指示を出せば、ナイゼルとメリューが応じた。

 そうこうしている間にも、メガエラが羽音を鳴らして接近してくる。

 グラットが飛び上がろうとするも、ナイゼルがそれを制止する。


「我々にお任せを」


 ナイゼルの杖先から鋭い風が射出される。彼が得意とする風刃の魔法だ。

 風の刃が一閃。メガエラの羽を斬り裂いて墜落させる。

 時を同じくして、メリューは多量の短刀を投じていた。


「ぬっ!」


 メリューが気合を込めると共に、その紫の瞳が光る。

 空中を自在に動きながら、短刀はトンボの羽を切り刻んでいく。弓矢すら回避する機敏なメガエラであるが、多量の短刀をかわす隙間はなかった。

 風刃と短刀によって、一匹また一匹とメガエラが地に落ちた。

 その巨大トンボの死骸を踏みつけながら、近寄ってくるのは緑の聖獣グリガントだ。


「そんじゃ、俺はこのデカブツだな」


 槍を片手に今度こそグラットが飛び上がる。

 幸いこの空洞の天井は高い。グラットはグリガントの頭上へと舞い上がり、さらには急降下した。

 槍は恐るべき勢いで、巨獣の脳天を貫いた。


「ったく、いい加減そいつは慣れたんだよ!」


 グラットは巨獣の頭を蹴り、流れるような動きで再び空中へと飛び上がる。

 グリガントは鈍い動きでよろめき、崩れ落ちた。空洞内に、巨獣が倒れ込む音が反響する。


 しかし、敵もやられるばかりではない。

 上空に飛び出したグラットへと、赤い衣の神官達が杖を向ける。その杖先には、セレスティンと同じような赤黒い魔石が据えつけられていた。

 杖先から凝縮された闇が音もなく射出された。

 闇の球体が、弧を描きながらグラットへと殺到する。闇は蛍光石の明かりを(さえぎ)りながら、異質な存在感を発揮していた。


「うおっ、危ねえ!」


 空中で強引に加速しながら、グラットは球体を回避していく。重力操作によって、落下を速めたのだ。

 球体の動きは速くないが、多少の追尾性能を持っているらしい。なおもしつこくグラットを狙ってくる。


「グラット!」


 グラットを支援するため、ミスティンは弓で狙いをつける。だが、敵の後方にいる神官達へ、ここから矢を当てるのは難しい。

 それでも、あえてミスティンは矢を放った。


 風の魔力で勢いを増した矢が、宙を泳ぐ魚へと突き刺さる。

 矢は勢いを維持したまま魚を吹き飛ばし、その向こうにいる神官へと衝突した。

 思わぬ攻撃に神官達は浮足立つ。グラットを追っていた球体は、力を失って消え去った。


「へへっ。やるな、ミスティン!」


 グラットはようやく着地し、調子よく言い放つ。


「突出しすぎだ、愚か者」


 メリューが柳眉(りゅうび)を逆立てながら、短刀を投じる。冷気を帯びた短刀は大蛇を貫き、その胴体を凍りつかせた。


 *


 時間差で襲ってくる魔物達を、四人はさばいていった。

 敵の数はこちらの十倍近くになる。一斉に攻撃を受ければ、ひとたまりもなかっただろう。

 だが、種族が異なる魔物達は、それぞれの足並みもそろわない。枢機卿(すうききょう)を称するセレスティンといえども、魔物達をそこまで緻密(ちみつ)には動かせないようだった。


