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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
411/441

魔力を神鏡に!

 決戦の朝が来た。

 夜更かしへの懸念はあったが、寝坊する仲間は一人もいなかった。

 ソロン、アルヴァ、ミスティン、グラット、メリュー、シグトラ、ナイゼル、ガノンド……。この八人に神鏡隊の面々を合わせた数十人で港へ向かっていく。


 第四要塞の港には、数十隻の軍船が停泊していた。その中には我らがオデッセイ号ももちろん含まれていた。

 兵士達も既に港へ集まっている。みな緊張のせいか言葉少なであったが、混乱はなかった。

 イセリア将軍も緊張した面持ちで、アルヴァ率いる一行に敬礼する。


「将軍、手はず通りに支援をお願いします」

「お任せください。この日のために皆、訓練を積んで参りました」


 アルヴァに声をかけられ、イセリアは凛と返事をする。イセリアは第四艦隊の指揮官として、神鏡隊を支援する役目を担っていた。


「――それと陛下、皆様もこれの装着をお願いします」


 イセリアが差し出したのは、皮のベルトのようなものだった。ただし、ところどころに赤い宝石のような物が埋め込まれている。


「ふむ、竜玉帯(りゅうぎょくたい)ですか。これが必要な状況になるかは不明ですが……」


 竜玉帯とは秘めた竜玉によって、雲海に浮かぶためのベルト状のものだ。雲海の船乗りや軍人に常備されていた。


「それでも、どんな危険があるか分かりません。いざという時は雲海に飛び込んででも退避してください」

「承知しました」


 イセリアに強く主張され、アルヴァは竜玉帯を受け取った。そうして自ら服の下へと巻いていく。ソロンと仲間達も同じようにしていった。

 ソロンはメリューとシグトラへも竜玉帯を配ろうとしたが、


「私と父様には不要だぞ」


 受け取りを拒否された。


「そうだったね」


 彼女ら一族は生まれながら、体内に竜玉を宿しているのだ。まさしく銀竜の名の通りである。


「さあ、行きましょう」


 アルヴァは先頭に立って、船へと乗り込んでいく。一行もその後ろへと続いた。

 甲板には、覆いをかけられた大きな物が置かれていた。覆いの下にあるのは、もちろん神鏡だ。この鏡が戦いの勝敗を決定するのだ。


 *


 イセリア率いる第四艦隊が出撃した。

 目指すはネブラシア湾の南側。呪海の王が向かってくる方角である。既に敵が湾内に侵入していることは、偵察が確認していた。


 一行の乗るオデッセイ号も、第四艦隊にまぎれて進んでいく。

 船長はもちろんグラットである。アルヴァは頼り甲斐ある友人に命を託したのだ。

 信号旗を使って、グラットは逐一イセリアの旗艦と連絡を取り合っていた。作戦遂行(すいこう)のためには、情報の連携がカギとなる。


 アルヴァは自ら甲板(かんぱん)を歩きながら、異常がないかを観察していた。時には双眼鏡を片手に周囲を警戒する。ソロンとミスティンも彼女に付き添う形で、(せわ)しなく歩き回った。


