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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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混沌の魔物達

 帝国軍はソロンの切り開いた道を進んでいく。しかし、それもまた触手にはばまれてしまった。


「これでは何時間かかるか分からんな。砦にたどり着くだけで、日が暮れてしまうぞ」


 ガゼットがじれったいとばかりにつぶやく。

 ソロンの星霊刀だけでなく、神鏡の力でも触手を薙ぎ払えるはずだ。とはいえ、切り札である神鏡を使うつもりはまだないらしい。


「そこまで過敏になることはないんじゃねえか?」


 進み出たのはその息子グラットだった。

 グラットは周囲を見回し、何かを探す。


「一本、貸してくれ」


 そうして、荷車に積まれた予備の槍をつかんだ。


「おい、何をする気だ」

「ったく、大の男どもがビビりすぎだぜ。所詮はタダの触手だっつうの。取って食われるこたあねえだろ」


 父の制止に関わらず、グラットは触手のそばへと近づいていく。

 あと数歩の距離まで近づいても、触手が何かをしかけてくる気配はない。

 グラットはゆっくりと槍を触手へと近づけ、軽く突いた。

 途端、触手は急激に伸び、槍へと巻きつく。


「うげっ、放せ!」


 グラットは必死の形相で槍を引き抜こうとする。

 すると槍は案外、すっぽりと抜けた。

 だが、勢い余って、グラットは後ろへと倒れていく。そこはソロンがサッと背中に回って支えてあげた。


「大丈夫、グラット?」

「おお、助かったぜ」

「なにやってるんだ、お前は……!?」


 ガゼットは頭を押さえ、息子の愚行を嘆いた。


「ほ、ほら、どうということはなかっただろ。所詮はタダの触手だ。俺様がちょっと力を入れれば、こんなもんよ」


 グラットは冷や汗を浮かべながら勝ち誇る。


「なんぞ、粘ついておるが」


 メリューは槍の穂先を指差した。そこからは、粘性を持った白い液体が(したた)り落ちていた。


「まあ、鋼を溶かす程ではないようなので大丈夫でしょう。しかし、グラットの行為の是非は差し置いても、収穫はありましたね」


 アルヴァは興味深げに一連の様子を観察していた。


「ふむふむ、収穫?」


 と、ミスティンはアルヴァをうながす。


「一つ、物理的な接触がなければ触手は反応しない。二つ、人間の力で振りほどける程度の力しかない。つまり、過剰に恐れる必要はないということです」

「なるほど、さっすがアルヴァだね!」


 ミスティンはいつものように称賛するが、


「いや、それぐらいは僕でも見れば分かるけど……」


 ソロンは呆れ気味につぶやく。


「どうされますか、ガゼット将軍。事実、突き進むのも一つの手かと思いますが」


 ラザリックがガゼットの意向を伺う。当のラザリックも、触手を焼くのには嫌気が差しているようだった。


「やむを得んか……。ならば、隊列を細くして砦を目指すとしよう。ただし、うかつに足を踏み入れると危険なのも間違いない。安全のためにある程度の空間も必要だろう。そこは適時、焼き払って広場を確保しておいてくれ」