 そこにつけ入る隙がある。

 高速で迫る敵をナイゼルとメリューが始末し、近寄ってきた巨獣をグラットが仕留めていく。

 無論、神官達は独自の判断で攻撃をしてくる。だがそれも、ミスティンが牽制(けんせい)すれば、彼らはすぐに引き下がった。

 どうやら神官達は、積極的にしかけてはこないようだ。セレスティン共々、後方に下がり、高みの見物を決め込んでいる。こちらが消耗するのを待っているのだろうか。


 戦いは膠着(こうちゃく)気味であったが、それでも着実に魔物の数は減っていた。


「さあて、雑魚どもの数が減ってきたぜ」


 グラットがまた一体のグリガントを仕留めた。

 魔物の陰に隠れていたセレスティンの姿も、ミスティンの視界に入ってきた。


「まあ、本当によくやるわね。軍なんかより、よっぽど手強いのではないかしら。けれど……」


 セレスティンはまたも右手を挙げて合図する。

 神官達が聖石を投じれば、またも煙の中に魔物の姿が現れる。それも先程と同じように数十体にものぼる数だった。


「反則だよ!」

「ふふふ、私はこれで終わりなどと言った覚えはないけれど」


 ミスティンの抗議を、セレスティンが受け流す。これだけ見れば、いつも通りの姉妹のやり取りであったが……。


「ちっ、キリがねえなあ」


 槍を振るいながら、グラットが舌打ちする。


「やっぱり、お姉ちゃんを討ち取るしかないね」


 戦力に差がある場合は、大将を討ち取る。それが戦の常套(じょうとう)手段というものだ。しかしながら、それをさせてくれるほど容易な相手ではない。


「ミスティンさん、メリューさん、私に作戦があるのですが」

「ほうほう、なに?」


 興味を持って、ミスティンは耳を傾けた。

 ミスティンにとって、ナイゼルはさほど親しいわけではない。けれど、それでも信頼できるとは思っている。なんといっても、ナイゼルはソロンの幼馴染で親友だ。その一点だけで十分だった。


「ふむ、作戦会議か?」


 と、メリューも短刀を投じながら、ナイゼルのそばへと後退してくる。グラットは今も前衛で戦っていた。

 だが、そこへトンボの魔物が向かってきた。

 ミスティンが矢を放って撃ち落とすが、魔物は途切れなく襲ってくる。


「……少し邪魔ですね。グラットさん、下がっていただけますか!」


 ナイゼルはグラットへと呼びかけながら、一方で杖先に魔力を集中させる。

 杖先に据えつけられた緑風石(りょくふうせき)が輝き、空気の渦が発生する。灰茶の髪がゆらめき、ローブが風にはためいた。


「おう!」


 グラットは身軽な動きで飛び上がり、ナイゼルのそばへと着地した。

 それを確認するなり、ナイゼルは杖先に集めた魔力を前方に解放する。


 空気が破裂するような音と共に、猛烈な風が巻き起こった。

 荒れ狂う風が洞窟内を騒がしくかき回していく。

 宙を飛んでいたメガエラと魚が、まとめて吹き飛ばされた。飛来する魔物の巨体を避けようと、赤い衣をはためかせながら神官達が駆け回る。


「ぐっ……そなたも父様の弟子だったか。恐ろしい魔法を使いおるな」


 ナイゼルの後方に立っていたメリューにまで、風の余波は襲いかかる。彼女は小さな体で必至に踏ん張っていた。


「ったく、洞窟内で嵐とはな」


 グラットがさり気なくメリューの手前に立ち、防風堤となった。ついでにミスティンも、その男らしい背中の陰に入れてもらう。

 そんな中、向かい風をものともせずに、グリガントが突き進んできた。一歩一歩、地面を踏みしめながら巨体が迫ってくる。


「はああっ!」


 ナイゼルが気合を込めれば、暴風がさらに激しさを増していく。全身へ打ちつける風に耐えきれず、ついにグリガントの体が仰向けに倒れた。


「そんなん使えるなら最初から使えよ」


 グラットが非難がましい視線を向ける。


「ご冗談を……。こんな魔法ばかり使っていては、干からびてしまいますよ」


 ナイゼルは息を切らしながら、魔物達に向けていた杖を下ろした。さすがにこれ以上は暴風を維持できないらしい。


「それより作戦があるのだろう?」

「ええ、手短にいきますよ」


 メリューにうながされ、ナイゼルは作戦を説明し始めた。

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