 第四艦隊の右斜め前方には、何十隻もの大きな艦隊が進んでいた。

 これはゲノス将軍が司令官を務める第五艦隊である。一足先に呪海の王へと接近し、(おとり)を務めてくれる手はずとなっていた。まさに命懸けの仕事だった。

 後方からも第一から第三艦隊、それに帝都艦隊が来ているはずだ。

 もっとも、あまりに多くの船が雲海に浮かんでいるため、見通すことは難しい。オデッセイ号の護衛が主任務となる第四艦隊と異なり、いずれの艦隊も規模は相当に大きかった。


 舳先(へさき)側では、シグトラとメリューの親子が油断なく前方を観察している。

 銀竜族特有の人並み外れた視力は、こういう時こそ頼りになる。見張り台では船員も双眼鏡を構えているが、それでも二人の視力には敵わない。


「異常なしだ。風も穏やかで雲の波も低い。申し分ないな」


 こちらを見るなり、メリューが報告してくれる。

 実際、雲海は平時と変わらぬ平和そのものだ。ここがやがて訪れる盛大な戦いの舞台になるとは、想像もつかなかった。


「天下の大君とその令嬢にまで、こんな仕事させちゃって申し訳ないですね」


 ソロンは二人を気遣って声をかけた。


「気にするな。俺とて船の上での戦いとなれば、できることは限られている。精々、可能な限りで暴れさせてもらうさ」

「先生にご助力いただけるなら、万の大軍にも勝るというものです」


 アルヴァはシグトラを称賛するが。


「褒めても何も出んぞ。銀竜の視力でも雲平線の向こうまでは見通せない。結局は偵察船からの報告が頼りだ。それを忘れるなよ」

「もちろん、承知しております」


 *


 それからまもなくして、変化が訪れた。


「イセリア将軍から連絡がありました。偵察によれば、呪海の王は依然、ネブラシア湾を北上中。半時間以内に第五艦隊と接敵するとのことです」


 甲板にいたアルヴァが、大きな声で周囲に伝える。


「いよいよだな」

「ええ、私達の出番がないことを祈っていますよ」


 グラットとナイゼルがいつになく表情を引き締める。神鏡の照射後、艦隊での一斉攻撃が成功すれば、ソロン達の出番は必要ないはずだった。それでも、緊張は隠せない。

 アルヴァはそばにいたガノンドへと目を向けて。


「神鏡隊の皆は準備を! 第五艦隊の動きに合わせて、我々も動きます」

「姫様、了解ですじゃ。神鏡隊、位置につけい!」


 ガノンドが神鏡隊の仲間へと呼びかけた。


 やがて、呪海の王が姿を現した。

 ワニか竜か、輪郭(りんかく)も判然としない何か。島のように大きな巨顔が、雲海にぽっかりと浮かんでいる。ほとんど体を上下させずに、こちらへ向かって北上してきていた。

 赤黒い瘴気をまとっており、その周囲だけは夕方のように暗くなっている。すっかり傷は()えたようで、その姿は以前と変わらなかった。


 遠く離れていても、その威容が(うかが)える。見るのは二回目だが、その巨大さはやはり恐ろしい。特に前回の戦いに参加していなかった兵士は、強く動揺しているようだった。

