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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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異形の島

 帝国雲軍の艦隊と共に、オデッセイ号に乗る一行はネブラシア港を出発した。

 軍の総司令官は引き続きガゼット将軍が務める。その下にイセリア、ラザリックの両将軍が付く形となった。


 艦隊の隻数はおおよそ七十。

 前回の戦いから大きく数が減ってはいるが、被害を受けたためではない。対象が第一要塞島のような小島では、乗り込める兵員にも限度があったのだ。


 オデッセイ号には引き続き、神鏡を積んでいた。

 敵の正体にはいまだ得体の知れないものがある。けれど、それが呪海の王に類するものだという認識は、皆が共有していた。よって、神鏡の力が必要となる見込みは高かったのだ。

 第一要塞島は帝都にほど近い。天候が悪くなければ、港から肉眼で見えるほどだ。竜玉船の速さなら半時間とかからない。


 すぐに艦隊は目的の島へと接近した。

 島の周囲は他の要塞島の例に漏れず、長大な防壁で囲まれている。見る限り、外観に異常はなかった。

 艦隊は要塞島の港のある入江へと入り込んでいく。

 これだけの艦隊となると、一度に入江へ進入することも難しい。縦に隊列を作りながら、奥を目指していった。


 異変はすぐに目に入った。


「なんじゃこりゃ!?」


 舳先(へさき)から前方を確認したグラットが、頓狂な声を上げる。

 本来の第一要塞島は、植物の緑に覆われているはずだった。


 ところが、目に入ったのは強烈な赤色である。

 緑の草花が生えていたであろう場所には、薄紅色の触手のようなものがゆらゆらと揺れていた。あまりに奇妙で、もはや植物なのかどうかも定かではない。

 触手はさらに広がり、岸壁の間際まで侵蝕している。岩肌のところどころには、毒々しい濃緑色の花が咲いていた。


「一夜にしてこうなったというわけですか……。信じられません」


 アルヴァは呆然とその光景を見つめていた。


「これが、呪海の王に取り憑かれた結果ということか……。なんというものを作り出してくれたんだ。ザウラストめ」


 これにはシグトラすらも平静ではいられないようだった。


「酷い色彩感覚だね。気持ち悪い」


 ミスティンも眉をひそめて、得も言われぬ表情を浮かべる。

 先をゆく軍船の乗員達も、困惑しているようだった。船の速度を落としながら、それでもどうにか港へと停めていく。

 島の侵蝕は奥に向かって悪化しているようだ。幸いその手前の港や、そこにそびえる灯台には異常は見られない。停泊自体も問題ないようだった。


「お姫様、どうするよ」


 グラットに問われたアルヴァは、まっすぐに手を前方へ向ける。


「引き返すわけにもいきません。参りましょう」


 入江は前も後ろも大勢の船で混み合っている。ここから引き返す判断は難しかった。もっとも、それがなくとも決戦を前にして、引き返すなどできなかっただろうけれど……。


 *


 停泊した艦隊から、数千人の帝国兵が港へと降り立った。

 しかしながら、ここから島の内側へ向かうには、狭い坂道を登るしかない。全ての軍を一度に行進させるのは、非現実的だった。


「私が二百の部隊を率いて、先へ進みます。露払いはお任せを」


 名乗り出たのは、ラザリック将軍だ。


「頼めるか、ラザリック将軍」

「艦隊の指揮は不慣れですが、陸なら問題はないというものです」


 ガゼットの視線に、ラザリックは自信に満ちた表情で答えた。


「何が起こるか分からぬ島だ。慎重に頼んだぞ」



 そうして、ラザリックの部隊が坂道を登っていく。道幅の関係で五人程度の列を作りながら進んでいた。

 その先には奇妙な植物達が待ち構えており、兵士達はいかにも及び腰だった。だが、ラザリックは勇敢にも自身で魔剣を構え、先陣を切る。自然、他の者達も立ち止まるわけにはいかなかった。

