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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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混沌を払う鏡

「それじゃ、いきますよ」


 手すりへ乗せるようにして、ソロンは神鏡を神獣へと向けた。

 放たれる光が、戦場の中心にいる神獣を照らし出す。

 光を浴びて、神獣がわずかに身じろぎした。

 もっとも、それだけでは不十分だ。神鏡は人の魔力を通してこそ、真価を発揮するのだから。


 ソロンが腕に魔力を込めると共に、神鏡の光が輝きを増した。


「これは……」


 アルヴァと兵士達が声をもらす。

 見る間に、神鏡の光がふくれ上がっていく。

 まさに、真昼の太陽と見まがわんばかりのまばゆい閃光……。

 あふれる力が、鏡を持つソロンにも感じられた。

 震える鏡へと兵士達が慌てて手をやるが、なおも光の勢いは強まっていく。

 反動を受けて、ソロンの体が倒れそうになった。


「大丈夫ですか?」


 そんなソロンの背中を、アルヴァが支えてくれた。それでも、二人まとめて吹き飛ばされそうな強烈な力だった。

 光は奔流(ほんりゅう)となって、一直線に神獣を貫いていた。

 途端、神獣は身も凍るような叫びを上げた。

 四本の腕を振り回しながら、光を(さえぎ)ろうとしていたのだ。


 だが、そんなことで防ぎきれる神鏡ではない。

 予想外の力を浴びて、さしもの神獣も苦痛を感じているようだった。

 神獣を包んでいた赤黒い瘴気を、光がかき消していく。

 光の反動はますます強くなる。


 硝子(ガラス)が割れるような音が、神鏡から響いた。

 まずいとソロンが思った瞬間――二人は後ろへと吹き飛ばされた。

 そうして、神鏡の光は全てを放出したかのように収まった。

 ソロンはすぐに体を起こし、隣に転がるアルヴァの姿を確かめる。

 難儀そうにしながら、彼女もすぐに上体を起こした。そこをすかさずソロンが助け起こした。


「神獣は……どうなりましたか?」


 アルヴァは弱々しく問いかけた。

 答える代わりに、ソロンは肩を貸した。

 二人で屋上の縁へ向かって歩き出す。


 前方には、神鏡を大事そうに抱える兵士達の姿が見えた。ソロンの手から離れた神鏡を、どうにか落とさずに済んだらしい。

 しかしながら、その鏡面には小さいながら欠損があった。

 先の瞬間、反動で砕けてしまったらしい。これ以上の酷使は控えたほうがよさそうだ。


 ソロンとアルヴァは、屋上の縁へ身を乗り出すように取りついた。

 遥か下の前庭に神獣の姿が目に入る。

 赤黒い瘴気が散ったせいで、心なしか空気も軽くなったように思えた。


「な、何があったんだ!?」

「魔神が苦しんでるぞ!?」


 前庭の兵士達が、事態を見て取って呆然と声を上げている。


「この機を逃すな! やれえ!」


 ここぞとばかりに叫んだのは、ラザリック将軍だった。二人の頼みを忠実に聞いてくれたらしい。