「了解しました」


 高慢な印象のあるラザリックだが、ガゼットの指示にはよく従っているようだ。たとえ公爵家の生まれだろうと、軍の先輩への敬意は持ち合わせているらしい。


 *


 ソロン達は帝国軍と共に異形の島を進み続けた。

 目指すは第一要塞島の中枢となる砦である。

 実際のところ、あの砦に目指す敵がいるかは不透明だ。とはいえ島を見渡す限り、隠れられる場所はそこぐらいしかなかった。


 港から砦までは、本来なら大した距離ではない。けれど、薄紅色の触手を初めとした異様な景観を目にしては、慎重に進まざるを得なかった。

 そして、障害となるのは触手だけではなかった。


「くっ、なんだこいつらは!?」


 先頭をゆくラザリックが顔をしかめる

 島中から姿を現したのは、異形の魔物達だった。

 アメーバ状の怪しげな軟体生物が、触手の隙間を這いずり回っている。そこから少し離れて、体中に目のような穴がついたイモムシに似た生物もいた。


 半透明の大蛇が、触手の隙間をくぐり抜けてくる。体内の臓器が見えており、その内部を小さな生物が動き回っていた。大蛇はなぜだか触手には捕捉されないらしい。

 魚のような魔物が、異様に発達したヒレを振りながら宙を泳いでいる。ヒレというよりはコウモリの翼だろうか。その瞳は黒く虚ろで、大口には牙が光っていた。


 そして、群を抜いて巨大なのは、どこか見覚えある黒っぽいカバに似た巨獣だ。二本足で触手を踏みつぶしながら、地面を揺らすように歩いている。


 異形の魔物達はこちらの大軍を恐れもせず、にじり寄ってくる。いずれも中型から大型の獣のような大きさで、容易な相手ではなさそうだ。


 通常、野に潜む魔物は人間の大軍を見れば、おのずと避けるもの。自然のままに生きる生物だからこそ、危険には敏感になるというものである。

 そう考えると、この魔物達の行動がいかに異常かが分かるだろう。

 もっとも、ソロン達にしてもそういった存在を初めて見るわけではない。


「ザウラストの聖獣に似ているな。恐らくは近しい存在だろう」


 シグトラが魔物達をそう分析した。


「アレなんか、グリガントにそっくりですもんね」


 と、ソロンは黒っぽいカバのような魔物を指差す。


「共通点はカオスの影響を受けた魔物ということだろう。大方、道中で吸収した人間を材料にして生み出したのかもな」


 人間を材料に……。ザウラスト教団は、人を呪海に捧げることで聖獣を生み出していた。そう考えると、呪海の王とは動く呪海のようなものかもしれない。


「師匠、寄ってきますよ」


 冷静に語るシグトラへと、ナイゼルが警告する。

 先頭をゆくラザリックの部隊は、既に魔物達と接触しようとしていた。


「触手に近づくな! 踏み留まって迎撃しろ!」


 ラザリックは兵士達に警戒を呼びかけながら、剣を構えた。名門貴族にふさわしく、青色の刀身を持つ美しい魔剣だった。


「――ゆくぞっ!」


 ラザリックは魔物達よりも先にしかけた。宙を泳ぐ怪魚へと、自ら魔剣を振るう。

 魔剣の刃から放たれたのは、白く輝く冷気だった。冷気は怪魚の翼を貫き、その羽ばたきを停止させる。


 怪魚は触手の草原の上に、あえなく墜落した。

 すると、触手が猛烈な勢いで怪魚へとまとわりついた。怪魚の姿は薄紅色の中に埋もれて、たちまち見えなくなる。むさぼるような音が辺りに響き渡っていた。


「わあっ、気持ち悪い……」


 ミスティンが口を押さえて悲鳴をこらえる。

 どうやら、触手も魔物達の死骸については、容赦がないらしい。死骸を捕食する生物なのだろうか……。


 ともあれ、ラザリックの勇姿に応えるように、兵士達も続いていく。

 触手の下をくぐり抜けてきたイモムシを、何本もの長槍が串刺しにする。体中の穴から赤黒い瘴気を吹き出しながら、イモムシは力尽きた。


 続いて迫り来るアメーバ状の魔物に向かって、兵士が剣を振り下ろした。もっとも、肉弾戦を挑んだわけではない。剣の先から放たれた炎が、魔物へと襲いかかったのだ。

 剣の素材は、かつてソロンが愛用していた刀と同じ紅蓮鋼(ぐれんこう)だろう。

 心強いことに兵士達の中には、イドリス製の魔法武器を扱う者も現れていた。両国の交友の結果が、徐々に効果を発揮し始めていたのだ。


 アメーバは炎を受けてその体を溶かしてく。

