活路を見出す
一方、将軍達も大量の魔物と戦っていた。
後方を守るのはイセリアだ。
彼女の細身の剣から、鋭い水の槍が放たれる。
宙を浮く魚は、見た目のわりに水には弱いらしい。翼を水に貫かれて次々と墜落していく。
もっとも、彼女が得意とする水魔法に適した水場は見当たらない。なんせ、肝心の池が呪海となって汚染されているのだ。
それでも、そこは部下の兵士達が補ってくれる。弱った敵を兵士達が槍で突き刺し、果敢に仕留めていった。
左を守るのはラザリックだ。
彼の部隊は先頭を務めていただけあって、島の魔物との戦いに慣れ始めていた。魔物の種類ごとに攻撃手段を変えながら、的確に仕留めていく。
最後に、総司令官のガゼットが自ら右で槍を振るう。
ガゼットが槍を振るう度に、きらめく閃光が魔物を貫いていく。黒のグリガントも、たった数発の突きで頭を砕かれるほどだ。
将軍自身の個人技もさることながら、指揮も見事なもの。前衛の槍兵と後衛の弓兵を連携させながら、魔物をあしらっていく。
年季が違うだけあって、他二人の将軍をしのぐ安定感だ。
「ほう……。お前より強いのではないか?」
ガゼットの技量には、メリューも感心する。
「俺のほうが強いと思ったことはねえぜ。いい加減いい歳のはずなんだがな……。いまだに勝てる気しねえよ」
グラットは降参の体だった。
けれど、それでも魔物達は止まらない。
前方の砦の扉からは、続々と魔物が湧き出していた。そして、それはその他の方角も変わらない。
「キリがありませんね」
アルヴァの杖先から、無数に枝分かれした稲妻がほとばしる。稲妻は大勢の魔物を一遍に貫いていく。
「ふぅ……」
連続した魔法の使用に、さすがの彼女も息をついた。
「援軍も期待できそうにないな」
シグトラが周囲に視線を送りながらつぶやく。
ガゼット、ラザリック、イセリア……。いずれの部隊も魔物達と交戦中だ。援軍を送ってくる余裕はないだろう。
「師匠。この魔物の攻撃、いつまで続くと思いますか?」
ソロンはシグトラへと尋ねた。
「そんなことは俺にも分からん。だが、限界はないと覚悟しておいたほうがいいだろう」
「というと?」
「理屈は、ザウラストの聖獣と変わらん。こいつらを生み出す源となっているのは、今までに犠牲となった人々の生命力だろう。つまり、ザウラストが生贄にした者達と、呪海の王が手をかけた者達だ」
「つまりは、途方もない量ということですね」
ナイゼルが溜息をついた。
呪海の王の犠牲になった人々の数はもはや数え切れない。ラグナイの王都を皮切りに、帝国やサラネド共和国に至るまで、数々の都市を滅ぼしてきたのだ。
「アルヴァ、突破しよう。セレスティンを追うしかないと思う」
ソロンは正面の砦を指差した。事ここに至れば決着をつけるしかない。
「それしかなさそうですね」
「だな、ここまで来て引く気は起きん」
ナイゼルやシグトラも同意する。
「分かりました。ガゼット将軍、両将軍と共にここをお願いできますか?」
アルヴァは右方向を守護するガゼットへ叫びかけた。
「構いませんが、陛下はどうされるおつもりで?」
ガゼットは振り向きもせずに答える。今まさに、彼は戦いの指揮を執っている最中だったのだ。
「砦の内部へ向かいます。敵の首魁はそちらにいるに違いありません」
「危険かと思いますが……」
「どの道、ここで踏ん張っていても先はありません。敵の中核を潰すしかないと考えます」
「……ふうむ、やむを得ませんか」
ガゼットは案外、あっさりと折れた。彼にしても手詰まりを感じていたのだろう。
「――ならば、兵の何割かをそちらへ割きましょうか?」」
「不要です、こちらには十分な戦力がありますので。あなた方はここの防衛に専念を」
アルヴァは将軍の提案を迷わず断った。
実際のところ、砦内へ進めば狭所での戦いが中心となるはずだ。多くの兵士がいたところで、戦力を有効活用するのは難しい。
それに彼らにしても、ギリギリの戦いを強いられている。その戦力を分散させる必要もないと考えたのだろう。
「……承知しました。どうかお気をつけください」
ガゼットはかすかに不満そうな表情を見せたが、それでも抗弁しなかった。数をそろえても足手まといになりかねないとは、彼も察したようだった。