 とはいえ、ただちに戦いが開始されるわけではない。相手は島のように大きいため、姿が目に入ってからも接近までは相当な猶予(ゆうよ)があるのだ。


「今まで連中の操る神獣を何度か見たが、規格外のバケモノだな……。あれはこの星に存在してよいものではない」


 異様な姿に、シグトラすらも唖然とする。彼とガノンドだけが一同の中で、初めて呪海の王の姿を目にしていた。


「全くじゃわい。あれに近づかにゃならんとは、長生きするものではないの」

「おじいちゃん、大丈夫?」

「なんの、わしは年寄りだからな。若者とは覚悟が違うのじゃよ。我ら神鏡隊の力を見せてやろうぞ」


 気遣うミスティンに、ガノンドはニカッと笑ってみせた。大役を担う彼は、今回の決戦に相当な意気込みを持っているようだった。


 そうこうしているうちに、右斜め前方を進んでいた第五艦隊が加速を始めた。

 恐れを知らぬ彼らを率いるのは、北方の守護者――名将ゲノスである。第五艦隊は第四艦隊の何倍もの規模を誇る大艦隊だった。


「グラット、私達も行きますよ」

「了解だ」


 オデッセイ号は加速し、第四艦隊から離れていく。呪海の王の注目を避けるために艦隊と離れるのは、当初からの既定路線だったのだ。

 イセリアの旗艦がこちらに向かって、信号旗を掲げた。信号旗に通じていなくとも推測はできる。恐らくは『幸運を祈る』というような意味だろう。


 西寄りに南下する第五艦隊に対して、こちらの船は東寄りに南下していく。

 ただし、進行は第五艦隊よりも遅らせ、突出を避けねばならない。もちろん、敵の注意を引かないようにするためだ。

 第五艦隊が見る見るうちに呪海の王へと接近していく。船の配置を分散し、囲むような構えだった。


「こちらは接近しすぎないように。慎重に距離を測ってください」

「分かってるぜ、お姫様」


 その間、アルヴァとグラットは緊密に意思疎通を図っていた。呼吸の合ったやり取りは、やはり付き合いの長い二人ならではだった。


 呪海の王が大きな口を開いた。

 大口に赤黒い瘴気が集結していく。ソロンの元まで空気の震える音が聞こえてくる。

 瘴気が赤黒い光へと変わり、次の瞬間にそれが放出された。

 破壊の閃光が第五艦隊を飲み込んでいく。船が一瞬のうちに蒸発していく。


 光が通り過ぎた後には、残骸すら残らない。ただ赤黒い瘴気が雲海の上を(ただよ)っていた。

 それでも、艦隊が全壊しなかったのは、船の配置が分散されていたからに他ならなかった。ゲノスの旗艦も後方に下がっており、無事なようだ。

 艦隊のいくらかが犠牲になるのは覚悟の上だった。アルヴァやガゼット、ゲノスはそれを承知の上で、苦渋の決断を下したのだ。


「くっ、何度も見たい光景ではないな……」


 メリューが冷や汗を額に浮かべ、頭を押さえる。シグトラは娘の手をそっと握り、支えているようだった。


「ひるまないように! 一度放たれたら、二撃目までは猶予(ゆうよ)があります! 神鏡隊、照射の準備を!」


 アルヴァが毅然(きぜん)と皆を叱咤する。

 神鏡隊の隊員達が、それを受けて神鏡の覆いを外した。

 淡い光の宿る鏡面があらわとなる。宿敵を前にして、鏡が自ら発奮しているかのようだった。


「野郎ども、全力で接近するぜ!」


 グラットが船員達に指示を下す。

 竜玉機関がその力を強め、船体がグンと加速していく。

 オデッセイ号は風を切って、雲海の上を走り続ける。


 呪海の王の顔が迫ってきた。こちらの船に気づいたらしく、(うつ)ろな瞳を向けてきた。

 まだかなりの距離があるのに、相当な圧力を感じる。気を抜けば、腰が引けてしまいそうだ。


「ひゃあっ……やっぱり怖いな」


 ミスティンが小さく悲鳴を上げて、ソロンの腕をつかむ。


「大丈夫、当分二撃目は撃てません。もう少し接近を!」


 アルヴァは冷静に言い放つが、みな戦々恐々と落ち着かない。

 船はなおも直進を続けた。


「お、おい、まだか! 前だって、こんなに接近しなかっただろ!」


 グラットが冷や汗を浮かべながら、アルヴァへと叫ぶ。

 アルヴァはそこでようやく頷いた。


「神鏡隊、魔力を神鏡に! あなた達の力で、栄光をつかむのです!」


 アルヴァが魔道士達を鼓舞する。


「ゆくぞい! あの憎らしい顔に打ち込んでやるのじゃ!」

「おう!」


 ガノンドが叫び、神鏡隊の面々が呼応する。

 神鏡はまっすぐに呪海の王の方向を向いていた。魔道士達が握る取っ手から魔力が流れ、鏡面が輝きを増していく。

 今まで訓練で見た時よりも、一段と鏡は光り輝いていた。

 その間にも、オデッセイ号は呪海の王へと近づいていく。


「照射!」


 アルヴァの号令と共に、神鏡から光が放出された。

 それは破壊の閃光を上回る壮絶な白光(びゃっこう)だった。

 赤黒い瘴気を蹴散らしながら、光は突き進む。稲妻のような轟音(ごうおん)がソロンの耳に響いた。

 呪海の王も雲海も空も、全てが白光に飲み込まれてしまう。

 光の洪水がしばらく続いた後、徐々に鏡面の光が弱まっていく。


「おっし、退散するぜ!」


 グラットが声を張り上げて叫んだ。

 結果を見届ける前に、竜玉船は舳先(へさき)を左へと転じた。早々と離脱を開始するのだった。

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