 炎は触手にも引火しながら延焼を広げる。まとめて数体のアメーバが、赤黒い瘴気を吹きながら蒸発していった。


 得体の知れない魔物達を相手にしても、ラザリック率いる兵士達は一歩も引かなかった。

 しかしながら、厄介なのは戦場の狭さだ。触手の上を平気で抜けてくる魔物達と違って、人間達は自由に動けない。


 触手にどれだけの危険性があるかは不明だが、動きを阻害されればそれだけで厄介だ。その隙に魔物の餌食となってしまうだろう。

 数千人の兵士を擁する帝国軍であるが、実際に戦いへ参加できるのはその二割ほどでしかなかったのだ。

 その不利にも負けず、ラザリック達は懸命に戦った。


 そこへ黒色の巨獣達が迫ってくる。黒いグリガントとでも呼ぶべき巨獣は、鈍い動きで遅れながらも接近をしてきたのだ。

 何人かの兵士が弓を構えて、狙い定める。だが、兵士達の多くは他の魔物との戦いに気を取られており、十分な人数ではない。


「よくありませんね。あの程度では倒せませんよ」


 アルヴァが危惧を口にしながら、杖を構えた。けれど、混み合った戦場で魔法を放つのに躊躇(ちゅうちょ)しているようだった。


「私に任せるがいい」


 動いたのはメリューだった。

 (かろ)やかな踏み込みと共に、両手で二本の短刀を投擲(とうてき)する。向かう方角は、戦場から外れた斜め前方だった。

 炎と冷気をまとった二本の短刀は、メリューの念動魔法を受けて方向転換。曲線を描きながら魔物へと到達した。


 一本はまとう炎で、アメーバの魔物を焼き尽くす。

 そして、もう一本は冷気をまとい、半透明の大蛇を貫いた。その体は急速に冷凍され白く固まっていく。やがて、大蛇は活動を止めて、触手の中に埋もれていった。

 短刀は動きを止めない。炎と冷気の混合攻撃が、魔物を次々と始末していく。


「よし、今だ!」


 兵士達に余裕が生まれ、黒いグリガントに攻撃が集中する。崩れかけた戦線が立ち直りつつあった。


「こんなものだ」


 やがて、戻ってきた短刀を両手で受け取り、メリューは得意満面の笑みを浮かべる。どことなく、その視線はシグトラを(うかが)っているようだった。


「腕を上げたな。この分なら、俺の出番もなさそうだ」


 察したシグトラは苦笑し、娘の頭を優しく叩いた。


「父様のご指導の賜物(たまもの)です」


 と、メリューも嬉しそうに目を細める。


「私もやってみる」


 メリューの活躍に発奮したらしく、ミスティンが弓を構えた。

 風伯の弓にじっくりと魔力を込めて、引き絞る。


 矢は風を受け、山なりに兵士達の頭上を越えていく。勢いに乗って、ぐんぐんと加速していった。

 向かう先は、触手の草原を突破した黒い巨獣だ。既に兵士達の矢を何本も受けているが、びくともしていない。巨獣はそのままの勢いで、兵士達の頭上へと拳を叩きつけようとしたが――


 その頭の側面に矢が突き刺さった。恐るべき速度に達していた矢は、想像以上の衝撃を生み出す。

 黒いグリガントは横によれ、大きく体勢を崩した。


「がら空きだぞ、デカブツっ!」


 うめく巨獣へと、ラザリックが魔剣を向けた。腹部のど真ん中へと、濃縮された吹雪が殺到する。その勢いは竜の息吹を思わせるほどだった。


 黒いグリガントは吹き飛び、触手の草原へと転がり込んだ。

 下敷きにされた触手達が、巨獣の体へとまとわりついていく。

 巨獣は苦悶(くもん)の声を上げて必死にもがくが、もはや体力はないらしい。体の到るところを触手につかまれて、身動きを取れなくなった。大きすぎるため、倒れた体の上半分が見えたままなのが大変に気持ち悪い。


「うう、きもちわるいよぅ」


 ミスティンはその光景に耐えられなくなったらしい。ソロンの背中へと顔を押しつけて、うめき声を上げる。


「……がんばったね」


 ソロンは向き直り、軽く背中を叩いてミスティンをなぐさめた。


 ともあれ、二人の支援でラザリックらは勢いを取り戻した。

 黒いグリガントは二体。残る一体を弓の集中攻撃とラザリックの魔剣で仕留めていく。

 そうなれば、後は大した相手ではない。兵士達は巧みな連携を取りながら、魔物達を仕留めていった。

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