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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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第四要塞

 ガゼット将軍が送った偵察船は、継続的に呪海の王を監視していた。上がってくる報告はいずれも、呪海の王が想定通りに帝都へ向かっているというものだった。

 当初エヴァートは、沿岸部にある別の町が襲撃されることも警戒していた。しかし、今やその可能性もなくなり、決戦が近づいていた。


 やがて、決戦前日となる八日目がやって来た。

 朝の大通りを、三台の馬車が南下していく。

 ソロンやアルヴァは先頭の馬車に乗っていた。その後ろに続く二台の馬車に乗るのは、神鏡隊の魔道士達だ。もちろん、ガノンドも神鏡隊の取りまとめ役として馬車に搭乗していた。


 ソロンは同乗する皆の顔を(うかが)う。

 アルヴァ、ミスティン、グラット、ナイゼル。それからシグトラにメリュー。馬車内では、それぞれが緊張した面持ちで押し黙っている。

 いや、シグトラだけは今日も泰然と落ち着き払っているようだったが。


「…………」


 アルヴァは静かに馬車の窓から町並みを(うかが)っていた。まるで景色を焼きつけておこうというように……。

 皆、生きて帰るつもりではある。けれど、今回の戦いだけはこれまでと程度が違うのは明らかだった。

 ソロンも彼女の隣に座って、同じように外の景色を眺める。


 がらんとした大通り……。帝都の町に響くのは、自分達が乗る馬の(ひずめ)と車輪の音だけだ。すれ違う馬車も人も見られない。

 既に住民の避難は完了していた。以前と変わらぬ町並みの美しさがなければ、廃墟と見紛うばかりだっただろう。


 そんな中でも、少数の兵士だけが市街の見回りをしていた。これは空き巣被害を阻止するためだ。治安を維持し、美しいままの町を帰還した住民に渡すのだ――と、兵士達は目を光らせていた。

 もっとも、呪海の王が迫る帝都に留まる勇気は、並の盗賊には持てないだろうが……。


 雲海の上に架かる橋を渡って、馬車はネブラシア港へと到達した。

 やはり、港に人の気配はない。

 一行が馬車を降りれば、雲海からささやかな風が吹きつけてくる。

 エヴァート達の姿はなく、ただ護衛の兵士達だけが見送ってくれる。もはや、見送りのために時間をかける余裕は、皇帝にも将軍にもなかったのだ。


 港に待っていたのは、グラットが所有する竜玉船――オデッセイ号だった。

 アルヴァの出資によって、帝国の技術がつぎ込まれた最新鋭の一隻である。ドーマ連邦へ遠征した際にも旗艦として活躍してくれた。

 最終決戦に当たり、アルヴァは迷わずこの船を選んだ。速力にすぐれ、小回りが利くため、今回の目的にも叶っていたのだ。


 既に神鏡はこの船に積み込まれていた。


「頼んだぜ。お前に俺達の命運が懸かってるんだからな」


 グラットは友人のようにオデッセイ号へと声をかけていた。


 そして、一行は出発した。

 目的地はネブラシア湾にある第四要塞である。呪海の王との戦いにおいて、最前線となる場所の一つだった。


 ネブラシア湾にある天然の島を利用した五つの要塞――それが五大要塞だ。

 基本的には数字の小さい要塞ほど、帝都に近くなる。

 それゆえ第四要塞と第五要塞の二つは、帝都から最も南に位置していた。二つの要塞は東西に別れて、外敵を迎撃する役目を担っているのだ。


 *


 ネブラシア湾をオデッセイ号が南下していく。

 出発してすぐ、雲海に浮かぶ小島へと近づいた。そこにそびえるのは砦と灯台。これが五大要塞の最北に当たる第一要塞だった。


 ソロンは手にした双眼鏡を覗き込んだ。

 第一要塞はネブラシア港から見て、裸眼で確認できるほど間近にある。従って、ソロンが目にするのも初めてではない。けれど、通常は軍事施設に近づきはしないため、入念に観察した経験はなかった。

 雲海を貫く断崖(だんがい)の上に、防壁が張り巡らされている。島は小高い山となっており、その頂上付近にある砦が、雲海を睥睨(へいげい)していた。


「こうして見ると、大きな要塞だな。ちょっと形がいびつな感じはするけどね」


 軍事施設であることを差し引いても、形状は洗練されていない。とはいえ、そのいびつな形状は一種異様な迫力を誇っていた。南から迫る敵艦隊があれば、躊躇(ちゅうちょ)させるには十分だろう。

 もっとも、相手が呪海の王ではその効果も見込めないが……。


「第一要塞が建造されたのは、今より九百年以上も前――ネブラシアが現在の帝政に移行するよりも、さらに前となります。形がいびつに感じるのは、長期に渡って改築されたせいでしょう」