 ガゼットの本隊やソロン達は港に留まり、その様子を見守るしかない。


 やがて、ラザリックの隊が行進を止めた。坂道の途中にまで伸びた触手が、彼らの行く手を阻んだのだ。

 正確には道がないこともないのだが、近くに触手が揺れる有様はあまりにも気持ち悪い。彼らも警戒せざるを得なかったのだろう。


「焼き払えるか?」

「はっ」


 ラザリックの指示に従って、魔道兵達が魔法を発動する。

 薄紅色の触手へと炎が放たれた。

 火の着いた触手が、苦しげに(うごめ)き出す。熱にあおられた周囲の触手も、同じように踊り狂い始める。触手に(のど)があれば、さぞ奇怪な鳴き声が聞こえたことだろう。


「キモすぎるだろ……」

「同感だ」


 グラットとメリューが、血の気の引けた顔色で声を漏らす。他の仲間達も、おおむね似たような反応だった。

 燃えさかる触手から、血のように赤黒い煙が昇り出す。色を見るだけでも、いかに異質な植物か分かろうというものだ。


 ラザリックは慎重で、煙が立つよりも前に兵士達を後ろへと避難させていた。

 触手はさほど燃えやすい性質ではないらしく、炎の広がりはゆったりしていた。それでも、少しずつ延焼が進んでいく。放っておけば、坂の上まで伝わりそうだった。


「なかなか進まないね、ソロン」


 退屈したらしく、ミスティンが話しかけてくる。


「仕方ないよ。煙にもどんな毒が含まれているか分からないし、慎重に行くしかない。この島は何もかもが異常だからね」

「そうだな。燃やすのも危険だが、それをせずに触手へ近づくのも自殺行為というもの。ラザリックも苦労しているはずだ」


 会話に加わってきたのは、将軍のイセリアだった。同僚としてラザリックを思いやっているらしい。


「うん、分かるよ。昔、ソロンに(おとしい)れられて、触手に襲われたことがある」


 内容のわりにミスティンはどこか楽しそうだった。

 確か、初めて下界に降りた時に、ミスティンが不注意で襲われた植物の話だ。そもそも、彼女の自業自得であって、ソロンの責任はあまりないはず。


「ソロン殿、陥れたのか……!?」


 けれど、イセリアは恐れるようにソロンを(うかが)ってくる。


「い、いや、真に受けないでくださいよ。危険なものじゃないし、子供の遊びみたいなもんだから。ミスティンもまだ根に持ってるの?」

「遊びでそんなことを!?」

「あの時は怖かったなあ……。顔を触手に舐められて、紫色に変色しちゃったんだ……」

「む、紫色……!」


 イセリアがとがめるような視線を送ってくる。たぶん紫色の(あざ)のような何かを連想しているらしい。実際には単なる塗料に過ぎないが。


「僕が悪かったです。ごめんなさい」


 しかし、旗色が悪いと見て、ソロンは早々に謝った。


「何の喧嘩をしておるのだ。それより動き始めたぞ」


 メリューが指摘した通り、ラザリック達が再び進み出した。触手が焼き払われたのを確認できたらしい。

 ラザリックの部隊は魔法で風を操作し、空気を遮断。入念に消火をしながら進んでいく。


 坂の上まで到達したラザリックが、坂下へ合図を送ってきた。どうやら、安全を確保できたようだ。

 まずガゼットの本隊が動き出し、それからようやくソロン達も歩き出した。


 長期戦を想定してか、ガゼットの本隊は荷車を引いていた。動物も発狂するような異様な環境下であるため、人力で運ぶしかない。

 坂を登るには少し苦しいが、それでも貴重な物資だ。多少の困難を押しても運ばねばならなかった。

 そして、何といっても大事なのは神鏡だ。ソロン達の背後の荷車には、入念に梱包(こんぽう)された神鏡が鎮座していた。いざという時は切り札となってくれるはずだった。


 坂道を登りきった先には、一段と異様な光景が広がっていた。

 付近の触手こそ焼き払われているが、少し向こうには(いま)だ大量の触手が繁茂(はんも)していた。

 触手は好き放題に伸びて、つるのように樹木へと巻きついている。樹木の幹は苦しげに曲がりくねって、奇形を描いていた。その枝葉には、ヒルを思わせる得体の知れない虫がぶら下がっていた。


 要塞の中核となる砦もすっかり変貌していた。その城壁は異形の植物に覆われて、やはり赤く染まっている。

 砦へと続く街道は、かろうじて侵蝕を(まぬが)れていた。もっとも、その両隣は触手に埋もれている以上、素通りするのは困難だった。


「せっかくだし、試してみようか」


 ソロンは背中の鞘へと手をやった。

 鞘から光をこぼしながら、姿を現したのは星霊刀だった。あの触手が呪海の力の影響下にあるものならば、星霊銀が力を発揮するはずだ。


「ほう、ついに出番か」


 シグトラが興味深げに星霊刀へ目をやる。

 ソロンは兵士達の隙間を抜けながら、前方へと躍り出た。



「ソロニウスか、何をする気だ?」


 ラザリックがこちらに気づき声をかけてくる。


「まあ、見ていてください」


 と、いつの間にかそばにいたアルヴァが口を出してくれる。

 ソロンは精神を研ぎ澄まし、星霊刀へ魔力を集めていく。

 魔力に呼応して、刀身は光り輝き出す。その輝きは神鏡を思わせる神々しいものだった。


「やっ!」


 かけ声と共に星霊刀を振り下ろした。

 刀身からあふれ出る光が波となって、触手の草原をまっすぐに払っていく。

 せめてもの抵抗のつもりか、触手が奇妙に体をくねらせる。それでも容赦なく光は触手を飲み込んでいった。

 触手の草原は蒸発したように消え失せ、地肌をさらしていた。何十歩分もの道が、今の一振りで切り開かれたのだ。


「なんだと……!? なんだその剣は!?」


 ラザリックが驚きに口を半開きにする。


「見事だ」


 と、後ろにいたシグトラも称賛する。


「驚いたでしょう。これが星霊刀とソロンの力です」


 アルヴァが自分のことのように誇り出す。ソロンは少しこそばゆい。


「ふぅ、うまくいったね。ただ分かっちゃいたけど、ちょっと疲れるかな」


 星霊刀による魔法の行使は、先日の訓練で何度となく試している。星霊の力は蒼煌(そうこう)を上回るほどに消耗が激しいのだ。


「仕方ありません。あなたは神鏡と並ぶ切り札なのですから、力を温存しておいてください」

「そうさせてもらうよ」


 ソロンは汗をぬぐい、背中の鞘へ刀を収めた。

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