 兵士達が駄目元で矢を放ち、それが神獣に突き刺さる。

 今までは効果がないように思えた攻撃だったが、その手応えが違った。神獣が振り払うかのように腕を動かし、矢を放った兵士のほうを向いたのだ。


 神獣の伸ばした拳が一人の兵士を貫き、地面を叩き割った。その衝撃に他の兵士達も巻き込まれて倒れる。


「う……ぐっ……!」


 神獣の攻撃は止まらない。それどころか、より凶暴さを増したようにソロンは思えた。


 そして、神獣は口の中から次々と何かを吐き出した。

 それは地面に着地すると同時に、もぞもぞと動き出す。

 爬虫類(はちゅうるい)と人間の中間のような黒い体に、三本の角を頭に生やしている。小さな羽を生やしているが、こちらは飛ぶのではなく地面を歩いている。


 小型ながら、これも伝承にある悪魔に似ていた。

 呆気にとられていた兵士に、生まれたての小悪魔達が遅いかかる。

 ある兵士は腕を噛みちぎられ、別の兵士は(のど)を噛みちぎられて絶命した。

 小悪魔の動きは機敏で、兵士達が振るう武器を巧みにかわしている。


 神鏡は神獣に何らかの効果を及ぼした。

 だが、それによって神獣はより凶暴さを増した。このまま何もできなければ、単に被害を拡大させただけになる。


「鏡だけじゃ駄目なのか……」


 絶望に駆られそうになるが、考えなおす。

 神獣が凶暴さを増したのは、奴も追い詰められているからだ。

 つまり神獣も本気にならざるを得なかったのだ。

 兵士達もやられるがままにはなっていない。ある兵士が放った槍が小悪魔を貫いた。小悪魔は緑色の血を吹いて倒れた。


「よし! こいつは倒せるぞ! 踏み留まって帝都を守るんだ!」


 兵士達から喝采(かっさい)が上がった。

 小悪魔は神獣ではない。しょせんは少し凶悪な魔物に過ぎないのだ。兵士達も力を合わせて、動き回る小悪魔を仕留めていく。

 こうなれば、ソロンも負けていられない。


「陛下はそこで休んでいてください。僕は行ってきます!」


 ソロンはアルヴァに声をかけるなり、()ぜるように駆け出した。


「えっ、あ……ソロン」


 アルヴァは呆然と手を伸ばしたまま声を失った。

 何にせよ、彼女を連れていく必要はない。この場所ならば兵士達もいることだし、安全だろうとソロンは考えたのだ。


 *


 五階建ての城内を、ソロンは飛ぶように駆け下りていった。

 何段もある階段を一気に飛ばして、下へ下へと。またたく間に一階へ降りて、ソロンは前庭に飛び出した。

 夜の闇はなおも深い。庭木に吊られた街灯が辺りを照らし出していた。

 暴れ回る神獣による被害は大きく、西の建物が酷く損壊している。


 動く神獣を追いながら、帝国軍は果敢に攻撃を続けていた。

 先程とは打って変わって、神獣の叫び声が目立つようになっている。矢と魔法の猛攻に、さしもの神獣も損傷を受けているようだ。


 だが、全てがうまく運んでいるわけではない。

 戦場のかたわらには、犠牲となった兵士が幾人も横たわっていた。

 何よりも、大量の小悪魔が神獣への攻撃を(さまた)げており、帝国軍も戦力を分割せざるを得なかった。ソロンが城内を駆け下りているうちに、小悪魔はさらに数を増していたらしい。