 手すりに手を置きながら、アルヴァが語り出す。今までにも彼女と何度となく繰り返してきたやり取りだ。ソロンはどこか懐かしさを覚えた。


「そんなに古いんだ。やっぱり、サラネドみたいな外国を警戒していたの? ……あっと、当時はサラネド共和国はなかったか」


 と、ソロンは上界の歴史について学んだことを思い出す。


「その通り。他国を警戒していたのは確かですが、サラネドではありません。当時のネブラシアは既に大国ではありましたが、現在の本島全てを支配するには至りませんでした」

「なるほど、それじゃ島内にある他の国から、都を守るために要塞を築いたのかな?」

「ご明答です。当時の執政官(しっせいかん)が築いた時は、単にネブラシア要塞と呼ばれていました。それ以来、第一要塞は最後の砦として、長年に渡り帝都を守ってきたのです」

「それじゃ他の要塞は?」

「それぞれ帝政になってから、異なる事情で建造されたものです。最も新しい第四、第五要塞は共に二百年ほど前――三国時代の建造になりますね。理由はもちろん、帝国から分離した二国から帝都を防衛するためでした」

「ということは、一番新しい要塞でも二百年前になるのか……。けっこう古いんだね」

「もちろん何度となく改修はされていますよ。もっとも、帝国統一以後、大がかりな改築はなされていませんが……。既に盤石(ばんじゃく)な帝都防衛を強化するよりも、国境防衛に力を入れたほうが建設的ですからね。私の父――オライバル帝が大防壁を築かれたのも、その一環です」


 アルヴァは敬愛する父の話題で話を締めくくったのだった。

 延々とつむがれた帝国と帝都の歴史――それらを守るため、彼女はここにいるのだ。


「守りたいね、帝都を」

「ええ、私達で守りましょう。力を貸してください」


 *


 第一要塞の近海を通り過ぎた船は、そのまま第二から第三要塞のそばを通過していく。


 途中、訓練中らしき軍船の姿が、いくつも目に入った。いずれも艦隊を成して整然と雲海を進んでいく。

 明日になれば、これらの船は各要塞から出港し、決戦に挑むのだろう。

 第一要塞なら第一艦隊、第二要塞なら第二艦隊というように、要塞ごとに艦隊は編成されているのだという。さらにそれら五つの艦隊を、ガゼット率いる帝都艦隊が統括するという指揮系統になっていた。


 わずか数時間の航海の後、東西に並ぶ二つの要塞島が目に入った。一行の船が向かうのは、東にある第四要塞だった。


 第四要塞島の姿が徐々に近づいてくる。

 その印象は第一要塞と大差ない。島は険しい岸壁と物々しい城壁に覆われており、その内側には砦と灯台が構えていた。

 ただし、どこか小奇麗で整然とした印象を受けたのは、比較的に新しい要塞であるためだろう。


 城壁に挟まれた入江へと、竜玉船は進入していく。

 これが敵船であったなら、城壁の上から矢と魔法と投石の猛攻撃を受けるはずだ。そう考えると空恐ろしい気分になるが、もちろん攻撃されるわけもない。

 入江の奥にある軍港には、既に数多くの軍船が停泊していた。全体で数十隻といったところだろうか。


 まさに敵の大軍勢と戦うかのような陣容である。実際のところ、相手はたった一体の魔物でしかないのだが……。ともあれ、戦いが迫っているのだと、実感せざるを得なかった。

 もっとも、これでも他四つの要塞よりは数が控えめらしい。


 というのも、第四要塞の艦隊――第四艦隊の核は、あくまで神鏡と神鏡隊だ。

 第五艦隊が呪海の王を引きつけた隙を狙い、第四艦隊に守られた神鏡隊が照射を行う。そういう段取りだった。

 呪海の王を引きつけないためにも、第四艦隊の規模は抑えねばならない。アルヴァはガゼットと相談しながら、各要塞と艦隊の役目を定めたのである。



「上帝陛下、お待ちしておりました」


 降り立った一行を出迎えたのは、若き女将軍イセリアだった。栗色の髪を短めに整え、いつものように表情を凛々(りり)しく引き締めている。

 今回の作戦には、彼女も第四艦隊の指揮官として志願していた。

 イセリアはソロンとも幾度か戦線を共にし、関わりの深い将軍だった。彼女になら神鏡隊の船の護衛を、安心して任せられそうだ。


「イセリア将軍、時間が惜しいです。さっそく演習に入りましょう」


 アルヴァは出合い頭に早々と指示をする。


「はっ、既に準備はできております」


 イセリアもさすがの手際のよさを発揮していた。

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