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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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皇城を駆け抜ける

「おい、そこで何をしている! 死にたくなければ、早く城外へ逃げるんだ!」


 戦場のそばをうろつく二人を不審に思ったのか、こちらを怒鳴りつけてくる男がいた。

 他の兵士よりも身なりがよいため、身分のある将校だと察せられる。


「ラザリック将軍」

「はっ……? 陛下、こんなところで何を……。いや、それよりおケガをされたのですか?」


 毅然(きぜん)とした女帝の声に、当の男は急にかしこまった。


「多少の疲労があるだけです。それより、我々は神鏡の元へ向かいます。あなたは持ち場に戻ってください」

「神鏡……? どうして神鏡を?」

「あの魔物に対して有効打になるかもしれません」

「まさか……!? 確かに目くらましにはなるかもしれませんが……」


 ラザリックはいかにも信じがたいようだったが、それでも否定はしなかった。さすがに女帝の意見を真っ向から否定できないらしい。


「目くらましじゃなくて、弱点なんですよ」


 そこにソロンが口を挟めば、


「ん、貴様、あの時の盗人ではないか!?」


 ラザリックは今まさにソロンを認識したかのようだった。こちらに目をやってにらみつけてくる。

 そして、ソロンも遅ればせながら気づいた。

 この男――ソロンが城で捕まった時にアルヴァと一緒にいた将軍である。


「先程、彼が私を助けてくれたのです。そのまま、協力していただいています」

「そ、そうですか……。では、さっきは貴様が……」


 アルヴァの説明に、ラザリックが声の調子をやわらげた。

 そこで、すかさずソロンが提案をしかける。


「一つお願いがあるんですが……。神鏡であいつを照らしたら、そこを狙い撃ってくれませんか?」

「うん? どういうことだ?」

「彼の言う通りにお願いします。私達は急ぎますので」


 怪訝(けげん)な顔を向けるラザリックに、アルヴァが釘を差してくれた。


「はぁ……。陛下がおっしゃるならば……」


 権力には逆らえず、ラザリックはあっさり折れた。

 そうして、二人は話を切り上げようとしたが――


「そ、それより陛下! そのような下賤(げせん)な盗人に、陛下の御体を預けるわけには……。よろしければ、私がお運びしますが……」


 ラザリックの話はそれで終わらず、余計なことを言い出した。


「将軍、あなたの仕事はなんですか。すぐ持ち場へ戻るように」


 アルヴァは冷たい声音(こわね)で言い放った。


「わ、分かりました。お気をつけください」


 ラザリックは恐縮して素直に従った。それでソロンの溜飲(りゅういん)もいくらか収まったのだった。

 ラザリックの声を最後まで聞かず、ソロンは走り出した。


 *


 神獣を囲む戦場を遠目に見ながら、前庭の隅を通っていく。巻き込まれないように注意しながら、二人は城内へと入った。


 がらんとした一階の広場が、ソロンの目に映った。

 大理石の床に、様々な技工を凝らした内装。帝国の中枢にふさわしく壮麗な城内ではあったが、観賞する余裕は残念ながらない。

 既に皆、ここを放棄して他の場所へ避難したらしく、二人以外の人気(ひとけ)はない。残されたままの照明が、どこか不気味な雰囲気を(かも)し出していた。


 上に登るための階段は探すまでもなく、広間の中央にあった。

 見る限り、階段はそこから最上階まで続いているようだ。

 この分なら余り時間もかからないかもしれない。


「あの魔物、何がやりたいんでしょうね?」


 静けさにたまりかねて、ソロンは話題を振った。


「さあて、言葉の通じぬ相手の意図など、図りようもありませんが……。私には餌を捕食する獣のようなものとしか思えません」

「餌ですか……」


 案外、そんなものかもしれないな――とソロンは同意した。


「――僕の故郷にも、あれと似た魔物がやって来たんです」


 姿形が全く同じというわけではない。ただ、あの赤黒い霧には見覚えがあった。


「あなたが神獣と呼ぶものですね。……どういうことでしょう?」

「さあ、僕も分かりません。神獣というのは、敵国の連中が呼んでいた名前です」

「もしや、あなたはそのために故郷を()ったのですか?」

「そう、そういうことになります。だから、あいつを倒せたら、故郷の神獣もきっと倒せるって……」


 会話しながらも、ソロンはひたすらに階段を登った。二階まで上がり、方向転換して三階への階段を登る。

 各階の天井は高く、一つの階を登るだけでも一苦労だ。


「これって、何階まであるんですか?」


 たまりかねて、ソロンは背中の城主へと訪ねた。


「五階建てになっています。ちなみに私の部屋も五階ですが」

「そうなんですか。毎日、登り降りするの大変そうですね」


 気をまぎらわそうと、ささやかな世間話のつもりだったが。


「ええ、ほとほとうんざりしています。一度は下の階に移ろうとしたのですが、諸々(もろもろ)の反対にあって断念しました。彼らによれば、権威ある者は高い所に鎮座するものなのだとか」