「私達が敵の首魁を仕留めるまでの辛抱です。どうかそれまで、踏ん張ってください。万一、危険を感じた時は、兵を連れて島からの脱出を。この島では何が起こるか分かりませんから」
「しかしそうなると、陛下は……」
「こっちはこっちで何とかするぜ。だからくたばんじゃねえぞ!」
グラットが口を挟めば、アルヴァも賛同する。
「そういうことです」
「……かしこまりました。グラット、陛下を頼んだぞ!」
「ああ、任せな!」
それから、アルヴァはイセリア将軍の元へも駆け寄る。
「イセリア将軍、いざという時は神鏡を使ってください。恐らく、大半の魔物を一掃できるはずです」
神鏡は後方にいたイセリアの軍が今も抱えていた。神鏡を積んだ馬車の周囲には、神鏡隊の者達が不安そうに待機している。魔物達が時折接近しようとしたが、その度に兵士達が守っていた。
「よいのですか?」
伺うイセリアに、アルヴァが答えて。
「どの道、あの大きさでは砦には持ち込めませんから。それに星霊銀でしたら――」
「ソロンの刀があるから」
と、ミスティンがソロンの背中の鞘を叩いてくる。
「まあ、がんばってみるよ。イセリアさんも気をつけて」
「分かりました。お引き受けいたしましょう」
ソロンが言えば、イセリアは力強く頷いてくれた。
*
やれる手は打った。ならば動き出すまでだ。
砦の奥に向かうのは七人。ソロン、アルヴァ、ミスティン、グラット、ナイゼル、メリュー、シグトラ……。
ソロンが最高に信頼できる仲間達だ。
「それじゃ、行くよ!」
ソロンは蒼煌の刀を横薙ぎにした。
広がる蒼炎が、砦から現れた敵を焼き払う。
青く炎上する敵の隙間を走り抜け、ソロンは砦の門へと飛び込んだ。
砦の入口の広間には、今なお数多くの魔物が潜んでいた。多種多様な種族を、無理やり押し込めているかのようだ。
セレスティンら邪教徒の姿はない。どこか別の部屋に向かったのだろうか。しかしながら、魔物の数が多すぎて視界が悪い。
ともあれ、密集している分だけやりやすいというものだ。
ソロンは刀を頭上に掲げ、魔力を集めようとしたが――
「俺に任せておけ。近づくヤツは頼む」
後ろから続いてきたシグトラに制止を受けた。
シグトラはソロンと同じように刀を頭上に構えた。もっとも、元々はソロンがシグトラの構えを真似したわけだが。
「師匠、了解です!」
ソロンは刀を下げ、近寄る魔物を火球で牽制する。
「せいっ!」
シグトラが気合と共に刀を振り下ろせば、猛烈な蒼炎が放たれた。
魔物達は蒼炎の奔流へと次々に飲み込まれていく。
怪魚は黒焦げの焼き魚に。イモムシとグリガントは黒焦げの肉塊に。大蛇は溶解して床のシミに。そして、アメーバは跡も残さず蒸発していった。
砦内の広間にいた魔物達は呆気なく一掃されたのだった。
「やっぱり、師匠には敵わないな」
「まだまだ、お前のような若造には負けんさ」
シグトラは不敵に笑ってみせる。
「片付いたようですね。……まぁ」
駆け込んできたアルヴァが、黒焦げとなった大量の死骸を見て眉をひそめる。部屋中には異臭が漂っていた。
他の仲間達もすぐ後ろに続いてきていた。
「もしかして、お姉ちゃん、真っ黒焦げ?」
ミスティンが得も言われぬ表情で、ソロンに問うてくる。
「いや、この広間にはいなかったから、安心して……っていうのも変だけど」
反応に困りながらも答えれば、ミスティンはゆっくりと頷いた。胸中は計り知れないが、さすがに姉との別れが黒焦げでは、彼女だって嫌だろう。
「恐らくは地下でしょう。念のため、この階も確認しますが、手短に済ませて降りましょう」
アルヴァは地下へと続く階段へ目をやった。
視界を遮る魔物が掃除されたため、上下階へ続く階段も明らかになっていたのだ。
この広間から続く道は複数ある。
登りの階段は恐らく、砦の屋上へ向かうためのものだろう。そこは既にセレスティンらが去った場所だ。
この一階にもいくつか部屋はあるが、小さな部屋しかないようだ。そのような袋小路へ彼女らが向かうとは思えない。
となれば、向かう先は消去法で地下しかないというわけだ。
「うん、お姉ちゃんを見つけてやっつけよう」
「恐らくいるであろうザウラストもな」
と、メリューが付け足した。