 ソロンも神獣に向かって走り寄ろうとするが――

 こちらを見つけた小悪魔が、うじゃうじゃと寄ってくる。

 帝国兵だろうと部外者だろうと関係ない。小悪魔は目に入った人間へ、無造作に襲いかかってくるのだ。


「邪魔っ!」


 と、迫って来た二匹をソロンは斬り捨てた。

 小悪魔の動きは素早いが、ソロンとて身のこなしには自信がある。遅れを取りはしない。


 すると、次なる小悪魔は四匹で一斉に襲いかかって来た。

 一匹ずつ斬り捨てていては、隙を突かれてしまう。

 ソロンは刀へと炎を集め、一気に横へ薙ぎ払った。

 扇のように広がる炎が小悪魔をまとめて焼き払う。火球の魔法より消耗は大きいが、集団に迫られた際には切り札となる技だ。


「魔物共を街へ出すな! 城内で喰い止めるんだ!」


 ラザリック将軍は自らも魔剣を振るい、小悪魔を凍てつかせていた。あふれる勢いの小悪魔を城外へ出すまいと、必死の面持ちである。

 兵士達も彼の指示に応えようと、集団の連携によって小悪魔を退治していく。


 ソロンも負けじと、迫る小悪魔を次から次へと斬り捨てていった。

 けれど、いかんせん数が多い。このままでは神獣に近づけそうもない。

 と、後ろの死角から、小悪魔がソロンへと跳びかかって来た。

 ソロンが振り向き、刀で叩き落とそうとした瞬間――

 小悪魔は矢を受けて崩れ落ちた。


「ソロン!」


 向こうにあったのは、ミスティンの姿だった。

 彼女はこちらに近づきながらも手早く弓を引いて、離れた小悪魔を仕留めていく。軍人達も顔負けの技量だった。


「お前なあ……。一人で先に行っちまうから、追いかけるの大変だったぜ」


 グラットも当然のように来ていた。話しながらも、寄ってきた小悪魔を槍で貫き通す。

 途中、南の橋は崩れていたはずだが、二人とも体を濡らしてはいないようだ。恐らくは遠回りして、北側の橋を渡って来たのだろう。


「ソロン、アレと戦うつもり?」


 ミスティンが単刀直入に問いかけてきた。アレというのはもちろん神獣のことである。


「そのつもりだけど」

「はぁ……命の保証はできねえぞ。……そんじゃあ、雑魚は俺らに任せて行ってきな!」


 グラットは溜息をつきながらも、ソロンを助けてくれる気のようだ。


「気をつけて」


 気遣わしげにこちらを一瞥(いちべつ)したミスティンが、同時に矢を放った。ソロンの進路上にいた小悪魔を討ち取ったのだ。


「助かる!」


 仲間への感謝を述べて、ソロンは神獣に向かって駆け出した。


 *


「ここで仕留めねば、こやつは帝国中に被害をもたらす! ここが死地であると心せよ!!」


 老将の指揮の元で、兵士達は勢いを取り戻していた。

 魔道兵が息もつかせぬように、火球を連射している。火球はほとんどが腹に着弾し、神獣をひるませる。


 宙へ浮かんでいた神獣の高度が落ちていく。

 その神獣の背中へと、槍を持った一団の兵士が突撃した。激しい衝突を受けて、神獣が咆哮(ほうこう)を上げた。

 神獣は大きな尾を一薙ぎする。鎧も砕けるような凄まじい衝撃に、兵士達は蹴散らされた。


 統率の取れた攻撃に、神獣の(うろこ)のような表面が損傷している。いかに強大な神獣といえども、これだけの攻撃を浴びては無事で済まないようだ。


 だが、そこまでの犠牲を払っても神獣が倒れる気配はない。

 以前と違って、攻撃は確かに効いている。それでも、敵は絶大な力を誇っていた。ただの魔物とは強さの桁が違うらしく、その生命力は計り知れない。


「てやっ!」


 ソロンは走り寄りながら、紅蓮の刀を横に払った。刃先から放たれる火球が、神獣に着弾し爆発する。

 ところが、神獣に動じる様子はない。兵士達の攻撃に、一人分が加わっただけに過ぎないようだ。


「直接叩くっきゃないか……」


 覚悟を決めて、接近戦を挑むことにする。炎の力を宿した刀ならば、ただの武器攻撃とは一味違うはずだ。

 ソロンは神獣の背中側へと移動し、静かに刀を掲げた。

 腕を経由して紅蓮の刀へと魔力を流し込んでいく。刀身から勢いよく火柱が立ち昇った。


 周りの兵士が乱入したソロンを不審そうに見てきた。それでも、味方とは認めたらしい。邪魔をするつもりはないようだ。

 兵士達の矢が殺到し、神獣に突き刺さる。神獣がそちらに気を取られた瞬間――


 今だっ――とソロンは声を出さず、神獣へと忍び寄った。両手に握った紅蓮の刀が、炎の軌跡を描いて闇にきらめく。

 ソロンは大きく跳躍(ちょうやく)し、神獣の後尾へと刀を突き刺した。

 あふれ出る炎の奔流(ほんりゅう)が、神獣の体内へと流し込まれる。

 宙吊りとなったソロンは、刀を握りしめたまま反動に耐える。吹きつけられた熱波で、赤髪が逆立った。


 神獣が周囲を揺るがすような低いうなり声を上げた。そうして、激しくその体を振り回す。

 ソロンが弾き飛ばされ、刀が宙を舞った。城壁に体を打ちつけて、意識が思わず飛びそうになった。


 神獣の後尾は、大きくえぐり取られていた。

 それでも、神獣が倒れる気配はない。

 あれは本当に生き物なのだろうか……。ただ動きがにぶっていることは確かで、神獣は大地にその体を落とした。


 ソロンの一撃はさすがに効果があったようだ。けれどそれは、怒りの矛先が自分に向かうことも意味する。

 神獣が再び浮き上がり、ソロンをにらみつけた。

 ここで気を失うわけにはいかない……。

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