 思いのほか、感情のこもった返事が戻ってきた。


「な、なるほど……」

「まあ、景色は嫌いではありませんが。雲海も見えますからね。……それより、辛くありませんか?」

「そ、そうですね。さすがに階段はキツいです」


 ソロンは正直に答えた。

 アルヴァを背負いながら、長い階段を登るのはさすがに(こた)えたのだ。


「ごめんなさい。少し体力も回復したと思うのですが……。降りてみましょうか?」


 意外なことにアルヴァは殊勝に申し出た。


「いいえ、ここまで来たらもう一息です。がんばりますよ」


 そんな態度がいじらしく思えて、ソロンは空元気を張った。

 ところがソロンはふと心配になって。


「あっ……。でも神鏡って、(ほこら)の中にしまわれてるんですよね?」


 先日の手痛い失敗を思い出したのだ。神鏡がある屋上にたどり着いても、肝心の神鏡が取り出せなければ意味がない。


「恐らく問題ありません。いざという時は物理的にこじ開ければよいだけです。心配なさらず、屋上へ急いでください」


 アルヴァも腹をくくっているらしく、力強い答えが返ってきた。


 *


 五階建ての城を登り切り、屋上に続く扉へと手をかけた。


「待ってください。私も歩きます」


 と、アルヴァはソロンの背中から足を下ろした。


「大丈夫ですか? 手を貸しましょうか?」

「心配いりません」


 アルヴァの足元はいかにもおぼつかないが、歩くことはできるようだった。

 彼女は自ら扉を開けて、屋上へと足を踏み入れた。ソロンもその後ろに続いていく。

 以前にも見た屋上の光景が目に入った。神鏡は今も祠の中に格納されているはずだ。

 段差を上がり、二人が祠へ近づこうとすれば、


「陛下!」


 神鏡を守る二人の兵士が、女帝の登場に驚いて声を上げた。

 国を象徴する宝というだけあって、こんな状況であっても警備の兵士が残っているらしい。

 恐らく、アルヴァが背中から降りたのは、兵士を警戒させないためだろう。何といっても、ソロンには前科があったのだから。


「神鏡を出してください。あの魔物に向けます」


 出し抜けにアルヴァは言い放った。細かく説明をしている時間が惜しいとでもいうように。


「神鏡を……ですか? ですが、神鏡の持ち出しには財務長官の許可が……」


 アルヴァの発言の意味を理解できず、兵士はとまどっているようだった。戦いのために、神鏡を用いるという発想が意外だったのだろう。

 そうしている間にも、前庭では激しい戦いが続いていた。炸裂する魔法の音と光と振動が、この高さまでも届いてくる。


「責任は私が取ります」

「……はっ!」


 皇帝の威光は偉大なり。

 兵士はそれ以上の反論をせずに従った。女帝のそばにいるソロンを不審そうに見たが、問いただすこともなかった。


 兵士は祠に近寄り、カギを外して戸を開けた。

 中には高い台座に収まった神鏡が、布をかぶせられた状態で鎮座していた。布は恐らく、魔道具の暴発を阻止するための仕組みだろう。

 兵士達は台座ごと引きずって神鏡を前へと出す。そうして、日中に配置されている位置へと引き出した。


 一つ問題があった。

 神鏡は大通りを照らす角度に配置されている。つまり、城の前庭で暴れる神獣へ向けるには、位置が後ろすぎるのだ。

 ところが、アルヴァは迷わず神鏡へと近づいた。


「どうする気ですか?」

「持ちます」


 ソロンの問いに、アルヴァは即答した。

 人の手では持つのも大変そうな大鏡――それが高い台座に据えられている。その裏側に回って、アルヴァが神鏡を取り外そうとした。

 幸い、台座に接着はされていなかったらしい。

 神鏡はあっさりと台座から外れ、アルヴァの両手に収まった。重量も女性の手で持てる程度のようだ。


 しかし、見るからに危なっかしい。

 アルヴァは大きく両手を広げて、布をかぶった神鏡を抱えていた。慌ててソロンが鏡の端に手を添える。

 兵士達も気が気でない様子で近づいてきた。いつでも、鏡へと手を伸ばせる構えである。

 割れでもしたら、彼らの首が飛ぶのかもしれない。それも比喩ではなく現実に。


「僕がやりますよ」


 と、提案してみれば、アルヴァは首を横に向けて。


「魔法なら、私のほうが得意です」

「それはそうでしょうけど……。でも、陛下は疲れてるじゃないですか」

「ですが……」


 一理あると認めたのか、アルヴァは言いよどむ。

 ならば――と、ソロンは強引にアルヴァを押しのけて、神鏡を奪い取った。


「僕に任せて」

「……仕方ありませんね」


 アルヴァはしぶしぶ引き下がった。状態が万全でないことは、自分でも認識していたのだろう。

 神鏡を抱えたソロンは、ゆったりと慎重な足取りで歩を進めていく。大きすぎる鏡のせいで、満足に前も見れないまま、段差を降りねばならなかった。


 段差を降りたソロンは、屋上の端へと近づいていく。

 端のほうには低い手すりがあるだけだ。手すりが低いのは恐らく、神鏡の光を(さまた)げないためだろう。


「こちらです」


 手持ち無沙汰になったアルヴァが、慎重に誘導してくれる。

 そうして、ソロンは屋上の端までたどり着いた。

 今も下では戦いが繰り広げられている。

 老将とラザリック将軍が、大声で兵士達を叱咤しているが、戦況はよろしくないようだ。

 赤黒い霧がどんよりと垂れ込め、今も神獣の周囲を包み込んでいた。

 いや、霧というよりは瘴気(しょうき)と呼ぶべきかもしれない。得体の知れないアレを表現するには、そのほうがふさわしいだろう。


「布を払ってください」

「はっ」


 女帝の指示に従って、兵士が布を払い取る。

 ソロンは初めて、神鏡を間近で見ることになった。

 枠の金属は長い年月で錆びているが、鏡面は汚れ一つなく美しいままだ。そこに何か神秘的なものを感じないでもない。


「わっ……!」


 ソロンが小さく声を上げる。神鏡がたちまち夜空へ向けて、光を放ち始めたのだ。

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